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立て掛けて窓際

ある程度の事ならば「そんなもんか」と割り切ってしまえるようになった、こういう変化は一体何と呼ばれるものなのだろう。飾り気のない生活が『我がスタイル』と言わんばかりの意識で自分にとって標準そのものである部屋を一瞥する事数秒。


『新生活』と銘打たれた広告に若干気後れしつつも所々ガタが目に付くようになった調度品を揃え直そうかと思っている。ますます複雑化しつつ、肝心なところで簡略化されてくる社会での重要な自己表現とでもいうべき家具選びは慎重に慎重を期す方が良いと思っているうちに、過ぎてゆく時間による摩耗、或いは経年劣化はどうすることも出来ない必然である。それはややもすると我が心の摩損の表現ではないのかと、洒落た一言を耳タコで聞いてくれる隣人が存在するべくもなく。


『タラレバはご法度なのだよ』


と競馬好きの知り合いに教授していただいたように、この場に誰か時間を共有する人…なかんづく『女』と書いて「ひと」と読むような誰かが存在したらなんて考えることはよそう。だんだん虚しくなってくる。実際それについてはちょっと前打ち解けてきたと感じていた人から恋愛相談を受けるという全くもってよく分からないありきたりな展開になったので懲り懲りしているくせに、そもそも調度品に気を遣おうとしているのもやはりタラレバ案件を意識するからである。今更のように。



蛇口を捻り、美しい線で直滑降してきた水、ウォーターをグラスに注ぎ、口に含み飲むかと思わせておいてすぐさま吐き出す。うがいをしたのである。医療関係者による口すすぎの有効性と切実感をこの身に受けたものとしてはこの後の手洗いまでやぶさかではない。これからの季節は忌まわしき花粉との戦も控えている。出来るだけ身を清めておくのは理にかなっている。適い過ぎている。だから困る。



合理的な事は多くの事では良い事である。けれど、合理的であるから必ずしなければならないという事になるといつしかルーティーンの中に組み込まれ、欠くことの出来ない日常の構成要素になってゆく。すると、その構成要素の分を予め考慮するように行動が計算されてゆき、いつしかあったはずの余裕はきれいさっぱり消え去っていることに気付く。とまあそんな大げさなものではないと信じたいが、少なくともこの頃自分の徒歩の速度が若干早まっているという影響は出ているかも知れない。



てくてくてくと歩いて、がったんごっとんと揺られ、またてくてくと歩いて目的地に到着する。とりあえず今日は「下見」という予定でやってきた大型のインテリアショップだけれど、もしかしたら購入を決定するかも知れない。それは神と30分後の僕が知っている。



☆☆☆☆



そして噂の「30分後の僕」が唐突にモノローグを再開するわけです。


「やっぱりねこの時期は混んでたね」


まるで友人に報告するかのように回顧する僕。新生活を始めたい人、始めなきゃならない人、無理やり新生活気分を味わおうとしている人、他、色んな人が来ているわけです。その中で、改めて自分が何を必要としているのかを考えに考え抜いた25分でしたよ。確かなことは、ここに集まっている他の人ほどには商品を必要としていない。というかいざ実物を見てみると「家具の配置」とか「色合い」とか部屋のテーマとかの面を抜本的に見直してイメージを作ってから選んだ方がいいのではないかと思えてくるのです。そのアイディアが浮かんでしまうと、余計にそれが正しいように思えてきたので僕は一旦退散したのです。




そして、僕は唐突に「書籍」が欲しいと思ったのです。内装のイメージを膨らませてくれるようなシャレオツな具体例というか、そういうものが惜しげもなく披露されている書籍がこの世の中にはありまして、まあそれに頼ってみようという事なのですね。で、書店がないかなぁと思っていると、普通に近くにありまして、見るからにあまり繁盛はしていないような書店なのですけれどそういう書店の方が良い場合もあるのかなと思いまして、そそくさと入店したのです。個人で経営している店らしくてですね、僕はまあ本が好きな方なので珍しい本も扱っていて「感心感心!」という風情で眺めていたのですが、当初の目的を忘れてはいかんなと思い、店主に相談してみたのです。


