FC2ブログ

ミステリアスワールド

休日だったので勢いで曲を作ってみました。


ミステリアスワールド


明日がちょっと忙しそうだったのと、今日は声が出るので完成させたいなと思っ
たので結構頑張りました。思ったよりキーが高い曲ですが、独特の雰囲気になっ
たような気がします。
スポンサーサイト

活動!!

【ダケスタリスク】としての活動が出来ました。作品も「完成」と言っていいでしょ
う。とにかく集まって活動が出来るまですごく大変だと感じた時もありますが、今日
この曲をやれたのはかなり大きいと思います。実は二人とも声の調子が良くないとい
う事情があったのですが、様々な工夫で曲自体に違和感は感じさせないと思います。



憧れと空(YOUTUBE)


憧れと空(ダウンロード用)

Kくんの高音の伸びがイメージしたものよりも良くてハモリも色々考えましたがこの
曲はシンプルな感じの方が良いような気がします。



次回はもっと楽しい曲をもっと楽しくできる状態でやりたいなと思います。



※この記事はスローペース症候群というブログと同じ内容です。「ナンセンスに」として
付け加える事があるとすれば『見通しが立った』という「手応え」というべき何かを得られ
たという事でしょうか。

おしえてくのろじー

フジファブリックの「ロマネ」という曲が好きです。

「確かなことなど何処にもないな教えて欲しいテクノロジー」

というフレーズのぼんやりとしつつも、コメディーチックの
ようでも、本当にそうだなと思ってしまうような調子に、
普段ならちょっと抵抗してみる自分も、でもこういう事を
思ってしまう時はあるだろうし、酔っぱらった時なんて
きっとそういう事も言うだろうなという気がしてしまって、
そこを何度も口ずさんでしまいます。


「確かなこと」が見つからなくなっても、でもそういうもんなのか
なってウイットを効かせながら言えるのも人間なんだと思います。


面倒くさい事を言うと「確かな事など何処にもない」自体が
本当にそうなのかというと、確かに公理を信用して行為や計算
を繰り返せば同じところに辿り着けるような事もあります。
それは確かですが、公理自体に文句をつけるときに、また
公理自体の正当性を示せなどという事になる時には、案外、
『それでうまく行くから』、『それで大体説明できるから』
という理由しかないといえばそうです。


どうしてそれ以上の確かさを求めるのでしょう。そうではない
のかも知れません。ただ単に、自分の中にそれを素直に受け入れ
られない「気持ち」があるという事で、「確かだ」という事に
対して何か一言言ってみたくなりたくなるだけかも知れません。



どうして素直に受け入れられないのか。それはテクノロジーが
教えてくれないでしょう。

そこから先

「HEARTS」という曲がある。吉井和哉さんのアルバム「18」に入っている
どこか物悲しいし、懐かしさもある曲である。吉井さんとフジファブリック
の関係とか、吉井さんの人生観とか、語ろうとすれば間違っているかも知れない
がなんとなくイメージは持っている。

曲の出だし、

「最後の白い鳥は何を餌に生き延びてる」

それはまさに後に残された者が、その後何を糧に生きてゆくのかということ
を仮定するような心境になっているという事。

「心が心を許せる時にはどうして姿形はないんだろう」


去りし人の気持ち、心が後になって分かったとしても、そこにその姿はない。
ある意味、それは人間同士が分かり合える事のむずかしさなのだろう。
ある人が一生懸命伝えたメッセージは、その人しか分からないような孤独
の中で伝えられるもので、孤独な状況で心を許し合える誰かに会えるという
事は常に可能であるわけではない。


いない時になって、その意味が分かるようなメッセージ…


それでも、次の場所へ進むしかない。「さよならごめん」と言って。

肯定の詩

詩の、歌の事を少し書いてみようと思う。

「The Yellow Monkey」時代の吉井和哉さんから
今の吉井和哉さんになるまでは変遷がある。



どこか寂しさが感じられる「39108」という
アルバムの「BELIEVE」という切なさと底に
流れる明るさ、人生肯定が救いとなっている
ラストの曲の後に、また多様な音楽性のアルバム
を発表して行って、特に最近はフラメンコというのか
「血潮」という曲で新境地を開いているが、
その少し前には「HEARTS」という「イエモン」
時代の初期を思わせる(特に「LOVERS ON BACKS
TREET」の雰囲気、臭い)曲もあったりして、
本当に音楽を楽しんでいるなと思う。


「HEARTS」も「血潮」も底に流れているものは
どんなことがあっても次に前に進んでゆこうと
する人生肯定で、


「HEARTS」でしきりに繰り返される「次の場所へ」
というフレーズの先が、「血潮」の


「続くどこまでも この広い大地 野望」

のように思わせていて、

「本当か嘘か 今でも迷うけど」そして、
それに「騙されてみようか」となる心境を
力強く歌い上げている。


先が途絶えたようなところから再び歩き出す事。
そのまま行けただろうに、と思うがそれは
「思い出」で過ぎたこと。それでも全てが
そこにあるようにも思える。



生まれてきた事の意味とか、生まれてきた事は
それに限るわけではないかも知れないけれど、
でもそれは自分で気付いてから…



ラストの大サビで最後の最後に…もはや語るまい。
歌詞の意味は解説するまでもなく、歌自体がもう
人生肯定である。ぜひカラオケなどで歌える人は
歌ってみてください。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR