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ATJ アナザー㉔

「高校時代に好きな人に告白して振られちゃった話はしましたよね」


「うん」


「実はその後から続いているんです」


「引きずっているってこと?」


「ううん。そうじゃなくって、振られた後しばらく失恋ソングみたいなのを聴いてたんです。そこで偶然耳にしたあるミュージシャンの音楽を聴いたら、何だか今までにないような感動があったんです。それこそ心を奪われちゃうような…」


「あ…あるよね、そんではまっちゃうみたいな…」


「それはあるロックバンドだったんですけど、ボーカルの人の雰囲気が良くてすぐに全部曲を揃えてずっと聴きっていました。メッセージ性も強かったんですけど、なんかいつでも元気づけてくれて勇気を与えてくれるような曲が多かったんです」


「そうだったのか…」


「この話にはまだ続きがあるんです。ちょっと、というか結構悲しい話になっちゃうんですけど」


笑顔を見せながらも松木さんは切なそうな表情だった。


「大丈夫?」


「ええ…。大丈夫です」


というと彼女は大きく深呼吸をして、上を向いて眩しそうに太陽を見つめる。その時ちょうど風が吹いて木々がざわざわと揺れた。


「死んじゃったんです」


「え?」


「そのボーカルの人、事故で死んじゃったんです。こういうのってなんかロックスターの運命みたいなものなんでしょうかね?」


松木さんは笑顔を崩さない。それはなんというか色々な事を受け入れた笑顔のように見える。私は何も言えなくなってしまう。


「私、何となくですけどそのバンドの曲を聴くとその人達と一緒の時間を過ごして頑張っているんだなって気分になれたんです。おかしいですよね、会った事もないのに。でも、新曲が出るたびに、「ああ、この人達は今度はこういう方向に進むのか、じゃあ次はどこに行くんだろう」って想像を掻き立てられて、何となくどこまでも続いているような気がしたんです。実際、曲もそういう詩がありましたし…」


「もしかして、学祭の時には既に亡くなって…?」


「はい。学祭の1か月くらい前だったかも知れません。これから自分はどういう方向に進むのか悩んでいたのもありますし、学祭の頃は色々迷ってました」


これまでの話を聞いて、私は何となく松木さんが『ケロ子』に一生懸命になる理由がわかったような気がした。松木さんは続ける。


「一緒に進んでゆくのは無理かも知れないけれど、私が貰った元気とか勇気とかって、その人がいなくなったとしても続けてゆかなくちゃいけないような気がしたんです。それからは必死で…」


私は黙って聞いていた。だが松木さんは少し不安そうに、


「でも、どう考えても「その先」って無いんです。それは分かったんです。でもそしたら…」


「そしたら?」


「私が居なくなったら、同じように『ケロ子』も居なくなって、全部忘れられちゃうんじゃないかって…」



それはいずれ誰もが考える事なのかも知れない。続けている間は何かは続いているように思える。でも、それが終ったら人は忘れてしまう。少なくとも同じ時を生きるものとしてはそれを見る事は出来ないのだ。


「だからNさんが協力してくれるって言ってくれた時に私とっても嬉しかったんです」


「可奈ちゃん」


私は思わず名前を呼んでいた。その先はあまり自信が無かったが、私は自分の考えを述べる事にした。


「忘れられちゃうけど、それは同じ時を生きるものとしてではない何かとして残ってゆくんだと思うよ」


「え?」


それは友人とのやり取りの間に私がいつの間にか気付いていた事だった。


「私達は今に生きている。今に生きている人として言葉を聞いている。でもいつかそれが過去になってもそれこそそれを言った日の事が忘れられた頃になっても、変わらずに同じようにいつでも私達に届くように発せられた何かがあるんじゃないかな?」


「…」


「多分、私は遠い未来の人達に対しても、『諦めるな』って言いたいけど、それは時代が変わっても変わらない事だと思う。そういうメッセージを送り続けてくれたんじゃないかな?だから最初に可奈ちゃんがそれを聴いた時に引き込まれたんだと思う」



