徒然ファンタジー50
ジェシカが唄い終わるとみな一斉に拍手した。大勢に褒められたので少しどうしたらいいか迷っているジェシカ。シェリーは、
「よく唄えてたわよ!凄いわジェシカ!!」
と更に称賛した。ジェシカは嬉しそうに答えた。
「唄えて良かった!」
プロの歌手である望も惜しみない拍手を送っていたのだが「ジェシカ君!」と呼びかけてジェシカを振り向かせた。そしてじっとジェシカの目を見つめ、
「ジェシカ君。凄く雰囲気が良かった。自然に唄ってたけど、素朴で、それが良いの」
と評した。それはまるで自分で確かめるようでもあった。こんな風に場が盛り上がってくるとかつてはカラオケの女王と呼ばれたリリアンが居てもたってもいられなくなり、その間にさり気なく曲を入力していた。
「よし、今度は私が唄うわ!」
打って変わってやや懐メロだが定番とも言えるメロディーが流れてくる。それはJ-POPの見本のような曲だった。リリアンは立ち上がって唄う姿勢になる。
「あ、リリアンさん、この曲って」
年代は違うけれど流石に望は知っているらしかった。メロディーに合わせて頭や体を揺らしてリズムを取る。
「あぁ…あなたが唄うこの曲を何度聞かされた事か…でも懐かしいわ」
シェリーはかつてリリアンと、時々数名を連れてカラオケにはせ参じた時の事を自然と思い出していた。ある程度数が集まった時に誰でも知っているこういう曲から始めるのもノリの良い『空気の読める娘』リリアンらしかった。いかにも唄いなれた発声で普通の人が聞いたら「上手い」と感じるような歌い方だった。
『ふぉーえーば~!!』
よくありがちな英語のフレーズが最後に響きリリアンは気持ちよさそうに唄い終える。ジェシカの時と同じような拍手が場に起る。
「えへへへ…ありがとう」
マイクを通して喋ったのでスピーカーから声が聞こえた。望は、
「リリアンさんにぴったりの曲ですね。とても唄いなれているという感じがしました」
と評した。それに対してシェリーが補足する。
「ええ、唄い慣れているというのは確かよ。リリアンはみんなの前で上手く唄いたいからって、私と二人で入って練習してたもの」
「ちょっと!!それは秘密の約束でしょ!?」
思わぬ暴露にリリアンが赤面して叫ぶ。これもマイクを通してだったので自分の大声でリリアンは逆に恥ずかしくなった。対してシェリーは余裕綽々で返事する。
「もう時効よ。大丈夫よ、何も恥ずかしい事ではないわ」
「ま、まあ、それはそうだけど…」
そう言われてしまうと何も対抗できなくなる。しぶしぶ食い下がり腰を下ろすリリアン。それを見ていた望は失礼と思いつつも堪えきれないと言った感じなのか口許を手で隠していたが吹き出していた。
「望さんまでヒドイ!!」
「ご、ごめんなさい…ふふふ…」
「そんなに笑うんだったら、聞かせてもらおうかしら?プロの歌手の実力とやらを!!」
リリアンのフリに望は「待ってました」とばかりに目を輝かせこう言い放った。
「ふふふ…任せてください!!」
「あ、『徒然ファンタジー』が聴きたい!」
これは意外にもジェシカが言った事だった。曲は唄えても曲名はあまり覚えていないジェシカだが、最近リリアンと一緒に『大宮望』の曲のCDを探しにCDショップに出向いていたのでしっかり覚えていたのである。一瞬不思議そうな顔をしていた望だがリリアンがそれを説明すると今度はとても嬉しそうだった。ジェシカが覚えていたこともそうだが、リリアンが曲を買いに行ってくれたのも嬉しかったのだろう。
「よし。唄っちゃいますよ、私。ちょー本気で行きますから!!」
本気宣言が飛び出した時、頑丈そうな黒いスピーカーから爽やかで流れるような旋律のイントロが鳴りはじめた。リリアンと同じように、いやそれ以上に堂々と立ちあがって姿勢を正す望。表情が一変してキリっとした表情になったけれど、曲に合わせているのか柔らかな雰囲気の目線である。
『この世界ってそんなに単純じゃない でも考える事は単純で君の事ばかり』
完璧な唄い出し。歌唱力には若手の中では定評があるだけあって、殆どピッチが崩れない。しかも良く響く声なのでリリアンは<これ外に聞こえたらばれちゃうんじゃないの?>と思ってしまった程である。
『然って言ってた誰かが 目を覚まして世界をみたら
