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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

黄金旅程のその後で

Posted by なんとかさん on   0  0

『夏の始まり』という趣のある日の事、これまでに歩いたことのない不慣れな道を歩いている青年がいる。GPS機能で位置を確認しながら少し小高い場所にある背の高い洋館とも言える建物の門の前で立ち止まった彼の名は何を隠そうバンデンラ・ゴジジウこと吉岡末吉である。午前でも近辺とは違う妙な静けさのある場所で、門の中には番犬が居るのが分かる。敷地内に茂木々もどこか日本的ではなく、ゴジジウのような庶民感覚では気後れがしてたまらないようなシチュエーションだけれど、今回は取りも直さず館の主が直々に彼に面会したいとの事である。


「よし…」


意を決してインターフォンを押す。しばらくして、


「今遣いを向かわせますので」


という家主のものと思われる声が聞こえてくる。そこで少し気が緩み、


<立派な家だなぁ>


とか普通の感想が心の中に浮かんできた辺りで突然番犬が「ワン」と鳴いてまた気が引き締まる。


「そうだ。今日は『商談』なんだから、気合入れないと」


紙面でアート作品の依頼という話を受けてからというもの、彼の中で勝手に『ビジネス』感覚が立ち上がり彼なりに今回の件を整理した結果、本日この館で報酬も含めた会話が交わされるであろうという事が想像された。今朝祖父である「かつらーむき」にも、


『第一印象で決まるからな』


と参考になるのかならないのか微妙なアドバイスを貰って、やる気に満ち溢れてはいるが、具体的な事はあまり考えてきてはいない。



そんな彼の前に現れたのはいかにも『執事』といういでたちの男性である。その洗練された動作と風貌に圧倒されながらも家の中に案内され、おそらくは客間と思われる部屋に導かれたバンデンラ。そこも赤い絨毯に、大きなテーブルに、シャンデリアという『これでもかテンプレート』が待ち伏せていて、いよいよ己の中に「場違い感」がやってくるのをこらえ切れなくなってきた。


「すぐに旦那様がいらっしゃいますのでお待ちになっていてください」


「は…はい」


案内された席に座り、緊張しながら待っていると館の主がゆったりとした歩みで部屋に入ってきた。おそらくは高齢の男性で、非常に立派なスーツを来て現れ、朗らかな表情でバンデンラを見つめてから、


「お待たせいたしました。本日はお越し頂きありがとうございます」


と恭しく頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそこの度はご依頼いただきありがとうございます」


それに倣うように、立ち上がって一例をして主が席に着くのを見守る。そんな風にして順調に始まったかに見える商談ではあるが、ここからがまたこの物語らしい展開になってゆく。一通り自己紹介が終わり、主の名が『マイケル飯田』という事からどうやら少し珍しい生い立ちである事が想像されはしたが、とにかく温厚な人柄であるという事が了解され、ゴジジウはほっと胸をなでおろしていた。ただマイケルの特殊性…あるいは奇特性はここから発揮された。


「確か、オリエンタルアートを目指されているという事ですよね。それも過去にあったオリエンタルアートではなく、新しいスタイルのオリエンタルアートという事だそうですが、それが具体的にどういうものか少しご教授いただきたいのですが」



「つまりですね、オリエンタルなアートというものは和の心を大事にしたアートで、日本的なものは生活の中に現れますから、そういうところからアートなものを引き出してくるという事ですね。ですが、オリエンタルという事は何も日本だけにはとどまらないわけで、オリエンタルなものとして日本の中にあるものを見てゆくという事ですね」


相手は流石に芸術の分野の知識があるらしく、バンデンラの説明でも一人うんうん頷いて「なるほど…そうか、その辺りがシュルレアリスムに通じるのか…」など納得しているようす。この辺りで気を良くしたバンデンラは最近製作している蝉の抜け殻を使ったアートで具体的に説明してみる。


