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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

スカイ・ブルー⑨

Posted by なんとかさん on   0  0

『可能性』という言葉は誰かに伝える時には全然あり得そうに思えるのに、殊自分自身に対しては異様に形式的なものに聞こえてくる事がある。少し前までは本当にそんな平熱の日々が続いていたように思う。


岳温泉の案内所に入った時、自分一人ではおそらくそこに入る『可能性』も恐ろしく小さかったのではないかという事を考えてしまった。目を輝かせながらややこじんまりとした建物の中を眺めている姿を見ていたら、感じ方というのは人によってこうも変わってくるんだなと感心してしまうくらい。パンフレットやら何やらが色々な方法で配置されている。



「こんにちは。何かお探しですか?」


案内所の中に一人の若々しい女性が待機していて、観光客に接するような感じで話しかけてくれる。


「あ、僕は地元民なんですけど、こちらの方が」


何故だか私が観光客と思わせるとやや申し訳ない様な気持ちになってしまいそうだったので素直に伝えたところ、女性はにこやかに微笑んでマリアさんの方を確認してから、


「もしかして海外からいらしたんですか?」


と訊ねてきた。勿論この時点でマリアさんが日本語が達者…というか半分日本語ネイティブなんじゃないかと思ってしまうくらい話せるという事は想定してなかったに違いない。それも『可能性』を考えてゆくと致し方がないだろう。


「いえ、最近こちらに越してきた者です」


私が答えると思っていたところにマリアさんのこの淀みない反応は女性にショックを与えたらしく目を真ん丸にして、


「日本語お上手ですね!!」


と驚いたようなテンション。


「サンキュー。お姉さんのお名前はお伺いしてよろしいですか?」


「は、はい!佐藤と申します」


「OK。サトウさん、わたしちょっとこの辺りの事でお尋ねしたい事があるんです」


「なんでしょう?」


先ほどまでの柔らかな雰囲気から一転して仕事モードになった表情から見ても佐藤さんという人はマリアさんに興味津々のようで自然と距離を詰めている。マリアさんは一瞬「アーン…」と何かためらうような仕草があったが、次の瞬間にはこんな風に切り出していた。


「この岳温泉には、何か…アナザーワールド…異世界みたいな…何かそういう話はなかったでしょうか?」


「え…?異世界…?」


普通に観光名所の事を訊ねるものと思っていた私はここでそこそこ動揺した。だがすぐにマリアさんとファミレスで話していた「夢」の中の出来事…それが現実にリンクしているらしいという情報を思い起こした。思い起こしたけれど実際の所、そういう話が仮にあるとしてもこういう所ですぐに見つかるとは思えないなと考えた。が、ここからが少し意外な展開で佐藤さんが何かひらめいたように、


「もしかして、『ニコニコ共和国』の事ですか?」


と答えた。この『ニコニコ共和国』という単語は我々地元民には非常な郷愁…地元だけれどとにかく郷愁を覚えさせる言葉であり、具体的には中学生で友達とその単語をネタに笑い合っていた日常がフラッシュバックしていたりした。


「ホワッツ?『ニコニコキョウワコク』とは何ですか?」


ニコニコ共和国について、岳温泉の住民ならきっと色々な事が浮かんでくるに違いないのだが、人づてに聞いた話だと岳温泉はある時「ニコニコ共和国」として独立(?)して、そこでのみ通用する貨幣などを作って話題になったという。いわゆる「町おこしの」一貫の文化ではあるけれどそれが今でも存続しているかについてはよく分からないのが正直なところだった。後で個人的にネットでググってみて、それなりに語られている事にちょっとした感動があったり。


「実はこの辺りには…」



と佐藤さんはニコニコ共和国の歴史を丁寧に説明してくれる。やはり「かつて」はそうだったという事が分かり、共和国の通貨の名が「コスモ」という事が分かったり、マリアさんが意図した事ではないにせよ私にとっても収穫のある時間となった。


「ベリ、ベリーインタレスティング。そんな事があったんですね」


マリアさんが訊きたい事はそれではなかった筈だが、言うなれば日本の至る所にある『町おこし』という取り組みと、語られることの少ない『その後』、そういった事の中にある若干の悲哀や、何かしら切実なものを感じ取ったのかも知れない、何かこの場に<伝えるべきことを伝え合った>という雰囲気が流れていた。


