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花火を見に

できるだけ、「そう」ありたいなと思う。



夏の終わりを待っているようで、どこか夏らしさに夢を見ているここ数日の心境。どことなく溜息をついてしまいそうな三時過ぎに、アイスを一つ頬張る。今年の花火を見るか見ないかで知り合いとちょっとしたやり取りがあって、『結局は当日の天気次第だね』なんてまとめたところ。そこまで望んでいないけれど、心の何処かでそれを見なきゃ後で残念だと思う日が来るんじゃないかと考えている部分があって。



で、行くとしたら出店で「焼きそば」と「唐揚げ」は食べたいよなとか考えていたところに別な人から連絡があってどうしても地区の催しを手伝ってほしいとの事。花火の会場とは反対方向の催しなのでもし手伝うとしたら花火の時間に間に合うか甚だ微妙になる。別な人…とは言ったけれどつまりは親戚で、少し断りにくい間柄であった。惜しい気もするが、知人には「頼まれごとがあって、当日いけるかどうかわからなくなった」と連絡する。もともと酒の席で『暇だったら行ってみようという』ノリの発案だったので、具体的な用事がデキてしまうと優先順位が低くなってしまうのが何とも言えない。



そして当日。


「今日はごめんね、どうしても人手が欲しくってさ」と手を合わす親戚の姿を見ていると本当に人手が欲しかったんだろうなと思えてきて、それはそれで手伝えて良かったなと思える。やはりここでも夏祭りで、昼頃に開催の合図の小さな花火が上がって天候としては恵まれていた。


<音だけの花火も悪くないよな>


と自分に言い聞かせて半分仕事と割り切って、やれる事を探して運営を手伝う。時折小さな子供が自分の方を興味深そうに見ているのを発見して、ちょっとお道化たりしてみながらぼんやりと自分がそれくらいの年齢だった頃の事を思い出していたりした。


「どう。楽しい?」


わたあめの袋を片手に静かに立ち尽くしているその少年に保護者のような感覚で思わず声を掛けている。少年は、


「今日、花火も見に行くの」


とだけ言った。もしかしてと思い、


「花火って、〇〇市の方の?」


と訊いてみると小さく頷いた。どうやら行こうとしていた花火会場の事だった。


「そっか。楽しみだね!」


うらやましいなぁという偽らざる気持ちが表情に出てこないように注意しながら言うと、


「うん」


と言って少し笑った少年。その時親戚から呼ばれ、「今度は屋台の方を少し手伝ってくれ、焼きそばも食べていいから」と告げられる。そうこうしているうちに先ほどの少年もいつの間にか見えなくなっていた。



☆☆☆☆☆



夕方が近付いてきて、あと一時間くらいで花火大会が始まるなと思っていたところで親戚がゆっくり近づいてきて、


「今日はありがとね。もうそろそろ人も足りてきたから好きな時に上がってもらっていいよ」



と言われた。好意なのだけれど、それもそれで何となく微妙な心境になってしまいそうなのは不思議な話である。ただ、今から移動すれば花火大会に間に合う計算なのに思い至って急遽知人に連絡をしてみようとスマホを取り出した。生憎、連絡が繋がらず行く場合には一人でぶらぶらする事になるなと一考する。



「どうしようかな…」


迷う自分の脳裏に浮かんだのはあの少年の「花火を見に行く」という言葉。何も誰かと見に行かなくても花火というものは良いものだと、ちょっとした気持ちが沸き起こってくる。決め手はその時親戚がお礼にと手渡してくれた「焼きそば」と「唐揚げ」とスポーツドリンクだった。



<これを飲み食いしながら花火を見たらさぞ気持ちいいだろうな>



本質的にその欲求に負けたからなのかどうかは分からないけれど、いそいそと花火会場に車を走らせていた。会場までの道で雰囲気が出そうだなと思って、最近良さが分かり始めたフジファブリックの某曲をカーステレオで流してみると何だろうか、夕陽も相まって妙にノスタルジックな気分になった。



そのノスタルジックな気分も会場の混雑に一瞬消えかかってしまうのも現金な性格ゆえだろうか。がっしりした見かけほどごちゃごちゃしているところが好きではない自分にとって、若人が練り歩く歩行者天国には少し参ってしまいそうな雰囲気である。ただ、そう言いつつも適当に川沿いの空いている場所を探して座り込んでみると段々と情感あふれる光景に見えてきて、少しぬるくなっていたスポドリを口に含んで見た時には始まっても居ない花火の音が聞こえてきそうな気がしてくる。