「蝉の抜け殻は日本的なものですよね。そこに何かを見るという事をオリエンタルな発想だとするなら、つまりはそこにストーリー性があっていいと思うのです」


「なるほど。素晴らしい。幻惑的ですな!」


この辺りで勘の良い読者は気付かれるかも知れないけれど、マイケルは『オリエンタルアート』の『オリエンタルアート』性というよりも、そこからの発想が突飛すぎて『シュール』になってゆく様態に関心があるのだ。それは少し前に脱オリエンタルアートのコンセプトで製作したものが評価されたのと大した差がない。そんな齟齬にバンデンラが気付く様子はなく、とにかく自分の作品が評価されているのだという事を前提に今回の作品の依頼の詳細が取り交わされる。



「それでですね、今回は是非『絵画』の製作を依頼したいのです」


「どういうものをご希望ですか?」


「そうですね上手くは言い表せないのですが、私は『カミ』に興味があります」


「紙?ペーパーですか?」


アクセントの関係で思わず聞き直したバンデンラに対してマイケルはこう言った。


「いえ、『カミ』、つまり西洋でいう所の『GOD』というか、オリエンタルアートの中で神がどういう位置づけになるのか知りたいのです」


「ゴッドですか…。それは『八百万の神』の発想でも構わないという事ですか?」


バンデンラは一応確認したのだが、後者だった場合にバンデンラの手に負えるかどうかはそれこそ『神のみぞ知る』である。


「かまいません。むしろ貴方が思う『カミ』を表現していただければ私は満足です」


「なるほど…大作になりそうですね」



というような話から、報酬、その渡し方など、或いはちょっと世間話的な事をして『商談』は無事(?)終了した。帰り際、バンデンラは再び門の所まで送ってくれた執事にこう訊ねる。


「執事さんのお名前は何て言うんですか?」



特に訊いた理由はなかったものの彼はこう答えた。



「古城=ミハエル=セバスチャンです」


念のためもう一回発音してもらってからバンデンラは館を後にした。

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結社とたらこ

Posted by なんとかさん on   0  0

秘密結社「たらこ三昧」の断片的な情報を辿っていると、どうやら『彼ら』がこの世界で果たしてきたらしい『役割』が浮かび上がってくる。それを一言で表現するならば、ずばり


【印象操作】


のようである。組織の歴史…と言っても俄かに語られ始めたのは2000年代半ばからなのだが、少なくとも分かっている範囲で言えば「たらこ三昧」の結成にはIT産業の発展が深く関係しているという話である。というのも組織自体が今でいうインターネットのダークウェブ上での秘密裏のやり取りから生じ、現在でも実質的な運営は表には出てこないように行われている。ではなぜ今、私の手元にある資料に組織の名前や概要と言ったものが取り扱われているかというと、一つには個人のハッカーが仲間内で噂話手的に語られていたこの組織に危険を冒しながらも接触を図ったからである。その時の経緯をインターネット上の巨大掲示板に控えめに書き残していたログによって「たらこ三昧」というでたらめにしか聞こえない組織の『暗躍』の姿を伺い知ることが出来る。





【たらこ三昧】は世界を『アバンギャルド』化しようとしている。我々が平常の感覚で良いと思っているものを独自の情報操作と印象操作で一旦疑わせ、彼が良しとする価値の体系を世の中に徐々に浸透させるという目的を有している






もっとも、当時この書き込みからその存在を信じた者は皆無と言ってよかった。むしろ、その書き込みは一種の伏線であって数年後時代が世界的な株価の暴落によって混乱していた頃に突如として奇抜なスタイルでメディアに登場しまもなく時代の寵児となったあるタレントが某日ラジオにて語った「たらこ」への偏愛である。その日執拗に繰り返された「たらこ」という語の登場回数は30分の番組でおよそ50回に渡った。奇妙な事にそれ以後このタレントがバラエティーなどに登場しても「たらこ」を好んでいるという発言はなされていない。彼の中で一時的に「たらこ」ブームが訪れてその後下火になったと解釈できるものの、奇妙な事例はこれだけではない。その数年後にもこれまた奇妙なスタイルで…特にジェンダーレスの装いで奇矯な物言いをする事で人気を獲得した女性モデルもとある地上波の番組にて「たらこ」への偏愛を語った。しかも、それが先ほどのタレントと同じように単発での表明であり、その後はそんな事実はないかのように振舞っている様子が現在でも伺える。



