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安定C

ある日の事です。わたしが飼っている猫『バンブー』が何か物音に気付いたのか両耳を開き気味に音がした窓の方に向けているの見た時に、


<珍しくお客さんかな?>


と思いました。その日誰かと約束していたわけではなかったので、誰か来たとしたらさしずめ音信不通気味な愚弟かなと思っていたのです。音信不通というか面倒臭がって極端に連絡をしないだけなのですけれど、忘れたころに突然家に遊びに来たりする困った弟は来たら来たで『バンブー』を存分に愛でて満足すると帰ってしまうちょっと変わり者です。だからこの日も、


<弟がまたアポなしでやって来たかな?>


と自然と想像したのです。けれどドアを開けた人は弟ではありませんでした。少し背の低いセールスマン然とした人で、


「こんにちは。私、未来創造社から参りました角律雄と申します」


と名乗ってわたしに名刺を渡してきたのです。確かに『未来創造社』の『角律雄』とプリントされています。


「はあ」


タイミング的に虚を付かれたようなカタチになってしまったので、どうしたらいいのか分からないでいたのですがそんなわたしの様子をまるで親戚のおじさんのように親しげに見つめて彼はこう言いました。


「今、猫ちゃんがいらっしゃるお宅を探してこの辺りを歩いていたのですが、長年の経験からの勘なのですが、猫ちゃんと一緒に暮らしていたりしませんか?」


「え…?分かるんですか?」


咄嗟に答えてしまいましたが、何故かこの『角さん』はこの家に猫がいると思ったようです。それは事実なのですが『勘』で分かるものなのでしょうか。


「確かにうちには一匹、オスの猫がいます」


『角さん』の雰囲気的なものでしょうか何か悪い人のような感じはしなかったのと、ちょうどリビングからこちらをちらちらと見ている『バンブー』を見つけた角さんが、慣れた様子で優しく少し高めの声で、


「あら~かわいい。こんにちは」


とちょっとおばさんのような口調で『バンブー』に語り掛けているのを見たのと、『角さん』がそのまま彼の自宅で飼っている二匹の猫の話を嬉しそうに始めて、これは猫飼いのわたしの『直感』で「この人はかなりの猫好きだな」と確信しました。



「おっと、すみません。猫の話をしていたいのですけれど、今日はうちの商品を紹介に上がったのです。安心してください、猫グッズですよ!」


猫グッズだから安心するというわけではないのですが、少なくとも用途がはっきりしている物なのでそこで警戒は殆ど解けてしまったかも知れません。そのままわたしにある商品の紹介を始めた『角さん』。


「猫のような動物には第六感があると言われています。最新の研究では『磁覚』、磁石の磁の覚という第六感が人間にもあると証明されたそうですが、人間のそういう能力を増幅して猫の気持ちが分かるようになるんじゃないかというアイディアを商品にしたものがあるのです。自社と研究機関で実験した結果ですが、このデバイスを装着して猫の名前を呼んだ時に猫が返事の「にゃ~」と返してくれる確率が30%ほど上昇したというデータがありました。これがそのパンフレットです」



いきなり理数系の話が始まったかと思いきや、すごく堅苦しそうな商品紹介のパンフレットを手渡されました。彼は『デバイス』と言っていましたが、ケースから取り出したのはごくごく普通のイヤリングに思えます。しかも猫のカタチのイヤリングで、微妙に物欲を刺激してきます。ただ幾ら難しい資料とにらめっこしてもそんな大層な商品には見えず、わたしはこう訊ねずにはいられません。


「本当にそんな効果があるんですか?」



「…と勿論、私もそんなに簡単に信じていただけるとは思っておりません。ただ恥ずかしながら私も実際に使ってみて確かな『効果』があったので猫好きの人に使っていただきたいなと思いまして、今回はですね『モニター』というカタチで提供させていただきたいなと思っているのです。」


「え…?ってことは頂けるのですか?」



「はい。研究機関などで実験された結果を疑うわけではありませんが、私としても色々な方に試していただいて効果があると実感してから正式に販売した方が良いと思っているのです」



