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典型的なエンド

電話があったのはある金曜日の夜だった。といっても着信があった時、神野真理弥はシャワーを浴びていて出損ねていた。浴室から出てさっぱりしている状態で画面に表示されている履歴を確認して、<何だろう、こんな時間に>と思ったが数日前「あいつ」が話していた事があるから彼女自身非常に気になってしまい、早速こちらから『虹野七光』に電話を掛ける。


『あ、俺だけど』


相手は待機していたのか直ぐに出た。


『分ってるよ』


『そうだよね』


どうでもいいように見えるやり取り。聞いている方が脱力するような彼らしい返答だったが、電話口でも間などに僅かな躊躇いが感じられた。じれったさもあって訊いてしまう真理弥。


『結論は出たの?』


大分直球である。当然この前会った時に彼が悩んでいた事についての結論を求めているのだが、


『まあ、そんな感じかな』


とここは相手のペースに持っていかれそうになる。不思議と異様に気になるので、


『どうする事にしたの?』


と尚も焦ってしまう。


『答えるのは今の方が良いのかな?それとも明日あたり会う方が良いのかな?』


この辺りで真理弥は気付いていたが、「そいつ」はどうやら前回会った時とは打って変わって「彼らしさ」とでもいうものを大分取り戻しているようである。だからなのか、少しイラつくわけだが。


『まあ、電話よりも直接話した方が良いんだったらそっちの方にすべきじゃない?』


『そうですね』


真理弥がやや強い口調になったせいで、大学時代辺りから何かに配慮する際に遣うようになった丁寧語で答える「そいつ」。彼女は性格的に邪道が許せないのもあって自分からは「明日会うべき」とは言ったけれど、本心としては直ぐに確認したい気持ちだった。


<まあ、『この人』に期待してもしょうがないか…>


と真理弥が内心納得しかけたところで意外な事があった。


『でもとりあえず俺も君に会いたいなって思ってるよ』


『…え?』


真理弥は自分の耳を疑った。『この人』と思っているイメージからはそのような言葉が発せられるのは予想外だったのである。


『なにそれ?どうしたの?』


『いや、普通に会いたいから会いましょうって言ってるんだけど…』


相手は何事もなく言ってのける。こういう事はこれまで言われたことがないけれどいざはっきり言われると何というか不思議な気分である。


『まあいいわ。じゃあ明日、いつもの…』


彼女が『いつものところで』と言いかけた時、またしても予想を裏切る事が起った。


『っていうか、今そっちに向かってるところなんだよね』


『はぁ!?』


思わず変な声が出てしまって自分でも驚いたが、それよりも<『こいつ』は何を言っているのだろうか>と言葉を疑ってしまった。


『え…?それ本当?何で?』


『君に会いたいからだって言ったじゃん』


『そんな急に…っていうか何で今?』


『何となく今じゃないといけないような気がして』


色々言いたい事はあったが、改めて考えてみるともとから変な奴だったので、多少非常識でも仕方ないかと納得してしまう。


『まあ、良いけど。今どの辺?』


『あと5分くらいでそっち着く』


『分った。待ってる』


『うん』


そして電話は切れた。5分なので部屋を整理する時間もないし、実際それほど汚していない部屋なので慌てる必要もないけれど、メイクを落としているので流石にちょっと時間を貰った方が良かったかなと後悔する真理弥。でも『あいつ』だからという理由で、何となく態々めかし込むのも変だなと思う。とは言え、いつもとは違った胸の高鳴りのようなものがあるのは否定できなかった。



きっかり5分後、ベルが鳴った。割と小奇麗な服装でやってきた『そいつ』。


「入って」


「じゃあ、お邪魔します」



別にこの部屋に来るのが初めてでも無いので勝手が分っていてそのまま居間まで移動する。


「はい」


と言って真理弥は座布団を渡す。脚の低いテーブルで彼女が座っている丁度正面の席にいつものように座る『そいつ』。真理弥は『そいつ』の表情がいやに穏やかで落ち着いているように感じた。


