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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

さむざむ

Posted by なんとかさん on   0  0

「寒いなぁ…」


分かり切った事でも発声して確認する事に少しの安堵を覚えるのだろうか、着けたばかりのストーブの前で両手をかざす様に温める。ほぼ雪国と言ってよい地域に住んでいるせいか、『寒さ』が優勢になった時を境に気持ちが入れ替わり、ここ数日で少しは気合が入っているかも知れない。気合を入れないと寒さに勝てない。


そんな人間と運命共同体とも言える我が家の猫達は、我先にとコタツに潜ってしまっている。『ピー』と『ジロウ』は時折牽制し合いながらも基本的にはウォームシェア、コタツシェアをしている。長年連れ添っている部類の年齢の猫達だから、今や夜寝る時も一緒である。オス同士。人員を考えるとそこまで大きくないコタツという器具の陣地を獲得する為には人間の方も猫並みに関節が柔らかくないときついのかも知れない。



器用に猫と猫の間に足を伸ばし、束の間の安息を得る。油断して足を広げすぎると猫の怒りを買うけれど、流石に今日は暖を取らないと身体が冷え冷えになってしまう。なのに、こういう時ほどトイレに行きたくなってくる。



と、何故かこの時いつものように窓際のカーテンに隠れるように佇んていた『ナナ』が不穏な動きを見せる。一鳴きすると近くにあるソファーの上にささっと移動した。そして背をピーンと立てるようにすると…



「あー!!そこにはしないでー!!!」



そう猫もトイレに行きたくなるものなのである。そしてトイレのある場所が寒いのを知っていると、猫の判断で『ここでしてしまえ!』という決定になる。『ナナ』に限ってはあまりそういう事がなかったので完全に油断していた…。小の方だからまだいいけど。




幸い量は少量で、ティッシュやスプレーなどを用いて何とか被害は少なく抑えられている。猫飼い足るもの今更こんなことでは挫けない。…と思ったのだが、いつの間にかコタツから抜け出していた『ジロウ』があろうことかコタツの上に敷いている毛布の一部に粗相をする。実を言えばこれはもう『ジロウ』の癖で、何かにつけてそこに放尿するのである。こうなるとその毛布を毎回洗濯しなくてはならない。



「まあ、今日は寒いからね…」


そう自分を納得させて毛布を洗濯機に放り込む。それにしても自分が使っているもの(コタツ)を敢えて汚すのはどんな気分なのだろうか。たぶん、それは猫にも分からないだろう。

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ねんねこざむらい

Posted by なんとかさん on   0  0

見るものは見た、という感覚になり就寝を決めて二階に上がる。部屋でしばしの寛ぎ体勢になったところで『トコトコ』という足音が聞こえてくる。


「ナナ!」


最近になって何故だか夜にこの部屋にやってくる習慣ができた一番年下の女の子である『ナナ』が現れたのを見て呼び掛ける。その呼びかけに対する反応はしかして鈍い。鈍いというか、一鳴きする必要性をあまり感じていないかのようである。こちらも猫を飼うようになってからの習慣で、なるべく猫に心地よさを味わってもらう為に横たえ気味になっていた身体を起こして『ナナ』に近寄り「頭だけ」を撫でる。雌猫の性質なのか『ナナ』は何処も異常がないのに身体を触られるのを嫌がるタイプで、おそらくは敏感な体質なのだと推測している。その為、どんな猫でも嫌がらないという「頭」だけを集中的に、時には顎をさするように撫で、ご機嫌取りを敢行する。



ぐるぐるぐる…



現金な猫らしく顎さすった途端に喉鳴らし、止めるとすぐ音が止まる。こちらも寝る準備をしているのであんまり続けていても苦行になってくるので気が向いたら愛撫を再開することにしている。『ナナ』はその後、『香箱座り』と呼ばれる例の体制のままで目を閉じ始めて沈黙する。様々な性質に加えてショートスリーパーという属性まで有している個性派の娘は、ここからウトウトしつつも半分起きているという謎の時間を過ごすのである。



<構いすぎると嫌がられるけど、構って欲しいんだよなぁ>



こちらとしては静かにしてもらっているから困らないのだが、何となく勿体ない気がしてしまう。『こういう猫だから』と分かっている今となってはこれがベストなスキンシップかなと思ってはいる。