なんだか少し不思議な話だけれど一応筋は通っているし、色々なことを差し引くとしてもその猫のカタチのイヤリングというだけでグッズとして欲しいと思っていたのも確かです。わたしは素直に『モニター』になってもいいですよと『角さん』に伝えました。


「ありがとうございます。では一つだけお願いがありまして、そのイヤリングは差し上げるという事ですが一週間後にこのハガキの『使用感』という欄に使用した感想を書いて頂いてこちらに送付していただきたいのです。感想というか使っていただいて何かエピソードがありましたら具体的に書いて欲しいのです」


「大丈夫ですよ。えっと…」


「切手を貼らなくても大丈夫ですので」


「あ…はい」



何故かわたしが切手が必要かどうかを気にしていたことを了解していたらしい『角さん』。それはともかく『角さん』はそのまま帰ってしまって、残されたのはイヤリング。約束した事なので使わないのも変かなと思って、さっそく装着してみる事に。


「バンブー!!」


効果を確かめるために呼び掛けてみます。


「にゃ~」


返事をしました。というかわたしが呼びかければ基本的に『バンブー』はこうやって返事してくれます。


「バンブー!!」


「にゃ~」


機械的に繰り返し呼びかけると答えてくれますが、明らかに段々面倒臭そうになってゆきます。当然と言えば当然です。終いには「もう勘弁してくれ…」とでも言いたそうに尻尾を振る『バンブー』。『角さん』は「確率が上がる」と言っていましたが、正直よく分かりません。



「なんか…わたし」



<騙されたかも>と言いそうになった時です。再び玄関のベルが鳴りました。


「はい。あ…」


「よう」


絶句してしまうわたし。そこに居たのは弟でした。弟だったのですけれど…


「みゃー…みゃー…」



何という事でしょう彼は子猫を腕に抱えて、申し訳なさそうな表情でこちらを見ています。



「隆…もしかして…」


「ああ。そのもしかしてだ…さっき橋の下に段ボールがあって…」


そうです。弟、隆は仔猫を…


「思わず拾ってきちゃった…」


「えええええええええええええええええええええええええええ」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「とにかくだ。俺の家では猫が飼えない。飼えないからこうして遊びに来てるんだよ」


とりあえず弟に家に上がってもらって、一息つくためにお茶を用意しています。立て続けの来客で頭は混乱気味ですが、結論はほぼ一つでした。


「わたしが飼うしかないじゃん…」


飼い主を探すにしても当面はわたしが保護しなければならないことは明らかでした。


「あれ…姉ちゃん、なんかオシャレなの付けてるんじゃね?」


何故かこのタイミングで弟はイヤリングに気付きます。


「ああ、これね…」


流石に騙されたっぽいという印象を抱いていたので普通に「グッズ」として最近買ったという事にしてしまって弟に説明します。


「いいよな…女子はそういうグッズがあってさ」


「別に男の子が付けても…まあ似合わないか…」



そういえば『角さん』もこれを使っていたというから、やっぱり耳に装着したのだろうか。何となく普通のおじさんが付けていると似合うとは言えないかも知れない。



「とにかく…俺も飼い主探しとか手伝うからさ…一週間、何とかお願いできないかな?」


「まったく…」



普段はしょうがない弟とはいえ善意で保護した彼を責めるわけにもいきません。


「わかったよ。何とかする」


「ありがとう!!お姉ちゃん!!」


弟はその後新しい仲間に少し警戒している『バンブー』を一通り愛でて、仔猫用のミルクやお皿などを買ってきてくれると日が暮れる前に帰ってしまいました。


「どうしよう…」


一人残されたわたしは何から始めたものか分からずとりあえず夕飯がまだだった『バンブー』のご飯を用意します。


「バンブー、どうしよっか…」


「なおん…」



『バンブー』も困ったような声を出しています。仔猫は疲れたのかリビングで眠っているのですが、その子もオスで特に見た目が酷いという事はなく捨てられて間もない状態だったようです。