「なんか飲む?」


「じゃあ麦茶か何かあれば」


季節が夏だったので冷蔵庫には麦茶があった。浮ついた話をするというのに何とも味気ないような気がしたが、気を遣わないような関係がこれまでの二人の関係だった筈である。


「私も喉乾いた」


二人で冷えた麦茶を飲む。湯上りなので身体に水分が行き渡ってゆくようで気持ちいい。飲み干すか飲み干さないかのところで『そいつ』は、


「あのさあ」


と話を切り出した。


「うん」


飲みながら相槌を打つ。それはとても自然だった。


「よく考えてみたら俺、君の事好きなんだよね」


「ぶ…んんんんん…」


急に言われたので盛大に噎せた。あんまりだったので抗議する。


「何言ってんのよ!!」


「何って、そのまんまなんだけど。今まであんまり考えたことなかったんだけど君が居れば俺結構満足なんだよね」


恥ずかしいのと変な流れで言われたのとで、意味不明になりそうな真理弥。


「それは分るけど、何普通に言ってんのよって事よ!!もうちょっとムードってあるでしょ?」


「俺もさ、色々考えてさ普通の感じを目指そうと思ったんだけど、こういうのって自分の気持ちでしょ?」


「そりゃあ自分の気持ちに素直になるのは良いけど…」


「多分さ、兄貴の様子を聞いてさそういう風に伝えるのが正しいのかなって思ったんだけど」


「思ったんだけど?」


「そんな事がどうでも良くなるくらい、君の事になると分らなくなってさ。でも冷静じゃないんだよね。そういうのって恋愛感情の『好き』って事なんだと悟ったというのか…ひらめいたというのか…」


「もしかして好きだと気付いたから、それを伝えに来たの?」


「そうだね。だってさ最終的にどうなりたいのか考えたら…」


「考えたら?」


「なんか普通に家庭を築いているイメージだったよ」


「なにそれ」


『なにそれ』と口では言うものの話を聞いているうちに、『こいつ』、虹野七光が付き合うところを飛び越して家族になるつもりだったという事がどういう意味なのか徐々に理解されてゆく。


「っていうか、それ婚約を申し込んでるみたいなんだけど」


「一般的に言えば、『結婚を前提に付き合って下さい』っていう事になるんだろうね」


「…ん」


神野真理弥はいまいち納得がいかない感じだった。話としては分かるのだが、彼女が求めているものも多分そんなに違わないのかも知れないが何かが抜けているのである。


「あのさ、訊いていい?」


「何?」


「確かにね、あなたの言わんとしている事は分るの。でも、何ていうか何かが足りてないような気がするの」


「何かな?」


「情熱とか…かしら」


「情熱」


「というか、あなたのその言い方だと気持ちが伝わらないというのか、本気なのかちょっとよく分からないの…」


と言うと、虹野七光はその瞬間何かを了解したかのようにいつか見たようなギラギラした目つきになった。獣と言うよりは何かに憑りつかれたかのような…そう、まるで彼の『悪魔』と呼ぶもう一つの何かが…



「あ、あのさ…これ、俺じゃないから…あ、俺なんだけど…」


そう、虹野七光はこんな時に悪魔に囁かれた。と言っても、その悪魔は全然悪魔らしくはなかった。何と虹野七光は突然神野真理弥の手を握ってキスをしたのである。


「まったく天地がひっくり返ってもペーゼなど、接吻など、と思ってはいたが、こうでもしないと伝えられないものがあるとは」


ややトランスしていて言葉が勿体をつけているけれど、何となくだが「彼」の照れ隠しのようにも見えてしまう。


「あなたは、やっぱりあなたなのね」


半分呆れていたけれど、それ以上に喜びが込み上げてくる。そうか、自分はこんな変な奴だけどキスをされたら嬉しいのかと知ったのである。そしてトランスのあとにやって来る天使モードの虹野七光。


「ああ…突然失礼しました。本来ならこう伝えるべきなのですよね」




『あい らぶ ゆー、愛しています』




天使モードの虹野七光はクサい台詞も恥ずかしがらずに言ってのけるので逆に聞いているこちらが恥ずかしい。ただ神野真理弥的にはこちらの綺麗な方で居てくれても構わないとも思ったりする。結局、彼の態度は色々あるけれど、そのどれもが自分に向いている事は十分伝わった。