案外素敵な マジカルワールド~』
Bメロに入っても乱れず、綺麗なビブラートで最後の部分を響かせていた。いよいよサビになるというところでジェシカは無意識に強く拳を握りしめていた。ここから先は声量、つまり肺活量が必要なので聴いている方も力が入ってしまうのである。
『巡り合って また輝く』
しかしながら既に安定感のある声でまざまざとプロの実力を見せつけられる。外見はか弱く見える事もある望だが筋力や肺活量は相当なものである事を示していた。
『 君が居て すぐ笑って そしたら私の
ファンタジーが今日も動き出す』
当然と言えば当然だがその後も難無く唄いこなし、一番が終わるとアイドルばりのスマイルが飛び出した。
「凄い…。レベルが違うってこう云う事を言うんだわ…」
「うん…」
リリアンもシェリーも圧倒されていた。ただでさえ上手いのに生で聞くので迫力が違った。だがリリアンはテレビの時よりも今回の方がもっと上手いような気がした。その後も望は本当に楽しそうに唄う。
『この世界って難しそうでシンプル でも君の事を考えても全然分らない
君の言いたい事がずっとずっと後になって 分って気付く本当の気持ち
バスに乗って 今夜出掛ける』
歌詞の内容が意識しないでもすっと入ってくる。この曲は比較的新しいけれどリリアンは不思議と懐かしい気持ちになる。それはシェリーも同じだったようで、
「なんか、青春時代を思い出すわね」
と呟いていた。2番、Cメロ、大サビと王道ともいえる展開をしっかり歌いこなす本家。カラオケルームが殆どライブ会場と化していた。唄い終わった望に惜しみない拍手と絶賛する言葉が与えられる。
「参りましたぁ!!!」
「さすがね、完璧よ」
「凄い!!本物だ!!」
それぞれ大袈裟に言っているようでもあり、本心でもあった。望はプロの実力を存分に見せつけたが、一つプロとは思えないのがそこで照れている表情だった。
「うわ…なんかめっちゃ恥ずかしい…本番はこんなことないのに…」
望が席に着くと何となく大仕事をやってのけたようになったし、プロの後で唄うのには勇気がいる。したがって「この次は私」とは言いにくい。特にシェリーに至ってはどちらかというとカラオケでは聞く方が多くそんなに歌わないタイプなので好都合だったため、
「よし。とりあえず一旦ここで小休止。話もしなければならないしね」
と場を取り仕切った。他の者もその提案に賛成し、とりあえずこれまで分った事を話し合いながら振り返る事にした。
「多分「M・A」さんがジェシカの前に現れた事が始まりよね」
シェリーが確認する。
「その筈ね。でもそれ以前から「M・A」さんは秘術とかを調べてたみたいだよね」
「うん。これは私の推理なんだけど、「M・A」さんは何かの研究者なのかも知れない。『半分隠居』というのは個人で研究しているという立場なのかもって思ったり」
するとさっき歌い終わったばかり望も今度は別な意味で目を輝かせて、
「そうかも知れません!!『おじさま』は結構難しめの話もするし、あちらの世界でも少し特別な人なのかも知れません」
と言った。
「なるほど…。確かに秘術を使えるのって少数とか、あんまり知られてないとかだったもんね」
「そして本をよく読んでいるような話ね。色んな書物に通じている…しかもこちらの世界のではない書物…」
それはそれでとても興味が湧くような内容なのだがシェリーはここで再び忠告する。
「でも、『おじさま』と『異世界』の物事について知ることは私達の目的なのかしら?」
リリアンとジェシカはシェリーから既にそれを聞いていたので納得する。望も初めて聞いたらしかったが、少し遅れて何かに気付いたような素振りをして自分の言葉を確かめるように言った。
「違い…ますね。勿論、この世界の人に異世界の事とかを知らせるのであればある程度知らなければならないですが…」
「うん、望の言うとおり。あくまで「M・A」さんの意向に従う、望みを叶えるならマストよ。でもどうするかは私達が決める事。ただ…」
「ただ?」
リリアンは接ぎ穂を与えた。
「「M・A」さんの事とか、彼の考えを聞いて知ってから判断する方法もある」
「つまり?」
リリアンの問いに答えたのは望だった。
