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淡く脆い ⑪

恒例となりつつあるが芳井さんと待ち合わせたのは駅前。つまりは芳井さんの町と言っても良いのだが、そこで待ち合わせて近くのファミレスで彼女の友人を待つ予定になっていた。再びボーイッシュな装いで待っていた芳井さん。この日は少しばかり肌寒く、履いていた長いジーンズは新鮮な感じがする。


「今日ちょっと寒いよね」


彼女を目にして最初に出てきた言葉がこんな具合になってしまったが、


「そろそろ秋物用意しないといけないですよね」


とごく自然な感じで会話が始まる。


「片霧さんももう「秋」って感じの色合いですね」


芳井さんに指摘されたようにこの時結構渋めの色合いの薄手のジャケットを羽織っていた。肌寒いとはいえ、暑苦しい格好では浮いてしまいそうな気がしたのだ。


「もともと渋い色が好きでね。おじさんが好むようなファッションに実は憧れてる」


「ああなんか似合いそうですね」


この言葉に思わず軽いため息が出てしまう。


「これが時々無理してる感じになっちゃうんだよ。似合っているかどうかって自分では分らないものでさ。前友達に言われた」


駅周辺は前と同じように人がそんなに居ない。だからお互いの笑い声がよく聞こえた。


「さて、じゃあ行きますか」


この日の目的を考えると、先にファミレスで打ち合わせをしておいた方が良いように思えた。移動は5分程で、橋とは反対方向の道を歩くといかにも『フランチャイズ契約してます』的なファミレスが風景に溶け込むように建っていた。


「わたし思うんですけどファミレスってほとんど長話する場所ですよね」


「ああ、そうだよね。むしろ長く居座るためにあるような場所だと思う」


そういえばこのファミレスは地元にもあって、そこで昔友人とよく集まっていた記憶がある。酒が飲めない高校生にとってはドリンクバーというシステムは魅力的なのである。案内された席に座りながらその話をしていたら、芳井さんに物凄い勢いで同意された。


「むかしこういうところのメロンソーダが大好きだったんですけど、最近自販機でもそのメロンソーダが売られてるのを見てテンション上がりました!」


「俺、最近酒ばっかりだな。そんなに好きじゃなかったビールの味が分るようになってからはもう「とりあえず生」っていう気持ちがよく分かる」


「わたし、酒はちょっと…」


「え、ダメなの?まあそういう人少なくないしね…」


「いえ…そうではなくて、笑われちゃうかも知れないんですけど…『酒乱』っていうんですか?あれです…」


「あ…」


事情を察してしまうのが何だか申し訳なるくらい、芳井さんが酒で羽目を外している光景が脳裏に浮かんでしまった。


「ちょ…いま想像したでしょ!!多分そんなに酷くないですよ!!ただちょっと、気持ち良くなってべらべら喋ってしまうらしいですね」


焦って撤回しようとするも語尾のトーンは下がり気味だった。そういえば芳井さんは誰と酒を飲むのだろう?そのまま訊ねてみる。


「それが今日くる友達です。前にも言いましたけど一番相談に乗ってもらってる人で、二十歳になってお酒が解禁になって初めて飲んだ相手もその友達で、その日はやばかったらしいです…」


「そうか…友達には恥ずかしいところを見られてしまってるのか…そういえばその友達の名前って…」


と言いかけたところで、颯爽と入店してきた女性が目に留まった。寒さをものともしない派手な格好で、黒髪だがその風貌は何となく外国人のようにも見える。その女性はこちらを見て、勇み足で近づいてくる。


「里奈」


その女性の声には何となく苛立ちや焦りのようなものが含まれているように感じる。


「マリ…あ、座ってよ」


芳井さんは奥の方の席にずれ、開いたスペースに「マリ」と呼ばれた女性はストンと腰を降ろした。


「この人?片…なんだっけ?」


同じような口調で若干荒々しくこちらの方を振り向く女性。


「片霧さんだよ…」


女性のこの態度は実は予想されていた。ファミレスに移動している際に「今日もしかしたら友達失礼な事するかも知れません」と言われていたのである。


「片霧です…どうも、「マリ」さん?」


多少緊張するというのか若干ヒヤヒヤしながら自己紹介をする。「マリ」さんはこちらを鋭い目つきで刺す様に見て、


「御堂よ。御堂マリ」


と短くしかしながらはっきりとした声で言った。


「じゃあ御堂さん。話もあるだろうけど、とりあえず何か頼もうよ。まだ俺達も頼んでないから」


「…うん。じゃあそうしましょう」


少しばかり違和感を感じる。その正体はこういうこちらの提案も一つ一つを品定めするようなちょっとした間であった。その結果なのか最初に感じていた棘も僅かに緩和したように思える。御堂さんの隣で「ふぅ」と息をついた芳井さん。その後気を取り直して、


「じゃあわたしパスタで…こういうところのたらこパスタ好きなんですよねぇ」


と言った。御堂さんが「じゃあわたしもそれで」と言ったので自分は違うものをと思い、和風パスタとサラダを注文する事にした。設置してあるボタンを押して店員を呼んで恙なく注文をする。その女性がオーダーを伝えに行ったのを見計らって、


