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そんな世界を

遠い世界に憧れるような心境が迂闊にも意味するのなら、それは「これで良い」とは言えないという遣る瀬無さだったりするのだろう。一難去ってまた一難がデフォルト=基本設定の世界で、活路を探し回るパターンに入り込んで行く自らを意識している『自由時間』という名の…なんなのだろう。



目の前に広がる光景は話題となっている現場とはまるで別世界のようで、この場が全てであるとしたなら何よりなのに、影も音もなく忍び寄るものに心の幾らかを奪われているようでもある。あながち間違いとも言えない世界の仕組みを念頭に、打開策のような事を見つけられないものかと穏やかな雰囲気に馴染めずに妙な緊張感さえ感じてしまう、へんてこりんな昼前。



自分の存在を虚無にしたいわけではないから意義を見出そうとして、結果として厄介な事を抱えてしまうというような不器用な在り方。そう言ってしまえば僕の個性は言い表された事になるのだろう。誰しもが持つ、扱い切れない感情をほんの少しだけ穏当に言い表すことのできる器用さをも有した僕が、眩暈を起こしそうになりながら自分のアカウントを通じて収まり悪く発信した言葉が、かと言って共有される何かになっているかというとそうでもない。結果として分かりづらさだけが前面に押し出された格好になっているとしても、それは致し方がない。




匂わす程度に痕を残す。どうしたってそう言ったやり方になってしまう。そもそも匂わす程度に示された事どもが僕にインスピレーションを与えるのだから、僕だって断言はできない。遠い未来の自分がそう言った間接的な言い回しから何を読み取ることが出来るかを考えてみると、いとも愚かな行為のように思えてならない。けれど僕は、表面的な穏やかさよりは忍ばされたものが多くあるという、どうにもならない印象を捨て去ることが出来ないでいる。



『つまりそれはね…』



そう解説してくれるであろう、事情通を想定してみたくなる。殆どの事が表に出せない事情を抱えている中で、ぎこちなく見えてしまう『動き』に理由と意味を与えてくれるそんなスーパーマンのような存在。世間的に彼が望まれているのかどうかは知らない。ただ、もやもやしたままの僕が少なくとも「良い線行ってるね!」と言われてホッとするような、そんな瞬間くらいは与えてくれそう。実際それでいいんじゃないだろうか。事情を知らない者があーだーこーだ考えていたってしょうがないのは分かっているけれど、今や「事情」は潜んだまま。そういう中で少なくともそう考えざるを得ない推論は積もり積もって殆どパンク状態。それを携えているというのも案外酷なもの。




青空を望むような視線が、猫に注がれる。この場が全てである筈の、その娘は少しでも外を望んでいるのであろう、頻りに外に出してほしいような素振りを見せている。実際、僕は彼女に連れ出してもらっているのだろう。たぶん、それも違う世界なのだと思う。



猫とスーパーマンが合わさる。猫のマスコット的スーパーマンは颯爽と現れてこの世界を分析する。


『すなわち、認識を打ち破る何かが必要なのです。我々は鋭い聴覚と、嗅覚と、独自の反応速度により、世界に定立されつつある構造を未然に変質せしめ、つまりセントラルドグマに『猫』が据えられた世界を構築することが出来るのです』




実際、そうやって揺れ動くくらいの価値観だっていいと思われてくる。肝心なところで独自路線に向かえやしない己なんてものは相対化してしまって、ひたすら猫に情愛を注ぐ事で意義を見出しさえすれば、他の事は必要最小限。




という事は薄々気付いてはいる。それでも人の性だろうか、人の言葉に意味を感じるように出来ている己は、人の世でこそといつの間にやら引き戻されてしまう。それでも、叶うならば猫にベッタリでもいい世界を。



それで良いんですよ、と自信もって言える世界を。
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ナイーブな曇り

雲が、なかなか手ごわそうな雲が頭上に広がっている。不思議と今の僕には情緒を感じさせて、悩ましいというよりは懐かしいというか。子供の頃、漠然と感じていた安心感のようなもの、世界への信頼のようなものは案外、何かに覆われている事で見出されるようでもある。


