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完結したので

『そらまちたび』、『徒然ファンタジー』、『境界の店シリーズ』が完結いたしました。『ガララシリーズ』の
続きとして『そらまちたび』を書いているうちに、徒然が始まって、境界の店に手を出して…


という具合に世界や登場人物が増えていったのですが、一年以上かかりましたが全てを繋げて書きたい話は
書ききりました。これくらいしっかり長編中編を書いてしまうと、やっぱり違う話も書きたくなってくるも
のです。


ダークファンタジーとか夏の青春とかノスタルジーとか題材にしたいものは沢山あって、ちょっとした賞に応募
してみるくらいの気持ちで書いてみたいなと思っていたりします。ですが『ナンセンスに』の真骨頂であるナン
センス物語もそろそろ書けそうな気がします。



ただ今は少し積んでしまった本を消化してゆくのを優先させるのもいいのかなと思います。
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繋がる世界

水曜日、朝目覚めると何となく世界が変わったような気分があった。一晩眠ってみて昨日の事、つまりそれ以前の事がすっかり確かめられたのだろう、今更ながらワクワクしている。といっても野暮用があるのでそこは適当に済まさなければならない。「そら」に餌をあげながら準備をする。昨日片付けた和室を眺めながら着替えていると、私の頭に「時々は押入れを開けておこうかな」という考えが浮かんでくる。朝河さんの話によれば、あちらの『N市』の様々な所で目撃されていると言うから、屋根裏から移動する場所はランダムなのかも知れない。今思い出せば、二階の屋根裏から戻って来たときにもかなり汚れが目立っていたのだが屋根裏が汚いというだけではなく、土のあるような場所を歩いていたのかも知れない。


「まあ戻ってくる所は屋根裏だから、「そら」にとっては散歩みたいなもんなんだよな」


自分が変な事を考えていないかを確かめる為に独りごちてみるが、そういえばまだ解決していない疑問がある事に気付いた。


「どうして「そら」はあちらの世界に行けるのだろう?」


その疑問に対して朝河さんなら「白い猫の置物」が関係していると言うだろう。私もそれしか考えられないのだが、既に立華さんに『返却』しているという事や色んな要因が重なっている可能性もあるような気がした。それについても私だけではどうにも解決できそうにないので、立華さん、ひいては異世界に居る朝河さんと協力してもらう事になりそうである。


それはそうと時間になったので野暮用の方を済ますために出掛ける。具体的にはF市の方の親類に顔を出すようなものなのだが、こういう事でもしなければと思うようになると私も年をとったなと感じてしまう。午前中には終わったので、N市に戻って昼食を済ませ、描いてもらう絵の主役とも言える「そら」をキャリーバッグに入れて絵描きさんの所に移動する。「そら」はあまり抵抗しないのだが、車に乗せるとやはり「にゃ~」と切ない声で鳴いた。


「すぐに着くから」


言い聞かせるように「そら」に向かって言ったりしながら10分程度。その人の自宅兼アトリエと思われる場所に到着した。チャイムを鳴らすとインターフォン式だったのでスピーカーから「はい、どちら様ですか?」という男性の声が聞こえる。


「このまえ電話で猫の絵を描いていただけるという話を…立華京子さんの紹介で…」


どう紹介しようかと迷いながら喋るとその辺りで「あ、今行きますから!!」と声がした。すぐに玄関の扉が開いて、先ほどの声の主と思われる男性が現れた。


「あ、どうも僕が絵を描いている者です。大城さんでしたよね、どうぞお入りください!」


「今、車から猫を連れてきますので」


一旦車に戻ってバッグに入った「そら」を連れてくる。その時ある物も取り出した。絵描きさんはキャリーバッグ越しに「そら」を見て。


「綺麗な猫ですね!」


と言ってくれた。「そら」は落ち着いているようだった。家に上がりながら相手の名前と年齢を尋ねると、


「高橋です。歳は35です」


どうやら私よりも少し年上であるようだ。電話口でも子供の話が出てきたが今年小学校二年になる息子さんがいるようである。近い年齢でもしっかり『お父さん』の人を見るといつも尊敬してしまう。客間に案内してくれた高橋さんは、


「いいですねぇ。猫。アトリエに入ってしまうのが心配で結局飼えず仕舞いなんですが、描く対象としても猫はいいですよ」


としみじみと言う。私はその時、


「これ、立華さんの『店』で買ったものなんですが…」


と言って立華さんの『店』で買った瓶を渡した。プレゼント用にラッピングされていたので「瓶です」と中身を教えると、


「ああ、もしかして『あの瓶』ですか?僕、前物欲しそうに見てたのバレてたんですね…ちょっと恥ずかしい。でもありがとうございます!」


「いえいえ、絵を描いていただけるという事でしたので。こういう話をするのも何なんですけど、絵はどの位掛かるんですかね?」


「物にもよりますけど、一週間くらいで描こうと思ってますよ」


「あ…そうなんですけど、その買い取る時に…」


値段の事を先に訊いてしまうので私は少し恐縮してしまう。すると高橋さんは「あー」と納得した表情になって、


「ええ、そんなに高いものではありませんよ。物を実際に見てから、買い取りたいと思った値段でお譲りしますよ」


「そうですか…じゃあ…」


その辺りで相場を考えてしまうのはあまり良い癖ではないのだが、何分こういう事には疎いのである程度の値打ちがあるものと思う事にした。その後高橋さんは「そら」をキャリーバッグから出すようにと言った。


「にゃ~」


出るなりこちらを見つめて何かを訴える「そら」。高橋さんは既に画家モードで「そら」を観察したり、「そら」を抱いてみて下さいと言ったり、写真を撮ったりしていた。その後軽くスケッチが始まった。全部で15分くらいの作業で、一番単純なラフは出来あがっていた。


「早いですね…」


私は思わず関心の声を上げる。


「まあ一応これで飯食って、妻と子養ってますんでね」


高橋さんはにこやかな表情で言った。スケッチを見る限りシンプルだけれど猫が印象的な絵になりそうである。


「この「そら」はですね、実は屋根裏から異世界に行けるんですよ」


高橋さんの反応が見てみたくて冗談のような口ぶりで言ってみまた。彼は一瞬「何を言っているのか分らない」という表情をしたが、多分ジョークだと思ったのだろう口許に笑みを浮かべながら「へぇ~」と言った。誰かに言ってみて反応で分る、この唐突さ。とてもありのままを伝えただけでは信じてもらえ無さそうだ。実際自分もそうだったわけだし、当然だろうとさえ思う。ただ高橋さんはこんな事を言った。


「画家もね、絵を描いている時はある意味で異世界に居る人もいるのかも知れない。いや、そういう世界を見せるのが画家の仕事の一つかも知れない…そんな風に思う事があります」


「へぇ~」


今度は私が言う番だった。分るような気もするし、実際は分らないそんな感じである。その辺りでお暇させてもらって、絵が完成したら電話をしてくれるように頼んだ。早く見てみたいし仕上がりがどうなるのか楽しみである。この用事が比較的早く済んでしまったのもあり、私はついでに『店』に寄ってみる事にした。ついでにとは言ったがもともと寄るつもりだった。


「こんにちは」


いつもの通り『店』に入店する。ただ今日は「そら」をキャリーバッグに入れていた。この店も「そら」にとっては初めてである。


「あら、お客さんだわ」


少しわざとらしい口調で私に声をかける立華さん。だがすぐに「そら」に気付いて、


「あら、「そら」ちゃん!!」


と明らかにテンションが上がっていた。


「今日絵描きさんの所に行ってモデルになってきたんですよ」


説明すると、


「そうだったの。それでその帰りって訳ね」


と理解してくれた。


「ええ、でも連れて来た方が良いなって思いました」


「どうして?」


立華さんは不思議そうな顔である。私は昨日あった事、厳密には「そら」が屋根裏に行っていた時に起っていた事を朝河さんからの2枚の『手紙』を渡しながら説明した。立華さんも流石に驚いたようで、「ほ…ほんとう?」と訊き返す場面もあった。説明が終わった感想は、