「バンブー。あの子と仲良くして上げてね…」


何気なく語り掛けたのですがその時の『バンブー』は耳をピーンと立てて何か感じ入った様子にも見えました。わたしは夕飯にちょっとは気の利いた事をしてくれたつもりなのか弟が子猫用のミルクのついでに買ってきてくれたコンビニ弁当を食べて、シャワーを浴びて後の事をあれこれ考えているうちに寝落ちしてしまいました。



幸い次の日は日曜日で仔猫の世話に支障はないと思われました。朝方うっすら明るくなってきた頃に、仔猫の鳴き声で目が覚めて<じゃあ、がんばんないとな…>と思ってそちらを見遣ると『バンブー』と仔猫が接近しています。



「あ…」


わたしがそこで驚いてしまったのは、『バンブー』がどこか健気に仔猫の毛づくろいをしてあげているのを見た事です。一般的に新入りに対して警戒する猫もいる中でこの反応はとてもいい傾向で、まるで『バンブー』がわたしの気持ちを推し量ってくれているかのようです。わたしは二匹に近づいて、



「ありがとうね、バンブー。よかったね…猫ちゃん」


と話しかけました。どちらかというと二匹の世界に入ってしまっているようでしたが、こういう様子を見ると心が癒されます。


「あ…そうだ。また付けてみようかな」


わたしはその時もう一度あの猫のイヤリングを付けてみようという気紛れを起こしました。なんとなく自分も混ぜてほしいと思ったからかも知れません。耳に付けてから二匹に近づいて呼びかけてみます。


「バンブー、猫ちゃーん」


するとそれまで夢中だった二匹は明らかにこちらに関心を示して、じっと見つめてきます。もしかすると『30%』という数字がここに現れているかも知れないと思った瞬間でした。



そこから約一週間、仕事もこなしつつ猫の世話をしていたのですが思いのほか仔猫も懐いてくれましたし、何より『バンブー』が色々察してくれたらしく、日中も近くで様子を見ていてくれたようなのです。これをイヤリングの効果というのか、それとも『バンブー』が偉かったのかは結論付けられませんでしたがとにかく二匹でもなんとかなると思えたのは収穫でした。



☆☆☆☆


「姉ちゃん、あのさ…SNSとかでさ探してみたんだ」


「やっぱり見つからなかった?」


日曜日に弟が家にやってきました。浮かない表情を見て『飼い主は見つからなかったかな』と予感しましたが、案の定その通りで、わたしに対して申し訳なさそうな様子で説明してくれます。


「あともう少しだけ…」


「いいよ。少しじゃなくても」


「え…?」


驚いた表情の弟。わたしはその時近づいてきた『バンブー』に、


「いいよね、バンブー?」


と訊いてみました。気のせいなのでしょうか『バンブー』は、


「うん」


と確かに言いました。弟は慌てふためいて、


「え?今「うん」って言わなかった?」


と言いましたが今や家にいる時には習慣でイヤリングをする事にしていたわたしには思い当たる節がありました。


「実はね、今朝の夢枕に仔猫とバンブーが出てバンブーがわたしにこう言ったの。『僕、この仔と一緒に暮らしたい』って」


「あ…そうなの…?でも…」


「まあ最後まで聞いてよ」


変なものを見るような目でわたしを見ている弟を制してこう続けます。



「それでね、その後に『この仔の名前は【アトラス】にしよう』って言ったの。それで起きてから仔猫に『アトラス』って呼びかけたら…」


「呼びかけたら?」


「おいでアトラス!!」


わたしの呼びかけに反応して仔猫がこちらに勢いよく走ってきました。これには弟もさすがに驚いたらしく。


「おお…すげえな姉ちゃん。超能力者かよ!」


と興奮気味に言います。でもわたしは首を横に振って、


「ちがうよ。ちょっと勘がいいだけなの」


と何かを誤魔化すように弟に伝えました。


「そうかな…」


尚も釈然としない弟ですが、ともかくこれからは『バンブー』と『アトラス』と一緒に暮らすことになったのです。



後日、わたしは未来創造社宛てに送るハガキの『使用感』の欄にまずこんな風に書いてみました。



『このイヤリングを使ってみて、確かに勘が良くなったような気がします。それでも本当にイヤリングの効果なのかどうかは断定はできません。ですが、家に居る時には殆どこのイヤリングをしている自分がいます。商品化するときには『30%』の効果ではなくて、せめて『50%』あるといいかなって思いました』