「まあ、悪くないよな。こういうの」



最近はなるべく「そう」あろうとしている。つまりいつでも何かに「良さ」を見つけて『悪くないよな』と言ってみせる気概を持つというか。言葉で説明すると妙に理屈めいてくるけれど、心掛けているのはそういう事である。昔はそんな事自然にできていたのに、頼みもしないのにどしどしと入ってくる世知辛い話題が世の中に多くの希望を見出さなくさせていて、本当に心が若いままだったらと思ってしまう事も多い。一方でそんな中でも何かを思い出し気を取り直して再開することの大切さを実感している。



<なるべくこうあれればな…そうすりゃきっと…>



総括に近い事を思いかけたところで遠くからマイク越しにアナウンスが流れてくる。どうやら開会式らしい。テンションが2つほど違う女性の声が夜空に響き、辺りは少しにぎにぎしくなる。待ちきれないのか男性の「おー」という声が聴こえてきたり、子供たちの声も段々と目立ってくる。気温もそれほど高くない絶好のコンディションだけあって、みな心待ちにしているようである。




ひゅるるるる~ドン


ドン ドン ドン



最初の一発を合図にするかのように、夜空に花火がどんどん打ちあがって開いてゆく。この頃になると妙な一体感に包まれて、来た甲斐があったなと思ってうれしくなる。



ひゅるるるるるるる  ドン ドン ぱららら  ドン



時折花火の音に歓声が混ざる。すでに大分暗くなっている夜空だが花火が上がった時に一瞬周りの全てがはっきりと見えるくらいの明るさになる。それが子供の頃は無性に不思議というか、分かっていても凄いなと感じていたりした。今思えばこの日本の風土によく合う光景を誰もがずっと見てきたのだ。あまりロマンチックでもない自分でさえ自然に『これはもうDNAに刻み込まれているんだろうな』と感じている。そうして自分ももしかしたら誰かにこの光景を引き継いでいきたいのかもなと思ったりする。



<そういうのって、本質なんだろうな…>




サビ付きそうになりながらも、時々こうやって浸って呼び覚ます。魂を揺さぶるこの情景は毎回新しくてもどこか懐かしい。一度に見てしまうのは勿体ないと思いつつも、花火は順調に、次々と打ちあがってゆく。そして。



『いよいよ今年の最後の花火となりました。そして皆さんもご存知のあの曲に合わせて花火を見ましょう!』



元気のよい女性の声で「もしかしたら」と思う。思った通り、たんたんたんたん、という心地よいリズムの曲がスピーカーから流れ始めて『真夏のピークが去った』という歌が始まった。車の中でも聴いていたのに、このタイミングで始まってしまうと途方もなくじーんとしてきてしまって、眼がしらが熱くなっている。



ドン ドン ドン ドン




歌われる歌詞の情景を思い浮かべ、上を眺めているとまるで知らない場所に来たかのよう。サビの部分で華やかに彩られる夜空に、近くにいた誰かが曲を口ずさんでいるのが聞こえ、そういう何かを目の当たりにすると胸いっぱいに何かを感じる。それは何と言えば良いのだろう。



「やっぱり『何年経っても』…」



本当に半端ない曲を作ってしまわれたんだよ。なんだこの気持ち、やべーべ。くそ、なんだこれ、と心の中の語彙が乏しくなってしまうほど気持ちが溢れてゆく。そしてそれを妨げるものは何もない。何度となく叫んできた大サビで気付くと立ち上がっている。







…今思うとあの瞬間の自分の空白は全てを言い表しているような気がする。『あの瞬間』、自分にもあった何かの瞬間、そういうものが一体になって迫って来たあの時。そして本当に最後の花火が終わって、演奏もエンディングを迎え、余韻だけが残る。何かが実際に起こったというわけではないのに、確かに何かの『存在』、何かの『真実』そう言ったものを余すところなく実感しているその余韻。




周りの事も気にせず立ち尽くしている自分に気付いて、ふと我に返ってしまう。そして何だか苦笑いしているというか、変な感じなっているそんなことも含めて、凄く良い夜だったなと思う。最後に紙コップの底に残っていた唐揚げをつまんで口に放り込み、花火会場が混雑しないうちに帰宅を選択した自分。そこで知人からの『ごめん、今気付いた』というメッセージ。何となく申し訳なく思いつつも顛末を説明すると、実は知人も違うところから花火を見ていたらしい。