「異世界がある以上、あり得ない事ではないけれど…さすがに猫が移動出来るなんて夢物語みたい…」


だった。実際夢物語のようにも思えるが自分で確かめた事もあるので今は現実的に考えている自分がいる。立華さんはその後「う~ん」と呻りながら何かを考えていたようで、しばらくして「はっ」とした表情になった。


「もし、同じことが出来るとして、朝河さんの所に「そら」ちゃんが行った時に…朝河さんが「そら」ちゃんと一緒に写真を撮って、その写真を「そら」ちゃんの首輪に付けて送ってもらえば…」


「あ、それは良い考えですね!それは完全な証拠になります。いや…少なくともまあ朝河さんの所に行ったという証拠にはなりますね」


「でもまあそんな事しなくても私は信じてるけどね」


「それはそうですよね。でも」


「でも?」


「朝河さんがあっちで元気にしてるか知りたい時には良いかもしれませんね!」


実はその手段は別な方にも使えた。後日私は、リリアン達からもらった関係者の近況を知らせる写真を編集して一枚の画像にしていた。それをプリントアウトして細く折って、「そら」の首輪に巻き付けて屋根裏に上がらせた。「そら」が降りてきた時、その写真が無くなっていた。そしてその数日後「そら」を屋根裏に上げて、しばらく待つと首輪に再び小さな紙が結ばれてあった。開いてみると


『皆さんお元気そうで何よりです。 私の隣に映っているのは「マリアさん」というラテン語を教えてくれた女性です。 朝河』


という朝河さんの短い手紙に一枚の写真がプリントアウトされている。確かに朝河さんの隣には外国人の女性が映っていて、彼女の膝元には「そら」が座っていた。自撮りのような写真だがこれを立華さんに見せに行くと、


「へぇ~いい笑顔ね!」


と彼女もいい笑顔で言った。伝書鳩ならぬ伝書猫になってしまった「そら」だが、何処に行っても大切にされるようなので嬉しい限りである。そんな我が家の伝書猫がどこか見覚えのある町の中を歩いている一枚の絵が壁に掛けてある。『異世界』に行ける猫という会話がインスピレーションになったらしく、絵の中の「そら」が今にも動き出しそうなほど活き活きしている。絵の出来も素晴らしいので私が素直に与えた評価額にも絵描きさんは満足してくれていた。



いつか朝河さんにもこの絵を見てもらいたいなと思っている。立華さんも朝河さんもある同じ事を言う。


『世界は繋がっている』


私もそんな気がしている。しっかりとではないけれど、繋がっていると感じられる者にとってはどちらも立派な世界なのである。そして自分の知らない世界に案内してくれるような、京子さんの「SHELLY」という『雑貨店』は比喩的な意味でもそのままの意味でも私にとっていつも『境界の店』なのである。



(終わり)

「そら」

仕事帰りにテレビを点けて晩餐が始まるとすっかり寛いでしまい日曜から出したままの物に手を付けられない。その部屋で「そら」は妙にテンションが高い。元気な事は良い事だと思うが、夜の方が活発だとさすがに大変な部分はある。月曜日は結局片付かなかった。


ここまでは本当に『白猫の置物』が無くなっても別に何も変わらない日常だった。ある事が起ったのは火曜日である。それはまさに『静かな衝撃』だった。


部屋を片付けようと少しだけ早めに帰宅すると「そら」が居ない事に気付く。いつもなら出迎えてくれるはずなのに今はどの部屋にもその姿が見えない。隠れている場合もあるのだが、一瞬『居なくなってしまった』と思うほど気配がないのである。気配がしなかった理由は「そら」が屋根裏に隠れていたからだ。以前、二階の押入れから屋根裏に潜入した事があった「そら」だが、迂闊だったのは一階の和室の押入れの上にも屋根裏に行ける所があったという事を失念していた事だった。


荷物を整理しようと襖を開けっぱなしにしていたので「そら」は恐らく昨日も入ったに違いない。二階の屋根裏もそうだがそこに入ってしまうと蔭になったところに隠れてしまうので見つけるのが大変なのである。実際相当苦労して「そら」を捕獲した。



が、思いもよらぬ事に気付いたのはこの瞬間だった。あり得ない事なのだが「そら」の首輪に細長い紙が結んである。自分でやった記憶が無いので私ではないのだが、この家に居るものは私しか居ないので一瞬だけ『泥棒』という想像が頭に浮かんだ。ヒヤヒヤしながらその紙を取って開いた時に私が感じた事はもっと驚愕すべき事だとは思ってもみなかった。



それは短い手紙だった。


『これは、この猫の飼主であると思われる大城博さんへの手紙です。これは僕が貴方の家に居た時に付けたものではないという事はお分かりかと思いますが、単刀直入に言えば異世界の『N市』に「そら」がやってきていたのです。偶然それを知らされて、僕の家の前にも「そら」がやって来たので思わずこの手紙を首輪に結んでしまいました この手紙を確認しましたら望さんに知らせてください折り返し連絡が行くと思います。


朝河舞蹴』


この手紙にあるように、昨日の時点では「そら」の首輪にこんなに目立つ物はついていなかった。だとすると今日になってから朝河さんが、とも思ったが異世界人だからという事を認めれば容易だろう。彼がまた来たのである。ただそうではないとした場合、家には鍵がかかっていて侵入できない。そして「そら」や私の事を知る人物としては朝河さんくらいしか考えられない。手紙は本物だろう。凄く意地悪に考えれば朝河さんが他の人に頼んで手紙を持たせて家に侵入させて「そら」の首輪に結び付けたとも解釈できる。が、どこか不自然である。というか、『鍵』が掛かっている部屋に容易に侵入など考えたくもない。


「合鍵を盗まれた…?」


その辺りまで邪推しても合鍵がそもそも無いし…。ピッキング…?という良く分からない所まで考えても、そこまでして自分が『異世界』の人間だという事を私に信じさせる工作をする必要があるのだろうか?



一人で考えてもかえって真実が見えなくなるような気がする。素直に望さんに事情を説明したメールをしてみる。10分くらいして望さんから返信がある。件名は『大城さん宛てのメールをそのまま転送します』で次のような文章である。


『こんばんは、朝河です。こちらで調べたところ、この世界の『N市』では少し前から「白い猫」が出没するという噂が流れていたようです。それも猫が居るような場所ではない城跡や市内だそうで、昨日から旅行に来ていた男性が市内の行く先々でその白い猫に遭遇していたそうなのです。その男性が猫の事で僕の所に来て相談していたのですが、その時立華さんに貰った『緑の石』パワーストーンを預かりました。白い猫が咥えていて落としたものだそうです。


「そら」がこちらの世界に来れるという話は突拍子もない事のように思われますが、『白い猫の置物』の事もありますし、何か関係しているのかも知れません。先ずはそちらに『緑の石』があるかどうか確かめてください。そしてここ数日の事で何か特別な事があればそれを教えてください』



朝河さんの話は説得力がある。先ずはキーになる『緑の石』だが実際「そら」は今咥えていないし、見える場所にはないようである。可能性としては屋根裏に行った時に咥えていって落とした…というのが常識的な考えだが、そうなると屋根裏は暗くて広いし探すのは困難なように思えた。実際少し探してみて無理だと断念した。あとはここ数日の事で言えば「そら」が『屋根裏』に侵入した事だろうか。



そういえば以前も屋根裏に侵入していたが、もし仮に朝河さんの住む『N市』で目撃されていた『白い猫』が「そら」だと言うのなら、時々2階の屋根裏に勝手に入っていった時に、異世界に移動していたのだろうか?思いつく事といったらこれくらいなのでパワーストーンの事も含めてもう一度望さんに伝えてほしいとメールする。そして朝河さんからではなく望さんから個人的にメールがあった。