「まったく、私は誰に伝えたらいいのかしら?」


「あ、ゴメン。いま戻っ…」


「私も好きよ、七光」


「た…あ、うん」


戻ってしまった状態で聞いたので素になって若干照れている七光。


「真理弥、ありがとう」


馬鹿馬鹿しい話かと思うけれど、虹野七光が彼女の事を真理弥と呼んだのは初めての事だった。この話を風の噂で聞いていたIT系会社CEO太郎は、


「いんふらすとらくちゃー!!」


とワザとらしく呟いて照れていたそうである。
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典型的でない男女

社会常識をそれなりに身につけてパッと見何処にでもいる普通の成人男性のようになってしまった虹野七光だが、彼は今ある事で大変悩んでいた。本来ならば彼のような変人に属する人間が悩むような問題ではないのだが、学生時代とは違ってそれなりに世間体というものを気にしなければならなくなってくると、最近では一層顕著になってきたネットのような場所における何気なく目にする言論による圧力が、七光に常識を意識させるようになった。


良くなされる「○○な男性」というカテゴライズによる特徴付けによって論を展開してゆくような文章については実際は自分は例外で全然それに当てはまらないけれど、かと言って一般論でそういう風に判断されるという事が実際なんだろうと思ってしまうとどうしても意識せざるを得ないのだ。



『こんな男性には注意!!』


見出しは躍る。そういう風に行動する理由は全く違うけれど、そういう風に行動する人は一般的にはそういう動機で行動するのだという説が罷り通っている現状では、変人の行為も定説から解釈され、場合によっては精神的に未成熟だとか、異常の証とされることもある。



だが考えてみて欲しい。何事にも反発しているような人間にとって『定説』とは挑むべき『限界』でしかないのである。「一般的にはそうであるかも知れないけれど、例外もあり得る」という思考が定常化しているような七光にしてみれば、よく分からない彼だけの感覚の中で特殊としか言いようのない解決方法でその場を乗り切るような事が多々あるのだ。それは茨の道よりも酷い獣道で、その名の通り時には獣のような変貌をしながら咄嗟の思い付きで日々をやりくりしているのである。




明らかに脱線してしまった七光は益々迷宮化してゆく彼の思考の中で、シンプルに考える事も出来ず、彼自身何を求めているか分らないまま時としてアクションを起こす。



七光が悩むようになったのは、「この訳の分らない『気紛れ』を控えて普通に振る舞った方が幸せになれるのだろうか?」などという問いを発した事に起因するといえばそうである。『気紛れ』に理由などないのだが強いて説明するとすれば、「そのままで良いのだろうか?」という微妙な判断の迷いがあるからである。「そのつもり」だったのに、いざそれをやろうとすると「それでいいのか?」ともう一人の自分が囁くのだ。


これはある意味で危険なのだが、そのもう一人の自分をさらに批判するもう一人がいるのだろう。「「それでいいのか?」などと疑って良いものか?」。そうして疑問は延々と続く。誰も悪いとは言っていないし、良いとも言っていない状況で、余計な事まで考えた挙句、情報の処理が追いつかなくなって、結果的に感覚的に行動する事を選ぶ、というのが本当なのかも知れない。



そう。そもそもが感覚的な事なのだ。「それをこんな具合に『ひねって』やってみたらどうなるのだろう?」。どうもこうも、予期していない方向にずれてややこしくなるのだ。自分の意思のような、何かに憑りつかれているような不思議な動きをしてしまう事で、単純で良い事がややこしくなる。ややこしくなるから意図が掴めずに人々は混乱する。



つまりはカオスの権化といえばそうなのだ。



秩序立ててやるのではなく、予期しない形で何かを偶然解決させるような奇妙な人間。と言っても、社会に出て仕事をする為にはどうしても秩序立て、順序正しく、効率よくやる事を覚えなければならない。本来的には彼の肌には合わないのだが、世の中の仕組みが秩序を求めるように、効率を求めるようになっている以上、それに適応しなければならない。



新卒で会社に入った頃には手こずったものの、案外やってみると適応できたという事が七光の考えを改めさせつつあった。殊仕事においては何も余計なところでひねる必要はなく、やるべきことは決まっていてあまり迷わない。



