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ガララの里

ある朝何気なくテレビを見ていると、白い馬の像の映った。そのあと広大な牧場の光景が映し出され、そこで数頭の馬がのびのびと牧場を駆け回っている。一連の動画はニュースとCMの間に挟まれた地域の天気予報で、字幕で今日の天気が晴れらしいことが分かった。この動画を見ていて、

<こんなに広々としている場所があるんだな>

とぼんやり思っていただけだったが、この市では窮屈な思いをしているであろうガララがもしあそこに降り立ったら、さぞのんびり暮らせるだろうにと思った。そういえばこの県の東には競走馬を休養する為の施設とか牧場とかがあるらしい。何とかならないものか…


考え込んでいた僕だが、ちょうどその日が工藤家の長女「智恵子」さんと一緒にガララのところに行く予定だったので、ぼちぼち準備を始めて執事の加藤さんに、

『それでは今日ですが、たぶんあの公園にいると思いますので』

と言った簡素なメールを送り、『分かりました。これから参ります』という返事を受け取ったのを確認して僕は出掛けた。行く途中でいつものようにマリアさんと高良さんのところに寄り、マリアさんと高良さん兄弟を拾う。高良さん(兄)が外出するのは珍しいことなのだが、どうやら工藤家が関係すると話は別のようである。少し緊張気味の兄と、前のように冷静でレンズ磨きに余念のない光太郎くん。


10分もせずに公園に到着すると、既にもう一台の車が停まっているのを見つけた。いわゆる縦長の高級車で、その付近には3人の執事を侍らせて特注の椅子に腰掛けている智恵子さんがいた。椅子はわざわざ持ってきたものと思われる。それを見たマリアさんが小声で一言。

「ああいうのって、実はあんまり得意じゃないのよね」

「どうしてですか?」

訊ねると訳を教えてくれた。

「だって、無駄な労力を払っているじゃない。合理的に考えれば公園のベンチで良いのよ」

「まあ、確かに」

マリアさんはあまり飾らない人である。更に言えば経済的で実用的な判断を良しとしているところがあるので、無駄に思えることには何か言いたくなるのだろう。


「お嬢様…ですしね。まあ、その辺は」


高良さんも感覚的にはマリアさんに賛同するのだろうけれど、どうも智恵子さんのこととなると普段よりもぎこちないというからしくない感じがする。一方で光太郎くんは智恵子さんを見て、

「…まあまあかな、被写体として」

と呟いていた。智恵子さんを評価したものらしい。僕は執事の中に加藤さんを見つけ、会釈をした。加藤さんはこちらに歩いてきた。


「どうも。お待たせしてすみません」

「いえいえ、智恵子様も少し前に到着したばかりでございます。ところで山田様…」

「はい」

「お嬢様はあそこに立っているガララを拝見なさって、「あの子は今何をしているの?」と仰っています。どう答えたものかわたくしめには分かりかねて、」

僕もガララの方を見た。午前中で日もそんなに高くないのでお昼寝の時間ではないようで、ガララは立ち上がって少し遠くを見ている様子だ。


「多分、遠くの方を見ようとしているんじゃないでしょうか?動物も遠くを見ることがありますし」

たやすく考えられることを述べたまでだが、加藤さんは「確かにそうかもしれませんね」と言って、再び智恵子さんの方に向き直した。それが合図になったのか、智恵子さんは椅子から立ち上がって、残りの執事とともにこちらにやって来た。加藤さんが智恵子さんに耳打ちする。


「ふむふむ…なるほど。あっと、わたくしとしたことが失礼いたしました。皆様、本日はご足労いただき誠にありがとうございます」

智恵子さんはそう言うと深々と丁寧なお辞儀をした。僕らもそれに見倣ってそれぞれお辞儀をする。すると智恵子さんは光太郎くんの方を見て、

「あなたが光太郎さんですね。写真拝見いたしました。構図がとても素晴らしかったですよ」

と言って顔を輝かせた。光太郎くんは慣れていないのか口ごもりながら、


「あ、ありがとうございます」

「うふふ…緊張なさらずとも良いのですよ。今日は是非美しく撮っていただけると幸いです」

「頑張ります…」


ぼちぼちして、写真撮影が始まった。人間とガララという大きさの違う被写体にとって一番見栄えのする構図を一同で考える。立ち上がったガララの全身が映るように撮るとなると大分遠距離からの撮影になるが、そうなると「ガララに寄り添う智恵子さん」というよりも「ガララを背景にした智恵子さん」になってしまうようである。智恵子さんがカメラに接近して、ガララが遠くに見えるといったような。智恵子さんはガララと一緒に映っていて、尚且つ自分の顔がはっきり見えるという要望を出していたが、光太郎くんは丁度いい構図を見つけて、智恵子さんに支持を出しながらシャッターチャンスを待つ。ガララは微妙に動いてはいるが、いつも通りおとなしく、撮影は順調に進んだ。


そうやって撮れた写真の一枚は、ガララの迫力が損なわれていなくて、智恵子さんの微笑がはっきりとわかる素晴らしいものだった。カメラのディスプレイに写っていた画を見て一同は光太郎くんを称賛した。


「すばらしいですわ!光太郎様。さすがわたくしが見込んだ通りの腕ですわ」


特に智恵子さんは最大級の賛辞を送り、かなりご機嫌な様子であったのが印象的だった。



僕は何気なくガララを見た。ガララはまだ遠くの方を見ている。もしガララにとって良い場所があるとしたら…ガララもそういうところを探そうとしているのではないだろうか。僕は智恵子さんに言った、


「あの、こんな話をここでするのも何なんですが、支援について僕なりに考えていることがあるのです」


「なんでしょう?わたくしに出来ることならなんでも協力させていただきますわ」


「それは光栄です。実は、ガララがのびのびできる広大な土地を探しているんです。たとえば県の東にある牧場のような土地です」


「あら、そんなことですか。その牧場、わたくしの家が経営してますの」


予想もしていない返事が返ってきて、僕は一瞬自分の耳を疑った。


「え!!そうだったんですか?」


「ええ、そうですよ。土地はまだ余っていますし、あの子ならゆったりできると思いますけど」


「それは…凄いですね」


マリアさんと高良さんは話の流れに置いてかれそうになっていたが、執事から説明を受けて感心した様子だった。あの天気予報で見た牧場が工藤家の所有物だったという事は初めて知ったのだが、こんなに話がうまく進むとは想像もしていなかった。


「でも、」


執事の加藤さんはおずおずと重要なことを言った。


「どうやってガララを連れていきましょう?」


それは確かに一つの問題だった。一同が頭を抱えて、「ヘリコプターじゃだめよね…」とか「歩かせるのは難しいだろう…」とか言っている中、高良さん(兄)がある解決策を提示した。