「その話で良かったんですよね…?」


話し終わった佐藤さんは何か不安そうな表情でこちらに伺っている。色々な意味で空気を読んで、


「あ、多分そんな感じで大丈夫だと思います。ありがとうございます」


と、とりあえずマリアさんのSFというかファンタジックな話はまた違う機会にするという「流れ」にしてしまった。マリアさんがこちらをチラッと見て渋い表情をしている。


「あっと…そうだ、何かお勧めのパンフレットとかありますかね?」


やや強引に話題を切り替える。佐藤さんは「は、はい」と言って、一旦持ち場に戻って色々なものを集めてくれている。私は小声で、


「マリアさん、とりあえず今日はこの辺りにある名所を辿る事にしましょう」


と提案する。考えてみればこの岳温泉に来た目的が当初から曖昧であったという事にここで気付く自分。それに対してマリアさんの目的は案外はっきりしているという事が分かったけれど、実際どういう所からその『調査』をしてゆけばいいのかその時の自分には浮かんでこなかった。


「オーケー。ただ帰りに車で寄ってもらいたいところがあります」


「分かりました」


そんな話をしている間に佐藤さんがパンフレット一式を持ってきてくれた。


「サンキュー。サトウさん、ところでこちらでは何かSNSでの活動は行っていますか?」


「はい。アカウントがあります」


そこから始まった何かしら『ビジネスの香り』が漂うようなやり取りを横目に、私は私でたまたま目に留まった安達太良高原スキー場のポスターを眺めていた。


<ロープウェイとかあったんだよな…>


いつか何かの記事で読んだ記憶があるのだが、毎年ある時期になると夜のイルミネーションが美しいとの事。そういうのに誘ったらマリアさんも喜ぶのかな…とか微妙にロマンチックな想像がやってきたが、同時に『この自分の想像は何なのか?』という疑問もやってきている。


つまり可能性とは?

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スカイ・ブルー⑧

Posted by なんとかさん on   0  0

<こんなに道がぐねぐねしてたっけ?>


と思うような険しい坂をアクセルをふかして登っていった先で何となく『高原』とでも言うべき違う雰囲気の直線に出てくると、目的地は近いなという感覚になる。


「あ…」


その辺りにロッジのような建物が見えた時、マリアさんは何か気になる事があったらしい。


「どうしました?」


「あ…いえ」


色々な看板が見えてくるのもこの辺りだし初めて来た人なら何かを思うのも自然だし、その時はそのまま先に進んだ。知らない人が『岳温泉』という名前でどんな場所を想像するのかは定かではないが、坂を上り切ってホテルを始めとした建物が並ぶ平坦な道に出てきた時には何となく雰囲気が分かってくると思われる。


「へぇー、オシャレですね!ビューティフォー」


「街並みと言うか、整っている感じで綺麗ですよね」


そのまま道なりに進んで行くと十字路の手前で信号が赤に変わり、


「そこから左に曲がるとまた坂になっていて、旅館が並びます」


と説明。実際子供の頃こ家族でこの何処かの旅館に泊まった事があり、その時は近場なのに全然違う場所に来てしまった感が凄くてテンションが上がっていた記憶がある。今では地元を離れた弟とこの坂道の店を見て回ってお土産を探していたりしたが、その時のキーホルダーなんかは探せば家の何処かに眠っているかも知れない。


「車は何処に停めるんですか?」


「すぐそこですよ」


色々なエピソードを思い出しているうちに信号が変わり左ではなく右に曲がり、直ぐに少し狭い道に入り銭湯、駐在所を過ぎた所でややスペースのある場所に。そこは駐車場として利用されているらしい場所で、そこから今通り過ぎた温泉に歩いて向かったりもする。年齢的なものだろうか念に数回猛烈に温泉に入りたくなるとここにやってくる。銭湯はかなり年季の入った造りの建物で、レトロな感じなのも今では失われつつある何かを思い出させてくれていい感じである。