「インテリア?ですか。一応雑誌もありますがね、えっとああ、ここです。この辺りはインテリアの術というか、家具選びのセンスを磨けるような本とかを揃えているんです」



「へぇ凄いですね。意外とこういう本があるんですね」


痒いところに手が届くような品揃えに、再び感心気味に頷いていると店の奥の方から若い女の子が出てきて、まるで我々には無関心の様子でそのまま外に出て行ったのを僕は見た。


すると店主はとても複雑そうな表情で話し始めた。


「今出て行ったあの子がね、今度新生活を始めるんですよ。でね、私が家具を選んであげようとしたら、言うんですよ」


「なんて言ったんですか?」


そこで店主は一つ大きな呼吸をする。


「センスがないって」


「え…?」


「私にはセンスがないって言うんです。家具選びの。」


「はあ…」


その店主の表情はこの上なく切なそうだったが、色々な事情があるのだろう。


「それでこういう本を読んだ方が良いのかなって思うようになりまして…」


「なるほど…」



僕はそこで気になる事があったのでこう尋ねた。


「それで効果はありましたか?」


すると彼は菩薩のような微笑みでこちらを静かに見つめていた。その様子から何かを察した僕は、


「じゃあこの雑誌だけいただけますかね」



と告げた。店主は静かに「はい、ありがとうございます」とレジに向かった。



☆☆☆☆



ところで一体この一幕は何だったのだろう。何だったのかと訊かれれば何でもない事だったのかも知れない。インテリア雑誌だけを携え帰宅した僕は、雑誌を机に置いて「ふう」と普通の息ともため息ともつかない何かを吐き出した。


「あ、そうだった」


再び立ち上がってシンクに移動し、蛇口を捻る。慣れたグラスでうがいをする僕はこんな事を思う。


<何はともあれ先ずは本棚が欲しいかもな>


と。
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楽しく踊る

世界を少しはマシにしたい気持ちは退屈さのなかでふつふつと湧いてきて、暇つぶしで世の中をよくしてゆこうと思いかける頃に、大抵げんなりさせるような出来事がこの身に降りかかる。常に同じ味が期待されるカップ焼きそばを咀嚼している間に次にしたい事が見つかって、ついさっき考えていた事はどこかに消えてしまう。消えてしまったことに気付いているけれど、消えるのも仕方ないなぁと当たり前のように思う。


結論から言えば踊らされているのだろう。そして踊らされているのを承知でなるべく自分らしく踊るのだろう。



なんという名言だろうか。<これ以上の名言はないぞ>と心の中で訴えている主人公気質の誰それが別なテンションで、


『いい加減に水を飲んだ方がいいぞ』


と的確なアドバイスをくれる。そうだった、と麺が詰まりかけた喉に水を流し込み嚥下すると何故だか妙な安心感に包まれる。ふぅと一息ついて上方の円形の時計を見ると針がきりのいいところで止まっている。


「こうなったら予定を変更して昼からも出掛けるのがいいのかな」



なんて誰に確認するわけでもなく言って自分の気持ちを確かめる。遠くには出掛ける気はないけれど出来るだけ遠くに行きたい。高々と聳えるあの山は越えやしないけれど、せめて違う所から山を見てみたい。いやそれは相当捻ったものの言い方で、実際はいつか買おうと思ったものを今日買ってしまおうという、ただそれだけなのである。



食べ終わるや否やそそくさと立ち上がって「こんなところに居ては勿体ない」とさっさと準備を始める。もう夏と言ってよいのか分からない天候に合うコーディネートも難しいので、なるたけ早く無難な服を選んでおきたいところだと少し意識しつつ、自分が欲しいものが何だったか思い出しながら出掛ける。



『欲しいものとは?』



それは非常に難しい問いである。明確に欲しいものが浮かんでいるわけではないが何かを欲している。その気持ちが満たされたら欲しいものが手に入ったという順序で片付いてしまっていることもあるのが実情ではないか?