「その、超人的ヒーローに運んでもらうのはどうでしょう?退治じゃなくて輸送をお願いするんです」


「「「それだ!!」」」


公園に一同の声が重なった。
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100

ついに「ナンセンス物語」が100話に到達しました。「ナンセンス」という言葉の
意味するところからするとちょっと外れている作品とか、中途半端な作品もありますが
それも多分、全体としての雰囲気に関係していて100話としても良いのかなと
思います。

今書いている「ガララ」シリーズは自分でも結構気に入っていて、話が広がりそうな
感じです。

『物語群』

でイメージしているものは、短編同士が関係しあって群の要素と要素が面白さを引き出す
ように成立しているのなのですが、具体的には「運命のガララ」と「お嬢様の退屈」の
ように、どちらも同じ世界の出来事として、一つでもまあまあ分かりますが両方読むと
面白さが出てくるような作品たちのことです。


理想としてはこの物語群を使って、町全体を描いたり、一つの世界を構築してみたいんです
よね…


まあチャレンジということで。

運命のガララ

以前3人で撮りに行った時の写真を載せた「ガララ応援隊」というブログにあるコメントが入ったのは更新して3日後の事だった。「加藤」と名乗る人で、コメントによると市内在住だそうである。その加藤さんは

『ある人の代理でコメントをさせていただきます』

と断ってから、期待していなかった「ガララ基金」について詳しく話をしたいと申し出た。『ある人の代理』だから、寄付を考えているのはその人という事になるのだろうか?コメント欄での会話から僕のメールアドレスを教えることにして、以後のやり取りはメールになっているが、送信者が「工藤家執事 加藤」という情報と文面から分かったことだが、加藤さんは市内ではかなり名の知られている「工藤家」の執事らしかった。工藤家はこの地域で事業を起こして今では多角的な経営を行っている財閥のようなもので、財界のみならず政治でもかなり影響力のある名家だ。


地元のことにそれほど詳しくなかった僕だが、気になったのでネットで調べてみると、工藤家は著名人を輩出しており現在の当主は5代目らしいが、その兄弟には芸術の方面で活躍している人もいた。産業だけでなく、地元の文化の発展に貢献していて、地元の美術館などは工藤家が支援していたりすることが調べていくうちに分かった。


その工藤家が個人でやっている「ガララ基金」などに興味を持つのも少し変だと思ったが、連絡先を一応調べてみて間違いなくそれが「工藤家」のアドレスであることが分かったので僕は一応マリアさんと高良さんに連絡してみることにした。マリアさんはとても驚いたようで『詳しく話して』というメールが返ってきたが、予想してなかった事だが高良さんは、


『それ、もしかすると色々分かるかも知れません…』


と含みのある様子だった。気になった僕は、『今度また会いましょう』と二人に連絡して、いつものように土曜の夜に3人で集まった。僕は自分が調べたことと、考えていることを述べた。


「とにかくこの加藤さんに一度会ってみるのが良いと思います」


結論付けた私の意見に高良さんが言い出しにくそうにしながら、


「実は、ボクその加藤さんのこと少しだけ知っているんです…」


と言った。


「それってどういうことですか?」

と訊いてみると、


「実は家の父がその工藤家で執事をやっていまして、時々帰ってくる父が仕事場のことで話している別の執事の加藤さんだと思います」


「え!!そうなの!!」


マリアさんだけでなく私も驚いた。高良さんについては知らないことも多かったが、こういう方面から知ることになるとは思いもしなかった。高良さんは続ける。


「なんでも、その家にいる長女…『お嬢様』なんですけど、その人には6人の執事が付いていて、まあ何というか色々と苦労しているそうです」


「もしかして…」


僕は一つ思い至ることがあった。


「加藤さんが言っていた「ある人の代理」って、もしかしてその『お嬢様』の事なのかな?」


「ええ、多分そうだと思いますよ」


「それなら話が早いわ。タカラくん、君がお父さんに連絡して加藤さんと会う場所をセッティングしてもらってよ」


高良さんはちょっと面倒くさそうだったが、自分が適任だと思ったのか、


「わ、わかりました」


と引き受けてくれた。そのことについては話がついたのだが、肝心の寄付をしてくれる『お嬢様』の考えについては未だ不明なことが多かった。加藤さんのメールでは、

『その人(多分、お嬢様)は貴方がたの活動に興味を持たれていて、ご自身でブログを拝読しています』

とあったが、一体我々の活動の…本当に写真くらいしか取りえのないブログに何を期待しているのだろうと少し疑問だった。それを二人に伝えると、


「まあ、そうよね。コウタロウくんの写真がよっぽど気に入ったのかしら?」

「まだよくわかりませんね…」

と二人も大体おんなじことを思ったようである。


後日、加藤さんにメールを送信して執事の「高良さん」の関係者がいるという事を伝えたところ、山田さんの方も話が伝わっているらしく、そこからは話がぽんぽんと進んだのだが、


『話はご存知かと思いますが、実は私の仕えているお嬢様が直々に山田様(僕の名前)にお会いしたいとのことで、宜しければ工藤家にお足をお運びいただければと思っております』

というメールが来て、僕は動揺してしまった。ごくごく普通の感覚だとそういう人と関係することはないので、加藤さんを通してなら何とかなるだろうと思っていたが、こういう展開になるとどうしていいのか分からなくなる。何にしても一人では心細かったので、『3人で行っても良いですか?』と返信すると、

『もちろん歓迎いたします』

と言われた。マリアさんと出不精の高良さんにお願いをして、なんとか3人でいける日を探して加藤さんに報告する。



会合の日、僕はややおめかしをしているマリアさんとやたら緊張気味の高良さんとともに工藤家を訪れた。常識的な感覚からすると「馬鹿でかい」としか言いようのない館は、煌びやかでかなり大きな庭の手入れも行き届いていて、ガララに会う時とはまた別の非日常的な感覚があった。門から遠目に執事やメイドと思われる人々が見える。一人の執事がこちらに歩いてきて、


「ようこそお待ちしておりました、わたくし執事の加藤です」

と言った。僕たちは恭しく礼をした。


「本日はお招きいただき、何といったものか…その…」

「誠にありがとうございます」

途中で緊張して詰まってしまったところでマリアさんの助け舟があった。こういう時に度胸のある人がいると心強い。高良さんは執事の方をきょろきょろ見回し、ある人…おそらく父親を発見して「うわっ」と言った。そのまま家の中に招かれ、客間と思われる一室で少し待機した。豪華そうな作りで、何枚か前衛的にも見える抽象画が飾ってあって、そういうのになれていない僕はまるで美術館のようだと思ってしまった。


「お待ちしておりました」


弾んだ声とともに部屋に入ってきたのは20代前半くらいの女性。


「わたくし、工藤家の長女の「智恵子」と申します」


どうやらこの人が例の『お嬢様』らしい。僕は緊張気味に、


「初めまして、ぼ、僕は山田太郎です」


と言った。そのあとマリアさんは堂々と、高良さんは何かを気にしているかのようにおどおどと名乗った。智恵子さんは


「ブログを拝見いたしました。なかなか面白い活動をなさっているようで、わたくしも興味を持ちまして詳しく話を訊いてみたくなりましたので、執事を通して連絡させていただきました。なんでも、そちらに家の執事の身内がいるとのことで…」


「は、はい。ボクです。執事の高良はボクの父です」


「なるほど。偶然ですが、きっとこれも何かの縁。是非お話をお聞かせください」


話してみると中々しっかりした人だという印象を受ける。高良さんの話だとなかなか一筋縄ではいかない人らしいけれど確かに我々に興味を持ってくれたのは確かだった。


「単刀直入にお話ししますと、この町にいるガララのためになることをしたいのです!」


最初に話し出したのはマリアさんだった。しかもいつも言っている事とちょっと違っていて、少しでもいい印象をもたれようとしているのは明らかだった。僕は少し動揺したが、


「具体的にはガララが荒らした道路の補修とか、市では手におえないことをなんとかできないかと思って活動しているのですが、その手始めに写真を撮ってブログに公開してみようかなって」


すると智恵子さんは何かを感じ入ったかのような素振りで、


「ええ、存じ上げております。例の写真、素晴らしい才能を感じましたわ。どなたがお撮りになったのですか?」


「あ、ボクの弟です…」


自信なさそうに答えた高良さんに対して智恵子さんは吃驚した様子で、


「ってことは、高良の身内!?」


と言った。その突然の口調の変化に一同が変な表情になった。


「あ…これは失礼…わたくしとしたことが取り乱してしまいました」


「ええ、大丈夫です」


僕は一応フォローした。智恵子さんは言い出しづらそうに、


「その…写真を撮った弟さんは今は…?」


「あ、今は家にいます」


高良さんは答えた。それを聞くと智恵子さんは首を捻って「う~ん、まあこっちの方が自然よね」と小さく独り言を言った。何か思案しているらしい。その後何か思いついたのか、こう提案した。


「寄付をするにあたって、一つ条件があります」


「なんですか?」マリアさんが応じる。


「弟さんにわたくしとガララが一緒に写っている写真を撮っていただきたいの」


「え?」

僕は一瞬戸惑った。それにどんな意味があるのだろう?そう思ったのはマリアさんも同じだったらしく、


「チエコさん、写真がお気に召したのですか?」


と訊ねた。


「ええ。わたくし芸術方面に関心があるのですが、あの構図は素晴らしかったですね。ですのでわたくしも撮っていただきたいと思いまして」


智恵子さんは肯定した。考えてみると高良さんの父が執事なのだから、わざわざ僕らを通さなくても直接お願いすればよかったことになるのだが、多分義理を立ててくれたのだろう。


「そういう事ならお安い御用です…弟に話してみます」


父親の立場を気にしてか高良さんにしては積極的だ。


「では、よろしくお願いしますね、高良」


智恵子さんは無意識すぎて高良さんを呼び捨てしたことに気づいていないようだが、何となくこの人の普段の様子が透けて見えたような気がする。


「では、詳しい日程は加藤さんに連絡しますので」



この日の会合はここで終わった。まあ前進といえるのではないだろうか。

お嬢様の退屈

お嬢様はいつも退屈そうである。名家の長女として生を受けたお嬢様は我々執事に対して手厳しい。突然サングラスを手渡されたかと思ったら、「いいともが終わるから、お前らタモさんになれ」と無茶ぶりをした。育ちがいい割に大衆受けするものを好むお嬢様は長年「いいとも」を視聴してきたのだが、此度の番組終了には一定の理解を示しつつも身勝手な性格がそれを良しとしない。何かあると代替物を用意しなければならない我々執事一同、総勢6名は毎度出される無理難題に、「これじゃまるで『かぐや姫』の大臣たちみたいだ」と不平を溢しながらも、このご時世に恵まれた待遇で出来る仕事が非常に惜しいと思っているのか、プライドはずたずたになりながらも何とかしてお嬢様のご機嫌をとろうとしている。


一人目の執事「田中さん」は、結構イケメンなのに黒いサングラスを掛けるとただのSPみたいになってしまったが、それだけではなくマイクを掲げておなじみの「明日も見てくれるかな?」を堂々と実演した。しかしお嬢様は、

「明日はねぇんだよ。お前タモロスなめてんじゃねぇーぞ!!」

と怒鳴られた。そこにすかさず二人目の執事「高宮さん」が

「ですが、新番組もなかなか期待できそうではないですか?」

とフォローを入れる。私はナイスだと思ったのだけれど、

「そんなありきたりなお世辞いらないから。視聴者はいま厳しくなってんだよ!」

これでは取り付く島もない。長身でサングラスをもってしてもタモリさんには程遠い「高宮さん」は「おっしゃる通りです」と言ってあっさり引き下がってしまった。見た目のわりに頼りない。


空気的に三人目の「大谷さん」の出番になった。この人は中々『出来る』人で、マニアックな知識と演技力を生かして、

「産まれたばかりの小鹿」

と宣言して、足をフラフラさせている小鹿の様子を再現したタモリさんの物まねを始めた。大谷さんを買っている節があるお嬢様もこのネタには少しだけ頬を緩めて、ちょっと吹き出しそうになっている。だが一通りネタが終わると、また不満そうな顔に戻って、

「私は「いいとも」のタモさんが好きなんだ。他番組で水を得た魚のようになっているタモさんじゃダメなんだ」

とさらに条件を厳しくしてきた。プライドが高いお嬢様はこれくらいで「満足した」と言いたくないのだろう。だが、「いいとも」のタモリさん限定となると、ダラっと司会している方が多かったので、それでどうやってお嬢様を満足させればいいのか若干困るところである。他の執事も私と同様に芳しくない反応だ。そんな中自分の番となった四人目の執事「高良さん」は、

「準備をしてきますのでしばし時間をいただけますか?」

と言った。この人は執事の中でも年長で、かなり大きい二人の息子さんがいるらしい。咄嗟に時間稼ぎが出来る冷静な判断はベテランの味である。お嬢様の部屋を出て行って数分後、廊下から馴染みのある音楽が流れてきた。そう、それは「いいとも」のオープニングの音楽である。音量をかなり大きくしたスマホで音楽を鳴らして現れた高良さんは、

「いいともぉ~♪」

とタモリさんと同じところで歌い、それなりにしなを作りながら最後までネタをやり切った。これはさすがに評価してもらえるだろうと思ったが、お嬢様は意地でも認めたくないようで、

「それをやるなら「いいとも青年隊」を加えるだろう常考」

ダメ出しをする。これで残り二人となったが、私はここで少し思案して、もう一人の「高橋さん」に耳打ちした。「高橋さん」は私の目を見てこくりと頷いた。私はお嬢様に言う。


「次は私と高橋で、テレホンショッキングをやりたいと思います」


先ほどのお嬢様の発言から「二人でやるのもOK」なのだと判断して、二人ならば「テレホンショッキング」ができると思ったのである。一発本番なのでやや緊張するが、ここはやりきるしかない。


私:「今日のゲストはこの方」

高橋:「こんにちは、ビートたけしです。コマネチ!!」


最後がたけしさんになるという情報はすでに知られていたので、高橋さんは何とか自分のイメージの北野たけしを演じている。若干テンションが高いような気がするが、テンプレートを入れてそれらしくしようと努力しているのだろう。私は続ける。

私:「久しぶりですね」

高橋:「そうですね。コマネチ!!」

私:「いいとも終わりますよ」

高橋:「そうだね。なんだバカ野郎!!」


…嫌な予感がする。もしかすると高橋さんはこれで通すつもりなのだろうか。若手の高橋さんはたけしさんを真似するタレントを真似している感じになっている。不安になった私は、自分から笑いどころを作ってなんとか時間稼ぎすることにした。


私:「いや~我々も歳をとりましたね…」

高橋:「ダンカン!!ダンカン!!」


高橋さんは明らかに暴走していた。会話になりそうにない。苦肉の策で、


私:「いったんCMにはいりま~す」



と言って強制的にネタを終わらせた。だが、高橋さんは若さゆえか、たけしさんのネタを永遠にやりつづけている。一部始終を見ていたお嬢様は、最初冷たい視線を送っていたがふと何かを悟ったかのように、


「やっぱりプロは違うよな。本当に終わるのが残念だ。でもブラタモリとかあるからいっか」

と告げた。お嬢様は手厳しいが悪い人ではない。我々が一生懸命やったことは評価してくれるのだ。ただ、例外はあるようで、


「高橋。今度たけしさんのネタをやらせるからもう少し研究しておくように」


と高橋さんには宿題を出した。こうやって我々執事は腕を磨いてゆくのである。


「はい…」


我に返った高橋さんは恥ずかしくなったのか、うつむいて顔を真っ赤にしながら返事をしていた。

猫話9

猫3匹に囲まれて生活していると、時々名前で呼んで返事を確かめたくなります。
猫とはいえ同じ空間で生活している生き物ですから、わたしも含めてお互いにきっと
何かを感じ合い、気配で察しあうようになっているに違いありません。

月日が経つとそれぞれの性格がはっきりと分かるようになってきます。ツンデレ気味の
『ハッピー』、甘えん坊の「マロン」、好奇心旺盛な「花」。怒りん坊と言われている
ハッピーがツンデレなのは、眠るときには必ず人間と一緒の布団で眠らないと気が済ま
ないというところで良く感じますし、実は名前を呼ぶと面倒くさそうだったりいやそうだったり
するものの一番はっきり返事をしたりします。


最近暖かくなってきたのでストーブの前を陣取っていた花も部屋の中をうろうろするように
なってきて、ちょっと煩いくらいにゃーにゃー鳴いています。もしかすると発情期で、避妊
手術をそろそろする頃合いなのかも知れません。取りあえずは様子を見ています。その
様子を見ていたマロンが何か花を気にするように追いかけていたりしましたが、今は
どちらも静かです。


体重についてはハッピーが自分で食べる量を調節しているのか常にスリムですし太らない
のに比べるとマロンは種類がそうなのか、長毛の下はでっぷりとしているお腹で、抱いて
みるとずっしりとした重さが腕にきます。二匹に比べると花はまだまだ子供で3キロくらい
しかないので肩に乗ってきても全然重さを感じません。これ以上大きくならなくてもいいな
って思います。

春へ

四季の移り変わりはいつもいつの間にかで、大体のことは昨日と同じなのに、今日はなんだか春を感じさせる。世界のことは分からないけれど、春のことはよく知っている。今年も春がきた。柔らかな感覚が教えてくれる何かの始まりを、またこうして迎えられた事を喜びつつ、それでも季節に残して来たものを何となく思い出す今日。


「花が咲いたらここら辺は綺麗になるよね」


何気なく呟くと「今も綺麗だと思うけど」とつれないのかそれとも素直にそう思っただけなのか分からない返事が聞こえた。桜の咲く少し前に花見の下見に行く途中の桜並木の道。姉弟でこうやって歩くのはいつ以来だったろう。目を細めて穏やかな表情で桜の木を見つめる姉には久しぶりに来たこの町の情景が懐かしく映るのかも知れない。


「あたしこっちに戻ってくることにしたから」


突然連絡してきたのは3月の始め。色々と慌ただしいはずの年度末に仕事を辞め、地元でアパートを借り今は一人暮らしをしている姉に対して、家族は配慮してか無理に話をしなかった。4月になって、花見に誘ってみようという事になって日程を連絡したら、


「じゃあ、下見に行かない?」


と急きょ下見にゆく事になった。それにどんな意味があるのかは分からないが、多分彼女の性格上、気紛れと、「ちょっとした事」があるのだろう。姉は何かあると、「ちょっとね」と前置きをしつつ、完全には言い切らないで何となく自分が望んでいる事を仄めかすように伝える。地元を出て、県外で就職することになったときも、ちょうどこの道で、

「この景色ともお別れなのかな…」


とだけ言って、次の日には家を出て行った。誰も居なくなった部屋を見て「そうか…」と思ってしばらくボーっとしていたのを覚えている。その姉と今こうして同じ道を歩いているのは何となく不思議な気分だった。花見ができる丘は地元では有名で、シーズンともなるといろんな地域から人が集まってみんな親戚のように親しく話したりする。同じ名字の人が多いから、元をたどればみんな親戚のようなものなのかも知れない。そんなところだから地元を出てゆこうとする人は皆無ではないが珍しい。姉はそういう雰囲気が嫌だったわけではないとは思うけれど、家族の中でもどちらかというと一人だけ感性が独特で、ここら辺に住む人には珍しく新奇なものを良く好んだ。それでもそれを表立って表現する事はなく、いつも自分の中で着々と何かを育てて、ある日ふっと飛び立ってしまうような人だと思う。