ここにおいて、『社会常識をそれなりに身につけてパッと見何処にでもいる普通の成人男性』が完成する。多くの人と世間話をしてゆく中で常識的な感覚がどのようなものなのかある程度(理論的にだが)分るようになってきて、単純な推論で「こういうとき普通なら○○をする」という思考が、自分の意見よりも先に出るようになる。自分の意見は出さなくても、常識に沿って答えて、セオリー通り行動すれば変な人間には見られない為に、過去の七光を知らない同僚達と、会社の事、友人の事、趣味の事、異性との関係などについて話すようになってから、七光は気付いてしまう。



「あの人と私の関係は一体なんなのだろう?」



異性の中でも少し特殊な関係にある、神野真理弥である。こういう事情があって、更に言えば兄にちょっとした変化があったのに触発されて七光は真理弥に例の話をしたのである。七光が「二人の関係を改めたい」というニュアンスの申し出をしてから、彼女はどうしたらいいのか分からずに同性の友人に相談していた。


「あいつが、何かね変な事を言ってきて」


「どんな?」


「私との関係を変えたいとかって」


「…ん?どういう事?」


「多分だけど、普通のカップルみたいに交際しようって事じゃない?」


「え?あの人と付き合ってたんじゃないの?」


「は?」


二人の関係は世間一般の感覚からすると『付き合っている』になるのだが、二人の間の共通認識では『腐れ縁』であった。偶々趣味が合うという事もあって、一緒に出掛けたり、同じ部屋でDVDを鑑賞したり、ゲームをしたり、仕事の相談にも乗ったりそんな事を繰り返していたのだが、恋愛関係とは似て非なるものだった。だから当然、真理弥は友人の発言にびっくりしたのだが、びっくりすると同時に納得してしまった部分もあった。

<そうか、確かに『普通』はそう見えるかも>


とはいえ、ここをはっきりさせないと話にならないので真理弥はこう主張した。


「付き合ってないよ。だってそういう関係じゃないもの」


友人はそれに対して少し呆気に取られた様子で言った。


「あんた達って変だね…」


「何でよ。全然普通だよ。だってさ、」


真理弥は憤りを隠せない。だがこの言葉の続きを考えたときに少しだけ不思議な気分になった。彼女は、


『だって、好きだって言われたことないもの』


と言おうとしたのである。好きでもない相手と長年に渡って一緒にいるかという事を考えれば、常識的にはあり得ないので、何かしらの感情は持っているのが自然だ。だが、七光は真理弥を「自分の良き理解者」として見ていたかも知れないし、真理弥にしても「この訳の分らない他者を理解したい」という欲求があったから一緒にいたとも言えなくはないのである。



果たしてそれだけなのか…というところが最大のポイントである。


ただ少なくとも真理弥は今この自分の考えを確かめたときに、七光が自分の事を『好きだ』という可能性をほぼ始めて意識したのである。意識して、そして不思議な気持ちになった。


<あいつは、私の事をどう思ってるんだろう…>





同刻、七光は自宅で「付き合う」とはどういう事なのか必死に考えていた。感覚的な七光は自分が真理弥と男女として「付き合いたい」と思っているのか、ただ付き合うのが自然だからという理由で「関係を変えたい」と思ったのか、自分でもよく分かっていなかった。どちらにしても「今までの関係」と「付き合って以後の関係」の差異さえはっきりすれば、どちらを望むのか分るかも知れないと思ったからである。こういう思考があったからこそ、七光はこの前「血迷っただけかも知れないと」濁したのである。

典型的でもない日本人

それは何だろう。足りていて足りてなくて…


神野真理弥は最近気が付くとそういう感覚的なことを言葉にしている。社会人になって普通に仕事をしそれなりに充実した生活を送っているけれど、手が届いているようでどうしても届かないところにある何かに彼女自身気が付き始めていた。おそらくそれは彼女だけではなく、多くの人が感じている事だ。これが全てと言われたものには余計なものがついているのに、それでいて何か足りないのである。学生時代に現実と思って見ていたものはどこかしら理想で、それが現実だと思って見ていたからこそそこに一生懸命になれたのに、現実は思っていたよりも丈夫で、それでいて脆く危かった。自分が大人として発言できるようになった時に、理想を掲げる事よりも現実が分っていない人に対して厳しい目を向けるようになってしまった。