「最初の…」


松木さんは「あっ」と言った。そして、どこか遠くを見つめて「そうか」と呟いた。ちょっとだけ瞳を潤ませた彼女は、私の方を見て


「Nさん。手を繋いでもらって良いですか?」


と言った。


「喜んで」


松木さんの手は柔らかくて小さかった。彼女はそれまでの弱気を誤魔化すように言う。


「前から思ってたんですけど、Nさんの名前って変わってますよね」


「あ、それ言っちゃう?」


「だって、『虹野橋』って何ですか?」


「うちの親父が奇天烈だからね」


「じゃあ弟さんの名前は?」


「『虹野七光』。笑っちゃうだろ?これ本当なんだから」


松木さんは爆笑した。そして「ふふふ…」と不敵な笑みを浮かべて、


「今度弟さんにも会わせて下さいよ」


と言った。


「良いけど、凄い奴だぞ。兄から見ても!!」


「お兄さんも結構凄いですけどね!!」






これからどうなってゆくかは誰も知らない。でも知らないなりに、何か漠然と前よりも分っている事があって、意味はないかも知れないけれど、今もこうして続いている何かを確かめながら、夢ではないこの世界で、何度も何度もやり直すように何かをしていけたら、きっと間違いではないと思うのである。




下らないおしゃべりをしよう。喋れるということを確かめるための。
全部忘れてしまおう。やり直せるということを確かめる為に。
続きのない夢を見よう。夢を終わらせるために。
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ATJ アナザー㉓

その日以降、松木さんとは前よりも頻繁にメールのやり取りをするようになったし、平日でも時間が空いた時などは『シルフ』で夕食を一緒に食べるような事もしている。『シルフ』では既に事情を知っている高城さんが私達をひやかすのだが、高城さんは最初からそうなるんじゃないかという予感はあったようで、前よりももっと親しくさせてもららっている。絶品の料理を食べながら、松木さんと次の活動とかデートの約束などの話していると、自分の事とは思えないほど人生が充実しているように感じられた。


『ケロ子』の活動はそれ以後も続いている。相変わらず一週間か二週間に一度のペースだが、蒸し暑い季節になる頃には既にその近辺では有名な存在になっていて、ネットでちょっとした噂が起るくらいにはなっている。「キャラクターよりも隣にいるお姉さんが可愛い」というようなネタで語られているらしいので、私達としては少し複雑な気持ちである。だが、『ケロ子』に会いに来てくれる常連のお客さんも増えている。その人達はいつも、

「また来てね!!」


と言ってくれる。お客さんの方も来てほしいけれど、私達にも来てほしいという何ともほほえましい関係である。松木さんからは『ケロ子』についての指導がどんどん具体的になって飛んでくるが、付き合って以降もプロデューサと演者という関係は崩れない。というか、むしろこちらが本来の関係であるような気さえする。それくらい松木さんの熱の入れ方は凄い。しかしながら切り替えもすばやくて活動が終わった後にはすぐ次に「今度どこか出掛けましょう」と約束させるから、私はあっけに取られながらもすぐ了承してしまう。



こういう様子を見ると友人の言うように『ケロ子』に拘る理由が確かに気になってくるところである。趣味でやっているという事だけなら普通はここまで積極的になれない。私はなんとなく松木さんに引っ張られてここまで来たが、活動が2か月くらいになった時にそろそろ今後『ケロ子』をどうしてゆくか話し合ってみた方が良いような気がした。このペースで続けるのか、それとももっと積極的にアピールしてゆくのか。



その週はちょうど活動がない週だった。前からの約束で活動がない週の土曜日に松木さんの町でデートをする予定になっていた。いつも松木さんがそこから電車に乗ってやってくる隣町の駅で待ち合わせた私達。私は少しカジュアルな服装を意識したが、センスのなさからか普段着とあまり変わらない格好になってしまっていた。待ち合わせ時間通りにやってきた松木さんは流石年頃の女の子らしくお洒落で明らかにデートを意識した服装だった。服装については松木さんからは直接的には何も言われなかったが、


「最初出会った日に、Nさんの事実はもっと若いって思ってたんです」


「多分、その日に来ていた服がちょっと若作りし過ぎてたからなんじゃないかな」


「ああいう服の方がNさんに似合うような気がしますよ」


というようなやり取りがあった。このあと何かを思いついたような顔をして、


「よし!じゃあ今日は服を買いに行きましょう!!もうすぐ夏ですしね」


早速予定が決まってしまった。駅から繁華街の方に向かって歩き出す。人もだんだん増えてきて、何となくどう見られているのか気になってくる。年齢もある程度離れているから私が「他の人から見ると兄妹のようにも見えるかも知れないね」と言うと、