『何だか凄いことみたいですね。もしまだ「そら」ちゃんが移動できるなら、まだ何か確認できるのかも…』


望さんは疑っていないようである。私としても疑っているわけではなく確証が欲しいのである。続いて朝河さんからのメールが転送されてくる。


『考えたかも知れませんが、やはり『屋根裏』が関係しているのでしょうか。条件が揃えばもしかしてもう一度「そら」くんはこちらに来れるかも知れません。試しに今からもう一度『屋根裏』に上げてもらえますか?』


私としても確認してみたいので実際にやってみる事にした。一応一緒に屋根裏に上がってみる。すると…これはもう疑う事は出来ない「そら」が目の前から消えたのである。透明になって消えていった。当然飼主として心配だが、もし朝河さんの住む『N市』に行っているとするなら…


と思うと10分くらいして「そら」が再び現れた。しかも口にはパワーストーンを咥え、また首には細い紙が結んであった。屋根裏から一旦降り襖を閉め、紙を開いた時には既に心が落ち着いていて全てを受け入れていた。


『緑の石を「そら」くんに返しておきました。 朝河舞蹴』


短い一言だったが、今更「「そら」はただ朝河さんの住む所に瞬間移動できる」というような中途半端な解釈は出来ない。異世界が実在するという事は実際に見てこない限り確証はないけれど本当なのだろう。私は朝河さんに向けてメールを作成する。こんな文面である。


『パワーストーンありがとうございます。そちらの『N市』に戻ってみた感想はどうですか?』


すると望さんからこんな返信。


『上手くいったんですね!!おじさまさからの返事です。


『ええ、我が家はやっぱり落ち着きます。友達とも会えますしね』

』 


ゆっくり部屋の整理をしながら、<また立華さんに報告できる事があるな>と思ってちょっと嬉しいなと思った。

そらまちたび ⑭

レストハウスでゆっくり過ごしているうちに、別な季節にここに来ていたらまた違った魅力があるのではないかと思えてきた。それはこの町全体にも言える事なのだろう。そもそもこの旅行自体、本当に何も決めないでネットでチラッと調べただけの所に来ただけなのだが、それにしては思い入れが強くなり始めている。


「ちょうちん祭りだけは見に来た方が良いと思いますね」


遠くを見ながらリラックスした片山さんがお勧めしてくれる。マリアさんも同意した。二人の話では毎年10月の最初にあるこの町の祭りである「ちょうちん祭り」の為に一年があるように感じている人もいるとか。今月のように休みが取れるかどうかは分からないが、いずれいってみたい。


「まだ安斎君は若いけれど、歴史とかに興味を抱くようになった頃…歳をとってからだろうけどね、その時もやっぱりこの町は同じように魅力的であると良いよね」


「今は外国人の人向けにアピールするのも必要だと思うわよ」


マリアさんの言葉はこの町だけではなくこの国全体で同じことが言えるような気がする。


「気になるのは、みんな「そら」が綺麗だって言うのよね」


「「そら」?」


僕は白い猫の首輪にも「そら」という刺繍があったのを思い出したが、マリアさんの言いたいのは普通に「お空」の「空」だと分った。


「言われてみれば、澄んでいるような気がしますね」


「そうかしら?」


とマリアさん。少し納得のいかない表情である。片山さんは、


「『そらまち』とか案外いいような気がするなぁ…」


と呟いた。どういう事なのか訊いてみると、


「いや、その仕事で地元をアピールする為の記事を書かなきゃならないんだが、どういう切り口にしたら印象的なのかなと思って」


「『そらまち』っていうのは良いんじゃないですか?なんか爽やかな感じがしますし」


「この町で山と空をずっと見ているとね、空っていうのは色々な表情があるんだなって思うよ」


「夕焼けとか夕暮れ時の蒼さとかね。紫っぽい時もあるわ」


「なんだか皆さん、詩的ですね」


僕は感心気味に言った。すると片山さんは僕の方を見て、


「今回、安斎君と一緒に地元を旅行してみて、まだまだ捨てたもんじゃないって思えるようになったよ」


「それはなによりです。僕は片山さんに会えて幸運だったと思います」


そう言って二人でがっちり握手をした。おたがいに頷いているとマリアさんが、


「誰か大切な人を忘れていませんか?素敵なレディーに出会わなかったでしょうか?」


と得意げに言った。何となくマリアさんにペースを握られたくなかったので、


「僕が出会ったのは、マッサージチェアで緩んだ表情を見せていた謎の外国人でしたよ?」


と少しイジワルをしてみる。マリアさんは案の定、


「それちょっと酷くない!?これだから日本人の男は…」


と呆れていた。でも言葉に反して表情はにこやかである。勿論この後に、


「マリアさんの様な素敵な女性との出会いもありました!」


とゴマをすっておく。分り易いくらい現金に満面の笑みを浮かべるマリアさん。そうこうしているうちに駅に向かわなければならない時間になった。この後もう一度朝河さんの所に行ってみるというマリアさんとはここでお別れである。


「じゃあ、また会いましょうね!文章できたら連絡するから」


「ええ、また!」


マリアさんの乗る白い車は元来た道を戻っていった。


「じゃあ、私達もそろそろ行こうか!」


僕も片山さんの車に乗って駅に向かう。通り過ぎてゆく景色を目に焼き付けるようにずっと眺めていた。やがて市街地に入り、来たときに最初に目に留まった神社とその前に置いてあるベンチが見えるところまで来た。あそこに座っておじいさんの話を聞いた時にはこんな旅になるとは思っていなかった。


「着きましたね」


坂を下って車が駅の駐車場に停まった。


「じゃあ家に着いたら連絡してください。そしてもし今度来る時には事前に連絡してもらえば、ちょっと色々用意するから」


「分りました。是非…そうですね、祭りのときに来れたら来たいと思います!それまではこの町の事自分で調べてみます」


「うん。じゃあ!」


「ではまた!」


そう言って片山さんとも別れた。電光板で下りの電車の時間を確認するとすぐのようである。少し急ぎ気味に切符を買う。完全な手動の改札でホームに入る時には切符の確認もないようである。下りの所まで歩くと丁度電車がやって来た。開かないドアに一瞬迷ったがボタンを押し手動で扉を開け、比較的高校生の多い電車に乗る。席に座って前の方から聞こえてくる会話のどこか不思議なアクセントが、最初の頃よりも随分慣れている自分に気付いたりした。


(おわり)

そらまちたび ⑬

猫の事はとりあえず何かを知っていそうな朝河さんに任せることにして、高原の方に来ているので片山さんとマリアさんと一緒にスキー場に行ってみる事にした。勿論今はスキーの季節ではないが、山の頂上まで行くロープウェイがあるとの事でそれに乗ってみるつもりだ。スキー場にはすぐに到着する。山開きは先月の中旬だったので時期的には丁度良い。山登りをするわけではないので軽装でも大丈夫だろう。僕等の他にもお客さんはポツポツと居るようで、10分間ほどのロープウェイの空中散歩を楽しんだ。


『絶景』と言いたいところだが高所があまり得意ではないので少しヒヤヒヤしたりしていた。それでも周囲の地形がしっかり確認できるのが面白い。山頂に着くとまた格別なものがある。少しひんやりしているのも標高が高いゆえである。晴れ渡っていて遠くまで見えるが、特に近くの山の形がはっきり分かる。頂上の無料休憩所で眺望を気が済むまで眺めていた。


「今日はあと、下のレストハウスでのんびり過ごすのが良いかもね」


とアドバイスしてくれる片山さん。確かにこの別世界の気分をもうちょっと味わっていたいような気がする。そこでは食事も出来るそうで、お昼時なので時間も丁度良い。今度はロープウェイで下ってゆくのだがそれもまたスリリングである。


「私もロープウェイに乗るの久しぶり。住んでるのに年とってスキーしなくなっちゃったから…」


と言いつつ「ふぅ~」と溜息をついたマリアさん。年をとっての部分を具体的に訊いてみたくなる衝動を堪えつつ生温かく見守る。スキー場に戻ると、かなり立派な建物があることが確認できる。レストハウスでは先ほど上がっていった山を眺めながら昼食を取った。