「その…俺に話があるってことなんだよね」


と思い切って本題に入ってみる。御堂さんは一瞬誰もいない横の方を見て、こちらに向き直して言った。


「あなた、私の事どう思ってる?里奈から話聞いてるんでしょ?」


これは意外な質問だった。てっきり芳井さんが女優を諦めるという事の説得に関しての話だと思ったからである。だが彼女にも何か意図があると思い、


「多分、芳井さんの親友なんだと思います。芳井さんの事何でも知ってるんじゃないですか?」


という風に素直に答える事にした。御堂さんはゆっくり頷いて、視線だけを下げたかと思ったら先ほどよりも強く訴えるような目でこちらを見つめ、


「里奈の事なら何でも知ってる。この前会って、最近里奈が変わってきたのも感じてる」


と伝えてきた。これをどういう風に取るかだが、要するにその変化がどうなのかという事なのだろう。


「それは良い変化ですか?」


こう云うと御堂さんが目を見張るようになって、


「あなたなかなか鋭いね」


と感心された。けれど、


「変化って、良い事ばかりじゃないし、かと言って悪い事ばかりじゃないと思う」


と深い洞察を感じさせる発言は必ずしも「良い変化だ」と言えるわけではないような気がする。実際、


「私は変わって欲しくなかったのかも知れない…」


と少しトーンを落として言った言葉が気になる。それを聞いていた芳井さんは複雑そうな表情である。


「もしかして、話したい事ってその事なんですか?」


と思い切って推論を述べてみるとこんな返事があった。


「それだけじゃないわ。ちょっとあなたに興味があったのよ」


この発言の受け取り方にはそんなに迷わない。名前を覚えられていなかったことと最初の態度を考え合わせるとそのままの意味なのだと分った。


「本当に興味ですね。私もあなたに興味がないと言えば嘘になります」


穏やかにだが自分の出来る限りの誠実さをもってこう応えた。すると御堂さんは「ふふ」っと軽く笑い、こんな事を言った。


「噂通りの人ね。でも里奈の事ちゃんと考えてくれている証拠だよね」


それはこちらが答える必要のない御堂さん自身で確かめているような問い掛けだった。


「何か二人でどんどん話が進んじゃって、すごく真剣だね」


「あなたの事で真剣になってるんだけど…。まあこういう子だから、こうせざるを得ないのよね」


御堂さんが言っている事は御堂さんと芳井さんを比べているとよく分かる。こちらが一度それに頷いたのを見て、御堂さんは安心したのかこちらに笑いかけた。
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淡く脆い ⑩

「んで、普通にご飯食べただけ?」

「そうだよ。俺の事よく知ってるだろ。それより先は何もないさ」

「分るけど。分らん」

場面は変わって一週間後に友人宅で寛いでいる時、芳井さんとの出会いに始まって彼女と一緒出掛けた事をなるべく具体的に友人に伝えていた。友人の仕事も一区切りがついて、話したい事もあるらしいので呼ばれたのである。最初に「この前ある女の子と知り合った」と漠然と話したら当然かもしれないが相手がかなり興味を持ったので自分の考えも含めて述べたところ、レストランでディナーを採った後の事について気になったようである。


「相手は何か言ってなかったか?」


これは芳井さんが夕食後に何か言ってこなかったかという意味だろう。結論から言うと特に何も言っていなかった。小さなレストランは駅から少し離れていたが、ゆっくり話が出来る雰囲気で和やかなムードで食事ができた。帰る方向は一緒なので違う駅で降りるまでは一緒に電車に乗っていた。芳井さんが降りたところで「じゃあまた」と言って手を振ったくらいだろうか。


「お前がそれでいいんなら、それでいいんだけどな」


「むしろそれで悪い理由がない」


いつものノリでそんな軽口を叩くと相手は「ふっ」っと笑った。何となくだが仕事が片付いたのもあって大分余裕がある表情に見える。


「ところでそっちの話って何よ」


「うん。それが、実家の方に戻る事にした」


「は?」


一瞬彼が何を言っているのか分らなかった。


「どういう事?帰省ってこと?」


「んにゃ。そうじゃなくって、田舎の方で職探し」


「え、どうして?今の仕事上手くいってるんだろ?」


「まあお前も知ってるだろうけど、俺長男だろ。だからさ」


「いや、分らない事も無いけど、なんで急に?あ、両親になんかあったとか?」


「そうじゃないんだけど、あんまり変わらないかもな。いずれそうなるだろ。親父が糖尿病とか」


糖尿病という言葉が突然出てきたので戸惑ってしまったが、知識として悪化するとよくないという事は知っていた。


「そんなに酷いのか?」


「まあ今のところはそうでもないんだが、やっぱり誰か居た方が安心すると思ってな。俺もずっとこっちに住むつもりはなかったし」


「急だな…すぐの話なのか?」


「まああと一年くらいは今の仕事を続けながらあっちでの仕事も探してみようと思ってる。ちょっと大変だけどな」


ここまでの話を聞くとしっかり考えられている内容だったし、引き留めるわけにもいかない気分になった。


「そうか。考えてみると高校時代からもう10年くらい近くに住んでるもんな。大学まで一緒だし」


すると友人は過去を振り返るようにこんな話をしてくれた。


「就活の時もよく考えるとお互いに合わせてたように思うな。お前と居ると気が楽だったからな」


突然そういう事を言われると妙に気恥ずかしいのだが、気が楽だったのはこちらも同じだった。


「ただ、今の仕事に未練はないのか?せっかく大きい仕事任されたのに」


「ああ、だからそれは立派なキャリアだと思って頑張ってやったよ。むしろやり遂げて「ああ自分は何処でも同じことが出来るな」って思えた」


「あっちで仕事あるかな…?この前帰ったら大分厳しいって言ってたぞ」


「なけりゃ、いざとなったら起業してもいい。今はそういう時代だろ」


「まあ分らなくもない」


こんな具合に話は続いて、分った事は友人の決意は固いという事だ。やむを得ない事情で仕方なく田舎に戻るというよりはむしろあっちでも自分のやりたい事があるような口調だった。こういう所は尊敬している部分なので素直にエールを送ろうと思った。


「そんな事より、お前の方が今大事なんじゃないのか?」


そんな時に突然こちらの話になったので少し戸惑ってしまった。


「ああ、そういえば折角だからお前に紹介しようか?」


そこで深く考えず提案してみた。すると神妙な顔つきになって、


「いや、微妙だろそれ。俺はそんなに野暮じゃないよ」


「『野暮』とか、そんなに気にすることないと思うぞ。だってそっちは付き合ってる人いるじゃん。あ、ってかそれで思い出したけど彼女とはどうすんの?」


「まあ、どうなるんだろうな?なるようになるんじゃね?」


「そういうところは尊敬しないなぁ…」


ある意味流れに任せるよりもっと深刻に考える内容ではないだろうか。


「俺の事は何とかなるから、とにかくお前の方だよ。余裕がなかったとはいえ、この前ちょっと対応が雑になってしまったから今度はしっかり対応させてもらう」


「…ってか面白がってるだろ」


「半分な」


そこで二人顔を見合わせて笑い合った。多少あっさりしている部分があるのは否めないが、気持ちのいいの友人なので是非とも芳井さんに紹介したいところだが、それは少し後になりそうである。そういえばレストランで芳井さんとこんな事を話していた。