『欲しい』というココロを見ないようにすれば見ずにいることも出来る。つまりそれは我慢と呼ばれる静かな行為で、見ないように目をどこかに向けさせる事が出来るのなら、もはや『欲しい』という事すら忘れてやしないか。



ふつふつと湧き上がってくるものは、やはりいつかの自分が『欲しい』と思った事の証明で、今日みたいな暇さだと追い払うことも出来ない、という事が真実なのかも知れない。だから何なのだろう。結局欲しいから買いに行くだけではないか。



稀にある「これは買わなきゃダメだ」という感覚。到着した小さな書店にて激しく反応しているその感覚が「2500円」は高いのか安いのかという金銭感覚と正面から衝突している。


<予算を考えろ!給料日まであと何日だ?この間も買ったばかりだろ?>


<ここで買わなきゃ絶対後悔する。買わなきゃ中身は読めない。お前が欲しているのはこの本だ!!>


どっちも勝手な事をぬかしやがって…選ぶのは俺なんだぞ、と対立する両者に文句を言いたくなる。どちらも満足するようには出来ない案件なのだろう。確かに本の中身は知りたい、自分で確かめたい。けれど昼食ですらケチり気味の自分が咄嗟の判断で買うレベルの良書だという確信がない。いや、本当は良書だという事は分かってはいる。でも…でも…



「その本、おススメですよ」


のんびりした性格だと思っている店主がシンプルにそれだけ言って本を薦める。店の中には高校生くらいの女の子が椅子に座って何かの本を読んでいる。いつもそこにいるのでおそらく店主のお子さんなのだろう。静かでいい店だが「静か」な事は店にとっていい事ではない。こういう店は儲け度外視でやっているんだろうなと想像するけれど、ようやく常連っぽくなってきた自分にはあまり深入りしないほうが善いという判断が固定しつつある。


「元来ノンフィクションが好きなんですけど、こういう本格的な小説も悪くないなって最近思えていて、でもどの作家がいいのかちょっと分からなくて…」


やや独り言に近いトーンで店主を意識しながら言うと、


「まあ小説は基本的に作られている話ですからね。読者としては物語の展開に踊らされていて、術中にハマっていられるならその方が楽しいですよ」


店主の発言になんとなくシンクロニシティ的なものを感じつつ、


「やっぱりなんかどんでん返しがあるんですか?」


と素朴に聞いてみる。すると人のよさそうな店主は困り顔で、


「う~ん…」


とだけ言う。こういうタイプの人は誤魔化そうとしても誤魔化せないもんだなとどこか納得して、今回は作家の手に踊らされてもいいかなと思った。


「ありがとうございます」


会計を済ませると、先ほどまで服を買おうと思っていたことがどうでもよくなってきた。いや、書籍を購入した時点で服は今日じゃなくなるだろうなと思ったけれど。ただ何となくこういう自分の行動すら、手の内なのかなぁと思えてしまう。




だとしても、自分はやはり自分らしく踊るのだ。多少はみ出たり、踏み外しそうになりつつそれでも、楽しく。

ステテコ・カウボーイ ⑮

満ち足りている。多分、真実なのだろう。世の中的にはこの上ない幸運の中にいる自分で、その不思議とも奇妙とも言える生活で何かを取り戻しつつあるこの頃で、自分はそれで良いんだろうなと思える時間や雰囲気が続いていって、平凡にも早川家での家事を義務のようにこなしている今は、「間違いではないな」と感じている。


だけど、それが正しいのかどうか、あるべき姿なのかどうか時々自信がなくなる。立ち直った自分の心から自然に生まれてくる気持ちは、だからこそ消し去ることが出来ないのかも知れない。


「何かをしなきゃいけないんだと思います」


夕食の時、僕は落ち着いた調子で話し始めていた。早川さんは箸を進めながらそれを静かに聞いていた。そして反応がないのかなと不安になりかけるタイミングでこう言った。


「多分、君がそう感じるからそうなんだろうね」


その一言で<ああ、早川さんはこれだけで分かるものなんだな>と言い知れぬ安心感を覚えつつも、何かその雰囲気を終わらせてしまうかもしれない言葉を僕は続けていた。


「今のままでもいいなって思えているんです。でも、だから…つまりそう思えるくらい恵まれてるって分かっちゃったから、『普通だったら』どうするのが本当なのか、浮かんできてしまうというか、その、」