「でもNさんって童顔だから多分恋人同士だと思われてますよ」


と答えられた。童顔も悪くないのかなと思った。




デートは順調に進んで、ほぼ予定を消化してしまったがそれでも何かを出来る時間はまだあった。折角だから松木さんの通っている大学の方面に向かってどこかで話でもできたらいいのかなと思って提案する。


「それならキャンパスに入っちゃいましょう」


松木さんは結構乗り気だった。私も学生以来の大学のキャンパスには入ってないから久しぶりでなんだかワクワクしてきた。大学に来ると、土曜日だがそこそこ学生がいた。松木さんはお気に入りだという図書館のエリアに向かいましょうと言った。そこは緑で囲まれていて、涼しげな場所だった。木が並んだ場所にあるベンチに腰掛ける。


「ここでゆったり過ごすのが良いんですよ。すぐに図書館にいけますし」


「本好きだったんだもんね」


私も学生時代図書館には相当お世話になったので、こういう場所は好きである。ここは人もそんなにいないけれど、おそらく真面目な学生は今日も図書館で勉強しているだろう。


「私…」


松木さんは徐に語り始めた。


「ここで色々考え事していた時に、『ケロ子』が生まれたんです」


「そうだったんだ」


「学祭の日でした。考え事をしていたら、友達が「あっちに変なキャラクターが来てるよ」って教えてくれて向かってみたら皆がキャラクターに対して声援を送っているのが見えたんです。あ、これは良いなって思いました」



恐らくそれは高橋さんの入っていた「ゆめ」である。ただ松木さんは遠目にしか見る事が出来なくて、どんなキャラクターなんだろうと想像していたら『ケロ子』のアイデアが生まれてきたそうである。



「それで『ケロ子』をやってみようと思ったんだね」


「そうなんですけど、実はもっと前から何かが出来ないだろうかって考えていたんです」


「活動の原点みたいなものかな?」


「そうですね。原点はもっと前の話なんです」


そう言うと、松木さんは遠い目をして何かを想っているような表情をした。それはこれまで私が見たことのない表情だった。


「聞かせてくれる?」


「はい!」


松木さんはにっこり笑った。

ATJ アナザー㉒

松木さんと駅で別れたあと、私はすぐに友人に連絡をした。「これからそっち行くけどいい?」と訊ねると、「いいよ」と答えてくれた。駅からは少し遠いところにあるので一旦自宅に戻って車で向かう事にする。日曜日の夕刻なのですこし急いで。20分後には見慣れたアパートの前に立っていた。ドアをノックすると友人がいつもと同じように迎えてくれた。「やあ」と私が言うと「やあ」と返してくれるところまでいつもと同じである。


部屋の中でちょっとしたやりとりをしながら友人から話したいことは無いかどうか窺う。特に変わった様子は見受けられない。私が来るまで静かになにかの本を読んでいた形跡がある。友人は私にはよく分からない勉強をしているという一面があるが、どうやら今日もその勉強をしていたようである。それに関する事なのか、友人は何気なく言う。


「やっぱり世界は広いなって事だよね」


私もそれを聞いて何気なく頷く。


「色々あるんだろうね」


ただの一般論だが否定できるものでもなく、ましてや最近色々と経験した私にとっては自然に肯定できる意見である。友人にしては珍しくもう少し語りたそうだったので、


「どうかしたの?」


と訊いてみる。友人は「いや」と言いつつも、


「まあさ、何ていうか分かり切っている事でも、実際のところは全然見てなくてさ、それでも分ったと思ってしまうのはなんでなんだろうなって、考えたりするよ」


少しだけ彼の言うところを私も真面目に考えてみて、なんとか捻り出そうとする。


「難しいけど、みんな似たような事を実は繰り返しているからなんじゃない?」


「そんなもんかな」


「多分」


友人は恐らく今日あった事で何かを感じている。長い付き合いだから分る。彼の言った事は今日の事とは関係の無いようで、どこかに繋がりがあると思うのである。私はそろそろかなと思ったので、今日の事を彼に説明する。


「今日さ、あの後終わった後なんだけど、彼女と付き合う事にしたよ」


「そうか」


言うなれば、彼の一言の影響でこうなったとも考えられるのだが、友人はどういう事を考えて言ったのか気になってもいた。またまた珍しく彼のほうから語り出す。


「いや、無粋かなとも思ったんだけど、まあ自分がそうだと思った事を確かめたい気持ちもあったかな。後はどうなるかよく分からない部分もあったけど、それが良いんじゃないかと思ったのも確かかな」