「近くにいるお友達って、どんな人ですか?」


「ああ、高校時代からの…腐れ縁とは言いたくないくらい一杯話した奴だな。隠す事が何にもない」


「へぇ…男の人同士の友情って憧れます。女の子は結構相手に言えない事とかもあったりですよ」


「明日話す友達もそうなの?」


その友達の事を訊くと彼女は眉根を寄せて少し困ったような表情で呟いた。


「いえ…彼女はむしろ全部訊こうとするんです。しかもその子が色々決めちゃうこともあるし…面倒見がいいんです」


「ああ、だからかえって話せない事もあるのか。でもそれって相当好かれてるよね」


「なんというか、これはわたしの考えなんですけど、彼女はわたしの夢を応援しつつ自分の夢を託しているような、そんな風に感じる事があります」


「へぇ…」


話を聞くだけで大体どんな人なのか想像出来てしまう。


「それは別に良くって基本的にはその子の事頼りにしてるんですけど、『あの人とは付き合っちゃダメ』とか…」


「ああ、それで…」


彼女が恋愛をした事が無いというのも何となく説明できるような気がする。その時はちょっと苦手なタイプかも知れないと思った。



話す事も話したので友人宅でスマホを弄りながら過ごしていた。ちなみにスマホにはこの前買ったキーホルダーがつけてある。ガラケーならともかくスマホなので若干違和感があるが、今度芳井さんと会った時にがっかりさせないようにしたいところ。するとその時スマホに一通のメールが届いた。


『片霧さん、明日会えませんか?なんかどうしてもわたしの友達が片霧さんに会って話がしたいって聞かないんです』


文面からも焦りが伝わってくる。メールを読んで表情が険しくなっていたのか友人に、


「なんかあった?」


と訊ねられる。思い切ってメールを見せてみると、


「ああ、芳井さんって子の友達か。なんか面倒くさいことになってるみたいだが、助けてやってもいいぞ」


と意外な提案。もっともそんなことをしてしまと場がややこしいことになるのは目に見えていた。だからとりあえず、


「いや、何とかやってみるよ。でもメールくらいは送るかも知れない…」

とだけ言っておいた。つまり明日芳井さんと会うつもりである。

淡く脆い ⑨

駅周辺を歩きながら目に留まった処に立ち寄ってみるという行動になってしまったのだが、友人と歩いている時には存在に気付かなかった店や物がこの時は妙に視界に入ってきて、多分芳井さんが気に入りそうなものを探していたからだろうなと思った。芳井さんの方も、


「なんかこの辺、いつもと違って見えますね」


と同じような事を感じていたものと思われる。男物と女物のそれぞれの洋服を見たり、ちょっとした雑貨やグッズの置いてある店を隈なく探してみて、微妙に前から欲しいと思っていた有名なビーグル犬のキャラクターのキーホルダーがあったので買おうと手に取ったら、


「片霧さんそういうの好きなんですね。意外…」


と言われてしまって自分では普通だと思っていたのでこちらも意外だった。思わず、


「え、男でも結構好きなんじゃないの?」


と言ってしまったのだが、


「どうですかね?知り合いの女の子でグッズ集めている人いますよ。柔らかい感じがしますしね」


「そうか。むかしアニメを見た時に大人向けのジョークが多かったのが印象的でそれ以来集めてるんだけどね」


「なんでしたっけ。ナッツじゃなくて…」


「惜しい!ピーナッツだよ」


「わたしも買おうかなぁ…お揃いで」


「お揃いで」と付け加えた時の表情はまるでこちらの反応を窺うようなものだった。気のせいでなければ意識されているような気がする。


「いいと思うよ。じゃあ俺が出すよ」


「いいえ…そんなつもりではなくって。記念に欲しかったので…」


「う~ん。こういう時って微妙だよね。面倒くさいから出しちゃうよ。別な時に何か出してね」


「あ、はい」


同じものを2つ会計に持ってゆくと、上品な女性の店員が眩いばかりの笑顔で接客してくれたのでちょっとドキドキした。考えてみると女性向けの雑貨店なので雰囲気が違うのだろう。


「はい。どうぞ」


忘れると困るので早速渡した。


「ありがとうございます。じゃあケータイに付けときます」


「ああ、そうする?俺は保存かな」


「え…?使わないんですか?」


ここでも自分にとって普通の発想だったので、困惑されると戸惑ってしまう。もっとも、『お揃い』というワードが出てきたのだからどうしたほうがいいのかは若干気付いていたけれど。


「俺も使うべきなのかな?空気を読んで?」


「…空気読めるのに、気にしないのってイジワルですよ!」


「イジワルなんじゃなくって、照れくさいって感じかな」


素直に言うと芳井さんはちょっと「ふぅ~」と溜息をついて、


「片霧さんと居ると、色々勉強になります」


と良い意味で取っていいのか判断に困る言葉が返ってきた。その後、時間もまだそこそこあったので少し自分の趣味の方向に走って電化製品の店に立ち寄る事にした。芳井さんは、


「あたし、最近こういうところ来てないや。去年パソコン買って以来だなぁ…」


と呟いていたが、電化製品を見るだけでテンションが少し上がってしまう者としては何となく人生を損しているように思えてしまう。


「家電は凄いよ。進化が半端ないから。しかも品質が上がってるのに安くなるのが凄いよね」


少しばかり熱を込めて言ったので彼女が引き気味なのが分った。けれど、良さというものは実感すれば疑いようがないからむしろ引き込んでやろうという気持ちになる。


「これとかだよ」


最初にお馴染み吸引力抜群の掃除機の前でそれがいかに凄いかを熱弁する。といっても素人に毛が生えたくらいの詳しさなので、どこかしら抽象的な言葉ばかりが並んでしまう。芳井さんは躊躇いがちに、