この辺りの奇妙な一致、『符合』によって一部ではこの先述の【たらこ三昧】の書き込みと彼らを関係づけられ始めたらしい。かく言う私も当時これをネタ、都市伝説的なものとして受け取っていて、<なるほど、そういう事があったら面白いかもな>と感じていた人間の一人である。実際にはこの頃既に【たらこ三昧】の活動は第二フェーズに移っていたらしい。と言うのも彼らの計画では例のハッカーが接触してきた時から敢えて『都市伝説化』させる事で別な形で影響力を持たせようとする戦略があり、ハッカーが何らかの方法で彼らの存在を公表する事さえも方法の一つに数えられていたからである。




ある程度の冷却期間を置くことで都市伝説は都市伝説として熟成する。時代を経てソースが参照されることによって意味深な行動が意味づけられ、そういうものへの関心とそのような解釈をする傾向性ある人々によって語られたことにより、一つは嫌悪と一つは『別な何か』を人々に呼び覚ます。



『別な何か』とは一つの信仰のようなものである。即ち【たらこ三昧】というものを半信半疑ながらも意識して、「仮にそういう組織があるとすれば」という思考の形式で己の行動を決定してゆくという方法が採られるのである。彼らは暗に既に【たらこ三昧】は影響力を持っていると判断している。こうなると例えばメディアに露出するための手段として、【たらこ三昧】に接触する事が得策になると考え、彼らに媚を売るように「たらこ」と奇抜なスタイルを取り入れて活動を行う。ここで組織が戦略的に上手かったのは既に芸能界で地位を獲得しつつあった上記の二人の人物に、それらのうちの幾人かと実際に接触させた事である。今でいうフォロワー的な発想で、有名人によって取り上げられた自分の信奉者という形で実際にもその追従者がメディアに登場し始める。




こうなると集団として奇抜なスタイルというのが文化的な意味を持ち始める。この辺りが第三フェーズとされていて、実際に影響力を持っているか持っていないかを判断する情報がないままに【たらこ三昧】の存在が大きくなってくる。詳細は省くものの、こうして関心を持つ経営者の存在するある企業から秘密裏に捜査を依頼される事になっているというのが現在である。



「ふぅ…」



ここまでの内容をレポートにまとめ終わり、私はこの後の調査をどのように進めていこうか迷い始めている。仮に【たらこ三昧】の実態があるとして、彼らは秘密結社であるがゆえに簡単には尻尾を出さないという事が分かっている。おそらくは私もプロである以上、タレント『A氏』とモデル『S氏』を調査する必要がある。…或いはその二人と接触した事のある追従者の方をターゲットにするべきだろうか。そんなことを考えながら一旦家を出て私はある店で昼食を採ることにした。「たらこパスタ」の名店である。


<そう言えば「たらこパスタ」が流行りだしたのも時期が同じだよな>


果たしてこの発見は何かの役に立つのであろうか?




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




その同じ日、バンデンラ・ゴジジウの友人である『松永太郎』は自宅にてお手製の「たらこパスタ」を食していた。左手でフォークにパスタを絡ませながら、タブレットで怪しげなソフトを操作しながら呟く。


「たらこパスタは作るのが楽だからいいよな」


そのまま操作している画面上のメッセージ欄に『アバンギャルドで行こうぜ』と打ち込みタップをする太郎。どことなく既視感のある状況に彼自身満更でもないようである。

げえむ談義

Posted by なんとかさん on   0  0

行き詰りを感じていたバンデンラ・ゴジジウこと吉岡末吉はその日友人を誘って出掛ける事に決めた。その性格を忌避するかの如く友人と呼べる存在がそれほど多くないバンデンラではあるが、少し年上のフリーランスで独創的な仕事をしている男とは昵懇ともいえる関係を築いている。ただ『類は友を呼ぶ』という言葉通りその人、『松永太郎』もまた奇人変人の一人であった。