そして『角さん』にお願いされた通り、この間にあった具体的なエピソード書き加えていきます。何となく小説のようになってしまっていますが、彼はこの感想にどう思うかなーなどと想像しながら、いつもべったりくっついている二匹の猫を眺めて少し悦に浸っているわたしでした。
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吉岡家の食卓~肉喰いジルバ~

バンデンラ・ゴジジウ、またの名を吉岡末吉。アーティストを目指して以来奇抜な名を名乗るようになった彼だが、流石に今日はくたびれた。というのも末吉、スーパーに御遣いを頼まれて焼き肉用のタレの銘柄を間違えて殊焼き肉だけの味にうるさい祖父の「ばあむくーへん・かつらーむき」本名、吉岡為吉に注意され買い直しを命ぜられた際、事もあろうににわか雨が降ってきて気持ちが折れかけながらも出掛けたのに帰宅の際、狭い路地を走る車に泥はね水を浴び、


<なんてついていない日なんだ!>


と思っていたら、家に戻ってくると為吉さんこう言うわけです。


「いち早く『たれ』にまみれているようだな」


かかか、と快活に笑う祖父は自分で巧い事を言ったつもりらしいのですが、当然下がり切ったテンションで可笑しくなるわけもなく当然憮然としてしまったわけです。するとそんな彼を見た母親、吉岡琴音がですね言うわけです。


「あんた、そういう表情してると顔が崩れ易いわよね」


母はそっけない口調で言うのですが、美的感覚はそれなりに自信のあるゴジジウにとっては図星の部分もあり、だんだんと悲しくなってきます。するとそんな瞬間に電話が掛かってきて先週やけくそ気味に描いた絵に興味を持ってくれた人が居るらしいという朗報が飛び込みます。嬉しいのは嬉しいのですが、彼はその時こう思ったそうです。


『こんな時、どんな顔をすればいいんだろう』



そりゃあねぇ…私が言うのもなんですが多分ハトがバスツアーに参加し損ねた時の、闇雲に蹴り飛ばした謎のクローバーの綻びという感じでしょうか。蹴られて逞しくなることもあるそうですね。だからどうしたと言われればそれまでですが、バンデンラもこういう毎日なので日に日に逞しくなってゆくわけです。



夕食がやってきます。シャワー上がりの末吉さん、気を取り直して肉を喰らおうと決めていたので為吉さんにこう言いました。


「じいちゃん、旨い肉を食わせてくれ」


彼は肉の焼き加減だけはしっかり教えてくれる祖父を地味に尊敬もしているのです。為吉さん、それを受けてこう答えます。


「肉は旨い」


それは彼にとって真実なのですが、逆に言うとそれだけしか言うべき言葉を持っていないのも事実なのです。出張中で父不在の食卓、黙々と肉を焼いて口に運び、舌鼓を打ちつつ追撃の白飯という機械的動作が続く祖父と孫の様子を見かねて母が何となく昔話を始めます。