とそこで私はある事に思い至った。


「そう言えば、マリアさん今日は温泉に入るんですか?俺は一応準備してきましたけど」


車を停めてエンジンを切ったタイミングで言ったのだが、


「OH!」


とかなり大きなリアクションが返ってくる。


「どうしました?」


「ここはどういう温泉なんですか?」


何故か神妙な顔で訊ねられた。



「え…普通の温泉ですよ。普通…っていうか、お湯が濁っていますね」


「えっと…その…『混浴』とかでは…」


「へ?」


思いもよらぬ発言に慌てて、


「そんなわけないじゃないですか!!」


と否定したのだが、不意に<むしろ『混浴』だったらどういう話になるんだ?>と考えそうになったのでかぶりを振って必死に思考を打ち消した。


「OH…ソーリー」


二人の間に微妙な沈黙が訪れる。


「あ…そのすいません。と、とにかく一旦外に出ましょう!」


「そうですね」


外に出るとそこそこ標高が高いからだろうか空気が少し違う。晴天に恵まれて散策するにはピッタリと言ったところ。マリアさんも気を取り直したようで、歩いているうちに「あれは何ですか?」と一つ一つ建物を指さして訊ねてくる。


「あそこは観光案内ですね。とりあえず行ってみましょうか」


「はい」


再び先ほどの交差点の所で正面が赤信号になる。信号なんてここぐらいのものだが、岳温泉の中心のような場所だから結構な頻度で信号待ちになっているような、そうでもないような。


「ふふふ…」


マリアさんが何やら思い出し笑いをしている。


「どうしたんですか?」


するとこんな説明。


「さっき『混浴』って言ったのはジョークのつもりだったんです。ほら日本のアニメだと『お約束』みたいなものでしょ?」


「…」


失念していた。確かに彼女との邂逅が『17歳』ネタだったように、マリアさんは色々『嗜んで』おられるのは間違いない。


「…『ネタにマジレス』ってやつですね…古いけど」


「古くなるのは仕方ありません。新しいミームは日々生まれているのですから」


そう言ってまるで何かの上級者のように穏やかな…まるで聖母のような微笑みを浮かべるマリアさん。でも言っている内容が『アレ』だからギャップが凄い。


「実際、俺なんて時代についてゆくのがやっとですよ。若くないんです」


それを言った私は少し遠い目をしていたような気がする。そこで信号が青に変わった。


「NO!まだアマちゃんです!」


マリアさんは前と同じように私の「若くない」という発言を力強く否定して横断歩道を歩き始める。それを立ち遅れるカタチで追いかける。


「アマちゃんですか?」


「『混浴』くらいで焦っちゃダメですよ!」


こちらを向いたマリアさんの表情は悪戯っ子のような、でも頼もしい笑顔。


「…否定できない…」


これには苦笑いするしかない。

スカイ・ブルー⑦

Posted by なんとかさん on   0  0

日曜日。これから自分が出掛けようとしているという事が何となく他人事のように思われる瞬間がありつつも、間違いなくそこにはマリアさんという人が待っているんだよなと確かめるように想像していた。遠出に入るか入らないかくらいの距離だからやや心の準備がいるような気もするが、玄関を出てカラっと晴れた空の下に出てみると『そんなに気を張る必要はないよ』と言われているみたいで、何の気なしにその空のスナップを一枚撮ってみたり。



相棒にエンジンを掛け、少しばかり曲目を増やしておいたプレイリストを再生してみる。これも一つの占いのようなもので、最初に掛かったピロウズの『スケアクロウ』という曲の何かに包まれるような雰囲気のままに動き出せる。自分のロックに対しての好みが玄人側に寄ってゆくに連れて、自分という存在は何となく少数派なのだろうかという感覚は強まるような気もするが、一方でそんな自分はありふれているようにも感じる。マリアさんはそんな自分を『ユニーク』と評してくれたけれど、彼女に見えている自分はどんな存在なのだろうか。



12、3分というところで待ち合わせの駅に到着する。約束をした時に、


『イケメンの前で待ってます』


というメッセージを送ってくれた通り、お城山のと同じような格好をした一体の少年隊像の前にやや背の高い女性が待っている。おそらく周囲の人は外国人観光客の一人だと思うだろうけれど、事情を知ったら結構驚く人もいるのじゃないだろうか。


