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掌のワインディングロード ⑰

年末の慌ただしさも一段落し、聡子と一緒に年の瀬も比較的のんびりと過ごしていた。タラちゃんは大晦日は休みだったが年明けですぐにシフトが入っているらしく、あまりゆっくりとはできなかったものの年が明けたら三人で初詣などに出掛けて結構充実し日々を送っていた。


俺はその数日前に実家に「年明け帰省する」と連絡を入れていた。一時は険悪だった両親との関係も仕事が順調な今ではこういうご時世という事もあるがそれなりに認めてくれているらしく、折を見ては顔を出す事をしていたので返事も気軽に受け入れられている雰囲気だった。ちなみに実家には現在大学生の妹も帰省しているらしく、聡子を連れてゆけば家族のみんなに紹介するという状況となっていた。


「妹さん居たんだね…」


それを聡子に伝えたところ、まず基本的なところで彼女にとっては意外だったらしい。「一人っ子だと思ってた」と言われたのだが自分で言うのもなんだが俺は結構世話好きなタイプで、妹とも比較的仲が良い方だと思っている。可愛らしいタイプではない妹だが、結構現実的で真面目だから聡子とも話が合うかも知れない、という具合に話してみると、


「真面目な人だったらちょっと気合入れないと…」


と意気込んでいたのが印象的だった。1月2日、早朝タラちゃんが帰宅したのを確認してぼちぼち起き出してシャワーなどを浴びて身支度を始める。聡子はタラちゃんが食べられるようにと3人分の朝食を作りはじめる。風呂上りに準備がそろそろできそうな聡子が後ろ姿のまま、


「そういえばタラちゃんの事はご両親には伝えてあるの?」


と言った。タオルで髪を乾かしながら、


「前に伝えてあるよ。俺が責任持つから大丈夫だって言ったら「そうか」って」


「理解があるご両親なのね」


その返事は何気なく呟いたようなトーンだったが、改めて考えてみればそうだなと思う。色々無理を言ってきたから今さらなのかも知れないが、俺がこうしていられるのも家族の理解あっての事だ。ただ後で考えた時、聡子はこの時自分が受け入れてもらえるのかを慎重に考えていたのかも知れない。


「あ…おはようございます…」


するとここで意外な事にタラちゃんが部屋から出てきた。


「え、タラちゃんまだ寝てて良いんだよ?疲れてるでしょ?」


驚いたので俺が慌てて言うと、


「いえ、なんとなく朝食を一緒に食べたいなと思いまして」


と言うや否や料理、と言っても目玉焼きのなのだが、それを手際よく座卓に運んでゆく。


「どうしたの?」


聡子も心配そうにご飯茶碗を運んでゆくのだが、よく見ると目元に若干隈が残っているタラちゃんは何だが嬉しそうである。


「何か良い事あったの?」


訊いてみると、


「そりゃあ聡子さんと勇次さんが一緒に帰省するってなったら見送りたくなりますよ!」


と言われた。<なるほど、タラちゃんなりに気を遣ってくれていたのか>と思い、こっちまで嬉しくなってくる。折角なので
タラちゃんの言うとおり3人で朝食を採る事にして、食べながら雑談が始まる。


「へぇ~妹さんが居たんですか…」


聡子の質問から何となく妹の話になり、タラちゃんも俺に妹が居るのを意外だと思っているらしかった。


「よければ紹介したいんだが…まあ正直お勧めはできない…」


「いえ…そんな。でも同い年くらいなんですね。凄いなぁ~」


「むしろ、正式な弟にできるかも…なんちゃって」


聡子が思いつきで言った事はなかなか大胆だが現実性が皆無というわけではない。ただ、本当に正直なところ妹は一緒に居て疲れるタイプの人間だから、タラちゃんが妹と過ごしたら気圧されてしまうのではないかという不安がある。まあそれは後々考えてみる事にしようと思う。朝食を採り終ってタラちゃんが気を利かせて片づけをしてくれるとの事。ここは素直に甘えて早めに家を出ようと思った。


「行ってらっしゃい」


タラちゃんは玄関で見送ってくれる。何度となく訪れたこういうシーンはなかなか良いもので、安心して留守を任せられる。


「なんかお土産買ってくるから」


出がけに言って二人で玄関を出る。早く家を出ようと思ったのには理由があって、やはりお土産である。実家に持ってゆくちょっとしたお土産を駅で選ぼうと考えたのである。買ったのは定番の菓子折りだったが、チョコレートが好きな妹用に二つほど買っておいた。