バンデンラが待ち合わせたのはとあるファストフード店。日頃は母から口酸っぱく健康には気を付けるようにと言われている末吉ではあるが、友人に会う前にはなるべくジャンキーになるのが彼なりの礼儀だと思っている節がある。と言うのも過去にIT系の会社に携わっていた松永がその関係で投資している会社が経営しているファストフード店の優待券を会うたびに手渡され、暗にそこを利用してくれと言われているように感じるからである。最近店舗数が膨れ過ぎて経常利益が下降線という思わしくないというニュースを何かで見たような気がしたので、相変わらず清潔感の漂う店のカウンターで少し遅めの朝食を摂る事にしたのだ。



「うまい」


現状打破が念頭にあってチョイスにもひと捻りあった食べ物が意外と美味しかったのでまずは安堵の表情を浮かべる吉岡。リスクを避けがちな風習に対して、奇抜な選択で乗り切る事も時には必要と言う持論を掲げる彼の父の教えがここで役に立ったのだろう。ところで彼の父は会社勤めをする至って常識的である人物で、『その教え』にしても別に日頃から奇抜な選択をしている息子に向けたものではなく、会社の雰囲気とか、社会の雰囲気とかそういうものに対して彼なりに持論を述べたに過ぎない。いや、ある意味で「バンデンラ」と「かつらーむき」という非常識な人間に囲まれる中で家庭内で秩序を保つ為に彼自身が欲している言葉を放ったという部分が大きい。バンデンラがそういうコンテキストを理解しているかどうかは非常に怪しまれるところではあるが、少なくともそれを『素直に』受け入れるに事に関して言えば末吉が非難されるべきという事にはならない。




朝食で一つ殻を破ったバンデンラは上機嫌で友人を待った。そしてそこから10分程して、部屋着と見まがうほどの非常にラフな格好で入店する男が居た。彼こそが『松永太郎』である。


「やあ、末ちゃん。元気かい?」


「ああ、今日も元気だよ。そっちはどんな感じ?」


「ぼちぼちかな。最近はゲーム開発に力を入れてるよ」


そう言ってバンデンラの隣に座る松永。そして松永は最近の『仕事』について順を追って報告し始める。そもそも松永は歴史的な概念を用いれば有産階級に近いような生まれで、古い秩序に縛られる事が嫌いで高校時代辺りから権力や財力を用いて色々と暗躍していた。ある人物に目を付けると、中学生並みの発想で法に抵触するような方法での観察していたり、自分なりにその人物を了解して自己満足に浸るような趣味を繰り返していた。ただ、彼にとって興味の対象になるのは『奇人変人』の類で、行為についても悪質なものにはなっていなかった。折しもIT技術の発展期で、テクノロジーの駆使によって半ばハッカーとしての才能がそこで自然に磨かれ、若くしてIT系会社で身を成し、より自由に使える財産なりが手に入ったところで独立し、日夜様々な分野に手を出して製品開発を行うようになっている。独立の前後で、彼の基準で『逸材』バンデンラを見出して、以来友人として付き合いながら時折アーティストとしての彼の意見をうかがうようになっている。



21歳の時、親戚の経営する菓子メーカーに半ば趣味で協力して開発した新しい味のガム、『ビューティフル・メモリーズ』はネーミングこそ話題を呼んだが、やはり際物としての宿命は免れなかったようで今は店頭から姿を消している。それでも時折行われる『復刻版』リクエストの投票で上位にやってきたりするあたり、消費者に残した印象は大きかったようだ。独立後、本格的に『暗躍』し始め現在はスマホのゲーム開発をしているという表の姿とは別の謎の活動をしているが、バンデンラはその辺りの事に気が付くようなタイプではない。実際、松永としてもバンデンラと同じような目線で奇抜な事をやっていた方が平和で楽しいと感じるところもあり、表の仕事での成功にも熱心なのである。