「乗ってください」


車をそちら側に寄せてウインドウを少し開けてマリアさんに呼び掛ける。


「ハロー!タクマ君」


そう言うと助手席に乗り込み、シートベルトをしながらこちらに顔を向けて嬉しそうに微笑む。


「今日はよろしくお願いします」


「了解です」


車を出発させて、先ずは岳温泉の色々都合のいい駐車場を目指す。久しぶりというほどでもないけれどマリアさんと話したい事は幾つかあったので、自分の方から訊ねていた。


「どうですか。慣れましたか?」


「仕事が思ったより大変でね…若い子はパワフルね」


『若い子』とはおそらく学生の事を指すのだろう。小中高の生徒が通う地元でもかなり有名な塾だけあって…というか自分も昔通っていたので知っているけれど、『英語』に関しては創業者が意識がなかなか高い人なので、外国人だし期待される事は一杯あるんじゃないかと推測された。


「若いっていいですよね…」


何気なく同意したこの言葉にマリアさんはハッとした様子で、


「NO!!わたし達もフレッシュです!」


と主張した。


「そうですよね」


ここは頷いていた方がよさそうだなという感覚。するとマリアさんの方から、


「そういえばタクマ君は英語どのくらいできるの?」


という質問。少し悩んで、


「英検3級はありますけど、相手の言ってることが聞き取れる事もあるというレベルですね」


「ふぅーん…」


マリアさんのこの反応も尤もだと感じるくらい我ながら微妙なレベルに留まっているなと思う。学生時代は勉強しなきゃなと思いつつも、勉強するモチベーションを維持できないのでなおざりになる。まさかこういう出会いがあるとは夢にも思ってないかったとは言え、こういう時代になっても必要性をあまり感じていなかったというのも何か『ダメさ』のようなものを感じる。


「勉強した方がいいですかね…やっぱ」


「大事なのは『ハート』です」


「ハートですか」


マリアさんの正式な『ハート』の発音には何か実感がこもっているようで、考えてみれば自分のイメージする「ハート」なんてピンクのハートマークだし、『心』と言えば『心』なのだけれど、じゃあそれはどういうものなのだ、と言われると良くわからなくなる。少なくとも、相手を理解しようとする事、伝えようとする事、それは『ハート』に含まれるんだろうなと感じる。



丁度そこで一瞬の音楽が切り替わる沈黙の後、やや大きい音のかなり多幸感のあるイントロが流れてきた。


「ワオ!」


マリアさんが少し驚いたようである。


「どうかしましたか?」


「わたし、この曲が大好きなんです。タクマ君も好きなんですか?」


それは先日ダウンロードしたばかりの「Dancing Queen」だった。洋楽を多目にプレイリストに入れようと思ってこの曲もしっかり入れておいたのである。


「え…そうだったんですか。いやちょっと前にダウンロードしたんですけど、この曲聴いてるとワクワクするなって思って」


「ソーグッド!実は前ABBAが再結成して新曲を出すっていうニュースがあったんです」


「マジですか!確かこの曲かなり昔の曲ですよね。知らなかった」


「でも、まだ出てなくて…いつになるのか…」


「へぇ…」


岳温泉スキー場を案内する看板のある道へと曲がり、そこからはほぼ道なりで温泉の方に到達する道路に入る。最近はあまりこの道を通らなかったけれど、この間この近くにある射撃場についての記事を何かで見た気がする。思い返してみれば色々あるっちゃある町なのに、学生時代とは違って最近では『二本松』はだだっぴろいという印象を持ちがちである。マリアさんの様子を少し伺うけれど完全にこちらに委ねているようで、今は音楽に合わせて身体を揺すったりしている。とそこで、


「ABBAの曲では、『THE WINNER TAKES IT ALL』という曲も好きです。というか…」


「というか?」


「歌詞がとても大事です」


その一言を何か意味あり気に言ったのが気になった。やはり『英検三級』の実力で、英語の歌詞も分かったり分からなかったり。確信している事ではあるが、絶対に深いメッセージがあるだろうなと思うような洋楽について、後から意味を何かで知って「あ…そうだったのか」と思う事はあり過ぎるくらいなので、そういう時には自分は人生を損しているんじゃないかと考えてしまう事もある。逆にマリアさんは日本語の歌詞についてそういう経験をしたことはあるのか気になるところではある。