考え得る限り広々とした空ではなくて、狭まっている青い領域の方が自分にとっては扱いやすい、という風に自己分析すればそうなのかも知れない。なんにせよ、今日はこじんまりと過ごせばいいんじゃないかと思ってしまった。



そんな心境に不釣り合いな幸運が急にやって来たりする。


『え…?サイン会!?』


近くに住んでいる大学の後輩から電話が掛かって来たと思ったら、学生時代好きで彼と一緒に良さを語り合っていた作家が、この近辺の書店で新作発表記念にサイン会を行っているという情報を教えてくれたのである。偶然というか、その日は溜まってしまった有休を消化していた日で、何の問題もなく現場へ向かえる状態であった。



後輩は生憎と仕事だったのだが、情報をネットで得てもしかしたらと思い親切にも僕に教えてくれたらしい。そうなると彼の為にも向かわない手はない。10分程歩いて到着すると、やや人だかりが出来ている模様。にぎわっているはずという僕の想像とは少し様子が違っていた。『僕等の界隈』では有名な人だと認識している作家だが、世間的にはややマニアックな小説を書く人という評価なのかなとそこで改めて感じたのだが、僕が敬愛する作家である事には何の影響もない。



小走りで店内の会場に向かうと、作家のテーブルの前に並んでいるのは女性ファンと男性ファンが半々といった感じ。どうやら新刊を購入してくれた人にその場でサインをしてくれる催しらしく、落ち着いて深呼吸をしてから最後尾に並んだ。



<なんだか急にこういうことがあるとドキドキするな…>



ふと後ろが気になって振り向いたが、誰かが近づいてくる様子はない。おそらく生粋のファンは既に並んでしまっていて、僕のように後から情報を知ってやって来るパターンは少ないのだと思われる。



空には相変わらず厚い雲が覆っている。



そういえばその作家の作品で『雲』についての知識をふんだんに盛り込んだ作品があって、『積雲』だとか、『高層雲』だとか色んな雲の分類をそれを読んで僕は俄かに雲の事を意識し始めたのだ。何かしら不思議な『繋がり』があるなと思う。




並んでいる人が徐々に減り、僕の後ろにも幾人かの人が並び始めたところで僕はその作家にサインしてもらってる時に何か一言ファンとしての言葉を伝えられるなと気付いた。そして自分の番がやって来た。まだ買っていなかった新刊をそこで購入し、他の人がそうしていたように本の表紙のページを広げる。


「ありがとうございます」


慣れた手つきでサインをする作家。言い忘れていたがその人は独特な風貌の男性で、温厚そうなのにどこか悪戯っぽい表情が印象的だった。写真では見たことがあるが実物を生で見ると、


『ああ、やっぱり存在しているんだな』


という当たり前なのだが、素朴な感想が浮かんでくる。サインが終わって握手の手を差し出してくれた時、僕は「このタイミングだな」と思った。


「僕は今日みたいな『層積雲』が好きです」



相手は一瞬「え…?」という表情をしかけたが、すぐに「あ、」と目を見開き、笑顔で


「今回はね、『虹』をテーマにしてるんですよ」


と語ってくれた。ファンとしてはそれで十分伝わったなと思ったし、この人も『虹』をテーマにしているとは言っても多分少しややこしい手法を使って『虹』の本質を伝えてくれるんじゃないかなという想像が僕の頭に駆け巡った。しっかり手を握り、何かを伝えるような余韻を残して僕はその場を去った。





振り返ってみればあっという間の『邂逅』だった。思いの外自分はミーハーなんだなという事にも気付いたり色々な発見があった日だったが、雲は相変わらず。でもこんな日だからこそ読書にはもってこいで、色々「上手く出来ているな」と感じた。実際、時々だけれど世界はそういう小説のような偶然を運んできてくれる。だから小説はある意味で『真実』を伝えているんじゃないかというのは、ごくごく最近気づいたことでもあるし、でもこういう展開は本当に『稀』であって、たぶん何食わぬ顔をして日常的な幸運の分配がやってくる。