「『おじさま』の事情を知って、協力しようと思うかも知れない…という事ですよね」
するとシェリーは感心した様子で、
「貴女やっぱり凄いわ。想像力が豊かというのか、すぐわかっちゃうのね」
と言った。
「いえ、『おじさま』とやり取りをしているのは私ですし」
望は謙遜したが、この年齢にしてはしっかりしているのは間違いない。何となくリリアンも張り切って述べる。
「今の段階だとちょっと協力してもいいかなって部分もあるけど、私は今の生活で満足」
「そうね。私は自分の疑問については望から教えてもらった事で納得しちゃってるから、唯一『秘術』と『置物』の関係を調べたいだけよ」
「あ、さっき言おうとしてたのってそれね。もしかして京子の考えだと見せてくれたあの猫の置物が秘術が使われたものだって思ってるの?」
リリアンの推察は概ね合っていた。ただシェリーは難しそうな顔になって、
「そこなのよね、もしそうじゃないとすると不思議なままだし、関係があると考えた方が自然だと…」
望はそこで『猫の置物』という言葉が気になったのかシェリーに質問した。
「ああそれはね私、F県のN市で雑貨店を営んでいるんだけど、アンティーク物も集めてたの。で、不思議なものがその中にあってね、黒と白の猫の置物が一体ずつあって、今はとある事情で私の所に黒の置物しかないんだけど、それは『所有者の人生に彩りを与える』という力があると言われている物なの」
「と…いう事は…」
望はじっくり考えているようだった。
「それがもし「M・A」さんの世界の『秘術』に関わっているとか、貴方たちが変身する『道具』のように秘術をカタチにしたものだと云うのなら…」
「過去にこの世界に齎されたものの可能性があるという事ですね」
「その通り。「M・A」さんの話にもあったようにね」
「そうか、だから「M・A」さん、『おじさま』はさっき『黒猫』と言ったのね」
シェリーは首肯する。
「そうだとするとね、『おじさま』、「M・A」さんはそれも調べたがっているのよ。私はそこは協力しても良いかな」
「そうか。京子も調べる動機はあるわけね。私とはちょっと違う…ということだし、そうすると望さんは?」
すると望は躊躇いがちにこう答えた。
「私は…実はですね、異世界に興味があるというのか、惹かれていて…『おじさま』とのメールも楽しんでいたり…」
「でも、異世界の事とか猫になれる事とか公表するとなると話は別でしょ?」
シェリーは確かめるように訊いた。
「ええ、そこは同じです。協力したい気持ちはあるんですけど、そもそもどうやって良いのか分らないし、それが必ずしも良い結果になるとは言えない気もするんです」
そこで3人は頭を悩ませていた。お互いの気持ちは分るし、そこまで喰い違っていないという事も明らかなのだが何か決定力に欠ける。その時、3人の話を聞いていたジェシカが口を開いた。
「俺、もう一回『おじさん』に会いたい」
「「「え…?」」」
それは誰とも違う意思だった。そしてジェシカはしっかりした口調で続ける。
「『おじさん』に来てもらって、俺がこうしている所を見てもらいたい」
それを聞いた3人は最初戸惑っていたが、ある意味でその気持ちはとても自然な事のように思われてきた。けれど、それを実現するのはこれまでの話だと難しいような気もする。しかしながら、望とシェリーはにこやかにほほ笑みながらほぼ同時に言った。
「いいと思います」
「いいと思うわ」
そしてリリアンも頷いて、ジェシカに微笑みかける。
「そうね、私も会ってみたい。そして『おじさま』に「M・A」さんに直接発表してもらうのがいんじゃないかしら。それが出来るように私達が協力するのよ!」
「ご主人さま!!」
「ふふふ、決まりね。じゃあ望、メールを送ってみて」
「分りました」
望がメールを送ると数分後に返信が来た。そこにはこうあった。
『なるほど、そうなりましたか!面白いアイディアですね。協力していただけるなら実現可能かも知れません。そうですね私も皆さんとお話ししてみたいと思っていました。こちらでも少し練ってみようと思います。
ありがとうございました
『朝河』より』
「「M・A」のAって『朝河』だったのね…Mはなんなんだろう?」
やはりそういうところが気になってしまうリリアン達であった。