<なんだかなぁ…>



いかにも自分らしい展開だから引き戻される感じで笑ってしまいそうになっている。そう言いつつも、車の中でまたあの余韻を取り戻したくて再びあの曲を再生している自分。ふと空を見ると空に星が輝いている。


「これは悪くないな」


今年はそんな夏だった。
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だけど、それは

時折浮かんでくる想い。驚くほどシンプルで、驚くほど具体性のない理想論に毛が生えた程度の。でもそれさえ戸惑いの多い世界にあっては心強いもののように思われてくる不思議に、僕は人知れず浮かれそうになっている。


久々に欲しいと思える新譜が見つかって、ネット配信に押されこの頃ではめっきり少なくなったCDショップに出向いている道すがら、青春時代に感じていたような高揚感がほんの少しだけ蘇っている。考えてみると用事がなければ街中に出掛ける事もないし、その辺りの様子も記憶の中のそれとどこかしら違って感じる。前に来たのはいつだったろうか、もしかしたら年単位で来てないかも知れない。



今時CDを買い求める人も多くはない。世代的には自分より幾らか年下の世代の人ならダウンロードで済ませてしまう習慣があるのだろう。CDというか半分は音楽から遠ざかっているような傾向さえあって、それと連動するかのように世の中が見慣れたものだらけになるような気配さえある。なのに世の中はまるで僕の理解を拒むように唖然としたものを提供する。それについて誰かに共感を求めようとすると愚痴のようになってゆくのが何となく躊躇われて、段々と静かな心の安らぎを求めようとしている自分に気が付く。そんな折、以前から注目はしていたバンドの新譜の発表である。



「何でなんだろうな…」



自分でも理由がよく分からないまま、ショップで新譜のアルバムを手に取って眺めている。「欲しい」という感情は一般的には『物欲』なのだけれど、厳密に言えば物ではなくその中のデータ…音楽を求めているという意味で、物欲とは違うのかも知れない。以前は当たり前にそれを求めていたのに、いざ改まって求める理由を理屈で捉えようとしている事に感性の減衰を感じざるを得ない。けれど、そんな自分をハッとさせるような何かが「ここ」に詰まっている。そう思うと意味もなくワクワクしてきてしまう自分がいた。



「カードはお作りしますか?」



会計時、店員にこんな言葉と供にポイントカードを勧められて若干戸惑った。昔使っていたものを持っているのかも知れないけれど、自然とそこまで必要がないと思ってしまう事に苦笑いしそうになる。



「いや、大丈夫です」



会計後、改めて店内を眺めまわしてみる。



<何となくだけれどここはまだ僕を受け入れてくれそうだな>



なんて意味のないことを思う。目的を済ませてしまうと妙な脱力感があるようで、外に出た瞬間途方に暮れてしまったかのように感じている僕。考えてみればただシンプルに新譜を買いに行こうと思って出てきただけなので、他にこれと言った予定がない。そこに突っ立っているだけなのも変なのでとりあえず適当な方向に向かって歩き出す。



<まあ散歩という事でいいのかな…>



数十メートルほど歩いてみたところで信号に行き当たる。その時予期せず心地よい風が吹き抜けて、またもや不思議な情緒に捉われる。言うなればそれはこの世界に求めてる何かがふとやって来たかのような趣だろうか。それ自体具体性のないものなのに、『そういう世界があるんだよ』って教えてくれているかのような証とでも言うのか。



「『躊躇わず行けばいい 君を待っている』」



それは新譜のリード曲のフレーズだった。<僕も『君』なのだろうか>、あまりにも自然に浮かんできてしまう己の言葉。直後に何だかすべてが作り物にすら思えたらしく少し笑ってしまう。




好きなんだろうなと思う、言ってしまえば。でも、それは…。




だけど、それは。そんな事を思いつつ、今にも青に切り替わりそうな信号を見つめている。

こんなコーヒーのCMがあったら

「こりゃあどうにもなりませんな」と言いかけてしまう、それも仕方ないような時はある。上手くゆくならお道化てしまう己であれと、誰に言うわけでもなく笑う感じでちらっと外を眺める。止んではいるがいつ降り出してもヘンじゃない色。