「確か、末吉が5歳の頃だったかな。焼き肉を食べて嬉しそうにしてたね。その日は今みたいな雨でおじいちゃんが外で泥んこになって帰ってきて、

『いち早くタレまみれになったぞ』

って自慢げに言ってたわね…」


<というかその頃からのギャグだったのか>とやや呆れ気味に聞いていたバンデンラですが、逆に悪い印象が浄化されてゆくのを感じます。ただすかさずかつらーむきが、


「そうだ。あの時に使っていたタレが一番旨かったんだが、2年前に販売元が中毒事件を起こして人気が下火になって終売になってやむなくこのタレになったんだ」


と余計な一言。末吉は思ったそうです。


<やむなくのタレなのに、買い直しさせたのか…>


当然ですが彼の表情はますます訳の分からないものになっていきました。それを喩えて言うならば、カバンの中で潰れてのっぺりとしたサンドイッチに儚さを見出した時のような、半ば恍惚に近いものだったと思われてならないのです。

よく分からない絆

とって付けたような文句が壁面に並んでいる。


『洒落たバー』、『イカス天国』、『ほろ酔い三昧』、『たらふくおじさん』


店主が何を考えているかは分からないが、とにかくこの居酒屋『まんべんなく』という屋号に相応しいセンスの張り紙がそこら中に広がっている異様な空間である。ネット上のそこそこ親しい知り合いから、


『とにかく酒が旨いんだ』


と紹介されたので初めて来店したのだが、入った瞬間異空間過ぎて本当に「ここ」なのかと疑ってしまった。困惑しながらも仕事終わりでとにかく腹がすいていたので主に声を掛けて適当な所に座る。異様な壁際よりはと思いカウンターの隅にしたのだが、意外と客は居る様子。皆、全く「あれ」を気にせずに美味しそうに酒を飲み、つまみを召し上がっている。


「マスター!ビールお代わり!!」


照明が明るくてテレビで野球中継を流しているような雰囲気の店なので、自然とお客さんの声も元気である。若い女性客も居て、軽い愚痴を言い合ったり、『分かるわー』と相槌を打ったりしている様子を見ているうちに、<ああいい店なんだな>という気分になってくる。喉が渇いていたので私もとにかくビールを注文し、そこでふうと息をついた。


「マスター、こっちに串焼きお願い」



中年の男性の店主が一人で切り盛りしているらしいこの店で、注文がひっきりなしに来ているが店主はニコニコ上機嫌で、手際よく作業をし続けている。忙しそうだからという理由で壁面の文字の事を尋ねづらいが、実際気になってしょうがない。手渡されたビールをぐいっとやってから、タイミングを見計らって訊いてみる。


「マスター、あの壁の文字は何なの?」


「お兄さんも書いてみるかい?」


「へ?」


意外過ぎる返事に言葉を失ってしまった。理性的に解釈すると、どうやら私も「あれ」を書く事が出来るらしい。


「え、っと…客が書いていいんですか?」


困惑しながら確認したのだが、書いていいというかそもそも書きたいとも言っていないから話がややこしくなる。案の定、


「ここに居る人、みんな書いたと思うよ」


「みんな…ですか…」


かなりの驚愕である。一番離れたところに座っているらしいあの真面目そうな人とか、近くにいる女の子も、本当に「あれ」を書いたのだろうか?何故「あれ」を書くのだろうか?疑問は尽きない。


「そう。みんなで書いて貼ってるよ」


店主が言うと他のお客さんも「そうだよ。お兄さんも書きなよ」と口々に同意している。どうやら店主の話は本当らしいが、そうなるとそれはそれで宗教みたいで怖い…



「まてよ…という事はここを紹介してくれた知り合いも書いたのだろうか…」


気になってその場でメッセージを送ってみる。すると、


『はい。『極めつけ爆弾』って手前側にありませんか?』



という返事。そして、普通にあった。というか何故『極めつけ爆弾』なのかもよく分からない。


「えっと、書いてもいいという事でしたが何を書けばいいんですか?」


書くとは言っていないが書くとしたら何を書けばいいのかは当然常識人として気になる。


「それっぽいのでいいよ」


「それっぽいとは…」


だから「あれ」が何なのか分からないのに、「それ」っぽいという事は論理的に考えるととてつもなく曖昧なものである。眼がくらくらしてきたのは酒のせいではあるまい。それはそれとして先ほど注文した厚焼き玉子が異様に旨いし、非常に和気あいあいとした雰囲気なのでヘンな気持ちになってゆくのを感じる。