「なんだか緊張してきた…」


実家近くの駅までは電車を乗り継いで一時間で到着する距離だが、近付くにつれ聡子が若干落ち着かなくなってくる。


「大丈夫だって、俺が付いてるよ」


月並みな言葉だが効果てきめんで、聡子は「そうよね」と確認して普段通りの表情になる。念のため手を繋いでいたのも効果的だったかも知れない。いかにも地元という感じの駅で降りて、不案内な聡子を誘導しながら10分程歩く。間もなく見えてきた赤い色の屋根の家を指さし、


「あそこだよ」


と言うと「うん」という返事が返ってきた。実家はそれほど古くもないがかと言って新しくもない。俺が小さい頃親父がローンを組んで買った家だからもしかするとそろそろリフォームを考えなくてはならないかも知れない。とりあえず玄関に立って呼び鈴を鳴らす、インターフォンから聞こえた


『はい』


というやや高い声は母のものと思われる。「今着いたよ」と言うと『わかった。今開ける』という声が続いた。ガチャッという音がして鍵が開いたのを確認して扉を開く。向こうには父と母が立っていて、正面の階段の方から覗いている顔は妹のものだった。


「ただいま」


リラックスして言う俺に対して聡子は


「は、初めまして。大井聡子と申します。本日は宜しくお願いします!」


と明らかに堅苦しく緊張した丁寧な挨拶をする。さすがに苦笑してしまったが両親はにこやかに笑い、父は


「何にもないところですが、どうぞおあがり下さい」


と手を添えて言った。


「は、はい」


ちょっとぎこちなく家に上がって、案内されるまま居間に通される。礼儀としての挨拶を一通り済ませ、お土産を渡したり近況を報告し合ったりしてゆくうちに聡子もだんだん打ち解けてゆくのが分った。


「あ、桜、ちょっとこっち来なさい」


母が時期を見計らって「桜」を呼んだ。桜とは妹の名前である。妹はさしずめ上品さを意識しているのだろう、ゆったりとした足取りで二階から降りてきて居間に入って顔ぶれを確認すると、


「どうも、桜です。初めまして」


と聡子に向かって一礼した。


「おしとやかさを演出しているつもりなのだろうけれど、もう聡子にはお前の事教えてるからな」


流石に無理があると思って釘を刺す様に言うと、


「何よ。第一印象くらい良くしようと思ったっていいじゃん。まあいいや、お帰り」


既に地が出てしまっているが、気にせずゆったりとした動作のまま近くに腰を降ろした妹。


「あの、初めまして。大井聡子と申します。お兄様からお話は伺っております」


妹が変に畏まるから聡子もまた堅苦しい挨拶になってしまっている。そういう風にしておきたい気持ちは分からなくもないけれど、これではありのままの聡子が見せられなくなってしまうと思い、



「聡子もそんなに堅苦しくなる必要はないよ」


と指摘。両親も頷いて、


「そうよ。挨拶は済ませたんだし、気を遣う必要なんか無いからね」


母も後押ししてくれる。この和やかなムードにつられたのか、


「えっと、じゃあ普段の通りで…」


とことわった聡子は、


「私の話は勇次から聞いているかも知れませんが、今3人で一緒に生活しています」



「3人?」


桜は多分タラちゃんの事は聞いていなかったのだろう、疑問に感じて訊ねた。


「うん。「タラちゃん」っていう桜くらいの年の男の子と3人でルームシェアだ」


「へぇ~凄いね。今どきの若い人って感じ」


癖で<お前もそうだろう>とツッコミそうになったが、割と真面目で感覚が古めかしいところがある桜には意外な話だったのだろう。


「それって大丈夫なの?」


桜のこの冷静な一言には答えに窮してしまった。どういう意味なのかは察しかねるが、そういう生活で何か不都合があるのではという感じなのだろう。


「むしろ楽しいよ。3人で一緒に出掛けたりもするしね」


『競馬』というのは流石に躊躇われたので3人で出かけているとしか言わなかったけれど、自然な口調だったので桜は「ふーん」と納得しているようだった。





細々とした所は省略するが結論から言えばこの帰省は何の問題もなかったし、終始和気あいあいとした雰囲気で時間が流れた。聡子も説明すべき事は説明し、仕事についても正直に「いずれは違う仕事に就きたいと思っています」とはっきりと述べ、それを聞いた両親も何か良い印象を与えたようである。両親との関係もそうだが、何よりも良かったことは妹である桜とも大学で学んでいる事が共通していたらしく、どうやら趣味も合うようで早速連絡先を交換し合ったりしていた事である。開いた時間に過去に使っていた自室の様子を見て来た際に桜が近くに寄ってきて、