カレーである。



こういう場所で食べるカレーは格別だが、前日に予約すればバーベキューも出来るそう。しっかり平らげ、その後は外を歩いたりしながら三人でのんびりと話をして過ごしていた。だんだんこの町の事が分ってくると、片山さんの口から『町おこし』というキーワードが出てきてそれについてちょっとした議論に発展した。マリアさんはまるで飲みの席であるような調子で、


「そもそもね、この町の人は商売っ気がないのよ。『ガララ』の時ももうちょっとうまくやればグッズ展開とか出来たのに」


と息巻いた。片山さんは苦笑気味に、


「まあそうなんですけど、グッズを作るのも並大抵の事じゃないんですよ」


と宥める。正論だったのか、


「そりゃあそうだけど、でも…」


という具合にトーンが落ちるマリアさん。するとマリアさんは僕の方を見て「ショウ君はどう思う?」というちょっとした無茶ぶりをする。これは返事に困る質問で、僕としては一般的な事しか言えない。


「まあどうしても地元だけでやろうとすると大変なんじゃないですか?」


安直な発想で出来るところに任せようという考えが浮かぶのである。


「そうだろうね。少なくとも『スーパーバイザー』とか、そんな感じの人に頼るという方法もある」


片山さんはおおむね同意のようである。ただマリアさんは少し意地があるようで、


「でも『ガララ』の時にいちばん動いたのは私達のはずよ!」


と言った。そういえばそんな話を昨晩していたような気がする。


「その事はちゃんと評価してますよ。でも、あれは工藤家が動いたって話になってますからね。あそこのお嬢さんあたりの鶴の一声があれば重い腰を上げてくれるかも知れませんが、商売になると話は別の様な気がしますね」


「まあ確かに。チエコさんに任せちゃうとこっちに旨味が無いのも事実なのよね…カメラマンも引き抜かれそうだし…」


「ああ、パトロンの話ですよね」


「グッズ販売の事はある意味で終わってしまった事なので、今はこの町の観光について何とかならないものかと思うんですけどね」


片山さんが本道に戻す。するとマリアさんは多分だが思い付きでこう言った。


「やっぱりこの町を舞台にした小説と言うのが現実的よね。『アニメで町おこし』とかもそうだけど、小説がヒットしてドラマ化、映画化とかメディアミックス。そして『聖地巡礼』のお客さんが増えるのよ!」


マリアさんの話はとっても分り易いのだが、そもそも『小説』とか創作を最初から町おこし…金もうけの手段として作っていったら中身がスカスカになるような気がしてならない。ちょっとそういう業界も知っているのもあって、マリアさんの発想を現実化させる為には何かが足りないように思える。


「小説と言うのは悪く無い手です」


だが意外にもライターである片山さんは評価している。


「何故です?」


気になるので訊いてみる。


「歴史小説とかは需要があるはずなんです」


「歴史小説ですか?あまり読まないのでピンとこないというか…」


「昔ここを治めていた藩のマイナーな武将とかもディープな歴史オタクの目には留まるようで、実際に創作も少し出版されています」


「そうだったんですか!だったら十分可能性がありますね!」


僕の感覚からすると片山さんの言うことは頷けた。有名な武将だけではなく、いわゆる『知将』や『軍師』などをテーマにした長編ドラマが最近のモードらしいし、歴史小説を知らない僕でも明らかに一昔前とは価値観や評価が変わっているような気がする。


「ただこれには一つ欠点がある」


そう述べてから片山さんがこう断言した。


「資料となる書籍が圧倒的に少ない事である」


僕は思わず絶句した。それではどうやって武将の生き様を調べればいいのか?


「そ…そうなると、想像力が必要になってきますね…」


「実際歴史小説と言うのはフィクションでもあるからね。ある程度のところまでは自由にやっていいんだと思うのだけれど、下手をするとファンタジーになってしまう…難しいよ」


「別にファンタジーでもいいんじゃない?」


マリアさんは言うけれど、まあ割り切ってしまえばそれで良いという論理も成り立つ。


「でもそれじゃあ歴史オタクが喰い付かないかも知れない」


「需要と供給ですね…」


「何も歴史小説じゃなくてもいいんじゃない?普通の小説…何なら文学でもいいわ!」


「ところが、そうなるとネタがなくて…」


「ネタねぇ…あ…そうだわ!!良い事考えちゃった!!」


マリアさんはまた思い付きをしたようである。


「一応訊いてみますが、何ですか?」


片山さんは少し呆れ気味に訊いた。するとマリアさんは「ふふふ」という不敵な笑みになって、


「『ガララ騒動』の当事者のノンフィクションとかなら良いんじゃないかしら?」


「まあ、それなら上手く書けば面白くなるかも知れませんね」


片山さんがそう言うように僕にも悪くない考えのように思えた。ただ当事者なので誰が書くかという事である。


「マリアさんが書くんですか?」


そう訊くとマリアさんは全力で首を振って、


「無理よ、私日本語怪しいもん」


と言う。『いや随分流暢ですよね…』と言いたくなるのを堪えて、


「じゃあ他に宛てがあるんですか?」


と訊き直すと、


「タロウくんという人がね『ガララ応援隊』というブログを運営してくれてた人なんだけど、文章力は無いわけでもないみたいだから彼に任せて、所々に写真を添えればそれなりに体裁は整うはずよ!!」


と自信たっぷりに言った。


「でも、それで出版社が動いてくれますかね?」


僕の経験上、有名人ならともかくごく普通の人だと企画すら見てもらえないような気がする。


「そ・こ・は!!!」


何故か満面の笑みで僕を見つめるマリアさん、とても嫌な予感がした。


「ショウ君が話を通してくれれば万事解決よ!!」


『無茶ぶりにもほどがある』とは言えなかった。一応お世話になった人だし無碍には断れない。しかも、


「なるほどね!じゃあ私がその文章の添削をしてもいいかもね」


と片山さんも少し乗り気である。


「じゃ…じゃあ、一応知り合いに話をしてみますね…でもちゃんとしたものが書けたらという事で良いですか?」


とりあえずこう言っておけば僕の責任はそんなにないので大丈夫だろうと思った。GOサインを出すのは僕ではないし…などと逃げ腰になっているけれど最悪自費出版でもいいんじゃないだろうか。片山さんに小声で言ってみると。


「うん…分ってるよ。でもほら、運良くという可能性もあるから…ごめんね…」


と申し訳なさそうに言われた。ただ一個人としては書いたものを読んでみたいなとも思うのである。

そらまちたび ⑫

マリアさんは白猫の事で誰かに電話している。最初に『ラテン語』という単語が聞こえたので塾の関係の人だろうか。

「ええ、そうなの白い猫が『県民の森』に突然現れたと思ったら、またすぐ消えちゃって」


マリアさんは興奮した様子で話しているが普通だったら受け入れにくい話だと思う。片山さんもその勢いに苦笑気味で、

「マリアさんって思い立ったらすぐ行動しちゃう人だから…」


と補足してくれた。伝えるならばこの情報も教えた方が良いと思い電話をしているマリアさんに、


「マリアさん、猫の首輪に「そら」という文字が入っていたと伝えて下さい」


と言った。ここからすぐに何かが分るわけではいだろうが話に具体性を持たせるためには必要かなと判断した。電話の向こうの人にそのまま伝えるマリアさん。すると、


「え…?「そら」ですけど?はい?ええ、白い猫ですよ?雌かどうかは分かりませんが…」


と何やら相手の方が喰い気味に話しているのが伝わる。片山さんと顔を見合わせ不思議に思っていると彼女が、


「はい?今からですか?ええ、大丈夫ですけど今他の人と行動していて。ええ、一人は旅行で来た人です。大丈夫ですか?」


と何かを確認している様子が窺われる。最後に「分りました」と言って電話が終わった。マリアさんはこちらの方を向いて、


「これからその人の所に行く事になったんだけど、時間大丈夫よね?」


と確認してくる。急な話だがマリアさんが続けて、


「その人何か知ってるみたいよ」


と言ったので興味深いと感じられ僕は行ってみたいと思った。片山さんは冷静に、


「誰なんです?」


と質問した。


「『朝河マイケル』さんっていう地元の人よ。山の方に住んでるからここから近いの」


という答え。片山さんは「あ~名前は聞いたことがあります」と頷いていた。「有名なんですか?」と訊ねると、


「少し変わり者…というか、もともとは県内の大学で考古学の研究をしていた先生だけど、最近は講師、まあ臨時職になっているそうだね。そうかマリアさんと知り合いだったのか」