ヘビーな時間さえ避けて通れないもののように訪れる、そんな日々かも知れない。慣れるようで慣れないというか「あ、心折れそうだな」と実況している妙に冷静で淡々しているへんてこりんな『部署』が、


<とりあえずコーヒー飲んどけ>


と指令を出している。最近発売したペットボトルの微糖コーヒーがここまで頼もしく感じられる、程に、実はピンチじゃないかという、それはそれでまた一つの分析がやってくるのだが、その辺りは保留しつつキャップを回して一気に口に含む。


「うまい…」


思わず独り言が出てしまったけれど、同僚には聞かれていないだろう。メンタルボコボコに殴ってくる『出来事』が連絡で入ってきて、内容的には「アホか」と思うような部分もあるのだが事実は覆らないもので受け入れるしかなく、まあプライベートな事なので自分でやって行くしかないという事も分かっている。



「うまい…」


気付くと無意識にコーヒーを飲み干していた。すると向かいのデスクの同期の女性が、


「そんなに美味しかったの…」


とドン引き気味にこちらを見ていた。考えてみれば、あんまりにも平静を装い過ぎてコーヒーを一気飲みして「うまい」を連呼していただけだから、そこだけが強調されてしまっている。同期には何となく変な所を見せたくない気もするから誤解を解くつもりで、


「いや、そうじゃなくて…いや、まあ美味いんだけれどもさ」


と言うと、



「ふーん…。まあ美味しいならわたしも飲んでみよっと」


と先ほどの表情に比べると幾分マイルドな返答。誤解はさせていないが、何かしら不十分なんじゃないかと思ったが、けれどこれでいいんだよなという認識がやってくる。あんまりこういう事を考えすぎると疲れてしまうし少し気が紛れたから、段々と作業に戻ってゆく。丁度お昼が近いのも幸いした。




そして30分後くらいに皆が昼食に出掛けてゆくのを確認して、ちらっと確認するに留まっていた『連絡』の詳細を見返す。


『公演中止』


一言で言えばその表現である。前から楽しみにしていた舞台があって、念願のチケットを手に入れた舞台が演出と演者のトラブルで…というありがちと言えばありがちな理由でおじゃんになったという知らせ、とそれに伴う返金の手続きについての連絡。それだけであったら「まあ仕方ないか」で切り替えられるところが、自分にとってはタイミングが非常に宜しくなかった。実は今度友人と遊ぶ約束をしていたのが、どうしても都合が悪いらしくお流れになりそうなのと、細々としているところでは好きな野球選手が怪我をして戦線離脱というニュースを知ったばかりというのも大きい。



「さすがに3連発はなぁ…」



連絡を確認してみてどうにもならそうだなと思い至って、とにかく今日を乗り切る事だけに専念しようと応急の目標を立てる。食欲も湧かないし、とりあえずコンビニのおにぎりとかでお昼を済ませようと思い立ち上がった時だった。


「あれ?まだ居たの?」


先程の同期である。よく見ると手にコンビニの袋を下げている。


「ああ、ちょっとね」


「ふーん。あ、わたし『これ』買ってきたよ!」



なんだ、と思ったら微糖のペットボトル…さっき飲んでいたものと同じ物を買ってきていたらしい。


「はや…そんなに飲みたかったのか?」


「だって、凄く美味しそうに飲んでいたから。飲んでみよっと。あ、本当だすっごく美味しい!!」


「まあ美味いのは事実だな。個人的に画期的な商品なんじゃないかって思ってるよ」



「こういうのあるといいね。いやーな事とかちょっと、こう何ていうか楽になる感じ」



彼女の口から気になる表現が出てきたのでこう訊いてみる。


「いやーな事って、例えば…?」


すると彼女は「うん、それは」と言ってからコーヒーを口に含んでから一呼吸おいて、


「元カレが結婚しましたとか白々しいメール送ってきた時とかね!!」


「うわ…」


こちらも思わずドン引きしてしまうようなヘビィな内容。妙に大きい声で言った彼女はただその後、


「例えばの話。例えばそういう事があった時とか…」


と少し殊勝なとでもいう様子でゆっくり椅子に座った。何か色んな想いがありそうだけれどこういう時、何となく自分の事がぼんやりしてきてしまう。


「ま、これ飲んでお互いに頑張りましょう!」


私はその時の彼女の言葉に何か救われたような気がする。気の利いたことは言えないタチだが、


「何か良いことあると思うよ、たぶん」


と言うと、


「それっていつ?」


と尋ねられたので、


「いつか。晴れてきたらじゃないかな」


と適当に答えておいた。そんな感じ。

そんな世界を

遠い世界に憧れるような心境が迂闊にも意味するのなら、それは「これで良い」とは言えないという遣る瀬無さだったりするのだろう。一難去ってまた一難がデフォルト=基本設定の世界で、活路を探し回るパターンに入り込んで行く自らを意識している『自由時間』という名の…なんなのだろう。