<やっと「こういう猫」って分かるようになったんだなぁ…>



可愛らしくこじんまりと佇んでいる『ナナ』を見て、自分の中に『ナナ』という存在が出来上がっているような感覚になっている事に気付いた一瞬であった。『ピー』や『ジロウ』はオスだったからか元から持っていた猫のこういう感じというイメージで接していて、分かり易かったのかも知れない。身体が小さく、いかにもやんちゃなタイプという『ナナ』は成長するに従って女の子らしい繊細さを見せる時があり、イメージが安定しなかった。



今の『ナナ』の心の中を人間語に翻訳するとこんな感じだろうか。


『わたしは、ねむい』


基本的にあんまり考えてなさそうである。じゃあこちらもボチボチ寝るか。



☆☆☆☆



夜間、一度はやってくる尿意で目覚める。時間は日によって違うが2時とか3時である。流石に冬になってきた今は一刻も早くトイレに行って戻ってこようとする本能。そそくさと部屋に戻ってきた時、『ナナ』が相変わらず寝ているんだかいないんだかの体勢で固まっているのを見る。その時、僕の心の中にこんな言葉が浮かんでくる。


<今、この勢いで猫にご飯をあげてしまえばもう一回起きなくていいぞ>



そう『ジロウ』同様『ナナ』も深夜にご飯を食べる習慣を持ってしまっていて、後で起こされるよりは今済ませてしまった方が合理的とも言える。ただこれには一つ落とし穴があって、この部屋で待機している『ナナ』については一緒に台所に向かって新しい餌が皿に盛られたことを認識するだろう。けれど猫は証言者になり得ない。運が悪いともう一匹の『ジロウ』が餌を上げたという事に気付かないまま数時間後何処からともなく現れて僕を執拗に攻めてくる。



端的に言えばそれは一種の『賭け』であった。一方で全然別の事が僕の頭に浮かんでくる。


<せっかくこの部屋にいる『ナナ』もなんかしてあげたいなぁ…>



その瞬間僕には『ナナ』の姿がなんとなく『健気』に見えてしまったのである。結果として僕は『ナナ』を引き連れて階段を降り、いつものルーティーンでプラスチックの容器に予め移しておいたご飯を与える。




もしかすると『健気』なのは僕の方では?と思わなくはない。『ジロウ』に起こされない事を願って部屋に戻る。

留守番ねこ

Posted by なんとかさん on   0  0

帰路の電車で猫を想う。規則正しい振動に揺られながら、すっかり暗くなった窓の外に目を遣る。寒暖差で少し曇ったガラスとそこに映り込む自分の姿が辛うじてこの状況を認識させていて、割と疲労でぐったりしている自分には家で待つ猫達の事しか思い浮かばなくなっている。


新幹線などの移動後、在来線に乗り換えてあと数駅という所まで来て、この行程はそもそも猫を優先させた結果なのだが『早急に帰宅する事』への優先度を上げてゆくと人間側の都合が非常に悪くなるという理由で一本だけ電車を見送ったが、それでも結構シビアな場面が生じた事を何となく振り返っている。よりによって体調が万全ではないという状態で遠出する必要に迫られていたから猶更、「やっとここまでた辿り着いた」感が凄い。先ほどまで近くに立って駄弁っているらしい女子高生二人組とのテンションの違いをどうにも意識してしまっていたが、電車の中でグロッキーになるのは本来は宜しくないし、むしろこの場面においては自分の方が『異質』なのだと言い聞かせるように何とか耐えていたと思う。



だいぶ車内のスペースにもゆとりが出てきた頃に着席して、今更スマホを弄る気力もないので猫の事を考えている。猫は家でどうしているだろうか。一泊ではあるものの、今が夜で留守にして大分時間が経過している。ケンカ、については大丈夫だと思うが大量に置いておいた餌については、そこに誰かが嘔吐していたりすると食べれなくなるという懸念があった。水は前述のネコ用の給水機によって問題はないが、後は猫のストレスだろうか。暴れるのは全然いいのだけれど不安にさせたくはないなと、そういう気持ちが強く意識される。



☆☆☆



帰路のそんな憂慮は自宅に辿り着いた時に一気に消え去る。何か「あれ?いままでどこに行ってたの?」的な表情で『ナナ』に迎えられ、「むしろそんな事よりご飯をくれ!」という態度で台所に向かう『ピー』。『ジロウ』に関しては2階のベッドでウトウトしたまま降りて来ようともしない。