<でも、>



と僕はそこで思い直す。こんな一瞬の為にナイーブで居てもいいんじゃないだろうか。今の僕も多分、あの作家のような悪戯っぽい表情をしているなと思いながら、雰囲気のよさそうな喫茶店を探し始める僕だった。

なっしんぐ

単純ではないと分かっていても、短絡的に考えてしまうのはリソースの
節約なのだろうか。今日も今日とて絡み合った物事から目を背けるよう
に目の前に佇んでいる我が家の猫を見つめ、相手もこちらを見つめてい
るのを確認して満足する。その視線はあたかも世のほとんどの事は大し
たことではないとでも言っているようで、自然にそう解釈してしまう僕
の心がそれを好ましく感じている。


言うそばから七面倒になってゆく言葉は何のことは無いただ『難しい』と
理解する為の暗号で、世の中の入り組んだ関係を快刀乱麻を断つように解
決する概念があるものかと疑いたくなる。


「そりゃあね、世の中にゴタゴタが無くなればいいなとは思うんよ」


ただ見つめているだけの猫に愚痴るように話しかける。もしかしたらこの
子も内容はともかく『愚痴』というものを理解しているかも知れない。


「でもさ、ワタクシになにが出来るんですかって話ですよ。いや、大した
ことはできないっていうのは分かっていて、その上での話」


我が家の猫は少し視線を逸らして「スッ」と「フッ」の間の息をその小さ
な鼻から漏らす。


「全くないわけではない。ないんよ。でも事の内容から言ってゼロに近い
何かをやる為に無理をしているような感覚になるなら、それこそ無意味に
思えるでしょ?」


そこで猫様はあくびをする。俺だってこんな話誰かにされたらあくびも
出る。


「でも実際問題、自分の存在意義のようなものを考えるとそこで何もしない
のは癪というか、癪というか、癪というか…」



相手をしてくれていると思ったのだろうか、猫は機嫌よさそうに喉をゴロ
ゴロし始める。実際、猫と同じように捉えられれば楽なんだろうなと思う
。そうに違いない。猫の仕草に同調するように頷いてみても、どこかで面
倒臭い概念を背負っている自分が消えるわけではない。



そして自分を消そうとしているのでもない。『願わくば世界に猫からの祝福あ
れ』と猫教を広めようと言うのでもない。ひたすらに、天地がひっくり返って
もひたすらに、どうにもならないだろうなという事柄に対して、


「どうにもならんよ」


と告げる『天からの使者』になるわけでもなければ、打開策を、建設的な意
見を放てる有識者に即興でなれるわけでもない。なれるとしたら道化くらい
のもんだろう。


「にしても、君はかわいいな。なんでそんなにかわいんだ?」


依然として喉を鳴らし続ける相棒に、見惚れる事数秒、わずかに蘇った指先
の意志で僕は僅かな文字を入力して投稿する。


『今日も猫がかわいい』


一つの真理を世に放ったからなのか、何か大きなことをやってのけたような満
足感でそのまま僕の意識は遠のく。布団を被った僕の耳に猫が部屋を出てゆく
足音が聴こえた…ような気がする。

何処かに何かを

『何処かにある何かを探して』、そんな気分でさすらう。分かり切っている事は今日も変わりなく順調で、リアルタイムで更新されてゆくトレンドは今日という日を歴史に刻み付けようとしているようにも見えてくる。雲がそこそこ薄く掛かる空の青はどこか透明な色にも思える。


どこからか風が流れてくるようなイメージの曲をBGMに車を走らせる。出来るだけ遠くに行こうとしても、多分目的地を僅かに越えるくらいだろう。やっぱりルートは決まっていて、穏やかな休日の時間を気にせずに過ごせる、ちょっとの『時』を景色と一緒に吸収する。



語り部のいない世界はこういうものなのかも知れない。流れてゆく時と景色、移り変わり、気付けば『ここ』までやってきてしまっている。『ここ』で隣に乗っていた人が、指さした。その人にとって思い入れのある場所だという事で、僕は記憶させられた。その記憶が妙に主張してくるけれど、それ以上に何かを感じるという事もない建物は、それでも目印になっているかのよう。