「その…とにかく吸い込む力が凄いんですね。でも思うんですけど、小さいアパートとかでそんなに使わない場合とかは」


と指摘する。確かに、床の面積が小さい場合にもこういう強力な機器が必要になるかというと微妙なところである。というか正直不要である。


「確かにそうだね。で、でもこっちは凄いよ。米でパンが出来る!」


気を取り直してたまたま目に留まったものを紹介しただけだったのだが、こちらの方はわりと反応が良かった。


「え…?米からパンって出来るんですか?」


「米粉とかって知ってる?ほとんど小麦になるよ」


「ああ、米粉ならちょっとブームになりましたよね。そうなのか…時代に取り残されている気分ですね」


「まあ俺は持ってないんだけどね…」


「価格もお手頃ですね。パン派には必須かも知れないですね。わたし米派ですけど。でも友達にパンしか食べないって子もいるから、教えてあげようかな」


こんな感じで一通り見回って知識を披露できたので満足していると、


「片霧さんが家電なら、わたしはちょっと恥ずかしいですけどサブカルチャーの知識を…」


と有名な青いアニメショップに案内された。


「これです。実写化された作品の原作も気になって見てみたら、ハマっちゃって…」


それは単行本のコミックだった。確かにこのタイトルの映画が俳優の関係で有名になっていたような気がする。


「あ~ちょっと知ってるかな。少女マンガだね?」


芳井さんの説明によると甘酸っぱい青春ラブストーリーだけど、『風なんとか』くんと貞子っぽい女の子の性格が良過ぎて泣けてくるのだそうである。


「俺はアニメとかはまあ嗜む程度だけど、世代的に『涼宮さん』は外せないよね」


その作品の事を個人的に『涼宮さん』と言い習わしているだけなのだが、彼女もそれで分ったらしい。そしてこんな質問をしてきた。


「あの作品で言うなら、宇宙人と未来人と『涼宮さん』のどれが好みですか?」


「…難しい事を訊いてくるね…。友人は宇宙人派だったけど、緑髪の先輩ってのはダメ?」


「まあいきなり『超能力者』と言われるよりはマシですが、う~ん。じゃあ二択で『涼宮さん』と宇宙人とでどうですか?」


「その二択だったら、めっちゃ悩むね…。『涼宮さん』の方はちょっと図々しい気がするし、宇宙人の方は大変そうだなぁって思うし…」


「…」


何故かこちらをじっと見守っている芳井さん。


「でもタイプかどうかってよりは保護欲を刺激されるのは宇宙人で、『涼宮さん』は自分にはもう若さが足りないかも知れない…疲れちゃうかも」


「分りにくいですが、という事は宇宙人の方ですか?」


「恋愛にはならないかも知れないけどね」


「…」


またしても無言になってしまう芳井さん。だがしばらくして、


「片霧さんの事、何となく分ったような気がします」


と呆れ顔で言われた。でもすぐ笑顔に戻る。


「でもこういう話をしてると楽しいです!」


それは自分も同じだった。趣味というのは相手の事を知る入口だというのは多分本当なのだ。そして何気ない会話の中にも大切なことが含まれていて、知らず知らずのうちにお互いの事が分っていくのだろう。

掌のワインディングロード ⑦

10月になってそろそろ府中が開催となるのだが、気温の方も下がってきたのもあり早々に体調を崩してしまった。体力には自信がある方だが、流石に連勤で睡眠時間を削り過ぎていたのかも知れない。当然だがバイトは休ませてもらった。ダウンしているとはいえ殆どの事は自力で出来るのだが、ちょっとした看病をしてくれる細井さんと大井さん。二人に、


「あんまり無理をすると元も子もないよ」


と言われて僕としても同意したい反面、生活費を稼ぐためにはどうあったってどこかで頑張らなければならない世の中だ。自分には大した技能もないし、学だって大学中退では中途半端過ぎる。中退以後は当然のことながら仕送りも無く自力で生活するしかないのだが、いっその事普通に就職を目指すのもいいのかも知れない。けれど昼夜逆転に近い生活をしていると、午前中にハロワに行こうという気力がなかなか出ないのも事実。けれど細井さんも就職の事では色々経験しているらしく、


「ずるずる行ってしまうなら何処かできっぱり辞めるのも手だよ」


とアドバイスしてくれる。ただバイトの方も急に辞めるというわけにもいかないのでとりあえず今年一杯は今のバイトを続けると決めた。そう伝えると二人はお互いに顔を見合わせて「仕方ない」というようなちょっと困った表情になった。赤の他人というには彼等とあまりに親密になってしまっているので、当然心配をかけているんだろうなと思う。本当にちょっとした踏ん切りの問題なのだ。



ところでその週の競馬は中山最終週だったのだが流石に競馬場に行くのは憚られ、午後からBSで観戦していた。競馬専門のグリーンチャンネルに将来的には加入したいのだがBSもなかなか頑張ってくれていて、夏の開催は専らテレビとネットを駆使しながら見ていたのであまり不満が無いのも確かだった。日曜は中山でオールカマー、阪神で神戸新聞杯というGⅡがあった。休んでいた間、スマホで出走馬を確認したり掲示板を見たりしていたので今回のレースの見どころは良く分かっていた。実際日曜にはすっかり身体も回復していて、よく眠ったお陰かいつもより冴えていたような気がする。


「今日のオールカマー?っていうレースはなんか凄そうだね。メンバーが」


細井さんが競馬新聞を見ながら訊ねてくる。


「ええ。今年は揃いましたよ。例年はGⅠには手が届かない馬とかになっちゃうこともあるんですが、今年に限って言えば宝塚記念馬と去年のダービー馬が出ますからね、ハイレベルと言っていいと思います」


「そもそも、GⅢとGⅡって何が違うの?」


大井さんの質問は基本的かも知れないが、割と感覚的に捉えている場合があるので事実を伝える。


「賞金ですね。GⅡは5、6千万くらいだし、GⅢは3千万円くらいだと思っていれば大体の場合はOKです。ただし2歳馬だと賞金が全体的に低くて、GⅠでも古馬のGⅡくらいになってしまうと思います」


「え、2歳が少ないのってなんで?」


これは実は難しい質問である。そう決まっているからといえばそれまでだが、自分なりにはこう思っている。


「多分レベルの問題だと思います。2歳だと500万下を勝てばオープンだし、出走馬も500万下条件の馬とかが格上挑戦してくることも多いですし」


「なるほど。やっぱり格の問題なのね」


ここは想像で話しているのでできれば大井さんも自分で調べた方が良いと思う。けれど競馬歴が浅い段階で情報量がとんでもないサイトを検索するのも酷だし、やはりそろそろ初心者むけの解説書があると良いなと思った。そんな事を考えているうちに、いよいよ神戸新聞杯の時間になった。


「ここはクラシックに繋がるんでしょ?なんかそういう見出しのニュースがあったような気がする」


「おお、詳しいですね。そうですよここで3着以内だと、クラシック最終レースの菊花賞に出走できる権利を得られるんです」


なんだかテンプレートで競馬ゲームの秘書の説明みたくなってしまったけれど、それは紛れもない事実である。


「3着か。でも3着までってそんなに意味があるの?」


「実はあるんですよ。稼いだ賞金が少ない馬でもこのレースには出れるけれどGⅠに出走するには足りない馬でも3着になれば優先的に必ず出走できますからね」


「あ、そっか。でもそういうパターンで本番で来た馬っているの?」


「それもよくあるんですよ。去年3着のトウシンジャッカルも本番で見事に勝ちました。今度『あがりうま』って検索してみて下さい。面白い例が一杯分りますよ」


「なるほど。じゃあ注目だな」


まさにそう言った瞬間にレースが始まった。ゲートで2頭が出遅れたものの、他はスムーズ。逃げる馬が一頭いたのでコーナー入口で早くも隊列が決まる。逃げている馬は格上挑戦の馬なので、もしかすると一発を狙っているのかも知れない。大逃げにはならず、隊列も段々短くなる。15頭立てだが、こうなると前の馬に有利だなと思った。