何事もなく過ごしていたのは良かったけれど、それはそれで飼い主としては複雑な心境という。それならそれで二泊でもイケるんじゃないかと思うようになるのかならないのかは微妙な所である。なぜなら、僕が猫に触れられない日が二日以上という方が困りそうだからである。

かにかまスライス譚

Posted by なんとかさん on   0  0

車で10分もしない所にある倉庫型のスーパーにて、僕は『カマカマ』と呼ぶ白と赤の食べ物を手に取る。けれどそれは僕らが食べるものではない、無論ネコが食べるものである。その商品はいわゆる『かにかまのスライス』であり、パッケージングされていて値段と量がまちまちなネコ用のおやつなのだが、我が家では年長の『ピー』と年少の『ナナ』がこれによく喰い付く。


あまりに好きすぎてあっという間に消費してしまう為に、買う頻度も最近では上昇の一途をたどっている。この店にあるこの量が多い徳用のものを選ぶ場合には野口さんが一枚消える勢いで、だからと言って少量のものにすればまた買い直す必要に迫られる。無ければ無いで我慢してくれるわけではないのは小さな子供と一緒なのかも知れない。


<そもそも一番年長の『ピー』が事あるごとに要求するのは何なのだろう>


と思う事が無いではないが、何故かその時には自分を猫に置き換え、猫になったつもりで『あのカリカリ』と猫用の鰹節という決まりきったものを食べ続けるだけでは流石に厭だなと妙に納得してしまうのである。基本猫にはだだ甘な性格の人間だからして、自分が食べたいものよりも先に猫の食べ物の事を考えているかも知れない。



会計を済ませてそそくさと店を後にする。車の中で好きな音楽を流して口ずさんで、猫をテーマにした曲を作れたらいいなぁとか考えそうになったりする。家に戻ってきて玄関を開けてさっそく、


「カマカマ!!」


と叫ぶ。『かにかま』よりは『カマカマ』の方が言い易いけれど、猫とコミュニケーションを取る上で単純な語に変換してゆくのは常套手段である。さっそく何かを察したらしい『ピー』が台所に待機する。パッケージを開きながら、


<これってどんな味がするんだろうか…>


と血迷ったことを考える。

ネコ水

Posted by なんとかさん on   0  0

猫用の『フィルター式給水機』というものを導入して以後、何かにつけて蛇口からの水にこだわっていた「ナナ」も自分の好きな時に綺麗な水を飲むことができて満足そうである。猫の先祖はもともと沙漠の出だから水に対しては色々こだわりがあるのだろう。几帳面に給水を行う「ピー」や風呂で洗われるのを嫌う「ジロウ」と比べてみると水が猫にとってどういうものなのか考えさせられる。


まあ給水機については猫の為もあるし、一々水道に行ってペロペロと飲むのを見守らなくていいという人間側の利便性を考慮したのが大きい。だが結果的に外出時や夜間といった場面で非常に役に立つ代物だという事が実感されている。ただ、朝起きてフィルターや機材を一旦分解して水洗いをしないといけないのが労働感を醸し出す。



面倒なことは一挙に片づけておきたいタイプの飼い主にとっては水についてもそうだが、『3度の飯』についても機械を導入したいと思う事もあるのかも知れない。僕の場合は猫が無心でご飯を頬張る姿が愛おしいのと、地味にその場面こそが猫との触れ合い…或いは『交渉』の時間だと思うので大切にしている。



そのコミュニケーションの観点からしても『水』については何か感動が足りない。そもそも猫も水を美味しそうに飲んでいるというよ
りは、


「水は水だからね」


とでも言っているような当たり前感があって、田舎ゆえ地元の水がすこぶる旨いというような情報も多分猫にとっては何の意味も持たない。「ジロウ」に至っては数年前の夏場に水の摂らなさ過ぎで尿の出が悪くなって病院に連れて行って点滴をしてもらったという過去があり、こちらから


「水飲め」、「おしっこしな」



と促している始末。水はどうにも感動が薄いというのは猫も同じなのだろうか。それこそ僕が愛飲するライ〇ガードのような清涼飲料水のような猫ヴァージョンがあったら、猫も喜ぶのだろうか?

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