目の前に広がる光景は話題となっている現場とはまるで別世界のようで、この場が全てであるとしたなら何よりなのに、影も音もなく忍び寄るものに心の幾らかを奪われているようでもある。あながち間違いとも言えない世界の仕組みを念頭に、打開策のような事を見つけられないものかと穏やかな雰囲気に馴染めずに妙な緊張感さえ感じてしまう、へんてこりんな昼前。



自分の存在を虚無にしたいわけではないから意義を見出そうとして、結果として厄介な事を抱えてしまうというような不器用な在り方。そう言ってしまえば僕の個性は言い表された事になるのだろう。誰しもが持つ、扱い切れない感情をほんの少しだけ穏当に言い表すことのできる器用さをも有した僕が、眩暈を起こしそうになりながら自分のアカウントを通じて収まり悪く発信した言葉が、かと言って共有される何かになっているかというとそうでもない。結果として分かりづらさだけが前面に押し出された格好になっているとしても、それは致し方がない。




匂わす程度に痕を残す。どうしたってそう言ったやり方になってしまう。そもそも匂わす程度に示された事どもが僕にインスピレーションを与えるのだから、僕だって断言はできない。遠い未来の自分がそう言った間接的な言い回しから何を読み取ることが出来るかを考えてみると、いとも愚かな行為のように思えてならない。けれど僕は、表面的な穏やかさよりは忍ばされたものが多くあるという、どうにもならない印象を捨て去ることが出来ないでいる。



『つまりそれはね…』



そう解説してくれるであろう、事情通を想定してみたくなる。殆どの事が表に出せない事情を抱えている中で、ぎこちなく見えてしまう『動き』に理由と意味を与えてくれるそんなスーパーマンのような存在。世間的に彼が望まれているのかどうかは知らない。ただ、もやもやしたままの僕が少なくとも「良い線行ってるね!」と言われてホッとするような、そんな瞬間くらいは与えてくれそう。実際それでいいんじゃないだろうか。事情を知らない者があーだーこーだ考えていたってしょうがないのは分かっているけれど、今や「事情」は潜んだまま。そういう中で少なくともそう考えざるを得ない推論は積もり積もって殆どパンク状態。それを携えているというのも案外酷なもの。




青空を望むような視線が、猫に注がれる。この場が全てである筈の、その娘は少しでも外を望んでいるのであろう、頻りに外に出してほしいような素振りを見せている。実際、僕は彼女に連れ出してもらっているのだろう。たぶん、それも違う世界なのだと思う。



猫とスーパーマンが合わさる。猫のマスコット的スーパーマンは颯爽と現れてこの世界を分析する。


『すなわち、認識を打ち破る何かが必要なのです。我々は鋭い聴覚と、嗅覚と、独自の反応速度により、世界に定立されつつある構造を未然に変質せしめ、つまりセントラルドグマに『猫』が据えられた世界を構築することが出来るのです』




実際、そうやって揺れ動くくらいの価値観だっていいと思われてくる。肝心なところで独自路線に向かえやしない己なんてものは相対化してしまって、ひたすら猫に情愛を注ぐ事で意義を見出しさえすれば、他の事は必要最小限。




という事は薄々気付いてはいる。それでも人の性だろうか、人の言葉に意味を感じるように出来ている己は、人の世でこそといつの間にやら引き戻されてしまう。それでも、叶うならば猫にベッタリでもいい世界を。



それで良いんですよ、と自信もって言える世界を。

ナイーブな曇り

雲が、なかなか手ごわそうな雲が頭上に広がっている。不思議と今の僕には情緒を感じさせて、悩ましいというよりは懐かしいというか。子供の頃、漠然と感じていた安心感のようなもの、世界への信頼のようなものは案外、何かに覆われている事で見出されるようでもある。