前半の1000を1分1秒という馬場を考えると少し遅いタイムで通過。後続で早くも押し上げてきた馬が一頭いた。2番人気のクライイングハート産駒ブレイクリミット。一番人気のドリームインパクト産駒デイバイデイが番手で絶好の展開。コーナーになって、デイバイデイが外から先頭に並びかけた。


そして直線デイバイデイが弾ける。早くも決まったかと思ったら、外からブレイクリミットが鋭い脚で伸びてくる。半馬身ほど詰め寄ったところがゴール。人気通りに収まったと思いきや、3着に逃げ馬が残り、3連単はなかなかの高配当になった。


「ああ、ああいうパターンもあるのね…」


大井さんは逃げ馬に注目していたようである。3着なので本番も出走できる。


「3着だから本番逃げるとこういう馬は面白いですよ!」


そして大分予想していたオールカマー。宝塚記念馬「ラッキー」とダービー馬「オンリーワン」は実はどちらも買い難い。どちらかといえばラッキーの方だけれど、オンリーワンの実力が未だに良く分からない。その2頭よりは7番人気のシンクエリス産駒のマイヒメという牝馬が何となく走りそうな気がした。けれどこれは殆ど勘のようなもので、根拠はないに等しい。いつものように気になる馬を細井さんに訊ねられてマイヒメと答えたのだが、


「う~ん…ここは素直にラッキーでいいんじゃないのかな」


と困惑していた。


「まあ見てみましょう」


大井さんは早くも画面に集中している。



レースは終始ラッキーを中心に動いていた。オンリーワンは直線で良い伸びを見せたが3着まで、ラッキーが先行して脱け出した時の安定感は半端なかった。そしてマイヒメだが、中山ながら最後の最後で大外から一気に伸びてきて4着。勢い的にはもう少し長ければ…と願いたくなるような伸び方だった。


「ほんとタラちゃんって良い馬見極めるよね。こんな馬が来るとは思えないもん」


「まあ、偶然ですよ。4着だから実際馬券圏外ですし」


「でもその偶然は、もしかしたらタラちゃんの見る目なのかもよ」


大井さんの言葉で何となくそんな風にも思えるのだが、いちばん困るのはこの勘みたいなものが性質上何故そうなのかが上手く説明できない事である。理屈じゃないものを信用できるかどうか、それはとても難しいような気もする。

淡く脆い ⑧

あまりシリアスな話ばかりになるのも良くないと思い、なるべくさきほど見た映画の話をしてみる。「映画は良いね」と素直な感想を言うと嬉しそうに微笑んでくれた。

「DVDとかでは見てるような言い方でしたけど、最近見た映画は?」

この質問には、

「伊坂さんの作品は独特で好きだよ。原作も一通り読んだし」


「ああ、いいですよねぇ、伊坂さんの。確か舞台が『仙台』なんですよね」


「うん。だからちょっと親近感あるんだよね」


「親近感ですか?『仙台』に住んでたとか?」


「まあ似たようなものだね。もともと東北地方っていうのは仙台が代表っていう感じだから、大きなイベントで行く事が多かったよ」


「『仙台』といえば甲子園で惜しかったですよね」


「あ、甲子園とか好きなの?俺はあんまり野球知らないんだけど」


「わたし中学生の頃、ソフトボール部でそこそこ知ってるんですよ」


「へぇ~意外だね」


「高校の時にソフトボール部が無かったので、何に入ろうかなと思ったら演劇部が面白そうだなぁと思って。そしたら部で一番熱心になっちゃって」


話は脱線していったのだが芳井さんの過去がだんだん分ってきた。前会ったときにボーイッシュな格好をしていたのも本来はスポーツを好む活発な女性だという事なのだろうと漠然と了解した。ここから同じ話になる事を気にしたつもりではないけれど自分の事ももう少し紹介したいと思ったので、


「俺、中学校の頃は科学部で今思うとよく分からない実験をしてて、高校のときは帰宅部。不真面目だなぁ…」


とカミングアウト。厳密には爽やかな青春に憧れてバドミントン部に入部したものの3週間で挫折したという過去があった。だがそれは最早入部したという経験にすらならなそうなので帰宅部と紹介して正しい。


「片霧さんって、学生時代の友達とかって今でも連絡取りますか?」


「ああ、少ないけど居なくはないよ。中学時代と高校時代の人。高校時代の友達は結構近くに住んでる」


「いいですね!わたしが連絡を取ってるのも高校時代に出会った人たちで、ちょっと連絡できなかったけど、この前勇気を出してメールしてみたんです」


これは良い話題だった。確か諦めるという事を伝えられなかったという話だったが、仲の良い友人と話が出来ないというのは結構辛いことだと思う。


「それは良かった…のかな。どうだった?」


すると彼女はとても言い難そうに、


「それが、友達の一人はメールだけじゃわからないから直接会って話をしようって。それが明日なんです。他の子は残念そうでしたけどそういう話にはならなかったですね」


「え、そうだったんだ…じゃあ、明日ファイトだね」


「実は、その人が一番応援してくれてたんです。高校時代の演技を見て「感動した」って言ってくれた人で」


「何となくだけど想像できた。でもきちんと話せば芳井さんの気持ちは分かってくれると思うよ」


「そうですよね。ところで、次どこいく流れですか?何となくこっちまで来ちゃいましたけど…」


芳井さんが指摘するように、既に和菓子屋兼、甘味処の近くまでやって来ていた。


「今日も食べてく?」


「う~ん…次回ですかね…今日は夜も食べに行くんで」


「そうする?じゃあ、とりあえず駅から2駅移動して、うん、あの付近でちょっと歩きながら」


「分りました」


実際、そこで何をするかはまだはっきり決めていなかった。漠然と一緒に入って楽しいお店などがあればそこに行こうと思っていたのだが、夕食の7時まではまだかなりの時間がある。2駅移動して、相変わらず賑わっている駅前でブラブラと歩きはじめる。