なんとか彼女に正確に伝えようともがいていると不意に「ストップ」という仕草の手が視界に入って来た。


「いいよ。分かってる。そうなって欲しいとどこかで思っていなければ私は君を思いやれていない」


早川さんはそう言った。もうこれでお互い伝えたい事は伝えたような気がする。その先はひどく現実的な話があるだけで、要するに『仕事』をどうするかとかこれから何処で生きてゆくかとか、基本的すぎるところに僕が立ち返ったという事なのだ。僕は静かに頷いて、大分作りなれた甘い卵焼きに箸を伸ばす。すると早川さんが思いもかけない言葉を放つ。


「一つだけ君に言っておきたい事がある。エゴかも知れないけれど、金成くんがただ見栄とか、世間的を気にしての判断で何かを選ぶのだとしたら、私としてはそれを素直によろこべないよ。ああ、これは完全なエゴだね」


「エゴですね」



それは捉え方によってはかなりの事を意味しているのかも知れない。このタイミングでそれは『エゴ』を押し付けていると言っても過言ではない。でも、僕の中にこの生活を自らの意志で選ぶ理由があるのか、それはこのタイミングでこそ真剣に考えなければならない事である。


「じゃあ、僕も『エゴ』で本気で考えます。それで良いでしょうか」


「うん。それでいいと思う」



この期に及んでも早川さんは早川さんだった。僕は漫画家というものをよく知らなかった。才能があるからそれができる人がそれを続けているという考えがどこかにあったような気がする。けれど自分の意志でその険しいように見える道を進んで行く姿は、そういう事ばかりではなくて、何か自分との戦いを常に行っている人達なんじゃないかと、そんな風に捉えるようになっている。