少し道を進んで傾斜になってきたところで、


「ここからは坂が続きます」


とマリアさんに伝える。


「OK」


ちょっと嬉しそうな様子だった。

スカイ・ブルー⑥

Posted by なんとかさん on   0  0

マリアさんと出会ったあの日以降、前よりも頻繁にSNSに張り付くようになっていて、次第に色んな意味である程度節度を持った方がいいかなと思うようになり始める。あまり裏表の無さそうな印象のマリアさんだから、こちらからメッセージを送ったり片っ端から「いいね」をして行ったとしても「サンキュー」くらいにしか思わないのかも知れない。一方で彼女が既に構築している繋がりがあるわけで、会って間もない自分がどこまで立ち入っていいのかという微妙な心情がちゃんと存在していて、ある時を境に「自分からはあまりアプローチをしない」という方針に切り替わりつつあった。


そもそもマリアさんとの特殊な邂逅を両親に報告した際にも、


『なんかこっちに来て日が浅いみたいだから色々手伝ってみようかなって』


という大義名分を半ば無意識に強調してしまったように、第一印象でマリアさんに抱いている好意的な感情はどういう風に扱うのが『正しい』ものか度々悩んでいるものだから、意識してぎこちなくなるよりはなるべく普通に人助けの体で関わっていた方が自分としては楽であるという事に気付いてしまっている。



その扱いが正しいのか正しくないのかというお話は今のところ置いておくことにするが、何にせよ少し前よりもソワソワしがちであるという事とそんな自分に対して「いかん!」と少し戒めたい気持ちであるという事は説明すれば共感されるのではないかと思われる。




そんな折に敢えてシリアスな話をするわけではないが、職場の仲の良い同僚のちょっとした家庭内でのいざこざのような話を聞かされたり、会社のコンプライアンスに関係した話でSNSでのある失敗例が取りざたされて社員の利用について前よりも慎重にという雰囲気ができつつある。時勢を読めないと生き残りに関わってくる中小企業としては事態に対してもっとフレキシブルな発想が必要だと思わなくはないが、自分のような立場の人間がどうこうできるという感覚ではないというのが割と虚しい。そういう所からも等身大の自分を認識するからだろうか、幸運な出会いから来る高揚感も日を追うにつれ薄れてくるものだという事に思い至った。



あの日から一週間が経過し、平日のやはりマリアさんと出会ったのと同じ時間帯、職場で営業先に向かう準備をしていた。出掛ける前に今一度の予定を確認しようとスマホを操作していると『通知』が2つ程入っている事に気付いた。


<あ…これもしかして…>


通知が来ることがそれほど多くないSNSのアプリのマークのものだった事から消去法でマリアさんからのメッセージだという事を瞬間的に期待したが、まさにその通りだった。


『今日、午後から初出勤です』


『タクマくんは週末予定はありますか?』



少し唐突とも言えるこの二つのメッセージはよくよく考えてみればそれで十分彼女の意図が伝わるもので、マリアさんがこの日塾講師として働き始めたという事と、週末一緒に出掛けたい所があるという事を述べている。ただこの瞬間の私は曲がりなりにも仕事モードであり、即答できる頭ではなかった。予定はなかったけれど。



なるべく早いうちに返信をと思ってはいたが、結局


『特にありません。大丈夫ですよ』


というメッセージを送ったのはお昼休みの時間。間髪入れずに、


『では何処かに行きましょう』


と返ってきた。この反応にマリアさんのはっきりとした意思を感じたのもあり、『どこが良いでしょうかね?』とか『何時頃にします?』など続けざまに送って詳細を早急に決める事にした。目的地については候補があったらしく『岳温泉』の方面に行きたかったとのこと。二本松を語る上で外せない観光地でもあり、他県から来た人は冬にスキーが目当てで訪れる場所である。


<そういえば最近俺も行ってなかったな…>


などと思いつつ、それならば距離を考えれば待ち合わせの時間は9時頃でもいいのではないかという提案をした。そもそも『岳温泉』で本当に温泉に入るのかどうかは分からないけれど食事処もあるし、ゆったり過ごすにはうってつけかも知れないなと思われた。