「よく唄えてたわよ!凄いわジェシカ!!」
と更に称賛した。ジェシカは嬉しそうに答えた。
「唄えて良かった!」
プロの歌手である望も惜しみない拍手を送っていたのだが「ジェシカ君!」と呼びかけてジェシカを振り向かせた。そしてじっとジェシカの目を見つめ、
「ジェシカ君。凄く雰囲気が良かった。自然に唄ってたけど、素朴で、それが良いの」
と評した。それはまるで自分で確かめるようでもあった。こんな風に場が盛り上がってくるとかつてはカラオケの女王と呼ばれたリリアンが居てもたってもいられなくなり、その間にさり気なく曲を入力していた。
「よし、今度は私が唄うわ!」
打って変わってやや懐メロだが定番とも言えるメロディーが流れてくる。それはJ-POPの見本のような曲だった。リリアンは立ち上がって唄う姿勢になる。
「あ、リリアンさん、この曲って」
年代は違うけれど流石に望は知っているらしかった。メロディーに合わせて頭や体を揺らしてリズムを取る。
「あぁ…あなたが唄うこの曲を何度聞かされた事か…でも懐かしいわ」
シェリーはかつてリリアンと、時々数名を連れてカラオケにはせ参じた時の事を自然と思い出していた。ある程度数が集まった時に誰でも知っているこういう曲から始めるのもノリの良い『空気の読める娘』リリアンらしかった。いかにも唄いなれた発声で普通の人が聞いたら「上手い」と感じるような歌い方だった。
『ふぉーえーば~!!』
よくありがちな英語のフレーズが最後に響きリリアンは気持ちよさそうに唄い終える。ジェシカの時と同じような拍手が場に起る。
「えへへへ…ありがとう」
マイクを通して喋ったのでスピーカーから声が聞こえた。望は、
「リリアンさんにぴったりの曲ですね。とても唄いなれているという感じがしました」
と評した。それに対してシェリーが補足する。
「ええ、唄い慣れているというのは確かよ。リリアンはみんなの前で上手く唄いたいからって、私と二人で入って練習してたもの」
「ちょっと!!それは秘密の約束でしょ!?」
思わぬ暴露にリリアンが赤面して叫ぶ。これもマイクを通してだったので自分の大声でリリアンは逆に恥ずかしくなった。対してシェリーは余裕綽々で返事する。
「もう時効よ。大丈夫よ、何も恥ずかしい事ではないわ」
「ま、まあ、それはそうだけど…」
そう言われてしまうと何も対抗できなくなる。しぶしぶ食い下がり腰を下ろすリリアン。それを見ていた望は失礼と思いつつも堪えきれないと言った感じなのか口許を手で隠していたが吹き出していた。
「望さんまでヒドイ!!」
「ご、ごめんなさい…ふふふ…」
「そんなに笑うんだったら、聞かせてもらおうかしら?プロの歌手の実力とやらを!!」
リリアンのフリに望は「待ってました」とばかりに目を輝かせこう言い放った。
「ふふふ…任せてください!!」
「あ、『徒然ファンタジー』が聴きたい!」
これは意外にもジェシカが言った事だった。曲は唄えても曲名はあまり覚えていないジェシカだが、最近リリアンと一緒に『大宮望』の曲のCDを探しにCDショップに出向いていたのでしっかり覚えていたのである。一瞬不思議そうな顔をしていた望だがリリアンがそれを説明すると今度はとても嬉しそうだった。ジェシカが覚えていたこともそうだが、リリアンが曲を買いに行ってくれたのも嬉しかったのだろう。
「よし。唄っちゃいますよ、私。ちょー本気で行きますから!!」
本気宣言が飛び出した時、頑丈そうな黒いスピーカーから爽やかで流れるような旋律のイントロが鳴りはじめた。リリアンと同じように、いやそれ以上に堂々と立ちあがって姿勢を正す望。表情が一変してキリっとした表情になったけれど、曲に合わせているのか柔らかな雰囲気の目線である。
『この世界ってそんなに単純じゃない でも考える事は単純で君の事ばかり』
完璧な唄い出し。歌唱力には若手の中では定評があるだけあって、殆どピッチが崩れない。しかも良く響く声なのでリリアンは<これ外に聞こえたらばれちゃうんじゃないの?>と思ってしまった程である。
『然って言ってた誰かが 目を覚まして世界をみたら
案外素敵な マジカルワールド~』