と教えてくれた。マリアさんが言うには、


「ええ研究に必要だからって、個人的にラテン語を教えていたの。熱心な生徒だったわよ」


という事らしい。話がまとまるとすぐに移動が始まった。今度はマリアさんが車でその人の家まで先導してくれる。10分以内に家に到着した。道中は山の中だが高原になっていて、片山さんの話によると冬場はスキー客が通るとの事。草原のような広々とした場所の中に木造の家がポツンと建っていて、まるで小説の世界のよう。車を降りて玄関に向かうマリアさんに着いてゆく。


「ごめんくださ~い」


マリアさんが呼び鈴を鳴らしながら言った。家主は既に待ち構えていたようで、優しい人柄がにじみ出るような笑顔の男性が出迎えてくれた。


「ようこそ。お久しぶりですマリアさん。それとお二方もよくいらしてくれました。ささ、どうぞ上がってください」


家に上がるとまるで雰囲気が何処か外国の家のようだった。家の様子や「マイケル」という名前からするともしかするとハーフの人なのかもなと思ったりした。リビングに案内され木目調の色が素晴らしいテーブルに着席する一同。そこで僕と片山さんの自己紹介が始まった。手短に紹介を済ませると、


「そうでしたか。N市はどうですか?」


と笑顔で訊ねられた。「いい町ですね」と答えると更に嬉しそうな表情になった。片山さんは、


「お噂は窺っていましたよ。お招きいただきありがとうございます」


と礼儀正しく言った。それに対して丁寧に礼を返す朝河さん。


「マイケルさん、最近はどうですか?」


マリアさんが訊ねる。朝河さんは少し複雑な表情で、


「ええ、実は色々とありましてね…ちょっとした観光旅行に行ってきました」


「え、そうなんですか?何処ですか?」


「う~ん…それについては説明しにくいですね。まあ知り合いが住んでいるところですかね」


「なるほど」


すると朝河さんがキリっとした表情になって、


「その時の事も関係するのですが、何でも白い猫が突然現れて、それが「そら」という名前だったという事ですが」


と話を切り出し始めた。真面目な表情なので少し緊張してくる。僕は素直に伝える事にした。


「そうです。名前については首輪を見たんですけど、白く「そら」と刺繍してありました」


その言葉を聞いた朝河さんは沈黙して何か難しい事を考えているようだった。しばらくして、


「一つ思い当たる事があるのですが、僕もちょっと半信半疑で…」


と断ってこんな話をした。


「ある人が「そら」という白い猫を飼っていて僕も会った事があるのですが、その猫の可能性があるような気がするんです」


そうは言うものの飼主が分ったとしても、一瞬にして現れたり消えたりする現象は説明できていない。片山さんがその事を指摘した。すると朝河さんはまた少し考えてから、


「その白猫の事で何か他に分っている事はありませんか?特徴とか…」


白猫が現れたのはいつも一瞬だったので特徴を調べる余裕も無かったが、そういえば僕には話せる事があった。猫が咥えていた『緑の石』である。財布に入れてあったのを思い出し、取り出てみる。


「これを猫が咥えていたんです。まあ普通の石みたいですけど」


すると朝河さんの表情が一変した。何か思い当たる事があるらしい「すいません!」と少し席を外して何かを探しに行ったらしい。数分後戻ってきた彼の手にはそれと同じ緑の石が握られていた。


「これと…同じものですよね…」


朝河さんは何故か興奮している。冷静に考えれば、その飼主と朝河さんが同じものを持っていていたという事なのだが、朝河さんの表情を見ているとどうもそれだけではないようにも見える。


「白猫の飼主が持ってたんじゃないですか?」


マリアさんも同じ考えになったようだがそれに対して朝河さんはなんとも言えない表情で「いや…そんな…」と呟いた。そしてじっくり、


「その石は、ある店の女主人から『記念』に頂いたものです。よくあるパワーストーンで「幸運をもたらすか知れない石」と彼女は言っていました。確かにそうかも知れません…」


何かを確信しているような朝河さんを三人で見守る。それが本当だとしてどういう事が分るのだろう。僕には謎だった。するとその時、家の外でまた先ほどと同じような「にゃ~」という猫の声がした。


「あ…もしかして!!」


気付いた時には僕は駆けだしていた。すると家の玄関の前に先ほどの白い猫が気持ちよさそうに寝転んでいた。


「あ…何という事だ、やっぱり「そら」くんじゃないか!!」


続いてやってきた朝河さんは興奮を隠しきれていない。すると何かを思い立ったのかポケットから手帳を取り出してそこに何かをペンで書きこんで、そのページをビリリと破いた。それを細長く折りたたんだと思いきや、「そら」の首輪にそれを
結び付けた。


「「そら」の飼主に手紙を書いたんです。もし移動しているなら飼主が気付いて連絡してくれるかも知れません」


「なるほど!!」


僕は唸った。「そら」と呼ばれた猫は朝河さんを知っているのか大分懐いていて、彼が身体を撫でると喉をゴロゴロと鳴らした。そのうちに身体が半透明になってゆき、いつの間にか「そら」は消えてしまった。片山さんは今までの事を総合して、


「『怪獣』もそうですが、突然現れたりするのは空間の移動なんでしょうね」


と結論づけた。僕もマリアさんもその線で納得していたのだが朝河だけが神妙そうに、


「いえ、もしかするともっと凄いことなのかも知れません」


と述べた。

大掃除

日曜日、立華さんがリリアンさんの家を早めに出たという事で、10時頃『店』を訪れてみるとしっかり『OPEN』が掛けてあった。入店すると笑顔で迎えてくれる。

「いらっしゃい。慌ただしかったけど、今日からは通常営業になるから」


「そうですね。あ、そういえば車の中に絵と『猫の置物』を積んでありますので今持ってきますよ」


そう言って車から荷物を取り出す。立華さんはさっそく絵を元の位置に掛けたが、やはりここにあるのが相応しいような気がする。絵の事で息子さんに訊いた話を立華さんに伝える。


「そうなの。『夢の中』でね…一般的な言い方をすれば想像力豊かな人だったんでしょうけど、独学で描いたような絵には見えなかったわね」


そう言いながら立華さんは『白猫の置物』を同じくカウンターに置いてある『黒猫の置物』の隣に置く。こちらもあるべき所に戻ったという感じだろうか。すると立華さんが私に確認するように、