『ありがとう。楽しみにしています』


その時間最後に送られてきたこのメッセージに、何かしら感慨深いものを感じると共に、再会した場面を具体的に想像して、


<当日までに何か用意した方がいいのかな>


という考えが浮かんできた。『何か』とは何だろうなと自分でも疑問に思ったりするが、例えばそれは話題であったり、何かプレゼント的な物であったりするのだろう。



考え始めるとこれが地味に前者は難題で、マリアさんの事を除けば話題が無いのを話題にしてしまうレベルの貧困さでせめて個人的に岳温泉の歴史でも調べる事にするとして、そこそこドライブが長いであろうその時間に提供できる楽しい話題と言ったら何だろうと頭を悩ませていた。それから数日、帰宅してから某動画サイトで話題になっている動画を逐一チェックしたり、海外でヒットしていそうな曲を闇雲に探し回ったり、自分をアップデートすることに必死だったと言っておこう。実際の所、自分の心に響いたのはサブカルに偏ったやや懐古厨的な動画で、久しぶりにブームと言えるある『ミーム』が登場している現象を発見して、


<自分の世代にはこういうのがたまらないんだよな…>


と思いつつ、そのミームの動画で用いられているABBAの「Dancing Queen」が滅茶苦茶名曲だなと気付いてしまった事により不意にピンと来てしまいダウンロード購入を決定したりという事があったけれど、『それがどうしたのか』と言われたら甚だ困ってしまうだろう。

スカイ・ブルー⑤

Posted by なんとかさん on   0  0

「タクマ君は何をしている人なの?」


藤の花の垂れ下がったベンチの下でSNSへの投稿を見ていた様子のマリアさんがこう訊ねてきた。その訊き方からして、私の過去の投稿を見ていたと思われる。並んで腰掛けていると何だか今日会ったばかりの人ではないような気がしてくるけれど、紛れもなく今日、というか『さっき』で会ったばかりの人で考えてみればこちらから訊ねる事が多かっただけにマリアさんも気になっていた事を口にしたのだろうと思われる。


「そうですね…普通ですね」


「普通」


キャラクターで言えば属性が豊富なマリアさんという人に比べて、30になって特に何かを成したわけではない位置で自分の能力を考慮すれば納得もしていれば、まだ何かを望んでしまいがちな一般人、というのが一番相応しい表現ではないだろうか。ややもすれば混とんとしがちな現代で、流行ものを知ってはいるが追い切れてはいないままにネットで当たり障りのない言葉を選んで発信してゆく存在になりつつある自分。本当ならそれくらい具体的に説明した方がいいのかも知れないけれど、この人の前でそれ以上の言葉は憚られる。



マリアさんはこちらを少し探るように見てから「umm」と表記できそうな「アン」という声を発して何かを言いたそうにしている。


「いいですよ、言ってください」


「OK。タクマ君、わたしと貴方は今日出会ったばかりです。それを承知でお尋ねしたいのですが、わたしは『普通』ですか?」


「え…?」


ここで私は言葉に詰まり、この質問は答えに窮するものだという事に思い至る。『普通』という言葉の、ニュアンスの難しさだろう。マリアさんがユニークな性格をしているのは間違いないけれど、マリアさんの言葉を信じるなら夢の中で出てきた情景を頼りにこの外国人が多いとは言えない町にやって来たマリアさんの判断が普通、常識的なものだったかと言われると自分の感覚では「えっ」と思ってしまうのが本音ではあるけれど、それは何かを逸脱しているという事ではない。一つ一つは突飛に見えるかも知れないけれど、マリアさんというカタチになると頷ける部分も多い気がするのだ。