「ふーん、『レトロゲーム』をリスペクトしたスマホゲームか」


バンデンラに開発したゲームの事を説明した太郎。彼なりに市場を読み取って『ゲームの原点回帰』と銘打って、シンプルな中に新しい価値を見出そうという目標で開発し始めたゲームは横スクロールアクションゲームである。


「ちょっとプレイしてみてよ。難易度の調整が必要だなと思っててさ」


「任されよ」



バンデンラがスマホゲームの試作をプレイしている間、松永もカウンターで食べ物を注文する。バンデンラの気遣いとは裏腹にジャンキーなものがそこまで好きではないので、ドリンクとサラダを選んだ。バンデンラは今や時間を忘れてゲームをプレイしている。オーソドックスな操作性のアクションゲームだが、彼は何か猛烈な違和感に気付いた。


『敵の動きが全く読めない…』



難易度の関係なのかはよく分からないがバンデンラの自機はみるみる失われてゆく。普通なら一度ミスしたポイントから相手の軌道を予想して回避なり攻撃なりができる筈なのに、敵が出てくるタイミングや敵が移動する方向などがどうも読めない…。



「あのさ…これ、敵ってランダム?」


席に戻ってきた松永にバンデンラは訊ねる。


「ランダムではないよ」


「???」


「『カオス理論』に従ってるよ」


「ほへ・・・?」


太郎はそこで『カオス理論』について説明する。『初期値鋭敏性』、カオスである『十分条件』など一通り解説してから、敵がランダムではなくて与えられた値を再帰的に代入して生じるカオスに従って動いているという事をかみ砕いて説明する。



「…そっか、だから時々バカげた方向に動くのか…」


このゲームで一番厄介な敵はおそらく地面を這っている敵ではなくて、空を舞っている敵である。そいつらは少なくともプレイヤーにしてみればこちらに飛ぶのかあちらに飛ぶのか分からないので、言ってみれば非常に気持ち悪い動きをしている。



「これダメかな?」



少し不安そうに訊ねる太郎。



「これもある意味…運ゲーでしょ…」


「じゃあさバカげた方向に動く確率を設定して、ある確率で予想不能な方向に動くようにしたらどうかな?」



「…バグと何が違うの?」


「バグではないな。プログラミングされている挙動だから」



その後、何故か本筋を離れて段々とゲーム談義になってゆく二人。楽しそうであった。

南国気味

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「トロピカルサンシャイン」と男は言った。


冷え冷えとした空間に無理やり南国っぽさを醸し出そうという意図があったのか、確かにその時、『古城=ミハエル=エラベンワ』というネームプレートを胸に付けた男性は僕の方に振り向いてに笑顔でそう言ったのははっきり覚えている。暖房が故障しているらしい市の会議室で、とある『説明会』の為に数名がまばらに座って待機していている中で、この部屋に2番目に到着したらしい僕が特に理由はないがその男の後ろの列に座っただけだが、5人目が現れたあたりでの唐突な発言だった。


「あ、なにか?」


笑顔に気圧されて、なんとなくこちらも愛想笑いを浮かべるように辛うじて訊き返したのが、彼はその後何事もなかったかのように顔を正面に向け直した。こちらに向いていた時に思わずネームプレートをガン見してしまったのだが、無意識に色々と想像を巡らせていた。


「あ…」


知り合いでもないのでそこから「スルー」という方針を決め、ポケットの中のタブレットのケースから一粒取り出して口に含む。ミントの爽快な風味が口いっぱいに広がり、基本的には先ほどの事はどうでもよくなってしまった。そもそもどういう場合にどういう対応が『正解』なのかは分からないけれど、とにかく部屋の寒さが思考を奪っていってさっきのも何かのバグだと思ってやり過ごすことにしたのである。