「ここは結構来るんだけど、っていうか遊ぶときはいつもここなんだけど」


「私もそうですよ。やっぱりこの辺りが一番色々ありますし」


「普段どういう所とか行くの?」


「普通かも知れないですけど洋服とか見たり…ですかね」


「恥ずかしながら、女の子と出掛けたりしたことないから分んない事が多くて…」


「え…?」


するとこの発言に芳井さんは明らかに動揺し始めた。


「そ…そうなんですか?わたしてっきり慣れてるのかなって思って…なんかごめんなさい」


何故か謝られてしまったが、もしかすると相当恥ずかしい発言だったのかも知れないと思い始めた。


「やっぱり変だよね。この歳にもなって…」


「いいえ、今はそういう人も多いって聞きますし。でもそういう事ならわたしも男の人とは、仕事以外だと初めてですよ」


「そうなんだ。え…?誰かと付き合った事とかないの?」


驚いて少し大きな声で訊いてしまった。すると、


「しー!!声が大きいですよ!!」


と周りに聞かれるのが恥ずかしそうな様子の芳井さん。これはどうやらこちらと同じようなものだと分った。


「なんか、こういう事を訊くのも変かも知れないんだけど、恋愛の経験とか無くて演技とかって大丈夫なの?」


「そ…」


不用意にかなり痛いところをついてしまったらしい。芳井さんは絶句気味で、


「想像力はありますからね…」


と辛うじて言えていた。ただその後ちょっと非難するような口調で言われてしまった。


「片霧さんって正直なのは分るんですけど、容赦ないですよね…」


否定しようがない。「う…」と返事につまる。こちらもこの言葉に同じようにダメージを受けていた。


「ごめんね…」


「じゃあ、あれ奢ってください!」


と言って彼女が指さすのは有名なアイスクリームのチェーン店だった。暑くはないけれど相変わらずお客の入りは良いようで芳井さんに「ダブル」を奢って美味しそうに食べている様子を見て我慢できなくなり、結局自分も「シングル」のチョコミントを注文した。


「チョコミントにすれば良かったかな…」


チョコとオレンジというミスマッチにも思える組み合わせで注文していた芳井さんの視線を受けながら食べる緑色のアイスは相変わらず美味しかった。

淡く脆い ⑦

9月に入ると一層涼しげになってくる。残暑が厳しい年もあるけれど、もうそろそろ長袖に着替えるという選択も妥当になってくるだろう。この間、芳井さんとはそれほど連絡を取りあっているというわけではないが、今度の土曜日に邦画で面白そうな作品が公開になるという事で折角だから見に行ってみようという話になって約束を取り付けた。地味に異性と映画を見に行くのは初めてだけれど、映画館で見る映画も久しぶりなのでそちらの方の意味でもソワソワしていた。いつもなら友人と出掛けているところだが、丁度仕事が大詰めだという事で彼の方からも「しばらくは時間取れない」と連絡が来ていたので丁度良かった、といえばいいのだろうか。


ちなみに彼にはまだ芳井さんの事を知らせられずにいる。彼が慌ただしい時期だという理由もあるが、自分としても何と紹介したものかきっかけに困っていた。追々報告する事にして、芳井さんと出掛ける場合に何も前の場所に拘る必要もないので、そう遠くない距離で二人で食事などが出来そうな場所を探してみる。なるべくならゆっくり話せる場所がいいと思ったので、落ち着いたレストランを予約したのでメールしてみると、


『お任せします』


と一言。レストランといっても小さなレストランなので格好も特に気にする必要がない。堅苦しいのが苦手な自分でも違和感なく過ごせる店だ。念のためそれも伝えてみると、


『わたしも気取ったお店とかは得意じゃなかったので良かったです』


と返ってきたので安心した。土曜日のバイトは休みだそうだから、ゆとりをもって行動できる。映画が昼過ぎなので夕食まで大分開いているけれど、幾つか候補だけ考えて後はその時の反応を見ながら選んでみようと思う。



当日、正午から少しばかり時間が経った頃に駅にやって来た。映画館の場所は分かっているけれど、駅で待ち合わせた方が分かり易いからと芳井さんがそこで待っていてくれる事になっていた。駅から出て軽く周囲を見回すと、それらしい人がすぐ目に留まる。けれど微妙に違う感じがしてしまった。近づいて芳井さん本人である事を確認したのだが、違和感の理由は服装にあった。最初に会った時のギャル風でもなく、ボーイッシュでもなく、大人しめというのかカワイイを求める女性が好むような落ち着いた淡いピンクと白のブラウスを着ている。以前のように帽子は被っていない。服装に合せてなのか、表情に加えて雰囲気も一変している。


「芳井さんですよね…」


既にこちらに気付いていたけれど、少しとぼける様な口調でおどけてみた。


「あ、人違いですよ!片霧さん」


笑いながら言われた。変わり映えのしない出で立ちの自分が何だか申し訳なくなるような華やかさがあった。


「本当に雰囲気変わるね」


感心しながら言うと少し照れくさかったのか、


「雰囲気だけですよ」


と誤魔化されてしまった。


「『かわいい』って言われると嬉しいもの?」


「本心から言ってくれるなら嬉しいです」


素直に言えば良かったのだけれどその時何となく面白いことを思い付いてしまい、


「『めんこい』ね!」

と言ってしまった。


「めんこ?」


『めんこい』の意味がよく分からないようであったが、当然と言えば当然だ。東北地方の由緒正しき方言でほぼ「かわいいね」という意味の言葉である。それを説明すると、笑ってはいるものの少しわざとらしく「ムッ」としてみせて、


「片霧さんって、正直ですけどかわいくないですよね」


とちょっとした罵りを受けた。


「でもかわいいってそのまま言ったら恥ずかしがりそうじゃない?」


「確かに…」


自分でもあまり良く分かっていないやり取りをしつつ歩きはじめる。映画館まで10分も掛からない距離だけど、折角なので今日見る映画についてあらすじを説明してもらう事にした。


「ジャンルとしては邦画によくある少し不思議な人が登場する俳優の演技をじっくり見たい映画ですね。訳ありな男の人と、同じく訳ありな女の人が出てきます。俳優さんも女優さんも演技派で有名ですね。その二人が行動を供にするようになって…というところまでは紹介されていますね。原作は未読なので、今日じっくり見たいなと思ってます」


語りはじめると表情もテレビの解説者並みに頼もしくなる芳井さんの言葉に無意識にうんうん頷いていた。俳優と女優の名前も聞いたのだが名前と顔が一致しなかった。映画を見て「あ、この人か」と瞬時に分ったのだが、自分はこの分野が疎いんだなという事が分ったような気がした。



映画館で見る映画は非常に新鮮だった。幼いころはアニメ長編をよく見に行ったものだが、その映画館はスクリーンは大きいけれど席数がそれほど多くないので多少狭くは感じたが、そのおかげで音響が自然で映画に集中する環境になっていた。空いている時間を狙ったのもあるけれど、マイナーな方の映画なので客席の全てが埋まっているというわけではない。けれど上映前の雰囲気から皆この映画を楽しみにしていたという様子が窺われた。特に芳井さんの集中は凄まじく、基本的に映画が面白く映画に集中していたのだがチラッと横を見ると瞬きもせずに、まるで身を乗り出すようにスクリーンに見入っていた。