丘の方を見る。


「俺子供の頃から思ってたんだけど、ここから花見の場所までって結構歩くよなって」


「遠いってほどじゃないんだけどね、あんたはただ歩くだけだから」


「景色見ながらだけど?」


「ここだけじゃなくって、前線が動いているんだなって思いながら見てるとここも向こうも繋がってるって思えるのよ」


「でも、俺はここはここだと思うけどな」


「そうね」


この「そうね」は姉の口癖だった。人の考えを否定しないというか、あんまり気にしていないというか、この言葉が出るとそれ以上のやり取りが無くなってしまうのも、姉のことを分かりにくくしているような気がする。でも今日はちょっと違っていた。


「あんたはそれで良いのよ。間違ってない。あたしがちょっと先を急ぎすぎちゃったの」


姉が何を言おうとしているのか、微かに分かる気がする。それは月日が教えてくれたことだ。


「俺は俺のスピードでしか歩けないからね」


そう言うと、姉は「ふっ」と笑ったような気がした。


「なかなか言うようになったじゃん」



二人で丘を目指す。春という名の季節はもうすぐそこだ。

眠りのガララ

パンケーキにしようか、パンアメリカにしようか…なんて冗談をいつかのために記憶の片隅に保存した僕は怪獣ガララが現在居座っているとある公園に向けて車を走らせているところだった。車にはマリアさんと高良さん…の代理で来た高良さんの高校生の弟が乗車している。高良さんの弟は高良さんに目元がよく似ていて、兄と同じで目の下に隈を作っているのが印象的である。下の名前が「光太郎」だそうで、呼びやすいので光太郎君と呼ぶことにする。なぜ光太郎君が車内にいるのかというと、マリアさんも含めた三人で以前計画したガララの写真を撮りに行く道のりなのである。飲み屋では参加しないことを表明していた高良さんは後になって申し訳ないと思ったのか、メールで

『代わりに弟を派遣しますので』

と報告してきた。なんでも光太郎君、高校では写真部に入部しているらしく、前々から被写体としてのガララに目をつけていたそうである。車にて家まで迎えに行った際、

「兄がいつもお世話になっています」

と丁寧な口調でどこか大人びている雰囲気がある人だと思ったのだが、今も静かに高級そうなカメラのレンズを真っ白な布で磨いている。

「光太郎君はラテン語に興味ない?」

気を利かせて話しかけるマリアさんだが、ここでも勧誘するあたり流石といったところである。

「いえ、どちらかというとドイツ語に興味があります」

マリアさんが塾を経営しているのを知ってか知らずか、光太郎君はこれを躱す。

「そう?ドイツ語なんてあんまり役に立たないわよ」

さり気なく他言語をディスるのはやめた方が良いと思ったが、マリアさんの母国が財政が厳しいのにあまり支援してくれないEUの一国に対してちょっとした恨みがあると以前聞いたことがあるので、もしかするとそれなのかなとも思った。

「もうそろそろですね、ほらあれ」

僕がそう言った頃には既に公園が見えていた。大きいガララはそこからでもかなり目立っていて、慣れてない人には一種異様な光景が広がっている。

「やっぱりデカいわね」

「ああ…」

二人ともガララを見て何か思うところがあるようである。光太郎君はすぐにカメラを構えて、レンズ越しにガララを見ようとしている。「プロっぽいな」と僕は感じた。マリアさんはというと何故か手鏡を取り出して表情筋を動かしながら自分の顔を見ている。

「どうしたんですか?マリアさん」

と訊くと、

「スマイルの練習」

と言った。ガララに分かるのかどうか不明だが、マリアさんらしいといえばらしかったのでそのまま受け流した。

公園に到着すると光太郎君は勢いよく車から飛び出した。若さあふれる俊足でガララに接近すると、パシャっと遠距離から一枚。マリアさんと僕はゆったり車から降りて、その様子をボーっと見ていた。ガララは丁度睡眠中で、公園の真ん中で仰向けになって寝ていた。天候も良かったので、気持ちよさそうにも見えた。

「なんか、ほのぼのしちゃいますね」

「あの子はお昼寝が好きだって言うからね」

ズーズーと少し大きめであるが体格からすると常識的な範疇の寝息を立てるガララ。それを見物している数人の子供とその親。人間に危害を加えないと分かっているから、子供もガララの体をペタペタと触ったり、

「おーい」

と声を掛けていたりしたがガララは熟睡しているようである。ガララがこの公園を居住地にしているのには幾つかの合理的な理由が考えられる。それはこの公園の付近には電柱がなく、電線が地中に埋められているため、ガララが移動しやすいからである。電柱から伸びている電線に引っかかることを気にしてか、ガララは特定の範囲しか動き周らない。電柱がないこのあたりの移動は楽なのだろう。それともう一つの理由は、この公園が割と郊外にあるので人が迷惑をしないという事なのである。


「ガララって知性があるんですかね?」

僕はマリアさんに尋ねてみた。

「なんていうか、空気を読むわよねあの子」


怪獣について先進的な考え方をしているマリアさんの国では、研究も多くなされていると聞く。ネットで調べてみると一定の知性はあると証明されているようである。僕もこういうほほえましい光景を見ると実感として、ガララも僕らの仲間なのではないかと思えてしまうときがある。ただ一つだけ解明できないことがあって、ガララたち怪獣が一体何によってエネルギーを取り入れているかが今のところよくわかっていないそうなのである。ガララもそうだが怪獣が食事や排せつをする瞬間を誰も見ていない。まあそもそも人類にとって怪獣が存在することの方が不思議なので、殆どその問題も未知の力によってで説明されてしまうことが多い。ある仮説では宇宙に存在するダークマターを取り入れているのだと言われているが、それも定かではない。とにかく起こっている現実は…


「ガララ、寝てますね」


写真を数枚撮り終えた光太郎君がこちらに戻ってきた。謎と言えば何もガララだけでなく身近にいるマリアさんも高良さんも謎多き人なのだが、光太郎君はどうなのだろう。一見すると普通の高校生だが、お兄さんの影響で何か変な事でもしていたりするのではないだろうか…