直接的には説明していないが、大体わかる。友人は私達の関係について自分が思ったところを素直に訊いてみて、その結果どうなるのかは分からなかったけれど、何とかなるんじゃないかと思ってそうしたのだ。


「ありがとう」


「何て言ったらいいか分らないけど、まあ頑張れ」


友人は何となく照れくさそうである。こういう話は本来彼の得意とするところではないけれど、一般常識的になのか、普通の事としてなのか、今日ばかりは二人ともごくごく平凡な友人としてのやり取りをしていた。ただ、彼からはちょっとした注意を受けた。


「自分の経験ではないから何とも言えないんだけど、あくまでそういう知識に基づいて言うけれど、気になる事があったらちゃんと相手に訊いてみた方がいいと思う」


「気になる事?」


「これからの話。何となくなんだけど、あの子がそこまでキャラクター拘る理由とか、分らないと言えば分らないから」


その時友人に言われて、私も確かに何かしら引っかかる事があったのは事実である。そういう事については想像するしかないのだが、想像力に乏しい私は、「そういう事もあるのかな」程度に考えていたのは確かだ。ただ、様々な事を考え合わせると、私は松木さんを十分に知っているとは言えない。


「うん、分かった。でも、」


そうであっても、私には言いたいことがあった。


「悪くないもんだよ。キャラクターに成り切るというのは」


私がそう言うと彼は大いに笑った。それも彼にしては珍しい事だった。そして彼は言った。


「君らしいと言えば君らしいね」



そう言われて私も面白おかしくなって二人で笑い合っていた。

ATJ アナザー㉑

駄菓子屋からの帰り道、私と松木さんはお互いに微妙に話しづらい感じだった。気まずいというわけでもないし、非常に恥ずかしいというわけでもない。関係に変化があったのは確かだし、告白と同等の発言をしたので本来はもうその先にどうするのかを考えるべきなのだが、私の方ではその準備があまりできていないし、つまりそれは実感が無いという事を意味していた。


「何か変な感じですね…」


松木さんの方も多分同じ気持ちなのだろう。実際問題、関係に進展があったからと言って、これから続けてゆく事には変わりはないわけだし、接し方が激変するわけでもないような気がする。言うなればさっきの事は、心のうちに秘めていた事をお互い確認し、より親密になったというだけの話なら、程度の問題であって今までの延長線上である。そうではなく、特別な関係になるという意味なら、私から何かするべきなのだろうか?


「あの…Nさん?」


「は、はい。何でしょう?」


松木さんは静かになってしまった私を見て不安に思ったのだろう。何かを確かめるように彼女は言う。


「私達って、その…何というか付き合っているという事になるんでしょうか?」


私は少し考えた末こう答えた。


「そういう事になると思います」


「ですよね…。あのちょっと変なこと訊いていいですか?」


「何でしょう?」


「いつから交際ってスタートするんでしょうか?」


「普通は「付き合って下さい」に対して、「はい」って言った瞬間からじゃないですかね」


意外にも冷静な自分。他人事のように思えてしまう。松木さんは首を傾げながら言う。


「私達、まだ確認して無かったように思えるんですけど。けじめというか…」


松木さんが『私達』と言う毎に、私は彼女の事を近く感じてゆく。それまでと違って一人の女性として見てあげなければいけないのだなと思う。あまり意識はしていなかったが、彼女は私の目から見て可愛い。守ってあげたくなるようなタイプである。多分、そう感じる事は男として自然で、むしろ同じ人間の一人として見ていたのが珍しいことだったのかも知れないと今では思う。彼女は一人の女性で、しかも私よりも若い。「素直にそう思っていいのだな」と理解した時、「特別」とはどういうことなのか、分ったような気がした。



「松木さん、いえ可奈さん」


「はい、なんでしょう?」


私の口調が変わったからなのか松木さんは少し驚いている様子だ。それはそうである、私もそこまで積極的になれるとは思っていなかった。


「私と付き合って下さい」


一瞬何かを確かめるようにそわそわして、少し俯いた後、再び顔を上げる松木さん。その目には力が籠っている。


「こちらこそ、よろしくお願いします!!」


そう云うと松木さんは少しおどけて、意地悪をするように続けた。


「ところでNさん。私の事好きですか?」


自分らしいといえば自分らしいのだが、バカップルのようにいちゃいちゃするのは躊躇われたし、意地悪には意地悪で返す事にした。


「ここで『好き』って言ったら負けなような気がするので、たとえ『好き』だとしても私は素直には言いませんよ」


すると松木さんはニヤニヤして、


「へぇ~Nさんって本当はそういう人だったんですかぁ。『素直じゃない』。メモメモ…」


と私をからかう。私の返事に対しては満更でもなさそうである。こうやって自分のあまり見せない一面を見せてゆく事もこれからは自然に出来るのだと思う。私達の新しい関係はまだ始まったばかりだし、多分もっと松木さんの事を知れるのだと思う。むしろスタートなんだなとさえ思える。