考え得る限り広々とした空ではなくて、狭まっている青い領域の方が自分にとっては扱いやすい、という風に自己分析すればそうなのかも知れない。なんにせよ、今日はこじんまりと過ごせばいいんじゃないかと思ってしまった。



そんな心境に不釣り合いな幸運が急にやって来たりする。


『え…?サイン会!?』


近くに住んでいる大学の後輩から電話が掛かって来たと思ったら、学生時代好きで彼と一緒に良さを語り合っていた作家が、この近辺の書店で新作発表記念にサイン会を行っているという情報を教えてくれたのである。偶然というか、その日は溜まってしまった有休を消化していた日で、何の問題もなく現場へ向かえる状態であった。



後輩は生憎と仕事だったのだが、情報をネットで得てもしかしたらと思い親切にも僕に教えてくれたらしい。そうなると彼の為にも向かわない手はない。10分程歩いて到着すると、やや人だかりが出来ている模様。にぎわっているはずという僕の想像とは少し様子が違っていた。『僕等の界隈』では有名な人だと認識している作家だが、世間的にはややマニアックな小説を書く人という評価なのかなとそこで改めて感じたのだが、僕が敬愛する作家である事には何の影響もない。



小走りで店内の会場に向かうと、作家のテーブルの前に並んでいるのは女性ファンと男性ファンが半々といった感じ。どうやら新刊を購入してくれた人にその場でサインをしてくれる催しらしく、落ち着いて深呼吸をしてから最後尾に並んだ。



<なんだか急にこういうことがあるとドキドキするな…>



ふと後ろが気になって振り向いたが、誰かが近づいてくる様子はない。おそらく生粋のファンは既に並んでしまっていて、僕のように後から情報を知ってやって来るパターンは少ないのだと思われる。



空には相変わらず厚い雲が覆っている。



そういえばその作家の作品で『雲』についての知識をふんだんに盛り込んだ作品があって、『積雲』だとか、『高層雲』だとか色んな雲の分類をそれを読んで僕は俄かに雲の事を意識し始めたのだ。何かしら不思議な『繋がり』があるなと思う。




並んでいる人が徐々に減り、僕の後ろにも幾人かの人が並び始めたところで僕はその作家にサインしてもらってる時に何か一言ファンとしての言葉を伝えられるなと気付いた。そして自分の番がやって来た。まだ買っていなかった新刊をそこで購入し、他の人がそうしていたように本の表紙のページを広げる。


「ありがとうございます」


慣れた手つきでサインをする作家。言い忘れていたがその人は独特な風貌の男性で、温厚そうなのにどこか悪戯っぽい表情が印象的だった。写真では見たことがあるが実物を生で見ると、


『ああ、やっぱり存在しているんだな』


という当たり前なのだが、素朴な感想が浮かんでくる。サインが終わって握手の手を差し出してくれた時、僕は「このタイミングだな」と思った。


「僕は今日みたいな『層積雲』が好きです」



相手は一瞬「え…?」という表情をしかけたが、すぐに「あ、」と目を見開き、笑顔で


「今回はね、『虹』をテーマにしてるんですよ」


と語ってくれた。ファンとしてはそれで十分伝わったなと思ったし、この人も『虹』をテーマにしているとは言っても多分少しややこしい手法を使って『虹』の本質を伝えてくれるんじゃないかなという想像が僕の頭に駆け巡った。しっかり手を握り、何かを伝えるような余韻を残して僕はその場を去った。





振り返ってみればあっという間の『邂逅』だった。思いの外自分はミーハーなんだなという事にも気付いたり色々な発見があった日だったが、雲は相変わらず。でもこんな日だからこそ読書にはもってこいで、色々「上手く出来ているな」と感じた。実際、時々だけれど世界はそういう小説のような偶然を運んできてくれる。だから小説はある意味で『真実』を伝えているんじゃないかというのは、ごくごく最近気づいたことでもあるし、でもこういう展開は本当に『稀』であって、たぶん何食わぬ顔をして日常的な幸運の分配がやってくる。



<でも、>



と僕はそこで思い直す。こんな一瞬の為にナイーブで居てもいいんじゃないだろうか。今の僕も多分、あの作家のような悪戯っぽい表情をしているなと思いながら、雰囲気のよさそうな喫茶店を探し始める僕だった。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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