「光太郎君は写真以外になんか趣味あるの?」


それは本当に何気ない質問だったのだが、光太郎君は深く悩みだして、


「う~ん…」


と頭を抱え込んでしまった。真面目そうだなということだけは分かった。


「わたしは温泉に行くのが趣味よ!!」


訊いてもいないのにマリアさんが答えた。


「だから今度連れて行ってよ」


と言うのを忘れないあたり強者である。僕は「気が向いたら…」と言葉を濁して、

「そんなことより僕らも写真撮りましょう!!」

と切り替えた。




後日、飲み屋に集合したマリアさんと僕と高良さんは撮り終えた写真を見比べていた。光太郎君が撮った写真が一番出来がよく、マリアさんの写真はちょっとピンボケが多く、僕のは無難な写真が多かった。


「やっぱり餅は餅屋ね!光太郎君に任せてわたしはその『編集』って事でいいわよ」


「編集はボクがやりますけど…」


「そしたらわたしにお金入ってこないわよ…あ、そうだわ!!」

また何か思いついたらしいマリアさん。


「わたしが直接写真集を売るからそのマージンをいただくことに…」

何でもいいけれど、一つ言っておかなければならないことがあったので僕はいう。


「どっちにしても『ガララの寝てる姿』だけじゃ写真集になりませんよ。だからこれはブログにアップしますね」


「えぇ~そんなぁ…」


そう口では言うけれど、これはマリアさんお得意の大げさなリアクションで実際のところマリアさんはあの日ガララを見ただけで喜んでいたのである。

「お金儲けって難しいわね…」

それは多分、マリアさんが自分で経験してよく知っている事だったし、こういうリアクションは我々の集まりで何かを始めるきっかけとして確かに良い効果があるのである。


「今度温泉に連れて行ってあげますから、ね、高良さん!!」

まじめに想像

先々のことまで想像すると不安になったりしますが、まじめにその状況に置かれた
時のことを想像すると、案外そういときには自分にも覚悟ができているはずで、
確定している情報も合わせると実際は思うほど不安ではないのかも知れません。


個人的にある状況をリアルに想像できたなと思います。

嫉妬して猫

嫉妬という醜い感情を誰もが持っている。自分ではさっぱりした性格だと思っているわたしも時にはそういう感情を持つことがある。ただし普通なら性格のまったく違う同性が異性に対して上手く取り入っている様子に嫉妬するという事が一般的なのだけれど、わたしの場合嫉妬の対象は猫である。どういうことかというと…

「よしよし、いい子だね。クロ」

現在わたしと交際中の彼は、異様に猫好きでわたしが家で飼っている猫に対してやたらめったら溺愛している。彼は『クロ』という黒猫をまるでわが子のように可愛がり、普段しゃきっとしている人だけど、その子にだけしか見せないふにゃふにゃの顔つきで今もクロを見つめている。わたしは自分でそんなに可愛げのある人間だと思っていないけれど、初めてこの部屋に彼がやってきた際の豹変ぶりにはさすがに「何だこの対応の違いは!?」と当惑せざるを得なかった。以来、わたしのところに来るたびに猫用のおもちゃを毎回持ってきて、家にいる間中ずっと猫の相手をしているような状態である。一か月くらいは我慢できたわたしもさすがにイライラしてきて、

「あのさ、猫とわたしどっちが…」

と言いかけるところまで来てしまった。

「ん?何?」

これを言ってしまうと嫉妬したということになってしまうのでその時はこらえたが、

「うん。何でもない」


と返したら本当に何も気にしない様子で「そ」とだけ言って猫と戯れ続けていたので呆れてしまった。ちょっとは気にするだろう普通。こういう話はよくあることなのだろうか?と疑問に思ったわたしはネットのSNSでこんな投稿をしてみる。

『彼が猫ばっかり構って、わたしの相手をしてくれません』

すると、似たような経験をしている人が何人も見つかって、その人達と愚痴をこぼしあうような展開になってしまった。でも、これを投稿した時点で、「猫に嫉妬している」という事は確定してしまったようなもので、わたしは自分に似合わないことをしてしまったと思ってちょっと頭を抱えた。SNSの友達には、

『じゃあいっそ、あなたも猫耳をつけて彼を誘惑しちゃったらw』

と茶化されたが、まさかそんなことは出来るはずもない。わたしの心情がそれを拒んでいる。もちろんその人も本気で言ったわけではない。ほんの冗談のつもりだったはずだ。でも…



なんの因果だろう。わたしは最新のセンサー内蔵の猫耳をつけて部屋で彼を待っている。この猫耳はわたしの脳波を感知してわたしの気分に応じた挙動をしてくれる代物なのだ。わたしがイライラしていると猫がそうするように耳を立てて…とかそんな感じに。10代でもこれは恥ずかしいのに、いい歳の女がこんなものを着けているなんて一種の屈辱とも言えないだろうか。商品開発者には悪いけれども、こんなの一般の人にはハードルが高すぎる。とはいえ、なんだかんだ言って新し物好きで、テクノロジー万歳なところがあるわたしは、「これなら彼も気づいてくれる」と思ってつい衝動買いしてしまった。


「やあ、陽子。来たよ」

彼が部屋に入ってくる。クロの方を見ようとした彼がわたしを二度見したのを見逃さなかった。

「これどう?」

何か凄いものでも見つけたようにわたしを見つめる彼。

「あ、それ…」

しばし間があって彼はこう続けた。

「可愛いね。こういうときって何て言うんだっけ、も、萌え…」

案外これはいい作戦だったのではないだろうか。でも何か様子が変である。彼はわたしに近づいてきて、猫耳を触りたがっている。

「ああ、いいなこれ…俺ほしかったんだよな…いいなぁ」

わたしは嫌な予感がした。

「俺も買おうかな」

彼はわたしのことなどそっちのけで、猫耳に興味津々になってしまったのである。ついでにさりげなく「クロ」を抱きかかえて、「クロ」に触らせようとしている。

「ほらクロ。これいいよな~ふわふわ」

椅子に座ってじっと耐えるわたし。猫耳は立ったままである。でも段々哀しくなってきて、次第に猫耳はふにゃっと垂れ下がってしまう。


「あ…これってリラックスしたわけではないよね?もしかしてガッカリさせちゃった?似合うねって言わないとダメな感じ?」


「似合うとは言ってほしくないけど…」

これでわたしのことを気にさせて、配慮してくれるのは少しうれしいけれど、なんだか無理やり彼を誘導しているみたいで心から素直に喜べない…でも彼はこの後なにか言い出しづらそうにぼそぼそ言い始めた。