「『可奈ちゃん』も遠慮ない人だったんだね。メモメモ…」


「え…『可奈ちゃん』…」


私も私で遠慮しない。松木さんは『可奈ちゃん』と言われてとても恥ずかしがっている。俯いて耳を赤くしている姿を見て、多分こっちの方が松木さんの素なのではないかと私は思ったりする。


「Nさんはズルいです…」



そうしている間に、駅が見えてきた。空は出会った日の帰り道と同じような赤い夕焼けだった。

ATJ アナザー⑳

お弁当を食べて、「とても美味しかったよ」と言うと松木さんはすごく喜んでくれた。それから少し胃を休めたところで活動を再開した。お弁当の事もあって俄然やる気が出てきている。お客さんが徐々に増え始めたところで、歌のパフォーマンスをすると非常に喜ばれた。歌声の女の子らしさもあって、『ケロ子』の印象も可愛らしくなるのか、特に女の子は前回よりも「かわいい」を連呼している。


一時間くらいが経過した頃、道の向こうから見知った人が歩いてくるのが見えた。子供が多いのでやや背が高く見える男性。私の友人である。約束通り様子を見に来てくれたようである。ゆっくり近づいてきた友人は、少し離れたところで子供に囲まれている私達の姿を見ている。若干躊躇いがちに松木さんに一礼して、


「どうも。Nの友人です」


と言った。友人なりの配慮で『ケロ子』に扮している私には声を掛けないようである。松木さんはすぐさま察して、


「あ、どうも。松木です」


と丁寧なあいさつをする。初対面なので松木さんは少し緊張しているようである。「ちょっと待っててね」と子供達にことわった後、彼女は友人の方に歩いてゆく。私にもぎりぎり聞こえるような声で友人は喋る。


「なんか結構凄いみたいですね。かなり頑張っているようだし」


「そうなんです。あ、あの子『ケロ子』って言うんですけど、知ってます?」


「知ってますよ。大体の事はNから聞いてます」


「『ケロ子』どうです?可愛いですか?」


愛嬌のある笑顔で友人に訊ねる松木さん。友人は私の方を少し見やって答える。


「ええ。可愛いんじゃないでしょうか」


友人の事をよく知る私は、多分友人の本音は「そんなに可愛くないよな」であると思う。それが証拠に少し苦笑いをしていて、「可愛い」とは言い切らないで推定で答えている。はっきりと言う方だから、彼なりに私達の関係の事を考えて配慮したのだろう。基本的には常識人で、平穏を好む人間である。


「そう言っていただけると嬉しいです」


「ちょっと訊いていいですか?」


「はい。何でしょう?」


「あ、ちょっと良いですか…」


すると友人は松木さんの耳元で何かを囁いた。私は少し嫌な予感がしたが、子供達に囲まれて身動きが取れない。まあ多分そんなに大したことじゃないと思うから友人を信用して、今は子供達に集中する。


「え…それは、どういう意味でしょうか?」


変な事を訊かれたのか、私のところまで届く声。


「いや、普通の意味ですけど」


「今はちょっと、その…仕事中ですので…」


「そうですか。解りました」


松木さんは内心複雑そうな表情で戻ってくる。戸惑っているし、少し恥ずかしそうにしている。私の嫌な予感は友人が少し前に私に言った事と、彼が自ら様子を見に来たいと言った事から由来するが、どうなのだろう。


<ややこしくならなければいいな>


と私は思った。そのまましばらく様子を見ていた友人は、10分くらいすると私に見えるように手を振ってそのまま元来た道を戻っていった。松木さんの肩を叩いて、友人が帰った事をジェスチャーで知らせる。


「あ、お帰りになられたんですね」


天候は相変わらず曇りだったが、活動はかなり上手く行った。前回よりもお客さんが多く来ていたような気がする。夕方になり、その日の活動は終わった。彩月さんの勧めで、お茶をご馳走になることにした。