映画の内容は芳井さんが説明したように一組の男女のストーリーなのだが、ところどころ不条理感が顔を出していた。良識的には受け入れられないような行為や犯罪スレスレの瞬間もあったのだが、不思議と二人の境遇を見せられているからか『悪』という感じはせず、その意味では『異邦人』とも通ずるところがあったように思う。けれど全体的にはミステリーというよりはラブストーリーのようにも見れた。結末は必ずしもハッピーエンドというわけではないというのもこの手の作品の決まりなのだろうかとも思ってしまった。


映画館を出て興奮気味に話す芳井さん。


「久しぶりに当たりの映画でしたよ!ストーリーの方は勿論よかったんですが、俳優の方が段々役に入り込んでゆくのが良く分かりました」


「へぇ…やっぱり目の付け所が違うね。なんか独特の世界観だった」


「女優さん宮川さんですけど、あの人はどんな役でも自然に演技できるんです。透明感があって、実は目標にしてました」



そういえば、芳井さんも何処となく透明感がある。そう告げると、


「ええ。そう言ってくれる人もいます。でも『個性が無い』とも言われるんですよね」


「個性がないとダメなんだ?」


「最近はキャラクター性も求められる事がありますからね。個性が無いと覚えてもらえないし『エキストラ』になりがちですよね…」


「エキストラとしては出た事はあるの?」


「ええ。むしろそれがメインというか…実際選んでられないというのもあって」


「事務所とかには今も所属してるの?」


「小さいですけどね。オーディション落ちたあの日に「少し今後の事を考えたい」って連絡したら「そう」って言われたきりですね。目立った実績もないので私の代わりは幾らでもいるっていう現実を知らされたような気分でした」


関係性を考えるとこういう話も避けるわけにはいかなかった。とはいえ、相変わらずどうアドバイスすべきなのか見えてこない。それでも今回は間違う事を承知で言ってみる。


「こんな事を言うのは失礼なのかも知れないけれど事務所の人は辞めろとは言ってないわけだし…」


とはいえその先を言い切れない。芳井さんは重々しく頷いていた。そしてゆっくり、


「未練が無いと言えば嘘になります。でも、自分が決めた事ですし…」


と言った。しっかりとした口調のように聞こえる一方で、完全には吹っ切れていないような迷いが感じられる。そしてその後に続けて言った言葉がずしりと伸し掛かってきた。


「それに、私心折れちゃってるんですよね。全力を出し切って、ダメだったのって結構ショックですけど、どこか納得しちゃってる部分があって」


わざと茶化すように言ったその言葉と笑顔が痛々しい。それとも言葉通り彼女は納得していると了解すべきなのだろうか。ただこれだけは訊きたかった。


「迷いはないの?」


自分が感じている事を確かめたかったというのもあるけれど、思いつきの部分もあった。


「『迷い』ですか…。これからどうするかという事については、迷ってるかも知れません」


「多分なんだけど、これからどういう選択をするにせよ迷いがあるうちはなかなか始められないかも知れない」


これでも今の仕事に落ち着くまでに相当時間が掛かったという経験がある。これで良いとなかなか思えなくて、何度も仕事を変えようとも思った。仕事に身が入ってきたのも実は最近の事だ。


「そう…ですよね」


明らかにトーンを落としている芳井さん。けれど、まだ言うべき事があった。


「でもね、『若い』うちはまだ迷えるんだよ。芳井さんは若いって言われるのを好まないかも知れないけど、俺はその『迷い』に付き合うつもりだよ!」


その意図を理解した芳井さんの表情は徐々に明るくなっていった。けれど意図を測りかねる部分もあったのか、


「それって…その…「男女として付き合って」って事ではないですよね…?」


と問われた。


「いや…そういう事ではない…と思うよ…?」


誤解されないように素直に言ったのだが、「あ…そうですよね」とこれまた何と取ったものか分らない反応でこの辺りには自分にも『迷い』があるなとひしひしと感じた。

少しつっこんで

既存のもの、特に「と」という並置というのか合せたものと繋辞を用いて表現できる事を越えているような事について、


「〇〇は××だ」


というような表現にする事は出来ないという自明な論理があります。或いは表現するには相当長い過程が必要な場合、通常それを言葉で意識するのは難しいでしょう。そういうものは言葉で捉えようとすると非常に「複雑」に思えますが、そういうものがあると認めているならそれほど「複雑」ではありません。


「複雑」な過程を厭わないとして、ではそういう表現できる事について「~ではない」とと否定だけが出来することで領域を示せるとして、小説の現時点までは既存の事から始めてそれなりにキーワードが出てきている感じですが、やはり意図がはっきりしているせか『一貫する』雰囲気みたいなものも出せているのではないかなと思います。



ただここで考えておかなければいけないのは、登場人物がきちんと自分の考えで動いているという事です。その表現しようとしているものが、登場人物がきちんと捉えているのか、或いは辿り着く可能性があるのかで言えば、どうなんでしょう。ただ、確かにその世界自体にその表現しようとしている何かがあるのでしょうから、彼等が意識的にそれを語るのではない方法で触れる可能性はあります。物語としてはそれでいいのでしょう。



だからこそ、タイトルがあるのかも知れません。あとは無意識的な配置でしょうね。

言葉にならない

肯定的になったというわけではありませんが、単純に…というか意識内で言葉で捉えられる
様子以上のものを受け入れたような感じです。捉えた様子の『世界』が現実を全て写し取っ
ているわけではなくて、もはや言葉にならないようなものを感じている意識で捉えている
世界で生きているのが現実だと思うのです。

淡く脆い ⑥

「七宮公園」の付近に家があるという事だったのでそこまで一緒に歩いてそこで別れることになった。別れ際、

「今日はどうもありがとう」

と眩い笑顔で言われた。「そう?こちらこそありがとう」と言ってから「じゃあね」と手を振って駅の方まで歩き出した。芳井さんの方はすぐに家に向かうのではなく公園の辺りで見送ってくれていて、一瞬道に迷った時に振り返ると、「あっち」と口が動きつつ方向を指で指し示してくれていた。和菓子屋を通り過ぎ橋を越え、無事駅まで辿り着いたので電車に乗って家に帰る。


一人になると心底彼女に出会えて良かったと思えていた。家に帰ってテレビを着けるとこの時期に恒例となっている24時間の番組の後半になっていて、今年のランナーのゴールもそう遠くはない状態になっていた。これが終わればもう夏休みは終わりだと昔思っていたけれど、今は夏が終わりだなと感じる。陽射しも穏やかで実質秋みたいなものだが、気分の問題としてそれが一段落なような気がする。