「あのさ…その実は今日この後外食しないって誘おうと思ってたんだよね」

「え、別にいいけど急になんで?」

「だって今日はさ、付き合って丁度一か月の日じゃん」

「!」

「食事の後さ、なんかプレゼントしようと思ってたんだけど、何買ったらいいか分かんなかったからショッピングでもしようよ。記念日ってことで」

わたしは突然のことだったのでジーンと感動してしまった。猫耳はそれを読み取ってせわしなく動き出している。


「あれ、どうしたの?これって何だろう、なあクロ」

するとクロはわたしの方に飛び乗ってきた。そしてわたしの顔に鼻をすりすりさせて「にゃ~」と鳴いた。そう。わたしは思い出した。彼と出会う前に寂しいときわたしを慰めてくれたのはクロだったのである。クロはわたしの可愛い猫。いま思うとクロに嫉妬していたのはおかしなことだったかも知れないし、クロも彼がやってきて、少しだけ彼に嫉妬してくれていたのかも知れないのである。


「やっぱりお前もご主人様がいいのかな…」

クロの懐き方を見て彼は少し残念そうである。でもわたしは彼に言った。

「でもわたしはあなたがいいにゃん!!」

それを聞いて驚いた彼。わたしの性格上、猫耳でもつけた今だから特別サービスのようなものである。多分、二度と言わない。多分…

運命はなんぞ

例によって晴れ。

僕みたいな世間から切り離されそうな人間は物事を曖昧に、自らを愚昧にすることでなんとか精神を保っている。

例によって冗談。

僕は限りなくニートに近い大学院生である。しかも引きこもり気味で、趣味とよべるものはアニメ。典型的な駄目人間直行中である。

例によって卑下。

挨拶もそこそこに僕の悩みを打ち明けようと思う。やっぱりやめた。僕は携帯をしまってレジに向かう。チョコレートとパンを持って。


「そこのお兄さん!!」


突然身長の低い人間が僕の前に立ち塞がった。身長が低いとはいってもそれは相対的な評価であって、この場合少しばかり体格に恵まれている僕よりも小さい人間という事になるから、そいつも160センチはありそうに思われる。


「誰ですか?」


と僕はオーソドックスな質問をしてみた。この場合最もオーソドックスなのは「何ですか?」なのかも知れないと言ってから気がついた。


「私が何であろうと関係ありません。貴方はとにかく何かと関わらなければならないのです。だから私がその役を買って出たまでなのです。とにかく今はさっさと精算を済ませて私の後についてきて下さい。」


新手の勧誘だろうか。

「新手の勧誘ですか?」

そのまま聞いてみた。

「質問は一切受け付けません。とにかく事態は一刻を争います」

「何っ!?そうだったのか!じゃあ僕はさっさと録画しといたアニメを見なきゃいけない」

と僕はレジに向かって走り店員さんに向かって品物と210円を差し出した。店員さんも慣れたもので、

「はい、調度お預かりします」

と気を利かせてレジスターを見ないで精算を済ませてくれた。僕の昼飯はコンビニの菓子パンとチョコレートに決まっているのだ。袋詰めにしてくれている間に先程僕を見上げていた人間がいた方向に目をやる。案の定ふて腐れている。やばい、目が合ってしまった。奴はまた近付いてきたかと思ったらおもむろに


「いいですかお兄さん。人間諦めが肝心です。私の言う通りにすれば万事うまく行きます。でも貴方が貴方のやり方を貫こうとすれば必ず不幸になります」


僕はそこで初めてこの人間の性別が気になった。といっても、そいつはほぼ間違いなく女性である。まず声と顔でわかる。特徴はまるでない。敢えて挙げるとするならば眼鏡をかけていないという事くらいだろうか。僕の周辺にいる人間は眼鏡だらけだからかえって珍しいのである。『彼女』は視線に気付いたのか


「いま貴方は私の身体的、主に容姿における特徴に興味がおありのようですね」

と切り出した。

「いや、あんまり。僕って極端なまでに名称に興味がないから君の髪型が『おかっぱ』ではないとかアニメによく出て来るような奇抜なヘアスタイルでないとかくらいしか感想抱けないんだよね。どちらかというとショート?」


「私も私の髪型が何と呼ばれるものなのかは存じ上げておりません。貴方が見たまま『どちらかというとショート』で良いのではないでしょうか?」


レジ袋を受け取ると僕は出口に向かって歩き出した。やはり彼女もついてくる。それどころか先導しようとさえしてくる。


「私はこれでも容姿には自信があります。その気になれば彼氏の一人くらい軽くゲット出来るのではないかと」


僕はこれ以上ないくらい疑いの眼差しを向けて言った。

「嘘でしょ」

「はい。今のはちょっと調子に乗りすぎました。でもそんなに悪くないでしょ?」

先程から一貫して彼女は努めて真面目を装っている。だが時折覗かせる照れ臭そうなそぶりに僕の心は揺れそうになった。でもそれは無理に揺さぶったのかも知れなかった。僕は実のところ異性がどれほど可愛いそぶりを見せたところで興味がない。それはどうも相手の目線に立って考え、さらに同性として扱ってしまうからのようである。相手が女心を持っているなら僕もまた女心を持ちたがる。そんな感じだ。


「うぅ・・・私の事なんてあんまり興味ないんですね・・・」

「そりゃまあ、出会ったばかりだからして」

「それ、理由になりませんよ!だってもし私が魅力的だったら見た瞬間に興味津々でしょ?」

そこで僕はふと考える。たしかに。でも。

「いや、僕の場合自分が関わると決まった人しか眼中に入れないようにしてるからね。今だって君が、あ、いや貴女がこれ以降僕に関わらないんだというのなら僕は記憶の片隅に置くだけに留めて深入りしない。ようするに」


「お兄さんが面倒くさがり屋ってことなんですね。私に魅力があろうと無かろうと、そんな事には惑わされないくらい」


「まあそういう事だね。だから君も・・・」

と言いかけたところだった。突然彼女は言った。

「実は私には2歳年上の姉がいます。この近所のアパートで私達姉妹は生活しています。どうですか?」

「どうって何が?」

「だから!これで少しは興味を持ったでしょ?私だけでなく私の姉も。両手に花ですよ、これって」

僕もさすがに混乱してしまったために


「はぇ?」

と間抜けな声を出してしまった。世の中のことを知らない僕でもこういう人がいるという事に驚愕せざるを得ない。ますますもって目的が不明である。女性は尚も自信満々にまくしたてる。


