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そろろ

『ダケスタリスク』が具体化してゆくと逆に自分一人のテンションとか
一人でやろうと思う事が分かり易くなってきます。「ソロ活動」とでも
言えばいいのでしょうか、その方向性としては存外浮かぶことが少なく
て、

「ないと感じている」


という事が辛うじてメタ的に内容にする事ができる内容でしょうか。そ
の辺りの事の微妙さで、何かしら不思議な気持ちになります。
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一時

「メッセージ」らしいメッセージが意識されにくい日々を過ごしている。細々と続けているブログで世の中の事はそこそこに、作り上げることを意識してやっているが半分くらいは漠然としたエネルギーを形式にして保存するという事が目的になっているように感じられる。


とにかく「エネルギー」である。上書きしてゆくようなエネルギーがある時に、自分をある方向に動かし得るようなメッセージにするというか、何かはっきりしないけれど信じて進んでみるようなそんな筆跡にしている。


それはある意味で自らにとっても頼もしいと感じられる言葉だと思う。「頼もしい」というのなら誰に見られてもいい、自然と広がりがある所に出てゆく。多分そんな理由でブログに書くのだろう。


頼もしい存在たれる一時。己から少し遊離する一時。

今後の自分に

環境が変わった時の心境の変化について考えさせられる一週間を過ごしている。大きく変わったわけではないし、一時的なもので両者に共通するものがある中での変化で、求められるのは応用力と適応力。

そんな状況でだんだんと自分の普段の思考に戻ってゆくと一瞬なにを求めているのか曖昧になっている事に気づく。そこに馴染んでいるという事は実感として分かるし、際立つような観念があるのかというと非常に微妙だと感じられる。


年齢的にも考え方そのものが安定してきて、期待される事、要求される事が妥当なものと思えているくらいには世の中の事が分かっていると言えるのだろう。


つまりは自分がまだ残している幼さだとか、未練に近い何かは案外必要なレベルのものであって、「ダケスタリスク」に象徴される挑戦は思いのほか刺激になっているという事に気づく。



大変な時もあるのだろうけれど、難しい宿題があった方が結果として充実する。無茶振りではないけれど、「挑む」という事は求められるところからでも生じる。自分が自分に何を求めてゆくのか、何を課すのか。今の気分で少し今後の自分に与えてみたい。

予感

己がなし得る事によって確定しない領域、という事が意識された。基本的な事から確定していって、自分の意識的な行為や行動で動かし得る領域が物理的、精神的、社会的にあるとして、己の選択肢の中の何かによって基本的なものを動かせるとするなら、それは行為するしないも含めてまだ確定しない領域があるという事だ。


ただ自分が意識的に出来る事で、動かし得る領域を考えてみると一番広がりがあるとしてネットのブログで何かを書くことでしかない。自分の意識の中では殆どの事は確定しているような状況で、確定しているとなると運命にも似たものが意識されるようになる。


仮に動かせるとしても、そのエネルギー、労力を考慮してしまうととてもやろうとは思えないという事があると考えると、動かそうとは思えなくなるという、理のようなものもある。


事実上、ある範囲で動いてゆくだろうなという予感はある。

それでも

紙一重で気持ちが乗ってゆく。


残滓のように留まった何かの意志が眠りの奥から自分を引き上げてくる。ぼんやりしている意識と少しだけ違うそれは何かを残そうとする想いには違いない。


圧倒的な了解の中で、了解しきっていない理由。輪郭をはっきりさせるような、言葉と、どうもそれだけではない判断。 言い切りはしないけれど、ないわけではないという気持ち。


そういうものに向き合うのは面倒なのだろう。分かっていて、それでも。
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Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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