「たぶん、変ではないと思います。マリアさんの気持ちも想像できますし」


「ライト。それなら安心しました。でもわたしはタクマさんは変わってる人だと思います。ストレンジ?ノットファニー…インタレスティング…」


何やら微妙なニュアンスでしっくりくる表現を探しているらしい。


「ユニーク」


「ユニークですか」


「そう。貴方のような人は見つかりそうでなかなか見つかりません」


良い意味なのか悪い意味なのか言葉だけでは分かりかねるが、妙に嬉しそうなマリアさんの表情から察するに悪いものではなさそうである。


「でもユニークって言葉を遣っていいならマリアさんもユニークですよ?」


「NO。わたしは普通です。世界中に一杯います」


<これは『マリアさんみたいな人が世界中に一杯いたらそれはそれで大変ですよ!』って言う場面なんだろうか?>


あんまり遠慮がないのがどうかと思って、内心ではそうツッコミたい衝動をこらえつつ違う言葉を。


「そうか…マリアさんは一杯いるのか…」


「クレイジー」


自分でそういう状況を想像したのか思わず吹き出してしまったマリアさん。何だかんだでマリアさんとの会話は途切れず、時々蜂の音を気にしながら甘い香りを満喫していた。一応、マリアさんには自分の市外の勤め先と家族構成などを教えておいたが、マリアさんの方からは生まれは東ヨーロッパの小国で家族で英語圏に移住して、学生時代に日本語を学んで日本の都市部で就職したという経緯を教えてもらった。そういう事を知ると、どうしてもここでの独り暮らしは色々違う事もあって大変だろうなと思えてくる。



「あの、もし何かあったら俺に連絡して下さい。お手伝いできることあると思うんで」


「サンキュー。本当はね、わたしもちょっと不安だったんです。でも今日5月15日でしょ?515。」


「はい。そうですね」


「朝一回目覚めた時間も5時15分で515だったの。これはエンジェルナンバーだと、自分で起こした『変化』に関係があるんです。だから新しいスタートにはぴったりなんです」


「エンジェルナンバー?」


何やらよく分からない概念を持ち出してくるマリアさんに戸惑っていると、マリアさんはスマホのある画面を私に見せながらこんな説明をする。


「そのページにエンジェルナンバー515の意味が書いてあります。エンジェルナンバーというのは日本語で言えば『縁起を担ぐ』みたいなもので、天使からのメッセージが数字に込められていると解釈するやり方なのです」


「ほへ…」


言われてみれば確かにエンジェルナンバー515の説明で、自分の思考や信念の変化で新しい状況がやってくるらしいという解釈が書かれてある。説明文は日本語で純粋に自分の知らなかったものを見せられて、


「なるほど…」


という感嘆の声が漏れる。


「おみくじみたいなもんですか?」


「そうですね。神社で売ってるおみくじもよく買ったりしてますね。OH!!」


彼女はなぜか受け答えの途中で驚いたような声を発した。『どうしたんですか?』と訊ねると、


「うっかりしてました…わたし今日神社でおみくじをひいてこなかったですね…」


「あ、そういえばそうですね」


「残念…」


それはマリアさんにとって余程残念な事だったのだろう。明らかにテンションが下がってしまった隣の女性を見ていると何だかいたたまれなくなってきて、


「じゃあ俺マリアさんを神社まで送って行きますよ!」


と声を掛けていた。


「リアリー?いいんですか?」


「オーケーです」


「じゃあ行きましょう!!」


時間的にもそろそろお城山を後にしようと思っていたところだったから、そのままの流れで行きとは別の道から駐車場に戻る。車に乗り込み最後にゲームのアイテムを回収して、前と同じ手順で音楽を掛ける。最初に掛かったのは、Oasisの『Roll With It』。これまたテンションが上がり易い曲である。


「グッドミュージック」



マリアさんも一言。



その後マリアさんが神社に行き易い場所で降りてもらって、そこで別れる。


「今日はありがとうございました。『また』会いましょう!」


『また』の部分を強調していたので社交辞令という事ではなさそう。


「楽しかったですよ。また!」


手を振るマリアさんをバックミラーで確認しながら自宅に戻る。流れてくる曲を聴きながら、


<もしかしたら洋楽も増やした方がいいのかもな>


なんて思ったり。平日なので家に帰ってもまだ家人(両親)は居ない。プライベートな事ではあるが一応今日の一件を報告していたほうが後々ややこしくなさそうな気がする。なんて思っているとスマホに通知が届いているのを確認する。それはマリアさんからのもので、届いたのは画像とメッセージ。


「おみくじを撮影したのか…」


おみくじの結果が分かるように広げられたものを見せてくれたがパッと見で『中吉』というのが分かるけれどマリアさんのメッセージは、


『金運が良かったの!!』


であった。

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