「わかりました」


「はい、じゃこれ用紙とマッキー」


普通にマジックペンで書かれていたのは分かっていたが、いざ「あれ」を書くとなると悩む。だが考えてみたら悩むほどのものでもないだろうと思って、


『はんぺんパラダイス』


と書いておいた。理由はその時はんぺんが食べたかったからだ。居酒屋で夜は更けてゆき、何事もなく腹が満たされたところで自宅に戻る。私は寝る前に知り合いに再びメッセージを送った。


『『はんぺんパラダイス』っていいと思う?』


すると返事は。



『いいと思います。あそこおでんも旨いですよね』



だった。よく分からない絆が産まれたような気がする。

立て掛けて窓際

ある程度の事ならば「そんなもんか」と割り切ってしまえるようになった、こういう変化は一体何と呼ばれるものなのだろう。飾り気のない生活が『我がスタイル』と言わんばかりの意識で自分にとって標準そのものである部屋を一瞥する事数秒。


『新生活』と銘打たれた広告に若干気後れしつつも所々ガタが目に付くようになった調度品を揃え直そうかと思っている。ますます複雑化しつつ、肝心なところで簡略化されてくる社会での重要な自己表現とでもいうべき家具選びは慎重に慎重を期す方が良いと思っているうちに、過ぎてゆく時間による摩耗、或いは経年劣化はどうすることも出来ない必然である。それはややもすると我が心の摩損の表現ではないのかと、洒落た一言を耳タコで聞いてくれる隣人が存在するべくもなく。


『タラレバはご法度なのだよ』


と競馬好きの知り合いに教授していただいたように、この場に誰か時間を共有する人…なかんづく『女』と書いて「ひと」と読むような誰かが存在したらなんて考えることはよそう。だんだん虚しくなってくる。実際それについてはちょっと前打ち解けてきたと感じていた人から恋愛相談を受けるという全くもってよく分からないありきたりな展開になったので懲り懲りしているくせに、そもそも調度品に気を遣おうとしているのもやはりタラレバ案件を意識するからである。今更のように。



蛇口を捻り、美しい線で直滑降してきた水、ウォーターをグラスに注ぎ、口に含み飲むかと思わせておいてすぐさま吐き出す。うがいをしたのである。医療関係者による口すすぎの有効性と切実感をこの身に受けたものとしてはこの後の手洗いまでやぶさかではない。これからの季節は忌まわしき花粉との戦も控えている。出来るだけ身を清めておくのは理にかなっている。適い過ぎている。だから困る。



合理的な事は多くの事では良い事である。けれど、合理的であるから必ずしなければならないという事になるといつしかルーティーンの中に組み込まれ、欠くことの出来ない日常の構成要素になってゆく。すると、その構成要素の分を予め考慮するように行動が計算されてゆき、いつしかあったはずの余裕はきれいさっぱり消え去っていることに気付く。とまあそんな大げさなものではないと信じたいが、少なくともこの頃自分の徒歩の速度が若干早まっているという影響は出ているかも知れない。



てくてくてくと歩いて、がったんごっとんと揺られ、またてくてくと歩いて目的地に到着する。とりあえず今日は「下見」という予定でやってきた大型のインテリアショップだけれど、もしかしたら購入を決定するかも知れない。それは神と30分後の僕が知っている。



☆☆☆☆



そして噂の「30分後の僕」が唐突にモノローグを再開するわけです。


「やっぱりねこの時期は混んでたね」


まるで友人に報告するかのように回顧する僕。新生活を始めたい人、始めなきゃならない人、無理やり新生活気分を味わおうとしている人、他、色んな人が来ているわけです。その中で、改めて自分が何を必要としているのかを考えに考え抜いた25分でしたよ。確かなことは、ここに集まっている他の人ほどには商品を必要としていない。というかいざ実物を見てみると「家具の配置」とか「色合い」とか部屋のテーマとかの面を抜本的に見直してイメージを作ってから選んだ方がいいのではないかと思えてくるのです。そのアイディアが浮かんでしまうと、余計にそれが正しいように思えてきたので僕は一旦退散したのです。