Bメロに入っても乱れず、綺麗なビブラートで最後の部分を響かせていた。いよいよサビになるというところでジェシカは無意識に強く拳を握りしめていた。ここから先は声量、つまり肺活量が必要なので聴いている方も力が入ってしまうのである。
『巡り合って また輝く』
しかしながら既に安定感のある声でまざまざとプロの実力を見せつけられる。外見はか弱く見える事もある望だが筋力や肺活量は相当なものである事を示していた。
『 君が居て すぐ笑って そしたら私の
ファンタジーが今日も動き出す』
当然と言えば当然だがその後も難無く唄いこなし、一番が終わるとアイドルばりのスマイルが飛び出した。
「凄い…。レベルが違うってこう云う事を言うんだわ…」
「うん…」
リリアンもシェリーも圧倒されていた。ただでさえ上手いのに生で聞くので迫力が違った。だがリリアンはテレビの時よりも今回の方がもっと上手いような気がした。その後も望は本当に楽しそうに唄う。
『この世界って難しそうでシンプル でも君の事を考えても全然分らない
君の言いたい事がずっとずっと後になって 分って気付く本当の気持ち
バスに乗って 今夜出掛ける』
歌詞の内容が意識しないでもすっと入ってくる。この曲は比較的新しいけれどリリアンは不思議と懐かしい気持ちになる。それはシェリーも同じだったようで、
「なんか、青春時代を思い出すわね」
と呟いていた。2番、Cメロ、大サビと王道ともいえる展開をしっかり歌いこなす本家。カラオケルームが殆どライブ会場と化していた。唄い終わった望に惜しみない拍手と絶賛する言葉が与えられる。
「参りましたぁ!!!」
「さすがね、完璧よ」
「凄い!!本物だ!!」
それぞれ大袈裟に言っているようでもあり、本心でもあった。望はプロの実力を存分に見せつけたが、一つプロとは思えないのがそこで照れている表情だった。
「うわ…なんかめっちゃ恥ずかしい…本番はこんなことないのに…」
望が席に着くと何となく大仕事をやってのけたようになったし、プロの後で唄うのには勇気がいる。したがって「この次は私」とは言いにくい。特にシェリーに至ってはどちらかというとカラオケでは聞く方が多くそんなに歌わないタイプなので好都合だったため、
「よし。とりあえず一旦ここで小休止。話もしなければならないしね」
と場を取り仕切った。他の者もその提案に賛成し、とりあえずこれまで分った事を話し合いながら振り返る事にした。
「多分「M・A」さんがジェシカの前に現れた事が始まりよね」
シェリーが確認する。
「その筈ね。でもそれ以前から「M・A」さんは秘術とかを調べてたみたいだよね」
「うん。これは私の推理なんだけど、「M・A」さんは何かの研究者なのかも知れない。『半分隠居』というのは個人で研究しているという立場なのかもって思ったり」
するとさっき歌い終わったばかり望も今度は別な意味で目を輝かせて、
「そうかも知れません!!『おじさま』は結構難しめの話もするし、あちらの世界でも少し特別な人なのかも知れません」
と言った。
「なるほど…。確かに秘術を使えるのって少数とか、あんまり知られてないとかだったもんね」
「そして本をよく読んでいるような話ね。色んな書物に通じている…しかもこちらの世界のではない書物…」
それはそれでとても興味が湧くような内容なのだがシェリーはここで再び忠告する。
「でも、『おじさま』と『異世界』の物事について知ることは私達の目的なのかしら?」
リリアンとジェシカはシェリーから既にそれを聞いていたので納得する。望も初めて聞いたらしかったが、少し遅れて何かに気付いたような素振りをして自分の言葉を確かめるように言った。
「違い…ますね。勿論、この世界の人に異世界の事とかを知らせるのであればある程度知らなければならないですが…」
「うん、望の言うとおり。あくまで「M・A」さんの意向に従う、望みを叶えるならマストよ。でもどうするかは私達が決める事。ただ…」
「ただ?」
リリアンは接ぎ穂を与えた。
「「M・A」さんの事とか、彼の考えを聞いて知ってから判断する方法もある」
「つまり?」
リリアンの問いに答えたのは望だった。
「『おじさま』の事情を知って、協力しようと思うかも知れない…という事ですよね」
するとシェリーは感心した様子で、