「いいね、聡子さん」


とニヤニヤして言ったのが印象的だった。実家からの帰路でそれを聡子に伝えると、


「じゃあ私からも桜さん素敵ね、って伝えておいて」


と同じような顔で言われた。こういうのは嬉しいものである。
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ステテコ・カウボーイ ④

今するべき事は何かなんて考えている暇があるなら、今出来る何かをしていた方が良いのかも知れない。そう思う一方で、出来る事も出来るというか凄く譲歩して出来ると言っているような気分にもなる。簡単に出来るというよりは努力してなんとかやれているような事ばかりではないか。


その気持ちに負けそうになりながら寝床から立ち上がる。一度は何もかも諦めたような状況からまた何かを見出してゆくのは、さすがに挫けそうになる。だからと言って最低限の事だけで完結してしまっては何かがいけないような気もしてくる。


『あの日』僕は自分の人生を見限った。というか、そのまま何も起こらないとしたらそれで仕方ないと納得できるくらいの状況には居た。思いもよらぬ何かが起ってしまったから、その覚悟さえも今ではぼんやりしてしまってはいるが、八方塞だった当時の自分に「何かが起るよ」と語りかけたとしても信じなかった。なぜ言い切れるかというと、僕は『未来』をもう信じていなかったからである。



「なんだい、またそういう顔をしているのか」



廊下ですれ違った早川さんに声を掛けられた。自分がどういう表情なのか鏡を見るまでもない事のように思われる。日常系アニメのほのぼのとした雰囲気に忍び込んでしまったとんでもない暗さだが、不思議な事に早川さんという存在自体がその世界観を断ち切ってしまう。



そもそもこの暗さは今朝見た悪夢に由来する。救いのない状況で終わってしまった夢があまりにもリアルでそちらの方が現実のようにさえ思えてくれば、早川さんという存在すら一瞬本物ではないようにさえ錯覚してしまう。まあ笑い話のように、錯覚なのは早川さんが存在しないという事であって、それは事実ではない。多分自分はまだ早川さんが存在するという事を心のどこかで信じ切れていないのだろう。



「まあ君の考えているような事はすぐに想像できるから、心配しなくてもいいよと言うべきなのだろうね」



彼女の「やれやれ」という表情は飼い犬を躾けるのに苦労するようなレベルの困惑で、少なくともそれ以上のものではない。自分の深刻さが愚かに思えるほど自然体である。


「いえ…その…何をしたらいいのかちょっと考えてしまって…」



その言葉に早川さんは「ふん」と頷くと、


「難しい問いだが、探すしかないと言えばそうだね。自分が納得できて、同時に納得できるようにもならなければならない。それには世の中がどういうものなのか知ってなきゃいけない。これではダメかね?」


もちろん僕自身世の中を知らないという事はなく、むしろどうにもならないという事を知ったから諦めかけたのだ。けれど確かに早川さんという人が居るという事は、あの時僕は知らなかった。


「じゃあ、世の中を知るには?」


甘えなのかも知れないが僕はそれさえ手掛かりを必要としていた。


「自論で良ければ答えるが、とにかく何かをするしかない。しかもなるべく穏当な事だね」


「じゃあ一日中、野原で寝転んでても良いんですか?」


「悪くはないが、学べることは少ないね。まあ猛烈に『無意味だな』と実感するか、野原で過ごす事の良さを実感するかだとは思うけれど」



「確かにそうですね。バカな事を言いました。すいません…」



「いや、バカなのかどうかは私にも分らない。私はあくまで想像で言っているだけであって、実際にやった事はないけれど、想像の段階でそんな事をしたくないと思ってるからそうしないだけさ」



意外な答えが返ってきて少し吃驚した。思わず、


「でも、普通はバカだと思いますよね」


「普通はね。でもそれはあくまで普通に過ごせている人にとってはそうなのさ。けれど絶望の淵にある人が自然の素晴らしさを実感して生きる気力を取り戻すような効果があるとすれば、それはその人にとってはバカな行動ではない。やや誇張はあるがね。まあ難しい問題だよ」