彼女は変わったけれど、熱心なのは変わらなかった。彼女は彼女が見ているものが過去のようにどこか現実よりも甘さが残るものかも知れないと思っていても、それでいて今そうだと思う現実が確かだという事は疑うことが出来ない。「そう疑ってしまったら、何も進まないじゃないか」と思うのである。少なくとも彼女は自分がそうだと思う事に素直だった。素直だからこそ、はっきり自分で確かめたいのである。


「何が違うのか」


という事を。





といっても自分の素直さに近頃は辟易しているのも確かだった。ある友人には「真理弥って子供っぽいよね」とよく言われる。友人たちはみな、ある程度のところで妥協というのか「そんなもんでしょ」と割り切って日々の生活に集中して、色々なものを取り入れて何となく自分を納得させているように見える。それに合わせているとどうしても、「ここまで」でいいんじゃないかと思えてしまう事もあるけれど、そこで留まるには、自分にそれでいいと言い聞かせるしかない。ある意味、それは妥協なのだ。今更、友人関係で自分だけ輪から外れるような事を気にするような歳ではない。なんとなれば、自分に合う人を探して新しい人間関係を気付く事だって出来る状況である。それに憧れる面もあるけれど、自分はそこまでは強くはないし、どこかで普通が一番いいと思っている。多分、ある事を除けば、彼女の考えているような事は具体性に乏しいし、大きく逸脱もしていない。「ちょっと強情なところがあるけれど、普通」な一人の女性のちょっとした愚痴で片付けられてしまうような事だ。




そんな彼女だが、唯一彼女自身自分でも不思議な人間関係だと断言できる関係が、腐れ縁が高校時代から続いている。異性に対して理解も免疫も無かったような頃に、「ちょっと変なやつ」の意外な正体を見た時以来、その「男」というのか、どこかしら宇宙人のような奴に、ちょっと興味を持ってしまったところが始まりだった。最初は、自分の席の後ろにいた「そいつ」を嫌悪さえしていた。いま思うと「そいつ」の考えが読めなかったからでもある。悪い意味で自分の「期待」を越えてこない異性に対して幻滅もしていたが、創作物で理想化した男性に想いを馳せる事など面倒くさくてやってられなかった彼女にとって、何から何まで「予測不能」という意外なカタチで「期待」を裏切ってくる「そいつ」は彼女の世界にとって居てはならない存在のようにも見えた。



「そいつ」が、思いのほか紳士で「そいつ」なりに一生懸命現実に抵抗していたのだという事を直感してからは、何故かその一点において酷く共感してしまって何を血迷ったのか、


「あなた、何考えてるの?」


と後ろを振り返って訊いてしまったところから変な会話が始まって今に至る。傍目からは恋人のような友人のようなよく分からない関係になって、何の因果か大学まで学部は違えど同じだったことから、腐れ縁が続いているのだが、最近「そいつ」の様子がちょっと変わってきたのを感じている。今日は「そいつ」と食事に来ている。普段変な事ばかり言っている「そいつ」だが、今日は「例」の状態なのか、珍しく真面目な顔をしている。


「何ていうか、最近自分が変わったかなって思う」


「っていうか、あなたは一時的にそうなるだけじゃん」


「例」の状態というのは、普段宇宙人みたいな「こいつ」が冷静にかつ理路整然と自分の考えを表現できる時である。その純粋過ぎて、素直過ぎて聞いているこちらが恥ずかしくなるような率直な話は「分らない」、「理解できない」けれど「本当」の彼が現れている瞬間でもある。とにかく誠実だった。誠実すぎるが故に、普通なら脆く壊れてしまいそうなその状態が長く続かないという事、それはそれとして普段の何を考えているか分らないような「そいつ」が「普通」なのだという事は普通の人にとって「そいつ」の評価を下げるような結果になったけれど、そういう揺れに揺れている彼の人間らしさに彼女はある意味で何かを見出したのである。そんな彼は見るからに弱気である。しおらしいとも言えるかも知れない。