そして、僕は唐突に「書籍」が欲しいと思ったのです。内装のイメージを膨らませてくれるようなシャレオツな具体例というか、そういうものが惜しげもなく披露されている書籍がこの世の中にはありまして、まあそれに頼ってみようという事なのですね。で、書店がないかなぁと思っていると、普通に近くにありまして、見るからにあまり繁盛はしていないような書店なのですけれどそういう書店の方が良い場合もあるのかなと思いまして、そそくさと入店したのです。個人で経営している店らしくてですね、僕はまあ本が好きな方なので珍しい本も扱っていて「感心感心!」という風情で眺めていたのですが、当初の目的を忘れてはいかんなと思い、店主に相談してみたのです。


「インテリア?ですか。一応雑誌もありますがね、えっとああ、ここです。この辺りはインテリアの術というか、家具選びのセンスを磨けるような本とかを揃えているんです」



「へぇ凄いですね。意外とこういう本があるんですね」


痒いところに手が届くような品揃えに、再び感心気味に頷いていると店の奥の方から若い女の子が出てきて、まるで我々には無関心の様子でそのまま外に出て行ったのを僕は見た。


すると店主はとても複雑そうな表情で話し始めた。


「今出て行ったあの子がね、今度新生活を始めるんですよ。でね、私が家具を選んであげようとしたら、言うんですよ」


「なんて言ったんですか?」


そこで店主は一つ大きな呼吸をする。


「センスがないって」


「え…?」


「私にはセンスがないって言うんです。家具選びの。」


「はあ…」


その店主の表情はこの上なく切なそうだったが、色々な事情があるのだろう。


「それでこういう本を読んだ方が良いのかなって思うようになりまして…」


「なるほど…」



僕はそこで気になる事があったのでこう尋ねた。


「それで効果はありましたか?」


すると彼は菩薩のような微笑みでこちらを静かに見つめていた。その様子から何かを察した僕は、


「じゃあこの雑誌だけいただけますかね」



と告げた。店主は静かに「はい、ありがとうございます」とレジに向かった。



☆☆☆☆



ところで一体この一幕は何だったのだろう。何だったのかと訊かれれば何でもない事だったのかも知れない。インテリア雑誌だけを携え帰宅した僕は、雑誌を机に置いて「ふう」と普通の息ともため息ともつかない何かを吐き出した。


「あ、そうだった」


再び立ち上がってシンクに移動し、蛇口を捻る。慣れたグラスでうがいをする僕はこんな事を思う。


<何はともあれ先ずは本棚が欲しいかもな>


と。

楽しく踊る

世界を少しはマシにしたい気持ちは退屈さのなかでふつふつと湧いてきて、暇つぶしで世の中をよくしてゆこうと思いかける頃に、大抵げんなりさせるような出来事がこの身に降りかかる。常に同じ味が期待されるカップ焼きそばを咀嚼している間に次にしたい事が見つかって、ついさっき考えていた事はどこかに消えてしまう。消えてしまったことに気付いているけれど、消えるのも仕方ないなぁと当たり前のように思う。


結論から言えば踊らされているのだろう。そして踊らされているのを承知でなるべく自分らしく踊るのだろう。



なんという名言だろうか。<これ以上の名言はないぞ>と心の中で訴えている主人公気質の誰それが別なテンションで、


『いい加減に水を飲んだ方がいいぞ』


と的確なアドバイスをくれる。そうだった、と麺が詰まりかけた喉に水を流し込み嚥下すると何故だか妙な安心感に包まれる。ふぅと一息ついて上方の円形の時計を見ると針がきりのいいところで止まっている。