「じゃあ本当に『返却』でいいのね?」


と訊いた。もし所有には意思が関係するとすれば、しっかり「返却する」と言った方が良いだろう。


「はい。返却で」


「分ったわ。まあこの後に何かが起るとは思えないけど、もしかしたら猫に変身するところとか人間に変身するところとかはこれでしっかり見れるかもよ?」


「そうだと良いですね。でも確かにその置物には幸せにしてもらったような気がします。所有しているだけでしたがこうして色んな出会いもあったし経験も出来ました」


「そういえばそろそろ一年になるのよね。貴方が最初に来た日もそうだけど、店をオープンした日が実は来週でね」


「ああ、そうですね!どうですか、商売の方は?」


それについては立華さんは少し苦笑いである。


「現実を突きつけられたって感じ。だからこそ今日もこうして店を開けて挽回しようとしてるんだけどね」


「思うんですが」


私はちょっと思いついたことを述べる事にした。


「ここで飲むコーヒーが結構好きなんですが、店と同時にそういう場所にする事って大変なんですかね?」


「う~ん…」


立華さんはかなり悩んでいる。


「実はそういう事を考えた事もあるんだけど…確かに悪くないわね」


「他にも何か手伝えることがあれば協力しますよ。何しろ『関係者』ですからね」


関係者という言葉は望さんの表現だが結構気に入っている。立華さんも目を細めにこやかにほほ笑んでいる。


「あ、そうだった!」


すると表情が一変した。何かを思いだしたようである。


「この前絵…と言ってもここに飾ってある別な絵を描いた絵描きさんに会った時に、大城さんの希望する絵のイメージを伝えたら『描いてもいい』と言っていたわ」


「え、本当ですか!?嬉しいなぁ」


「それでモデルになる猫の写真でも良いけれど、『実物を見たい』との事よ」


「そうですか。じゃあ私が行った方がいいのか来てもらった方が良いのか?」


すると立華さんは小さな紙片を取り出して、その絵描きさんの住所と電話番号をメモして渡してくれた。


「直接話してみるといいわよ。いい人だし、アトリエも見せてくれるかも」


「分りました。あとで連絡してみます」


その後、立華さんと朝河さんが「今何をしているのだろうか」とか「いつかまた会いたいですね」というような事を話しながら少し『店』の商品を物色する。初めて会う絵描きさんに会うときに折角なので何かプレゼントできないかどうか考えていたのである。それを立華さんに言うと、


「お勧めはこの『瓶』ね。実は絵の題材に良いってその絵描きさんがちょっと欲しそうにしてたから」


それはごく普通の瓶なのだが確かに静物画でこういうものが描かれているのをよく見る。


「じゃあ、それを」


「毎度ありがとうございます!」


しっかり商売人の顔になる立華さん。家に戻って早速絵描きさんに電話してみると立華さんから話が行っているのか会話がスムーズで『出来れば猫を連れて家に来てくれると嬉しいです』と言われた。先方は都合のいい日を教えてくれたが基本的に平日作業をしている時の方が対応しやすいとの事である。実は小さなお子さんがいるらしく、土日は地味に家族サービスをしなければならないらしい。例の絵を描いた人とは正反対なのでちょっと面白かった。その人も市内で、水曜日が野暮用で休みを取っていたので用事を済ませてから向かう事にした。


それからは「そら」と目一杯じゃれ合った。色々な予定があるのもそれはそれで良いのだが、「そら」と思う存分スキンシップを取る事は一種の癒しであると思うのである。夏を前にどんどん活発になる「そら」。ただ、「そら」と一緒に和室の床で寝っころがってみると白い毛がかなり抜けているのが分った。こういうのも猫飼いの悩みだが、それと同時に朝河さんが帰った後に掃除をしていなかったので思い切って大掃除をする事にした。


これがなかなかハードで、ちらっと和室の押入れを開けた時にガラクタなどで処分に困るものが見えて分別しているうちに日曜が終わってしまったという感じである。

朝河氏の帰還

次の日の早朝、立華さんが家にやって来た。そのまま朝河さんとリリアンさんのところに行くことになっている。そのまま朝河さんはあちらの世界に移動するそうだから事実上、これが朝河さんとの別れである。


「戻らないといけないとは分っていても寂しいですね」


「そう言っていただけで幸せです。でも、この世界を満喫したような気がします」


「それならば良かった。連絡するのは大変かも知れませんが、何かありましたら便りを是非」


「分りました。何か方法が無いか探してみます」


立華さんに朝河さんをよろしくと伝え、二人は車に乗り込んだ。庭で見送っていたが、ゆっくり動き出した赤い車は次第に遠くに行って見えなくなる。


「何だか静かになっちゃったな。そらはどう思う?」


家の中で静かに待っていた「そら」を撫でながら、そんな風に語りかける。「そら」は目を細めて気持ちよさそうである。数時間後、朝河さんから『無事到着しました』というメールが届いた。そして午後の3時の少し前、朝河さんから最後のメールが届いた。


『準備が出来たので、今から移動します。このタブレットは望さんに返却してもらいます』


5分後にその望さんから連絡があって無事あちらの世界に着いたらしい事が知らされた。ホッと胸を撫で下ろしたが、私は丁度この後に例の絵を描いた人の息子さんに会う予定になっていた。住所に移動してみると自分の家からそれほど離れていないというのが意外だった。呼び鈴を鳴らすと、扉が開いて小学生くらいの男の子が不思議そうに私の事を見ていた。咄嗟にこの人が孫なのではないかと思って、


「お父さんは居るかな?」


と訊いてみた。男の子は「うん」と頷いた。そして「おとうさ~ん、お客さんだよ!」と響く声で父親を呼んでくれた。その人は急いでやって来てくれて、


「ああ、これはどうも初めまして!ささ、上がってください!」


とすぐ部屋に上げてくれた。私が絵を持っていたのですぐに分ったらしい。客間と思われる場所で彼に絵を渡してみた。


「うん。これは父が描いたものだと思います。これに似た絵が家にも一枚飾ってありますよ」


と言って絵のある書斎に案内された。確かに二枚は良く似通っていて風景こそ違うが構図や色遣いなどは同じように見えた。


「お父様はどのような方だったんですか?」


一応聞いてみる。彼は、


「絵で生計を立ててるとかじゃなくて、しっかり普通の仕事をしてました。でも休日とかにふらっと何処かに出掛けて行ってずっと絵を描いていましたね。絵は独学だったみたいですよ」


「へぇ~でも絵は素晴らしいですよね。どこか幻想的と言うのか」


絵の事を褒めると息子さんも嬉しいらしく、


「そう言って頂けると嬉しいですね。私も父の描く絵は好きだったんですよ」


「絵を描くときに、題材について何か拘りのようなものはあったんでしょうか?」


異世界とか朝河さんの話をするわけにもいかないがこの辺りが重要だなと思ったと思った事を訊いてゆく。彼は、


「う~ん…何だったかな、確か『夢に出てきた場所』を探していると言った事がありますね」


「夢ですか?」


「ええ、父はよく色んな場所の夢を見るそうで、それに似ている場所だと描きやすいという事だったそうです」


「なるほど」


あまり長居するのもと思い、お茶を一杯頂いてお暇する事にする。直接的に異世界に関係していそうな事は分らなかったが、少なくとも描いた人ははっきりしたので良かった。朝河さんにメールで知らせようと思った時に<そう言えばもう連絡が出来ないんだな>と気付き、とりあえず立華さんに連絡する事にした。


そういえばメールについては水曜日の夜に見知らぬメールアドレスから『こんばんは、ジェシカです。ご主人さまにタブレットを買ってもらいました』というメールが『関係者』に一斉送信されていた為、朝河さんも同じ文面が届いていてそれぞれ返信していたのだが、家に帰ってきて「そら」に餌をあげた頃にそのジェシカ君から再びメールが送られてきた。件名には、


『朝河さんの移動の瞬間です』


とあって、動画が添付されていた。その動画はジェシカ君が買ってもらったというタブレットで今日録画されたもので、それはまさに普通ならCGでしか再現できないような瞬間だった。


『では名残惜しいですが、お別れです。もしまた機会がありましたら、またお会いしましょう!』


という朝河さんが最初に映っていて、


『マイケルさん、また会いましょう!!』


というジェシカ君の声も聞こえる。リリアンさんの声も聞こえた。その朝河さんが突然眩い光に包まれていったと思ったら次の瞬間には消失していたのである。そして『あ、ジェシカ、録画終わっていいよ』というリリアンさんの言葉で動画は終っている。



私は呆然としていた。


『凄い…』


と一言メールを返信したが、それ以上の言葉が出てこない。何度も見返して色んな事を考えるが、どう見ても編集したものではない。異世界の人だという事は信じているし他の話ももう受け入れている状態に近いのだが、こういう超科学的な現象を見せられるとどうも頭の方がついて行かなくなってしまうのが私であるようである。とりあえず立華さんと話がしたいなと思った。次の日『白の猫の置物』を返しに行くところだったから、丁度良かった。