「いや、そうじゃなくって…まあ実を言えば兄貴の事なんだけれどね」


「お兄さんがどうしたの?」


彼には兄がいた。弟と違って、いつも気の弱そうな人だと聞いている。


「最近彼女が出来たみたいで、変わったんだよね。前よりずっとポジティブになってる」


「それがあなたとは何が関係があるの?」


彼は少し話す事を躊躇っているようである。


「俺さ、自分を精一杯表現すれば、きっと分ってもらえるって思っていたんだと思うんだ」


彼女は自然と「そうだな」と思った。色々迷惑な事もしてきたけれど、彼なりに何か物足りない事を表現していたのだと思えば納得できた。


「違ったの?」


「違うというわけではないと思う」


「じゃあどういうこと?」


「違うやり方があるって事に気付いたというか、兄貴の方法も間違ってはいなかったんだなって…」


「お兄さんとあなたの違いって何よ?」


この質問がとても難しい質問だということは言ってから気付いた。でも彼は真面目だから「う~ん」と呻って考えている。「変わった」とは言ったけど、そういうところは変わって無くて何となくホッとした。ホッとした自分に少しびっくりはしたが、まあ深く考えないようにする。


「多分だけど、兄貴は地味に見えるような事をとにかく続けたんだと思う。核心からじゃなくて、本当にちょっとずつ、分らない事を確かめてゆくように…」


「それって、私とあなたの関係について?」


ある意味で彼の事をよく知っている彼女は、もともと勘が良いのもあるけれど何となく彼の考えに到達してしまう。彼は、二人の関係について考えようとしていたようである。


「まあ、そうだね」


語っていないけれど、大筋では合っているのである。だが、その大筋がすぐに分ってしまい、細かなところに触れないまま確認し合ってしまえるという事が、この話の流れでは彼にとっては何か不服だとも言える。彼女はそこまでは気付いていなかった。あるいは気付いていたとしても、どうにもならない事だったかも知れない。


「何か言いたいの?」


「付き合いたい…って言うか、付き合い方を変えたいような…」


真理弥がちょっとだけ気味が悪いと思ってしまったのは仕方ないだろう。それまでの関係がある意味で、恋愛とはほど遠い関係だったので、付き合うというイメージが出来なかったからでもある。誠実なところが悪い風に出てしまうと、雰囲気の出ないまま伝えたい事だけを伝えるような状況になるけれど、今がまさにそうだった。


真理弥は少し、といっても大分長い事考え始めた。



その末の結論は…出なかった。彼の事は男として別に嫌いではなかった。しかし、恋愛対象として見る事は相当難しそうだった。何というか、分り過ぎているこの状況でお互い何を求めるのか考えると、酷く無意味に感じたのである。



「ちょっと考えさせてもらえる?」


「あ、いいよ。その別にちょっと血迷っただけかも知れないから」


『血迷う』という事が当たり前のような彼だが、この表現はいつものそれとは違うのか、それともやはりこの話もいつものような事なのか真理弥は分らなくなった。

典型的な日本人

「あれは条件反射だった。何も悪気があったわけじゃない」

何回も繰り返して、赦してもらおうとしているのがバレバレだろうか?悪魔にささやかれて箍が外れたようになってしまうという中二病らしきものを患っていた、もとい、特殊能力を持っていた虹野七光、元ティーンエイジャーは、無事成人して今では平均的な日本人としての歩みを着実に進めている。だが、あれを、あの悪魔のささやきと名付けた現象を中二病の類とごっちゃにしてしまうのは、アイデンティティー的にどうなのかと疑問に思われるので、それについては、後でじっくり論究する機会を待ちたい。


さて、彼、七光は今一体何の故あって謝罪に勤しんでいるのだろう?彼は現在、仲が良いのか悪いのかよく分からない一人の女友達と、あることについて喧嘩中なのである。


「あなたはやっぱりふざけている。学生の頃からそうだった、ってまだ学生だけど、とにかく高校のころから一緒。何にも変わんない。私の話を真剣に聞いてない。だからシリアスな話なのに茶化そうとする」

「違うよ。だからさっきから言っているけど、俺はやりたくてそうしているんじゃなくて、クレイジーな親父の影響で、突拍子もないことを言う癖があるんだって。クレイジーというか奇天烈というか」