「えっと…」



自分ではとてもではないけれど思いつかない発想でこういう時でも豊かな想像力を発揮する彼女に崇敬すら覚える。だが同時に自分は今とんでもなくバカな事を訊いているのではないかという焦りが出てくる。


「あの…。野原には行きませんが、ちょっとその辺散歩してきます…」


「うん。行っといで。あ、そうそう」


早川さんはこの上なく嬉しそうな顔でこう言った。


「出不精な私の代わりに、その辺の様子を事細かく報告しておくれ」




そう言われてしまうとなんだか散歩でも重要な事のように思えてくるのだから上手いものである。僕は早川さんの漫画の題材になるような面白い事を探す様に近所を歩き始めた。更に言えばそういう気持で歩き始めると、面白い事がかなり身近に転がっている事に気付く。例えば目の前を横切った野良かと思った猫の首にはちゃんと赤い首輪がついていて恐らくだが丁度自分の家に戻ってきた所で、玄関の前でちょこんと座って待っていると家主が玄関の戸を開けてそそくさと中に入ってゆくのが見えた。


<猫も散歩するんだな…>


と思わず感心。その後流石にこれはどうでもいい部類の話だが、途中で電柱か何かの工事をしている所があってそこで誘導を受けた。そして朝食を採っていなかったのもあるけれど、途中で小腹が減って近くのコンビニに寄ったところ、この前早川さんが好きだと言っていたチョコミントのアイスが売っているのに気付いて気を利かせて2つほど購入した。お陰で帰りは急ぎ足になってしまったがアパートに戻って仕事部屋で作業をしていた早川さんの後ろから、


「あの、こんなものを買ってきました」


と声を掛けたところ物凄い勢いで振り返り手に持っているものを確認すると、


「お、気が利くね!冷凍庫に入れといて」


と言われた。作業が一段落した時に「アイスを一緒に食べよう」と言われて食べたのだが、実を言えば僕はこういうアイスはあまり食べた事がなかった。食べてみて食わず嫌いであることがはっきりと分った。すっきりとした味は結構病み付きになるかも知れない。食べながら散歩の成果(?)を訊かれたので話すと、


「あ~なるほどね。あそこの猫を見たのか。私がここに越してきたのは5年ほど前だが、その頃から見るよ。あと電柱の件だが、それは知らなかったね。何人くらい居たの?」


「えっと、4人だったと思います」


「なるほど、どういう工事だったのかちょっと聞いてみようかな…」


先ほどのようなシリアスな考えではなく、非常にいい意味でだけれど早川さんのような人が存在している事自体が奇跡なのではないかとさえ思えてくる。それは彼女を知れば知るほどそう感じる事である。



『あの時』の自分に早川さんのような人が存在するという事を信じさせるのは至難の業に違いない。それだけはやはり言えそうである。

書き終わって

どうなるか分らない感じでしたがようやく「淡く脆い」を完結させることが出来ました。もう少し長く書けるかな
とも思ったのですが最後は思いのほか登場人物が物語を動かしてしまった感じで、登場人物が単純ではない人を動
かすとこんな風になるんだなという手応えがありました。


なんだか作品を書いている間、そして続きを無意識に考えていた間も自分ではない『自分』が絶えずその価値観で
動き出していたような感じで、作品のテーマから言って自分の夢についても何度も振り返るような感じでした。物
語では描かれなかった部分は多いと思いますが、途中からは『演技』の本を読んだりとイメージを膨らませる作業
はしていて自分の価値観にも大きく影響を与えられたような気がします。



「淡く脆い」という表現は最初に出てきた感覚的なもので、感覚的には分かっているような事の具体例を作るという
ような気持ちで続けていたかも知れません。読んでいて独特の感覚になるようでしたらそれは成功しているともいえ
ますが、今はナンセンス物語の方の「ステテコ・カウボーイ」とか「掌のワインディングロード」を進めようという
気持ちになっています。