だが『バグ』のような展開はここからが凄かった。そもそも説明会の趣旨が「〇〇地区開発計画促進戦略」を希望する住民に説明するというもので、個人的に前々からアナウンスされてきた「開発計画」の詳細を知れる機会だと思っていたのだが、そもそもこの会場の雰囲気からして重要性があまりなさそうというのが予感されてはいた。開始が平日の昼の3時からというのも嫌な予感を漂わせていたが、3時を既に過ぎたというのに一考に担当の人が現れる様子がない。


「おっかしいな…」


時計を何度も確認して3時10分になった辺りで敢えて声を出して周囲に同意を得ようとしたものの、奇妙なのが僕のその言葉に対しても他の人が反応している感じはなく、各々はただ時が過ぎるのを待っているだけという状態だった。例の『エラベンワ』もそうである。というか、あの瞬間以降一切の挙動が無いように背もたれにぴっちりと背中を付けて不動の姿勢で待ち構えているという様子。


<なんか、やばそう…>


気味が悪いので部屋を退出しようかと思った時を狙ったかのように扉が開いた音がして、誰かが慌ただしそうな様子でつかつかと部屋の中央を突っ切てきた。


「あー、お待たせしました。申し訳ありません」


おそらく担当の人なのだろう、そこからはもの凄い早口で『説明』が始まった。自分よりも若そうな男の人である。


「要するにですね、」


とんでもないことだと思うのだが、彼は「要するに」から説明を始めたのである。面食らいつつも何とか銘記していた『説明』はこのようなものであった。


「要するにですね、この戦略の肝はメディアを取り込むことなのです。…いや正確に言えば住民の生の声が『メディア』に取り上げられた、という既成事実を作ってしまって、それを議会の方に私から議題として取り上げてもらうという一連の流れなのです。ただし私からそれを直接『やれ』とは言いません。というわけなのです。以上」


後で調べると担当者は若手の議員さんだそうである。もしかして彼は証拠に残るような事を避けたかったのかも知れない、その後5ページほどに渡って入念に図式と抽象的な文句を並べた『資料』を配布され、それでお開きとなった。察しのいい人ならそれで十分と言えるのかも知れないけれど、ここに集まった5、6名の参加者の中にこの『ソースロンダリング』の指示を忠実に実行する人がいるのかどうかは甚だ疑問だった。



疑問だったのだが数日後、僕は某SNSで万が一という事もあるからという理由で『古城=ミハエル=エラベンワ』という名前を検索してみた。もちろんあの男性が実名でSNSをやっているとは思っていなかったが僕の脳裏にあの単語が浮かんだのである。



『トロピカルサンシャイン』


ご丁寧に幾つかのヒットの中にこの発言をしているアカウントの一つの最新の発言が



『〇〇地区は不便だから開発して欲しいです』



という取って付けたようなもので、それに対する『いいね』が3つほどついているのが確認できた。色々な事に対して白け始めていた僕だったが、何を思ったのかそのアカウントの主に対してこんなリプライを送っていた。


『トロピカルサンシャインって何なんですか?』


それに対して、数日後に返ってきた返事がこれである。


『わかりません』

金物細工師的な

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「バンデンラ・ゴジジウくん」


「何ですか、師匠」


「何でもない」


「そうですか」


アンチオリエンタルアートの急先鋒であるバンデンラ・ゴジジウの師匠こと、木谷武志は時々こうやってバンデンラ・ゴジジウの気を逸らすように様子を見に来つつ話しかける。殆どの場合は、マイペースに過ごしている飼い猫に意味もなく構うような感じで大した理由はないのだが、どうやら今師匠は数日前にバンデンラの製作した奇抜なアートが好事家に売れたらしいという噂を知ってその詳細を知りたがっているらしい。