何時間かテレビを点けたまま、走者が無事ゴールしたのを見届けて良い頃合いだと思ったので芳井さんにメールを送ってみる事にした。


『こんばんは。片霧です。今日は案内ありがとうございます。メールいつでも送ってきていいから』


あまり堅苦しくならない様に素直な気持ちで打ってみる。返信がなかなか無いので微妙にやきもきしたのだが、


『こんばんは。返信遅くなってすみません。さっきまでバイトでした。メールの件ありがとうございます』


と夜の10時頃に届いたので納得した。意図せずバイトの時間帯が確認できたのは良かった。



次の日、仕事場で少しデスク周りの整理をしてみることにした。季節もそうだが気分を新たにしたかったのである。作業をしていると、よく話す同僚がやって来て火曜日の飲みに誘われた。もともと火曜日に馴染みの居酒屋に行くのが恒例になっていたので断らない。社員もそれほど多くない会社なので、社員の結びつきは大事にしている風潮がある。整理した事や約束があるからなのか、作業効率が僅かに上がったような気がする。火曜日は作業に集中して、比較的早く仕事を終わらせることが出来た。こういう日に残業にはしたくない心理も良い方向に出たのかも知れない。何はともあれ、職場の4人ほどで歩いて10分程の居酒屋に向かう。



4人の中には女性の先輩もいた。30を越えたくらいの人で人生経験も豊かで勘も鋭いので一緒に歩きながら「最近何かあった?」と訊かれた。「何で分ったんですか?」と訊いてみると、


「そんなに整理する人じゃないし、何かあったのかなって思っただけよ」


という答え。「そんなもんですか」と感心しながら言うと、


「で?何かあったの?」


という追究があったので、これは洗いざらい喋らされるなと思ったが、店の畳の部屋で座る前に粗方の説明は終っていた。一緒に話を聞いていた男2人の同僚も「ふーん」とか「ほぉ」とか反応していた。どうやら今日のメインの話題はこの話になりそうである。実際、間に上司の愚痴が挟まったり、話したってどうなるわけでもないようなグダグダが続いたりもするのだが所々で、


「で?」


とこちらに急に話を振られる展開になる。基本的には話下手な方だが、酔いが回ってきて饒舌になっていたのもあり推測の部分をこんな具合に大いに話していた。


「あの人は多分、まだ諦めきれてないんじゃないかなって思うんですよ。でも自分で決めた事だから」


その推測に対して女性の先輩、峰さんが自分の考えを述べる。


「話を聞く限りだと、そこをさ、片霧君と一緒に考えたいのかもよ。まあ諦めるまでのプロセスなのかも知れないけど」


プロセスと考えてしまうと結論ありきなので、実際そうだとしても一緒に考えてゆくというのが理想ではないだろうか。そんな感じの事を伝えると、


「そういう感じだから、頼られるのよねぇ…まあ反応は悪くないみたいだけど」


「反応ですか。それって恋愛対象としてですか?」


「その辺りはどうなんだろう?二人はどう思う?」


意見を求められてよく喋る同僚の田中は、


「手応えはあるんじゃないですか?よっぽどの事ですよね」


「よっぽどでもないとは思うけど、気に入られてると思うわ」


峰さんはこの話題になるとたいそう面白そうにしていて、何処かしら嬉しそうである。もう一人の比較的口数の少ない後輩山口君は、


「先輩が頼られているのは間違いないと思います。恋愛対象かどうかについては分りませんね」


と冷静に言った。当事者としては意見はそれとほとんど変わらなかった。ただそれは自分を戒めているというのか努めて冷静にしている自分としてはそうで、淡い気持ちで言うなら『友人』として仲良くできる相手なのではないかと思ったりもしている。


「仮に彼女がそうだとしても片霧君の方がどうなのかって事よね。彼女いない歴=年齢の片霧君にしてはよくやれているとは思うけど…」


高校時代のトラウマに由来するのだが、自分を「女性として」アピールする人は苦手だった。そういう人達は「男性として」だけしか自分を見てくれない。勿論男性であることは否定しようがない事実なのだが、ステレオタイプな男性像に当てはまらない自分は「男らしくない」と罵られたことが何度もあった。女性からそういう部分を求められるとしたら、自分は何も応えることが出来ないと思ったりする。


「彼女とかそういう感じにはならないと思いますよ。俺はそれで良いんです」


無理をしてそう言ったわけではないけれど、そう言うと場が何となくシーンとなってしまった。田中は、


「お前はそれでいいかも知れないけど、こっちが切なくなるよ」


と真面目に言った。こういう話をしたのは初めてではないが、ちゃんと付き合っている人もいる彼からすると何か言いたくなることもあるらしい。山口君は黙って聞いていた。しばらくあって、酒を煽った峰さんが重々しく口を開く。


「ほんとそうよ!あなたは一人でいて良い人ではないわ。ちゃんと相手の事を考えてあげられる人だし」


強く言われたのだが、不思議と叱られている感じはしなかった。


「まあ努力はしてみますけど…」


控えめにそう言うと一同が目を細めて穏やかな表情になった。その場では空気を読んでそう言ったものの、実際のところ『友人』として何か手助けできる事があればそれを優先にやるのが一番良いと思っている。それでもし彼女が次の段階に進めるなら、どんな選択をするにしても応援してあげたいのである。



そんな風に思うのは何故だろう。あのこちらをじっと見つめ何かを了解したと感じられる表情を見せられたからだろうか。それはまるで映画のワンシーンのように記憶の中に残り続けている。

躊躇いの理由

乖離というわけではないけれど、小説を書く事が何よりも優先という事も僅かに違うと
感じられる。そういう風に意識している部分はある意味で正常で、そもそも書く事が
常に目指しているものに向かうとは限らないという判断があるのだろう。


主従が反転しているというか『何の為』が入れ替わっているような事については一瞬
だけですが、最早その為に生きているような状態になってしまう事があります。けれ
ど作品に集中すればするほどになのか、『冷静』に考えている自分が必要になるよう
な気がします。


一つだけ言えるかも知れない事は、いや何かそうはっきり言える事でもないのですが
自分でも分らなくなっている部分もあるのではないでしょうか。今とりあえず優先し
ている事がそもそもその先の事についても繋がっていくなら、それでいいというのか



よく考えてみると、何が足りないのか分りました。今趣味のニュアンスが強い『ナン
センセンス物語』である『掌のワインディングロード』の方も書きたいんだろうな
って事です。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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