淡く脆い ㉚

その日、芳井さんと食事を取りながら彼女が話したいと思っていた事をそこで伝えられた。今のバイトを辞めるつもりだという。戸田くんの事もあるけれど、仕事が見つかりそうだからそちらに集中した方がいいと思ったとのこと。それを伝えるつもりだった彼女からしてみれば今日のこの展開は思いもよらぬものだったのだが、どうせならお芝居に専念するという意味も込めて、バイトを辞め後日事務所に復帰したいと伝えればいいのではという事になった。


実際それを実行する段でやはり躊躇いがあったようだが、芳井さんを奮い立たせ、彼女は何とか復帰する事が出来た。幸い事務所の方も辞めてから日が浅かったのもあって歓迎してくれたそうである。生活の方の心配もあったという事を考慮して『同棲』という提案をもち出した時にはかなり緊張したけれど、『支えたい』という気持ちの現れだという事を強調すると、「私も出来るだけ一緒に居たいので、お願いします」と喜ばれた。



それから次の夏が来るまで並々ならぬ苦労と喜びとがあった。春ごろに戸田くんから一通の手紙が届いて、


『あの時はありがとうございました。里奈さんが頑張っているという事を知って、俺も本気で夢を追うぞと思いました』


と書いてあった時にはこれで良かったのだろうという自信が出てきたものである。折から芳井さん…里奈はとある演劇で主役ではないもののかなり重要な役に抜擢されその演技も評価され始めていた。お芝居を再開した当初はいわゆるちょい役しかなくて彼女の夢からは程遠かったのだが、それでもその時出来る最善の事を真剣にやり続けようとする彼女の姿に、現場からの評価が次第に高まった結果らしい。仲間には彼女は強くなったと評価されているらしい。家でだいぶ弱気になったりする彼女を見ていると、自分は頼られているんだろうなと思ったりする。



そんな自分も仕事場の先輩である峰さんや同僚から時々アドバイスを貰ったり応援されたりして、最近では里奈を支えると言った自分も色々な人に支えられているのだなと思うようになった。


ただ、当然ながら別れもある。


まさに一年前と同じような夏の日にあの場所で友人と待ち合わせをした。今回はいつもより早めにやってきた友人。


「よう」


「今日も暑いな」


もしあの日こんなに暑苦しくなく友人が少し早めにやって来ていたら、自分は腹を立てる事もなく彼と一緒に普通の休日を過ごしていたのだろうと思うと何か不思議な気持ちである。


「じゃあ行くか」


そう言って特に目的はないがブラブラ歩く。過去に歩いた事があるような道を辿ってゆく。


「明日引っ越しか?」


そう言うと彼は「ああ」と言った。父親の具合はそんなに悪くはなっていないらしいのだが、良い仕事を見つけたという事でこの夏にこちらでの仕事を辞め地元に戻る事になっていたのである。


「未練はないのか?」


この問いにどこか遠くを見るようにして「ああ」と言う友人。けれど、


「お前がこっちでしっかりやれるかどうか、ちょっとだけ心配だが、それを言っても始まらないからな」


「確かにお前には色々世話になった。長い付き合いだしな…」


しんみりした話になると思ってなのか友人はからからと笑い、


「別に今生の別れでもないし、お前だって地元帰ってきた時にはしっかり顔出せよ」


とおどけてみせた。


「分った」


そう答えると何か言い辛そうに、


「あと」


「なんだ?」


「結婚とかするようだったら、ちゃんと呼んでくれ」


と言った。それは今のところ考えては居ないけれど最近何となくだけれど状況的に外堀を埋められてきているように感じる。


「ん」


曖昧に答えておいた。そのまま歩いていてちょっとしたものに目が留まった。ある音楽店のモニターに『藍川愛美』というアーティストの新曲のPVが流れていた。一年前に握手会で彼女のCDを買ってから妙に馴染んだため、それ以後もチェックし続けていたのだが今度ライブがあるようで里奈と一緒に行ってみようかと相談していたところである。


