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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

必要性

Posted by なんとかさん on   0  0

定期的に訪れる『思うところがある』という状態。物事がスッキリしないまま、それなりというか何とも言えないところを推移している時、心の中で思っている事を何らかのカタチで言い表した方がよさそうだなと感じる。直接的に何かを言うというより、そのモヤモヤを抱えたままでとりあえず自分のやるべきことに向き合おうという方向に持っていきたいから、その雰囲気だけ。



ここ数日で『ゴーサイン』が出された状況と言えるのだろうと思う。自分としてはそれに対して様子見で過ごしていて、適度に話題に反応しながらという感じである。なんとなくソワソワしてしまうのも異様な事ではないと思うし、自分で判断してゆく事の大切さを実感するような話も確認したし、そういう事を総合的に考えていっても『不安定』だと捉えるのはたぶん正しいんだろうなと思ったりする。



『今』ではなく将来についての『予感』のようなものを含むので恐らくは伝えようがない事ではあるし伝わる場合だけ伝わればいいと思っているけれど、とにかく自分の判断で動いてゆく場合の、『保ち方』については最大限の工夫をしてゆくべきだなという今一つの判断は分かり難い事ではあるけれど必要性を感じる。


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猫にとっても

Posted by なんとかさん on   0  0

酷暑というか、頭がボーとする手前のような感覚で、頻繁に水分を補給している。まあ別に問題があるというわけではなくて、明日からは梅雨入りだそうだから今日のうちに味わって(?)おく気分というかそんなところ。


自分の中で心掛けている事があって、それは『厳しい時ほど何かをやっておく』という事である。暑さもそうだけれど、何かするのに最適な環境とか状況というのは案外訪れないもので、多少厳しさを感じる時にやっておくと別な機会にゆとりが出来たりという事があるような気がするのだ。



自分としてはまだ『稀』な事を求めていて、心掛けで何とかなると思われる事はあると感じている。はっきりした心掛けとしては荒れそうなニュースは見ないでなるべく『お堅め』の論文を読む事。これは『地味』に骨が折れる時もあるけれど、密かに『前進』させる行為だと思っている。



個人的に離れた場所で進行している事態に対して直接的にどうこうする事はほとんど何も出来ないと感じる。そう割り切った上で『どう過ごす』かで言えば自分がやりたい事、で『時間が掛かる事』に取り組むのがベストだと思っているし、最近になってそういう風にしてゆく場合にかなり共通する事だと分かってきたのだけれど、そこに取り組んでいる間の何というか『特殊な孤独感』に対して用意できるものを集めるという事が次に必要になるという事が理屈としては分かってきた感じである。




必要になるものを用意しつつ、向き合う、というループに入ってゆくと逆にそれが標準という心境になる。結局のところ『その継続の先に』行く事というか、その先の方が色々素敵なような気がしてならない。




幸いな事に猫達にとってもそれが丁度いいらしい。


冒険

Posted by なんとかさん on   0  0

ドナルド・キーンさんの『百代の過客』を読んでいる。『続』の方をかなり先に読んでしまっていて、いつかは読もうと思っていた本である。日本人の精神性を日記から読み取るというか感じ取るというユニークな視点で書かれた本で、この本自体が随筆のようにも感じられるので読んでいて心が満たされてくる。


ずっと『日記』に近いようなブログを書き続けていて、自分のその時々の情緒に文学的なものを感じられる事もあるにはあるけれど、ここしばらくはどちらかと言うとこの本でも指摘されているように『天気』の話題で何となく体裁を整えているような気もしている。


ある種、人に読ませる日記は『呼び掛け』だと思う。それも過去から未来に向けての呼び掛けであって、書いた自分が将来の自分に宛てて呼び掛けている場合がほとんどだとは思うけれど、こういう『ブログ』は微妙に同じ時代を生きる誰かにと思って、半ばその日その日に消化されればいいという感覚で書くことも多いと考えられる。悠久の時を越えて読み継がれる作品として『徒然草』が常に念頭にあって、忙しない時ほどもっと長い時間が存在していたという事を思い出したくなり、その時代の証言者達のああいった言葉に触れてみたくなる。



少し遠出した翌日の日曜日。読書とゲームと競馬と、色々モチベーションが高い時には『もっともっと』という気持ちになり、極めようとすれば果てがないような物事ばかりなのである程度進めると管理する必要があるなと感じ始める。時間が幾らあっても足りないのか、それとも十分すぎるくらいなのかよく分からなくなる事もあり、そういう時ほどむしろ何もしないで振り返ってみたりしている。


読書というのは冒険なんだろうなと素朴に思う。特に自分が生きていなかった時代の世界に存在した(のかも知れない)ものを求めている時もあるのかも知れない。『今』を見つめていったその先の、うっすら浮かんでくるイメージの向こうにまだそれは存在するのだろうか。『呼び掛け』を膨大な書物の中から探し始めてゆくならば、それこそ果てしない。



そこに

Posted by なんとかさん on   0  0

暑くなってきたからなのか最近水を頻繁に飲んでいる。生活の中で動きはそれほど大きくはないのだが、色々『なんとかしよう』と思いながら過ごしているせいか身体とか頭とかが熱くて発汗している模様。


金曜日なのでGⅠ安田記念の枠順発表などで段々と楽しみになってくる。レース自体はアーモンドアイで堅いと思っているのだが、こうして毎週楽しみを運んできてもらえることが何と尊い事だろうと感じる事もあり、単なる『楽しみ』だけではない事も強調しておきたい。



世代的なものなのか、荒れがちな話題に対してはスルーして目を向けた方が良いと思うところに目を向けるようにするのが半ば特技のようになっていて、行きつくところが『勉強』になっていったりする。勿論、理不尽な事については心はちゃんと動いているし、『なんとかしよう』と思うのも根はそういうところにある。



何だかんだで『なんとかしよう』という気持ちが『何か』になったものでなければ動かしようがないだろうなと思う事も多い。むしろ『なんとかしよう』と思う部分に全てが着いてゆくなら、可能になって行く事もあるんだろう。


Posted by なんとかさん on   0  0

風がビュービュー吹いている。そんなこともお構いなしに寛いでいる猫を見届けて、なんとなくモチベーションを上げてゆく。ネットで話題になっている動画からとんでもない熱量というか、執念とさえいえる何かを感じ取り、「すごい…」の一言をコメントしていたりした。熱量とか熱意は言葉では伝えにくい、時には不能であったりもするけれど、「作成」という行動によって説明不要になる事もある。


自分がこれまで続けてきた事も傍から見れば『狂気』に映るかも知れないなと思いつつも、実際問題として日々の『ささやかな』活動という趣が強いのだろうし、『数字』の部分で言えば目立ってはいない。むしろその状態のままに自分の出来る事を続けてきたというのが『意義』であって、ある種そういうメッセージ性もあると言えばある。



にしても素晴らしい作品に出合うと『ここまで』と思っていた何かが超えられてゆくのは変わらない。しかも色々な巡り合わせで、自分にゆかりのあるものが絡んでいる作品だったりするので自分にとって『追い風』…今日も風は吹いているけれど、それこそエールとして感じるのは自然だし、むしろそういう時に『そう感じる事』が非常に大事だと思う。


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