「こうなったら予定を変更して昼からも出掛けるのがいいのかな」



なんて誰に確認するわけでもなく言って自分の気持ちを確かめる。遠くには出掛ける気はないけれど出来るだけ遠くに行きたい。高々と聳えるあの山は越えやしないけれど、せめて違う所から山を見てみたい。いやそれは相当捻ったものの言い方で、実際はいつか買おうと思ったものを今日買ってしまおうという、ただそれだけなのである。



食べ終わるや否やそそくさと立ち上がって「こんなところに居ては勿体ない」とさっさと準備を始める。もう夏と言ってよいのか分からない天候に合うコーディネートも難しいので、なるたけ早く無難な服を選んでおきたいところだと少し意識しつつ、自分が欲しいものが何だったか思い出しながら出掛ける。



『欲しいものとは?』



それは非常に難しい問いである。明確に欲しいものが浮かんでいるわけではないが何かを欲している。その気持ちが満たされたら欲しいものが手に入ったという順序で片付いてしまっていることもあるのが実情ではないか?



『欲しい』というココロを見ないようにすれば見ずにいることも出来る。つまりそれは我慢と呼ばれる静かな行為で、見ないように目をどこかに向けさせる事が出来るのなら、もはや『欲しい』という事すら忘れてやしないか。



ふつふつと湧き上がってくるものは、やはりいつかの自分が『欲しい』と思った事の証明で、今日みたいな暇さだと追い払うことも出来ない、という事が真実なのかも知れない。だから何なのだろう。結局欲しいから買いに行くだけではないか。



稀にある「これは買わなきゃダメだ」という感覚。到着した小さな書店にて激しく反応しているその感覚が「2500円」は高いのか安いのかという金銭感覚と正面から衝突している。


<予算を考えろ!給料日まであと何日だ?この間も買ったばかりだろ?>


<ここで買わなきゃ絶対後悔する。買わなきゃ中身は読めない。お前が欲しているのはこの本だ!!>


どっちも勝手な事をぬかしやがって…選ぶのは俺なんだぞ、と対立する両者に文句を言いたくなる。どちらも満足するようには出来ない案件なのだろう。確かに本の中身は知りたい、自分で確かめたい。けれど昼食ですらケチり気味の自分が咄嗟の判断で買うレベルの良書だという確信がない。いや、本当は良書だという事は分かってはいる。でも…でも…



「その本、おススメですよ」


のんびりした性格だと思っている店主がシンプルにそれだけ言って本を薦める。店の中には高校生くらいの女の子が椅子に座って何かの本を読んでいる。いつもそこにいるのでおそらく店主のお子さんなのだろう。静かでいい店だが「静か」な事は店にとっていい事ではない。こういう店は儲け度外視でやっているんだろうなと想像するけれど、ようやく常連っぽくなってきた自分にはあまり深入りしないほうが善いという判断が固定しつつある。


「元来ノンフィクションが好きなんですけど、こういう本格的な小説も悪くないなって最近思えていて、でもどの作家がいいのかちょっと分からなくて…」


やや独り言に近いトーンで店主を意識しながら言うと、


「まあ小説は基本的に作られている話ですからね。読者としては物語の展開に踊らされていて、術中にハマっていられるならその方が楽しいですよ」


店主の発言になんとなくシンクロニシティ的なものを感じつつ、


「やっぱりなんかどんでん返しがあるんですか?」


と素朴に聞いてみる。すると人のよさそうな店主は困り顔で、


「う~ん…」


とだけ言う。こういうタイプの人は誤魔化そうとしても誤魔化せないもんだなとどこか納得して、今回は作家の手に踊らされてもいいかなと思った。


「ありがとうございます」


会計を済ませると、先ほどまで服を買おうと思っていたことがどうでもよくなってきた。いや、書籍を購入した時点で服は今日じゃなくなるだろうなと思ったけれど。ただ何となくこういう自分の行動すら、手の内なのかなぁと思えてしまう。




だとしても、自分はやはり自分らしく踊るのだ。多少はみ出たり、踏み外しそうになりつつそれでも、楽しく。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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