「「はぇ」じゃないですよ。ラブコメでもラノベでもアニメでもなかなかそんな状況はないんですよ!!お得!!」


流石に常識人を地で行く僕は突っ込まなければならない。


「お得じゃねぇよ!自分を安売りすんなよ!!なんだ今はそういうのが流行ってるのか?こういう状況の方が滅多にないよ!!」


大声を出すと彼女は急に不敵な笑みを顔に浮かべて僕をじっと見つめる。

「お兄さん。なかなか出来る人だね。私の見立てだと突っ込みにピッタリ。どうだい、アタシと漫才コンビを組まないかい?ふふふ」

もはや目的がずれている。我慢の限界に達した僕は厳しい口調で言った。

「僕はね、将来研究者になりたいの!!今はこんなんだけど」

今はこんなんだけどと補足しないと本当にどうしようもない人間に見えてしまう格好の僕。自分で言ってて悲しくなる。謎の女性はそれでも挫けないようである。

「うん。知ってる。だってお兄さん、『運命管理局』に目をつけられちゃったってうち等の中では有名だよ」

「は?(真顔)」

僕は訊きなおした。

「うんめ?何て言った?」

「『運命管理局』だよ。お兄さん」

「何それ?」

本気で分からなかったので、素で質問してしまう。好奇心旺盛な自分の性格が出てしまったようである。

「この世界には大雑把な『運命』があってね、あんまりそれに逆らいすぎると身を亡ぼすっていうか、あんまりいい思いをしなくなるの。でね、その『運命』の中で世界の行方に関わる大きな『トリガー』にあたる人が一定数いて、その『トリガー』をなるべく早いうちにそのままの方向とは違う方向に向けるように仕向ける仕事をするのが『運命管理局』でお兄さんはそこにマークされちゃったの」


電波が飛んでいる。ガラケーの電波とかじゃなく、関わっちゃいけない電波がこの女の人から出てる。いくらアニメに造詣が深い僕でも現実と区別のつかないこの強力な電波には驚愕せざるを得ない。とはいうものの、一応「中二病」の範疇としては設定として面白いので好奇心のあまり、僕は女性に尋ねてしまう。


「ちょっと質問なんだけどさ、『世界の行方』ってどういうレベルの話なの?たとえば地球環境とか?」

「…人類滅亡」

先ほどまでとは違って重々しい口調だったので、僕は少しだけ話に引き込まれそうになった。が、そこは大学で難しいことを勉強した身。冷静に思考しながら相手の情報を引き出すように話す。

「すごいせって…いやすごいことだけど、仮にそれが本当だとしてどうして僕なんかがそんな『トリガー』になっちゃうわけ?」

「お兄さん。難しいこと知ってそうだから『バタフライ効果』って知ってるよね」

「うん。知ってる。アバウトにいうと、蝶々の羽ばたきが竜巻とか台風とかになるとかだったはず。難しく言うと初期値のちょっとした違いが、大きな差異になって表れてしまう事だ」


「さすがだね。私は理論はアバウトにしか知らないけど、でも『運命ベクトル』っていうものが実際に見えるんだよね」

「『運命ベクトル』?」

僕は相当胡散臭そうに思っている。というか日常生活でも単なる「向き」の事をわざわざベクトルとかいう人は胡散臭いと思ってしまうのである。というのも、数学の厳密な定義がある対象であるベクトルは、スカラーとかテンソルとかそういうものと一緒に考えられた時にこそ、多くのことを記述するのに、日常生活でテンソルって言う人がほとんどいないからである。とはいえ、アバウトな感じだと今自分が進んでいる方向というのはある程度イメージできるし、ダメとか良いとかという評価もその方向に向かっているかどうかで判断するなら、まあ通じなくもない。

「要するにそれって、僕の運命がおおよそ見えるってことでしょ?」

「話が早くて助かるよ!!でね、ここからが大切なの」

「なに?」

「私たち『運命ベクトル』が見える人は、実はささいなことだけど微妙に意味のある一見すると意味不明な行動をとって『運命ベクトル』をずらすってことをやっているんだよね。まあ『運命管理局』のお触れが出されることはめったになくて、大体の場合はそれぞれの判断で、それぞれが望むような方向に変えていいから自由度はあるんだけれどね。要するに危機的な状況さえ回避してよければ基本的になんでも良し」

「本当にアバウトなんだね。じゃあ、自分がそうしたいという方向に操ることもできるってこと?」

「それもアクションの激しさ次第かな…実際、今私がお兄さんに無理やりで不自然な行動を起こせば大きく変わるんだけど、やりすぎると私が注意されちゃうし、また別の人が動き始めるしね…難しいんだよねその辺」


「でも、そんな管理局があったとしたら、その管理局の思惑通りになっちゃうじゃないか」


そう言うと女性は言いづらそうに、

「その辺はそのあれなんだけど…管理局は自戒の意味もこめて、直接お触れを出すのは誰にとっても良くない結末の時だけで、ほかは見守って何もしないんだよね。それでこれが一番重要なんだけど、管理局に強制力はないの。だから実際のところみんながそれぞれいいと思った行動をとるだけなんだよね。ヤバいとき以外。実際自然災害は未然に防げないし、誰かの事故を回避するようにできるかというとそれは無理で、精々確率が低い方向に誘導することくらい…」


「つまり、そのヤバいのが僕の行動ってこと?」

「そう」

これはあっさり言われた。

「でもそれ言われても信じられないでしょ?じゃあ変えられないじゃん」

「それは別にいいの。実は私がこうしてアクションしたことでも結構無理やりになっていて、お兄さんに接触して私の言ったことがどこかに残っているだけでも大分違うの。まあ一番確実なのは、これから私としばらく一緒に行動してもらえば確実なんだけどね」


僕は深く考えた。彼女のいう事が確かかどうかは僕には分かるはずもない。僕の意思次第で世界がどうなるとか、そんなことも信じれるわけがない。だが、この女性と一緒に行動したからと言って暇な時間が少し減るだけであんまりデメリットはなさそうである。信じてはいないけど、アニメを見るくらいなら暇つぶしにこの女性と行動してみるのも面白いのかも知れない。それでも念のため訊く、


「ねえ、やっぱり新手の勧誘じゃないよね?」

「お兄さんって面白いね。お姉ちゃんに紹介してあげるよ」

「だからそういうのが勧誘じゃないの?」

「ん…でも考えてみれば勧誘でもいいんだよね。あ、そうなの。実は勧誘なんです」

ケロッと言われても、今までのことが頭に残ってなんとも中途半端になってしまっている。僕はやけくそ気味に言った。


「じゃあいいよ。勧誘に乗ったってことで。変なもの売りつけなければ」

「ありがと!!お兄さん」


実のところ、僕はこの女性がそんなに嫌いではなかった。好きというとかでもないが、要するに、ファンタジーにちょっと付き合って人助けしたと思えば、まあまあ受け入れられる「運命」だったのである。
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ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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