『漫画』というものに何かを込める。自分を持っているからこそ、自分の作品の続きを作ってゆける。僕はこれまでの生活でそんな人の何かになれたのだろうか。



「もし、取るに足りないことを取り除いて、ただ自分が望むように生きるとしたら…」


夜中、窓の外から星空を眺めて自分に問いかける。早川さんは作業に没頭している頃だろう。


『ネットで作品への評価も可視化されるようになって、やり難くなるのか、やり易くなるのか、人それぞれだろうね』


早川さんはいつかそんなことをぼそっと呟いたような気がする。早川さんの場合はどちらだったんだろうという事を今更ながらに考える。


<この生活を続けてゆくなら、僕はどうするべきなんだろう>


いつしか僕は『甘え』ではなく、自分の意志でこの生活を真っ当なものと思えるような何かが出来ればいいんじゃないかと考え始めた。


「でも、ここにいる理由は何だ…?」


考えても考えても分からない。多分、このまま朝日が上っても分からないままだろうなと思った。



☆☆☆☆☆☆




翌日、僕はいつものように朝食を作りながら早川さんに何気ない口調を意識して告げる。


「早川さん。一晩考えましたけど、やっぱり仕事はしなきゃって思ってます」


「そうか。確かにそれはそうだね。色々な例外はあるけれど、金成くんの立場ならそうだろう」



何となく早川さんの声は諦めを伴っているように聞こえた。だからこそ僕はもっと何気ない口調で続ける。


「でも、ここで生活はしていたいんですよね。これは僕の完全な『エゴ』ですけど」


「うん…え…?」


何か自分はこの上ない爆弾発言をしているような気がする。


「え、?どういう事?ん…ごほ」


らしくなく非常に動揺しているらしい早川さん。むせてコーヒーを喉に詰まらせてしまったようで、ちょっと申し訳ない気持ちになる。


「あ、ごめんなさい。えっと、でも世間体とか常識だとか取っ払って考えてゆくと、ここで暮らしてゆくのもありなんだなって思うんですよ」



「ほぇ…?それはどういう…」



「うんとですね、僕らの世代だと『ルームシェア』って結構普通なんですよ」



という建前をあろうことか僕はここで有意義に使わせてもらった。


「あ、そういえばそういう設定を今度使おうと思ってたところなんだけど…でも…」



早川さんでさえも常識的にそれは何か奇妙なものに思えるに違いない。


「ダメですかね…」


「いや、ダメじゃないというか…ただ世代的になんか変な感じはするもので…」


「ただですね必ずしもそれだけではないというか、そう呼ばれるもののままかというと、まだ不明っていうか…」


「なんだいそりゃ?え…?」


「すいません、僕の口からはこれ以上お伝えすることはできません。まあ生活を続けていれば色々感情が生まれてくるというのは、少女漫画では王道ですよね」


「   」


絶句した後、目をきょろきょろさせて何か不安そうな表情になる早川さん。



結局僕は居候というよりは「ルームシェア」という形でこのまま同居人として生活を続けてゆきつつ、人並みに仕事を始めることにした。もしかするとそれまでよりも漫画のネタを提供するという意味では成功しているかも知れない。編集者である吉河さんが訪れた時にこれまでとはちょっと違った様子を感じ取ったらしく、


「金成さん、仕事なさってるんですか?」


と驚きの表情で僕を見ていた。仕事と言ってもバイトからだから激変はしないのだが、曲がりなりにも「アシスタント」という位置として理解していた吉河さんにとっては意外だったのかも知れない。そして、



「俊くん、コーヒー頼む」



と僕の下の名前を自然に呼んでいる早川さん…『可換環』という漫画家さんの雰囲気の変化をもしかすると感じ取っているのかも知れない。



(完)

はしごして、おくのほそみち

プリンシパルさんはお気に入りの蛇に巻き付き言いました。

「これぞ伝統芸能『ハラワタ・チャンバラ55年式』」

<そういうもんなのか>と一人納得した「バウムクーヘン・かつらーむき」は正式名称ニトログリセリンをワセリン扱いして現在猛威を振るっている花粉対策をしようと思いました。ですがそれはちょっとどうなのかな、的な自省がすんでのところでやってきてくれて密かに危機回避をしつつ、なりゆきで昼寝しました。


季節感が安定しないのに花粉が毎年のように安定的に飛ばされるのはどういう事なんだと誰かに文句を言っている人がいるかも知れませんが、いないのかも知れません。それはとりもなおさずカルシウム不足の人がいる可能性があるという事なのですが、だからと言ってバウムクーヘン・かつらーむきが寝起きに弱いという事実は変わらないのであります。


うっかり2時間眠ってしまって早くも夕ご飯の支度をしなければならないことに気付いた彼は何故かこんなこともあろうかとすりおろししておいた大根を冷蔵庫から取り出して、徐に醤油をかけてそのまま喉に流し込みました。


「うーん、目覚まし」


それはかつらーむきが最近ハマっている目覚めの一杯なのでした。まあ夕方に目覚めの一杯をやるのも変というか大分狂気が垣間見えるのですが、暇な人種と言うものは得てして自らの生活を最適化しがちです。そんなこともあろうかと事前にすりおろしておくのは彼ならではの采配ですね。



とまあそんな具合に一日は過ぎてゆくのですが、彼の孫であるバンデンラ・ゴジジウという青年が上手い具合に帰宅してくるわけです。


「じいさま、今日はインスピレーションで蝉の抜け殻でアートに挑戦しようとしたんだけどさ、思ったんだよ」


「何を思ったがや」


生返事気味にバンデンラの方を見て答えるかつらーむき。バンデンラは大発見だといわんばかりのテンションでこう言いました。


「夏にならないと抜け殻が集められないんだよな」


「おうか。したら蝉の抜け殻をつくればいいべや」


何故かあまり宜しくない提案をしてしまうおじいさん。ただバンデンラにとっては天啓だったようで、


「そうか。その手があったか。じゃあ先ずは蝉の抜け殻のレプリカをいくつか用意すればいいんだな!あんがとじいちゃん」


とウキウキしながら自室に籠ってしまいました。まあ私には関係ないんで別にいいんですがね、それはそうとかつらーむきさんがヤカンで湯を沸かし始めたことを報告する必要があるわけです。その後かつらーむきさんがどうしたかと言うとですね、カップラーメンを食べただけなんですよ。それだけ。