「師匠」


「なんだね、バンデンラくん」


「いえ…なんでもありません」



『オリエンタルアート批判』なる論文を学会に出されて以降、微妙に師匠との折り合いに苦戦しているバンデンラだが、彼も彼でやけくそ気味に製作した作品がそこそこの値で売れたのを報告した方がいいよなと思いながら木谷に話しかけようとしていた。だが、今回のはよりによって彼の信条を曲げて脱オリエンタルアートのコンセプトで作ったものが評価されてしまったので師匠にマウントを取られそうだなと思ってしまって及び腰になっていた。



ところがどっこい、そもそも『オリエンタルアート批判』の論旨はオリエンタルアートの内容というよりはオリエンタルアートの概念自体に対する批判で、バンデンラ・ゴジジウが掲げたオリエンタルアートというコンセプト自体がはなはだ曖昧で空疎な観を呈しているという事態を憂慮したものなのだが、当のバンデンラ・ゴジジウが脱オリエンタルアートと宣言したものが殊の外評価されてしまったので否定神学のようにオリエンタルアートを否定して出来たものは一体全体何なのだという話になっている。勿論、それを知っているのはごく内輪に限られ、師匠ですら全てを見通せているわけではないという事がこの話をややこしくさせている。


「バンデンラくん」


「何ですか、師匠」


「今何を作ってるのかな?」


「今は…蝉の抜け殻のレプリカを製作中です。4つできたので、あと11個同じものを作らなきゃいけないんです」


「そうか」



木谷はバンデンラ・ゴジジウのセンスが常人とは違うと前々から思っている。だが常人と違うからといって、それが即アートになるのかというとそうではないと思っている…というか信じたい気持ちなのだ。だが、木谷にとっても世の中のアートの評価は摩訶不思議で実際それを論ずるのも野暮なのではないかと思ってしまう事もある。バンデンラのよく分からない作品が偶に売れて、それなりに取り上げられるという現状は何を意味するのだろうか、師匠は最近そんな事ばかり考えている。



そんな時、木谷の助手である『リリカル・杏子』がバンデンラのアトリエに現れる。


「おお、杏子くん。どうした?」


「はい。木谷さんにお客様がお見えになっています。それとバンデンラくんにこの封筒が届いています」


「ああ、ありがとうございます。なんだべ?」


「じゃあ私は失礼するよ」


木谷が出てゆくとそのまま部屋に残った杏子がバンデンラの作品を興味深そうに見ている。実は、彼女こそ今起こっている全てを見通せている唯一の人物でありバンデンラと木谷の微妙な関係性も、世間での評価も含めて悩まされている人なのである。


「『吉岡』くん」


杏子は二人きりの時にバンデンラの事を吉岡くんと呼ぶことにしている。別に好意があるからとかそういう理由ではなく面倒臭いからであった。


「なんでしょうか、杏子さん」


「ううん、なんでもない」


「そうですか」


バンデンラはその時封筒の中身を確認して静かに衝撃を受けていた。なんとそれはこの間脱オリエンタルアートの作品を購入した人物からの手紙で、内容を一言で言えば作品の『依頼』であった。


「…杏子さん、この手紙、『依頼』でした」


「へえ、よかったじゃない」


「まあ、そうなんですけど。困ったなぁ…」


「不安なの?」


杏子としては色々思うところはあるが喜ばしい事だと思っていたので、バンデンラの反応を意外だと感じていた。だが彼はこう言った。


「また完成が遅れちゃうよ…」


「…?」


バンデンラは机の上で製作している蝉の抜け殻のレプリカを指さした。


「これ、今月の間に完成させる予定だったのに、レプリカを造るのに時間が掛かっちゃって。前売れた作品は、これがあんまりにも時間が掛かって疲れてきたから一回厭になって作ったやつだったんだよね…」


それを聞いて絶句しかけた杏子だったが辛うじて、


「…そうなの」


と言う事ができた。オリエンタルアートにとってその蝉の抜け殻は避けて通れないという話を以前に聞いていたのだが季節はそろそろ夏に近付いていて、


『その抜け殻が全て完成する頃には本物の抜け殻が手に入るのかも知れないね』


とは流石の杏子も言えないのであった。

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