「だーかーらー。なんでわかんないかねー?クレイジーでも奇天烈でもどっちでもいいでしょ。今はそんなことは問題じゃないじゃない。枝葉末節に拘るところを批判しているの。おーけー?あと言い訳がましい」


七光は今ので随分やり込められたようで、ここで将来は尻に敷かれるタイプだなと古典的な分析を施してみる。それはともかく、減らず口で右斜め四十五度に出るものは、そりゃあいないけど、とにかくそんなやつはいないくらい諦めの悪い彼だから、一瞬黙りかけたが、またこう言った。


「それが俺の良い所でもあり、悪い所でもある。あばたもえくぼ。まあ短所に見えるときもあれば、状況次第では歓迎されるんだ。つまり、重要な事は、場の空気を読むってことで、で、今は二人なんだからさ、ちょっとぐらい大目に見てくれたっていいでしょうが」


「んなもん、理屈になってねーよ。私が嫌だって言ってんだから、治せばいいんだよ。今はこっちブチ切れてんだ」


「いや…(汗)。あなたも随分逞しくなりましたよね。高校の頃なんて、男言葉使うのだって汚らわしいとか言って…」


「女が男言葉使って何が悪い?あー言っとくけどお前は女言葉厳禁だ。キモいから。これは男差別じゃなくてお前に限りな。いいか、これは差別じゃなくて軽蔑だ」


「有難うございます!!とでも言えばいいの?俺そんな趣味僅かにしかないよ」


「あんのかよ!ふざけんな!あることもそうだが、僅かにとかちょっと余計なひと言加えようとする心がムカつく。舐めてんのか?」


「いえ。滅相もございません。…あ。いや、これはその、条件…」


「わかっているならよし」


「え?」


「悪いと思っているなら、以後気を付けるように」


「はい」


七光はこの怒りの収まり具合は一体なんなのだろうと思ったが、それは口に出さないことにした。この怒られると思った時に怒られない状況はつまり、もしかしたら遜ったから赦されたことを意味するのではないかと想像すればするほど、やり切れなさが増した。これは七光の心の声である。


『なんだ、俺って既に地位低いんだ…』

ラエもどん誕生

「ラエもどん誕生」


 イタチ型サイボーグ、ラエもどんは今日も真昼間からクローゼットの中のベットに横たわっています。この厄介者が現われてからというもの、虹野家にはそれでなくとも家人の破天荒さゆえに慌しい日々が約束されているにも関わらず、事態は余計に深刻化してきて、傍目から見たらそれこそ気の休まる暇があったものでは無いでしょう。とはいえ、彼が棲み付いたのがマイナスばかりだけでは決してないのは、彼が暴走を繰返せば繰返したほうがこの一家の均衡は一層保たれるように出来上がっているからなのです。『腐れ縁』は切っても切れない関係です。



 はてさて、鼻堤燈を作って気持ち良さそうにおねんねしているあいつが起き出さないうちに、ここでラエもどんの秘話をご紹介したいと思います。ストーリーテラーはいつもの通りのワタクシでございます。



 B.C 50X7年 今で云うところの5月3日(ゴミの日) 丑三つ時。



 ここは赤道直下に浮かぶ何故かこの時代に文明が栄えた島、「ガリリン・ガブ島」(この島の言葉で「ガリリン・ガブ」は『あっ!腹下した!』を意味する。)のとある偉い科学者の研究室。皆が寝静まっているこの深夜に、明かりを灯らせているその背丈の低い男の名は「ラエ・ウエダ」。日夜研究に没頭する生活が続いているのか、彼の目の下に出来た酷く黒ずんだ隈は既に慢性化したもののようで、これに加え老化に伴う視力の低下で、その目付きはどぎついまでになっていた。周囲の者も近年では気味悪がって誰も寄り付こうともせず、しかし過去の実績もある人だし、数少ない知人に漏らした話によると何かとんでもないものが完成間近だというので、半信半疑でその動向を静かに見守っていたわけである。


 そしていよいよ運命の日は彼の元に訪れた。最終確認の作業を終えた老人は神妙な面持ちで机の上に横たわる我ながら惚れ惚れするようなフォルムを台の上から見渡すと、何とも言えない恍惚感に襲われた。確かにまだ『動いては』居ないものの、彼のこれまでの試作は、もう『正常に起動する』以外の何ものも起こりよう無い事実をいみじくも表していた。あとは現在で言う「スイッチ」を入れるだけである。