都合をつけてボルドネス

変らぬバリカン桜が花火を打ち上げる。御見それしましたと言わんばかりの風体でたばかっている本屋の娘、本棚に向かって愚痴をこぼす。

「歯磨き粉が辛いのなんのって、ついこの間買い替えたばっかりで」


経験上、そこには立ち入らないほうが得策だと心得ている主人は不安そうに外を窺う。

「一雨来そうだな…こまったなぁ」


客が来るかどうかよりも、洗濯物を取り込むのが億劫で困るという主は愛想をつかされた妻を思い出す。そんな風に出来上がっている店内でひと際目立っているのは猫である。珍名好きの嫁の趣味で「カッパ」と名付けられた三毛猫はここしかないとばかりのタイミングで髭をなでる。古来、猫はそうするのが宿命という知れ渡った説に我もと乗っかって、


「ふむふむ」


と自らの顎を右手で包み込んだ主人は図らずも万民電脳時代にレトロチックな趣になった瞬間に悦に入りそうになる。


『そもそも本屋さんなんて今時儲からないよ』


冷たくあしらわれた過去をなるべく思い返さないように過ごしてはいるものの、現実問題『儲け度外視でやっているんです』的開き直りがなけりゃ続けるのは難しい商売。本当にこれは商売なのか、疑わしくなることもある。でも猫も娘も養ってるわけだから商売はやっているんだろう。現に歯磨き粉への文句くらいなもので、さして現状を嘆いているようには思われない愛娘と三毛を見るたびに心が救われる思いがする。そんな心境さえ読み取れる場面が展開されている。表情にすべてが現れている。その空気の淀み方で言わずとも知れている。



そんな折、客がやってくる。サラリーマン風の恰好をしているからサラリーマンなのだろう。いやそこを疑ってもしようがないのかも知れない。だからサラリーマンという事にしておいて、接客をするわけですな。じゃあ、彼がなんの本を手に取るかというと、取らないのですよ。本棚を眺めているだけなのですよ。そして気まずさに似た間があって、彼がこう口を開くわけです。


「すいません、新社会人向けの指南書みたいのは扱ってないんですかね?」


まさかこの中年に差し掛かっている男性が新社会人…?なんて非常識にも考えそうになって、


<いや、普通に考えて新入社員とかに薦めるって事だよな>


と慌てて心の中で否定して改めて男性の方を見遣る。


「うちではそういうのは置いてなかったですね」


何度となく繰り返されたセリフを淀みなく言う主人。なるべくその言葉の背景にある事情と「仕方なさ」が感じ取れるように心がけて発音したからなのか、


「そうですか」


とすぐ納得したように見えた男性。だけどここからが予想外。彼は突然さして聞きたくもない身の上話をおっぱじめる。やれ会社が傾きかけて、そいで慢性人員不足でやっと入ってくれた社員を教育するようにと切願され、そんな事やったこともないのにどうすりゃいいんだ、割とイエスマンでここまで来たのに…いやイエスマンで来たからこういう事を突然任されるのだ、全くどうしたものか。



そりゃあもう愚痴なんですな。


<そもそも書籍でどうにかなるんならベストセラーでっせ>


と言いたくなる気持ちを抑えつつ、


「ほいじゃ、毛色は少し違うかも知れませんが「人心掌握術」みたいのはどうですか?うまくコントロールしてゆくっていうんですかね、ははは」


主人、別に本気で薦めたわけではない。とにかく大分ましになったこの場の空気が澱んでゆくのが厭なだけである。だがサラリーマン、「ほう」と興味深い様子で頷いた。だから世の中というものは意外とややこしい。



結局、そのつもりもないのに売り上げを伸ばしてしまった事に対して少しばかり自己嫌悪になりかける男がまたぼんやり外を見つめている。そして猫がほとんど無意味に「にゃー」と一鳴き。それを合図にぽつぽつと振り出して娘が一言。


「ねえ、別な歯磨き粉買ってきてよ」



<だから何でこのタイミングなんだよ>


と誰でも言いたくなる。そういう事が得てして起こるものだなと誰かは思う。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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