「貴女やっぱり凄いわ。想像力が豊かというのか、すぐわかっちゃうのね」
と言った。
「いえ、『おじさま』とやり取りをしているのは私ですし」
望は謙遜したが、この年齢にしてはしっかりしているのは間違いない。何となくリリアンも張り切って述べる。
「今の段階だとちょっと協力してもいいかなって部分もあるけど、私は今の生活で満足」
「そうね。私は自分の疑問については望から教えてもらった事で納得しちゃってるから、唯一『秘術』と『置物』の関係を調べたいだけよ」
「あ、さっき言おうとしてたのってそれね。もしかして京子の考えだと見せてくれたあの猫の置物が秘術が使われたものだって思ってるの?」
リリアンの推察は概ね合っていた。ただシェリーは難しそうな顔になって、
「そこなのよね、もしそうじゃないとすると不思議なままだし、関係があると考えた方が自然だと…」
望はそこで『猫の置物』という言葉が気になったのかシェリーに質問した。
「ああそれはね私、F県のN市で雑貨店を営んでいるんだけど、アンティーク物も集めてたの。で、不思議なものがその中にあってね、黒と白の猫の置物が一体ずつあって、今はとある事情で私の所に黒の置物しかないんだけど、それは『所有者の人生に彩りを与える』という力があると言われている物なの」
「と…いう事は…」
望はじっくり考えているようだった。
「それがもし「M・A」さんの世界の『秘術』に関わっているとか、貴方たちが変身する『道具』のように秘術をカタチにしたものだと云うのなら…」
「過去にこの世界に齎されたものの可能性があるという事ですね」
「その通り。「M・A」さんの話にもあったようにね」
「そうか、だから「M・A」さん、『おじさま』はさっき『黒猫』と言ったのね」
シェリーは首肯する。
「そうだとするとね、『おじさま』、「M・A」さんはそれも調べたがっているのよ。私はそこは協力しても良いかな」
「そうか。京子も調べる動機はあるわけね。私とはちょっと違う…ということだし、そうすると望さんは?」
すると望は躊躇いがちにこう答えた。
「私は…実はですね、異世界に興味があるというのか、惹かれていて…『おじさま』とのメールも楽しんでいたり…」
「でも、異世界の事とか猫になれる事とか公表するとなると話は別でしょ?」
シェリーは確かめるように訊いた。
「ええ、そこは同じです。協力したい気持ちはあるんですけど、そもそもどうやって良いのか分らないし、それが必ずしも良い結果になるとは言えない気もするんです」
そこで3人は頭を悩ませていた。お互いの気持ちは分るし、そこまで喰い違っていないという事も明らかなのだが何か決定力に欠ける。その時、3人の話を聞いていたジェシカが口を開いた。
「俺、もう一回『おじさん』に会いたい」
「「「え…?」」」
それは誰とも違う意思だった。そしてジェシカはしっかりした口調で続ける。
「『おじさん』に来てもらって、俺がこうしている所を見てもらいたい」
それを聞いた3人は最初戸惑っていたが、ある意味でその気持ちはとても自然な事のように思われてきた。けれど、それを実現するのはこれまでの話だと難しいような気もする。しかしながら、望とシェリーはにこやかにほほ笑みながらほぼ同時に言った。
「いいと思います」
「いいと思うわ」
そしてリリアンも頷いて、ジェシカに微笑みかける。
「そうね、私も会ってみたい。そして『おじさま』に「M・A」さんに直接発表してもらうのがいんじゃないかしら。それが出来るように私達が協力するのよ!」
「ご主人さま!!」
「ふふふ、決まりね。じゃあ望、メールを送ってみて」
「分りました」
望がメールを送ると数分後に返信が来た。そこにはこうあった。
『なるほど、そうなりましたか!面白いアイディアですね。協力していただけるなら実現可能かも知れません。そうですね私も皆さんとお話ししてみたいと思っていました。こちらでも少し練ってみようと思います。
ありがとうございました
『朝河』より』
「「M・A」のAって『朝河』だったのね…Mはなんなんだろう?」
やはりそういうところが気になってしまうリリアン達であった。
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