 しかしこの間際になって、急に何かを思い立ったウエダ氏は、いそいそと大きな袋両手に家を飛び出した。何と馬鹿げた事に、この老人はこの日の朝が燃えるゴミの収集日だというのを突然思い出し、先週はあまりに忙しかったために出しそびれた分も今のうち一緒に出してしまおうと場違いな行動をとったのである。もっとも、偉大な日には身辺整理は欠かせないもので、それは新しい仕事の前には急にそわそわして掃除をしてしまうような話と基本は一緒である。



 禿げ頭 長くて白い顎髭生やし 夜風も無いのに ぶーらぶら (童謡がどうよう)


 だが、この時ばかりは差し控えるべきであった。何故ならば彼は知る由も無かった、ほんの2、3分の間に一匹の昆虫があの『体内』に侵入した事を…。


 少しばかり息を切らし、部屋に戻ってきた老人は、さも得意気な笑みを浮かべて、また暗闇を生きる者特有の気味の悪い笑い声を挙げて、しばらくすると


「では…」


とだけ呟くと、物体の中部にある小さなカバーを取り除きその中にポツンとある丸い凹みに銀色の固形物質を押し込むと再びカバーを取り付けた。その瞬間から、物体は熱を帯び、次第に動くべき部位が振動し始める。『手』と思わしきパーツがギシギシと音を立て伸び縮みし、それが滑らかな動作に変わってゆく。


「よしっ!!いいぞ、いいぞ!」


 ウエダ氏もまるで子供のようにはしゃいでそれを眺めている。今度は『足』が、『胴』が同じ様に順調に慣らしに入り、『顔』の部位も静かではあるがまるで人間のような表情を帯びるようになる。しかし最後に『首』をもたげたかけたその時、老人の予想外の出来事が起こった。



「へっつ…へっつ…へっぷしょん!!」



 『くしゃみ』をするなど起動時のシステムには含まれてはいない!なんと先程『鼻穴』に潜り込んだ虫、奇しくもこの島だけに棲息したという「クーモ」(『蜘蛛』に似ている)によって忠実に再現された鼻の粘膜を刺激し、ウエダ氏渾身の「くしゃみシステム」によってクーモもろともぶっ放したのである。起動後の安定性はこの上ないはずであったのだが、起動までの間には絶対安静が必要だったのである。しかし、奇跡的に一見すると何処にも異常が無いように思われ確実に起き上がろうとしているこの「出来損ない」(とは後で判明するのではあるが…。)は老人が呆気に取られているのを尻目に正常に起動したという合図


「こんばんは!僕ラエもどん!!」


 というメッセージを馬鹿でかい声で鳴り響かせた。困惑を隠せずには居られなかった創造主ではあったが、ひとまず心を落ち着かせた上でまるで「大丈夫だ」と自らに言い聞かせでもするように、『ラエもどん』と名乗るイタチ型のサイボーグに向かって手を差し伸べた。


「やあやあ…どこも異常ないかね?おっとその前に初めましてだ。私が君を、足掛け五年で完成させた、ラエ・ウエダだ。君の記憶の中に既に、創り主である私が刻み込まれているが、しかし、まあこれも人間界での慣わしだからね。」


「はい、『肝っ玉』に命じておきます」


 ウエダ氏はこの『肝っ玉』発言を聞いて本当に肝を抜かしてしまった。(もっともこの会話は日本語ではないので、それ相応のへんてこりんな受け答えだったと解釈して貰えばよい)


「ら…ラエもどん君…。ちょっとばっかり表現がおかしいのだが、私の思い違いだろうか?ま…まあ…よいよい。今日はとりあえず私は休息を取ろうと思う。実は明日…いや今日、皆の前で君のお披露目といかなければならんのだよ。分かるかい?」



「了解しました。では『師匠』はお休み下さい。僕はその時間までに後片付けをしてしまいます」



 『師匠』と呼べとはプログラミングした覚えは無いのに一抹の不安を抱きながらも、連日の疲れもあってこの日は安らかな眠りに就きたい思いの、師匠ウエダであった。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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