絵をめぐって

月曜日から朝河氏は県立の図書館に通い詰めるようになった。と言ってもお昼過ぎには帰ってきているようで、仕事から戻ってくるまで「そら」の面倒も見てくれている。「何の本を探しているんですか?」と訊いたところ、

「ちょっと本業に関係する本と歴史の本ですかね」


という答え。水曜日辺りには数冊ピックアップが終わったようで県内でそれを探す方法もあるのだが、週末に立華さんとリリアンさんの所に行きたいという本人の希望もあるので時間的には難しかった。本についてはリリアンさんに任せることにして、その代わりに金曜日の夜、どこかいい店で外食をする事に決めた。水曜日以降、朝河さんは立華さんの『店』に出掛け一緒に調べ物をしていたので金曜日も私の仕事が終わり次第、合流する予定である。食事する店と言ってもこの頃は飲み屋くらいしか行っていないので、どういう店にしたらいいだろうかと立華さんに相談してみたところ、


「一応市内でちょっと良い割烹の店があるみたいよ」


と意外な情報。ネットでの評判も確認してみて良さそうだったので予約する。それは良いとして、私が自分が微力ながらも協力している例の絵の作者について関係していそうな情報を得た。知り合いから聞いた話だが何でも現在では存命ではないのだが、昔N市内の色んな場所を描いていた人が居たとこの事である。作品自体は基本的に欲しいという友人に譲っていた為、作品として正確に記録されているわけではないようで、立華さんが絵を譲り受けた時に詳しいことが分らなかったという事情とも整合性がある。知り合いからは描いた人の名前をうかがったので、自分なりに調べてその人の息子さんが現在も市内に住んでいると知ったので、


「とある『絵』の事でお聞きしたい事があって」


と連絡してみると息子さんはすぐ何のことか分ったらしく土曜日の午後なら会ってもらえるとの事だった。朝河さんは惜しくもその頃には少なくとも立華さんと供にN市を発っているので行けないので、私の仕事だと思って立華さんから絵を与り一人でその人の家を訪れる事にした。


「大城さんには本当にお世話になってばかりで、何とお礼を申し上げたものか…」


朝河さんはそんな風に畏まってしまったので、


「いえ、私自身も興味がある事なので」


と添えておく。木曜日の夕方帰ってくると朝河さんが絵を預かってきていた。それを見ているうちに私も実際その場所を確かめたくなって朝河さんに案内してもらってみて来ようと思った。「そら」に夕食を上げてから車で移動する。15分ほどで現地に到着するが、その光景を見てまさしく絵と同じ場所であることを確信する。夕方なので光の色が違うけれど、その光景もまたどこか幻想的で牧歌的だった。朝河さんは、


「なんだかこういう事を言うのも変なんですが」


と前置きをして言った。


「さすがに家が恋しくなってきましたよ…いやあちらの世界でしょうか?」


「そういう風になるかも知れませんね。朝河さんだから大丈夫ですけど、普通なら混乱しますよね」


「混乱するのは確かです。実際、自分が住んでいる町のように見えた瞬間が何度もありました。この家も…」


「今はだれも住んでいないようですね」


この時間でも灯りがついていないし人は住んでいないのだろう。だが、それほど荒れている様子はない。


「色んな事を考えてしまいますね。ふふ」


朝河さんは穏やかに笑ったけれど、彼が今どんな気持ちなのか分るような気もするし分らないとも言える。しっかり確認したので満足して家に戻る。満足ではないようなのは家で待っていた「そら」で、この一週間ほど朝河さんが相手をしてくれていて彼にも懐いているので、二人から置いてけぼりを食らった文句を「に”ゃ~」というようなダミ声で訴えていた。


金曜日である次の日残業などはしないようになるべく時間通りに退社する。一旦家に戻って「そら」に餌をあげてから『店』に直行する。朝河さんは午前中から『店』に居たようで調査の成果を訊くと、


「まあこんなもんでしょうね」


という事だった。やはり本来は時間が掛かる事だしそう簡単には成果はではないのだろう。だが朝河さんは明るい表情で、


「何も僕があちらに戻ったら全く調べられなくなるわけではないですし、機会を待ちつつゆっくり調べてゆくつもりです」


と言った。確かに現状それが一番良いようである。「とにかく今日は食事を楽しみましょう」という立華さんの言葉もあって、予約した時間より少し早めにお店に向かう。と言っても車で10分と掛からず到着する。店の雰囲気は落ち着いているし上品で、二階席はゆっくり話しながら食事をするのに丁度良い造りである。ぞくそくと運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら今日までの事とこれからの事で話が盛り上がる。話題の一つであった『猫の置物』について、朝河さんが


「もし大城さんが『白の猫の置物』を立華さんに返したらどうなるのでしょう?」


という質問をした時に、<確かにそろそろ返してみてもいいのかな>と思うようになった。問題は『いつ返すか』という事である。


「折角だから、朝河さんがあちらの世界に戻ったのを確認してからでいいんじゃないかしら」


私もそれが良いような気がした。という事は二日後の日曜日、立華さんがN市に帰ってきたらで良いだろう。


「それで何かが起るんですかね?」


明確に答えられる人は居ないかも知れないが訊ねたくなる。


「う~ん」


さすがに二人とも苦笑いである。こんな具合にこの夜は更けていった。

一日の終わり

続いて図書館に隣接している歴史資料館に入館する。入館してすぐに見える『ちょうちん祭り』関連の展示が意外にも女性陣に好評で、出る際にもお祭りの事を訊ねられた。地元民として祭りの宣伝はしなくてはと思うので朝河さんと声を揃えて「是非来てください!」と言ったりもした。肝心の歴史的な展示物については、その朝河さんが興味津々といった様子。もっとも歴史資料館自体は異世界の方の『N市』で研究家という性からか既に何度も行っているらしく、基本的には詳しいようだった。

ただ、

「まるで間違い探しをしているようだよ」

とも言ったように、全てが同じと言うわけではなく実際に資料を見てみての印象は思っていたよりも興味深いといった感じ。資料館自体がそれほど大きくはないので一通り見て回ってもそれほど時間が経過していない。『ちょうちん祭り』で手応えがあったので、それ関連でこの近くにあるN市の神社に行ってみる事にした。道中リリアンさんが、


「私、最近パワースポット巡りにハマってて、ジェシカもつれて神社とかよく行くのでお任せください!」


と意気込んだ。ジェシカ君は神社を見た途端、


「うわ~ここにもあったんだね、神社!」


と喜んだ。リリアンさんが言うには以前来たときにはここを通り過ぎたらしい。


私はここぞとばかりに知識を披露する。


「ここは『ちょうちん祭り』とも関係するんですが、地元の人にとってはやっぱり除夜の鐘がなる頃に集まるイメージですね」


今年も初詣に行っていたしそのイメージが強い。


「神社の場所も同じだね。あっちの方ではしばらく行ってないから丁度良いかな」


これは朝河さんが言った事である。それに対して意外にもリリアンさんが、


「え…それじゃ駄目ですよ!」


と注意した。彼女はこう力説する。


「神社と言うのは祀られている場所に行くことに意味があるんですし、そちらの世界の神社とは祀られてる神さまが違うかも知れませんよ?」


「え…?そうかな…?」


戸惑っている様子が見られる朝河さん。実際に祀ってある神さまの名前が朝河さんが知っているそれと微妙に違うという事を確認して、


「なんだろうね、この違和感は…でも親戚みたいなもので良いんじゃないかな?」


と少し大雑把にまとめる朝河氏さん。けれどリリアンさんは納得が行かない様子。


「ダメですよ!そもそも『世界』とか日本を見守ってくれているのが神さまなんだから、異世界の事までは面倒見切れませんよ!」


これには思わず吹き出してしまった。他の人もそうだったようである。


「何がおかしいの!?」


リリアンさんの憤りを望が宥める。


「いえ、神さまと異世界の関係を考える事って滅多にないと思ったので…でも確かにそうかも知れませんね、ふふふ」


私はそれに続ける。


「リリアンさんって結構ユーモアがある人なんですね!」


この言葉も納得がいかないようで、ジョークとかではなくリリアンさんは真面目にそう思っているらしい。拘りがあるという事は理解した。リリアンさんとジェシカ君の先導でしっかり拝礼を済ませて、望さんや朝河さんは記念におみくじを引いていた。神社の方に来るともう商店街の端っこで、駅が近いのでそこから引き返す事にした。帰り道に老舗でテレビでも良く取り上げられる和菓子屋に入店し、各々お土産などを買う。接客が素晴らしいところで『玉羊羹』という名物はウケが良い。若い女性の店員なのだが望さんに気付く人は居ないようで店を出て苦笑いをしながら、