こんな風に坦々と過ごしているうちに秋は曖昧になってゆく。秋というよりは早い冬。冷え冷えする朝に、からっと晴れる日。情緒を感じている自分をまた遠くで見ているような自分があって、たぶんそれが何かを探しているんだろうなと、そう解釈するのが正しいと感じる。親しい人の言葉から今の心境に相応しいものを取り出してくるようにちょっとだけはっきりしたものが過る。



全てがこの世界にあるとは思わない。けれどこの世界はすべてである。無茶苦茶なようであって、結構まともな意見だろう。少なくとも可能性が広がっているように感じられる今という時、それが忘れていた何かを取り戻させる。



朝僕はこう思ったのだ。


『帽子を買いに行こう』


いつか誰かと一緒にその店を訪れた時、帽子を買いそびれてしまった事があった。『似合わない』と言われたからだけれど、今ならもしかして似合うようになっているかも知れない。少し大きな頭に合う帽子は意外と少ない。



思い付きのようでいて、ずっと欲しかったものを買いに行くようで。




少なくとも僕の中の何かは変わり始めている。今の僕にはそれが頼もしく思えている。そのあと、もしかして上機嫌な僕は何処かに何かを探しに行くかもしれない。

頼もしい何か

どうなってもいいのかなって思える。ただ状況によっては厄介や面倒に出くわさなければならなくなるけれど。…という、本当に気楽な言葉の意味を真面目に考えたりしているとお昼だなと気付く。今日はラーメンで良いだろうなと思うのならば、それは決して悪い判断ではないとこの頃気付いた。


今の職場に期待するのは申し訳ないような、自分に近しい存在を何処かに探している。そう言ってしまえばそれが全てなのかも知れない。けれど頭のどこかで、そういう人が居たとしても自分はその存在に気付かぬままでいるんじゃないだろうか、という想像がぼんやり浮かんでくる。自分の代わりは幾らでもいるというのは理想化された世界のお話で、現実には自分は自分で居ることが求められ、安易に自分を放棄してはならないという事もいつしか納得できるようになっている。



ラーメンはつけ麺がいいなと思うような素直さで、出来るのなら一緒に居ても疲れない人がいいなと妄想気味にその姿を思い浮かべる。出来るのなら自分でいるのが自然であるような、そんな誰かが居さえすれば何もこんな面倒くさい努力をしなくて済むだろうに。



店内の空気は澄み渡っている。あれだけの熱量のある食べ物にも関わらず「熱」を感じさせないヒンヤリした空調で、待っている間も自分に集中できる。こんな時にうっすら顔を覗かせる「迷い」はむしろ、人間性の証明ですらあるのかも知れない。それでもつけ麺を選ぶのは、そういった類の迷いを吹き飛ばしたいからでもある。



僕はこの店に、この一杯に何を期待しているのだろう。自分の選択が間違っていない事?期待に応えてくれる存在があるという事?今日の後半も乗り切らせてくれる事?



言葉にして言い表すのは相変わらず野暮ったい。哲学的ですらあるその言葉はレンゲに掬われた少量の液体の味で消し飛んでしまう。それで結構、それの何が問題なんだ?



実際、僕はこの店のラーメンが好きだ。それは贅沢というよりも、自分に求められているクオリティーを出し続ける為の確認作業ですらある。



『もし自分がこの一杯で奮い立つならば、僕は何かが出来る』



うっすらと気付き始めている物事の困難さ。当たり前のことを当たり前にこなす自分でいる事は、それほど容易ではない事。どこかに人知れぬ危うさがあって、それを何とか言葉巧みに乗り越えているという事。程度の違いこそあれ皆そんなもんなのだろう。



そんなややこしい事を考える自分でも、素直に思う。『ここにあってくれてよかった』。いわば自分の存在意義だってそれに近いんじゃないだろうか。シンプルに居てくれてよかったと思われたい。ただ、自分としては思われているだけで続けてゆこうと思えるかどうか、それは難しい話だと思う。何かを期待している。それが何かは、出会ってみないと分からない。




それでも店を出る時の「ごちそうさまでした」には偽りがない。それは紛れもなく「ご馳走」で、僕は少なくとも何かを感じたのである。何か、とても頼もしい何かを。
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Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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