「今日もありがとうね。皆よろこんでた。実は貴方たちが来てから「今日は居ないの?」「いつ来るの?」って子供達かから訊ねられてて、皆待ってたんじゃないかって思うのよ」


「そうでしたか。前に来てくれた子も覚えてくれてたみたいで嬉しかったです」


「やりがいがあるね。松木さんも人気だったし」


「そうね。子供達「お姉ちゃん」って駆け寄ってたものね」


「いえ…そんな。私は『ケロ子』のプロデューサーですから…」


「子供達にとってみればどっちもアイドルみたいなものなのよ、きっと」


実際、松木さんは子供達からかなり慕われていた。女の子に対してはその子の悩み事を聞いていたり、励ましてあげたりして、「優しいお姉さん」像がすっかり出来あがっているのではないかと思う。


「そんなことないですよ…」


「あら、だってあなた可愛いわよ?ね、Nさん」


「あ、はい。そう思います」


「Nさんまで…」


褒められることに慣れていないのかすぐに顔を赤くするところは何となく松木さんらしいなと思った。一方で私は以前から彩月さんがこうして微妙に私と松木さんに対して配慮してくれているという事に気が付き始めていた。友人もそうだが、よく不確定な情報から色々想像出来るものである。


「あ、そういえばNさんのお友達に…」


「あの時、何を訊かれたの?」


「…Nさんについてどう思うかって、訊かれました」


「ああ、そう…」


「これって、あのもしかして私達の関係についての…」


「うん…多分そう。前あった時、彼が何か変な事言ってきて、多分確かめようと思ったんじゃないかな」


気が付くと彩月さんも神妙な面持ちで話に聞き入っている。わりと率直な友人が松木さんにダイレクトな質問をぶつけていたことについてはあまり驚かなかったが、松木さんがそれに対して微妙に答えにくそうにしているという事が、それ自体何かを如実に語っているような気がする。


「その、ごめんね…」


「いえ、いいんですけど…でも私だけがこんな感じになるのは何か不満です」


「あら、じゃあ簡単よ」


彩月さんは目を輝かせて今にも何かを言い放ちそうである。案の定、すぐ


「私からNさんに訊くわ。Nさん、松木さんの事どう思ってるの?」


これにはさすがの私も参ってしまった。松木さんに配慮するのでもないし、かと言って素直な気持ちを伝えないのも違うし…さんざん悩んだ挙句、私は


「その…松木さんと一緒にいると、勇気が出るというか何でもできそうだなって思えるんです。だから…一緒にいたいなって思っているのは確かで、現にこうして二人で何かが出来るというのは嬉しいですし、出来ればもっと松木さんの事が知りたいなと思っています」


という『ありのまま』を伝える事にした。これで回答になっているのかどうかは分からない。肝心の恋愛対象としてどう思っているのか、そういう意味の『好き』なのかについて答えていないのだが、これは考え方によっては『好き』という言葉の意味をそのまま伝えているとも言える。ただ、肝心なところを述べていないので松木さんはまだ不満顔である。


「なんですか、それ。なんかすごくもやもやするんですけど…」


「まだ松木さんの気持ちが分らないから…それにこの活動は続けていきたいし…」


「まあ、確かにそうよね。私としても活動は続けてもらいたいわ」


彩月さんからのフォローが入る。そう、何よりもまず私達は演者とプロデューサーという始まりの関係があるのだ。それに縛られ過ぎるのも正しくはないだろうけど、大切にしたい関係性なのだ。だが松木さんの言葉でそれがぐらつく。


「私、本当は恋愛について積極的になれなかったんです。やっと芽生えた気持ちが、一言で駄目になってしまうのは怖いです。この関係を続けていけば、少なくともお互い傷つくことがない。それはそうなんですけど…でも…」


その続きが述べられる前に私の口からは言葉が出ていた。自分でも本当に自分が言っているのかよく分からなくなっていた。


「私は、自信がない。でも、君がもし私を必要としてくれるなら、絶対に応えるよ」


そう言うと松木さんは目を潤ませて、


「私…Nさんの事が、必要です」


「うん」


感動的なシーンだったのだが、今度は彩月さんは納得のいかない表情をしている。


「貴方たち、結局『好き』って言ってないじゃない!!」



それはそうだったのだが、でも何となくその方が私達らしいような気がした。


「彩月さんの居ないところで言う事にします。それは恥ずかしいので…」


「私も…」
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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