「う~んまだまだ頑張らないとですね…」


と呟いていた。『店』に戻ったのは15時半。扉には「OPEN」の文字盤が掛けてあった。立華さんは商品を陳列している最中で私達が戻って来た事に気付くと、


「お帰りなさい」


と言った。ジェシカ君と望さんが、


「「ただいま!」」


と声を合わせたのが印象的だった。望さんは17時にはF市に戻ってなくてはならないそうで荷物自体はマネージャやスタッフに持って行ってもらったらしい。ただF市の駅の近くのホテルに私物があるそうなので一旦そちらに行かなければならないようである。その後新幹線で戻るそうだ。立華さんが『店』を開けているのでF市までは電車で行くつもりだと言ったのだが、それならばと私が名乗り出た。


「じゃあ、私が送ってゆくというのはどうでしょうか?」


望さんはすぐに、


「よろしくお願いしますね!大城さん!」


と言ってくれた。これはある意味で幸運かも知れない。一瞬、年頃の女の子を乗せるのは…という考えが脳裏を過ぎったが、どちらかというとVIPの送迎という気がする。となると、

「自分の車に乗ってもらうのもなんかちょっと気恥ずかしいですね…」


と思わず声に出してしまう。すると立華さんが意地悪そうな表情で、


「あら、良かったじゃないの!朝、残念そうにしてたもんね!」


と言ってくる。


「立華さん、勘弁してくださいよ~」


図星の部分があるので少し情けない声で言うしかなかった。その後、頃合いを見計らって望さんと『店』を出る。


「では、F市まで宜しくお願いしますね!」


車に乗るなり礼儀正しい望さん。話し易いようになのか望さんは助手席に座った。


「分りました!」


と返事するが私は微妙に緊張している。時間には余裕をもって出たので万が一渋滞でも遅れる事はないのだが、<安全運転を心がけねば>と言い聞かせた。移動中の会話は大分打ち解けたものだった。


「どうでしたか?N市観光は?」


これは最初に訊いてみたい事だった。


「うん、良かったですよ。N市でしか出来ない体験だったような気がします」


上々のようで悦ばしい限り。その日の話から次第に朝河さんの話に変わってゆく。


「昨日、朝河さんが家に泊まったんですが…」


と朝河さんの名前が出てきた時に、


「私もおじさまに会ったのは昨日が初めてでした」


という風に望さんが言うので昨日から彼とそれぞれどんな話をしたのか確認し合ったのである。望さんが朝河さんに最初に会ったのがコンサートの4時間程前。既にリハーサルは終えていて控え室で声だしをしながら待機していたところだった。望さんが言うには、


「ずっとメールでやり取りしてたからでしょうか、イメージした通りの人で初めて会ったという気がしませんでした」


だったそうである。私は自分の事情を話しつつこういうことを訊ねてみた。


「朝河さんが異世界の人だって、望さんは信じてるんですよね?」


「ええ。大城さんは?」


訊き返されたので私は正直に言った。


「やはり話や動画だけだと実感には至らないですよね。少し長く生きていると、常識に縛られてしまう事が多くなって」


「私は子供の頃から想像して遊ぶことが多いというのか、もちろんそういう経験が作詞にも活かされることがあるので悪いことではないんですが」


「そういえば作詞をなさっているんですものね。あーあの曲です、猫の…」


「『猫になって』ですね。覚えて下さって嬉しいです」


タイトルがちょっと曖昧だったけれど歌自体はしっかり覚えていた。


「あの曲って、そうか…」


そこで私は望さんが猫になれるという事を思い出して曲と結びついた。


「本当に猫になった時の気持ちをそのまま歌詞にしたんですよ。ふふふ」


望さんは微笑んでいるようだが、運転に集中しているのもあって肯定されたので単純に「そうなのか」と思ってしまう。よく考えてみると凄いことなのだが。そこから再び家でしていたいような『猫トーク』が始まる。望さんは家で猫を2匹飼っているようだが、「2匹だと大変ですか?」とか「ブログとかで写真見れるんですか?」とか、望さんと言うより猫飼い同士の普通の話になってしまった。


「是非ブログも見て下さいね!」と言われた辺りでF市の駅が近づいてきた。駅に到着して駐車場の停車場で望さんを降ろす。さすがに有名人にメアドを訊くのが憚られたので車内でもそれについては触れなかったのだが、なんと降りる際望さんの方から、


「メールアドレス交換しませんか?」


という申し出があった。


「ええ、良いんですか?」


「勿論ですよ。猫になったところを今度、ちゃんと見てもらわないと!それに私達、関係者ですよ」


有名人という事で気が引けていた部分があったのだが、彼女はそういう事は全く気にしていないようだった。よく考えてみれば望さんにとっては朝河さんの存在の方が凄いと感じるのかも知れない。それは話していて気付く事だった。『関係者』という響きは悪くない。


「そうですね。じゃあこちらが私のメールです」


何だかんだで結局交換してしまった。まあ『関係者』としての領分を守って、あまりプライベートな事は訊かない様にしようと自分を戒める。もしかすると朝河さんの事を任されたのかも知れない。少し責任感が出てくる。とりあえずそこで彼女とは別れ、「リリアンさん達によろしくお願いしますね」と言伝を預かる。駅の方からどこかに歩き出す望さんを車中で見送る。するとその時、スマホにメールが届く。送り主は朝河さんだった。


『立華さんの店にあった絵について確認したい事があるので皆さんで出掛けています。実はあの絵が、私が住んでいる家の風景にとてもよく似ているのです』


確かに『店』にはいくつか絵が掛けてあった。<どの絵の事だろう>と思いつつも、

『分りました。こちらは今望さんをF市の駅に送り届けたので『店』に向かうところです』


とメールする。あまり長い時間停車は出来ないので、そこで車を出す。『店』には17時半頃に着いたのだが、立華さんの赤い車も同時に戻ってきたところだったようである。朝河さん達から詳しい話を聞くと、異世界の『N市』で朝河さんが住んでいるのは山の方の木造の家だそうで、確かに『店』の中にはそういう光景の絵が飾ってある。私はこれを以前に見た時は幻想的だとか思ったのだが、普通に地元にもこういう所があるのは知っていた。高原がそうである。立華さんはその絵の事についてよく知らなかったらしく改めて今判明して悔しそうにしていたが、もともと地元の人ではない事を考えると「仕方ないことですよ」とフォローせざるを得ない。その絵についてもこれから描いた人を調べたりすれば、何か興味深いことが分るかも知れないというので、その調査の協力に名乗り出る。


その辺りでその日は解散という事になった。その時、朝河氏が今後の事について、


「明日以降の事ですが、とりあえず僕はF市の県立図書館に行ってみたいと思います」


と述べた。やはりというか朝河さんはF市の事もしっかりしっているのだなと実感する。そこは確かにF市の駅から歩いてゆける距離であり、F市までは電車で移動すればいいので彼の自力で行けるところだった。明日には帰るというリリアンさんやジェシカ君とも仕事の関係で多分これでお別れになるのでしっかり握手をしておく。


『店』を出て家までの帰路、朝河さんが、


「今日は本当にご苦労様でした。明日以降もお手を煩わせるかもしれませんが、宜しくお願いします」


と丁寧に言ってくれた。個人的にはとてもいい経験だったような気がする。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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