「あれから一年なんだよな…」


時の経過を感じしみじみと言うと、


「あれからお前もちょっと変わったと思うよ。何ていうか積極的になった」


「そうか?」


あまり自分では自覚がなかったけれど、同僚からもよく言われる事だった。


「俺もあっちで良い出会いがあると良いなと思ってるよ」


そう言った友人は翌日の朝に発ったが、正直まだ実感が湧かない。というか今日は予定があって里奈もソワソワしていてそれどころではないというのが本当のところ。


「早く行こうよ。映画2本だから早めに行った方がいいし!」


「本当に2本見るの?ってかまだ流石に早くない?」


「そんなこと無いよ!ちょっと寄りたい所あるし」


「どこ?」


「秘密」


そんなやり取りをしながら急かされて駅まで移動する。彼女のたっての希望で映画を見に行く際には里奈が住んでいたシネマで見るという事が恒例化しているのだが、最近仕事のスケジュールも埋まりはじめていた合間にもそれまでと同じ量の映画を見たいという意思を譲らず、一日に2本の映画を見るという強行スケジュールとなった日曜。良い事なのだとは思うのだけれど、女優の他にも脚本家という夢を最近口にするようになっている。というか、それは里奈だけではなく『僕』も含めて二人三脚で叶えたいという夢らしい。何でも彼女に言わせると僕は文才があるとか何とかで、半ば強引に理論を叩きこまれ彼女の頭に思い浮かんだ筋を文章化する事を手伝わされている。その勉強の意味も兼ねて映画を一緒に観て批評するという訓練を行っているわけだが、大変な反面、新鮮で楽しくもあった。



移動中も他愛もないやり取りをしつつ、あの駅に到着する。その瞬間彼女の表情が変わったような気がした。歩き始めているうちにその方角から「寄りたい」と言った場所がすぐに分った。


「公園か…」


「そう。なんかここに来たくなるの」


「七宮公園」という立て板。


「いい公園だよね。雰囲気が」


「わたしね…」


そういって彼女はゆっくり語りだす。


「昔お芝居だけで良いって思ってたところあったかもしれない。でも、なんかそういうのだけじゃなくて、何にもしないでのんびり過ごせる時間が好きで、好きな人とただそのまま過ごせたら幸せだろうなって想像しながらあそこに座ってたの」


といって指さすのはいつか腰掛けたベンチ。朝の陽が射して爽やかな気持ちになる。促されるように座ると隣に里奈が座った。


「今の気分はどう?」


訊いてみた。


「いいね。やっぱり落ち着く。達哉は?」


「里奈と居れるだけで、俺は落ち着くよ」


「うん。そういうのも嬉しいんだけどさ、今はここを褒めてほしいかな」


その時ここには結構思い入れがあるんだなと思った。


「そうだね、前も言ったかも知れないけどできるものなら小説でも読んでたい気分だね」


実に正直に言うとちょっと大きな声で、


「ダメだよ!今日は映画をしっかり見ないと!!」


「何だよそれ!自分から言ったくせに!」


なんだか可笑しくなって笑いだしてしまった。でも何となくこういう時間というのも淡く脆いものなのかなとも思ったりする。そのままでいたいけれど実際は仕事の事で頭を悩ませる時間があったり、現実は次から次へと問題を運んできてそれに対応しなければならないという連続である。



そんな合間の、この脆さを秘めたこの淡い時間を本当のところ僕はこの上なく愛しているのかも知れない。


「そう言えばこの前マリがね」


もちろん、こうやって御堂さんの事を嬉しそうに報告する彼女の事も。


(終わり)

淡く脆い ㉙

「まさか片霧くんがここに来るとはね…」


「いや、俺もまさかマリさんがこういう所に勤めていたなんて…」


どこかしっくりきていない感じの御堂さんの言葉に自分も意外だという気持ちを言い表すと、


「変?」


とちょっと不安そうな目で見つめられた。


「いいえ、イメージとぴったりですし何か合点がいきました」


すぐにこう答えたのだが、実際都会的で洗練されている感じのする御堂さんにはこういう場所がぴったりだと思ったし、芳井さんとこの町で出会ったのも御堂さんとこの辺りを歩くことが多いからなのだという想像がすんなりできた。


「ん…。それにしても…」


神妙な表情からも御堂さんは何か気になるようである。


「どうしたの?」


「やっぱり付き合いだすと雰囲気が変わるんだね」


「え…あ、まあ芳井さんもそれは伝えてるよね…」


「…嬉しかったので…」


見るからに恥ずかしそうに顔を伏せた芳井さん。このやり取りを見ていた御堂さんは少し「うーん」と呻って、



「なんかでもまだぎこちないね。特に片霧くん!」


「え…?俺ですか」


「ベタな事なんだけどさ、付き合っててまだ『芳井さん』って呼ぶのは何か余所余所しくない?私にはマリさんって言ってるし…」


指摘されて一瞬驚いたが確かにそうだなと思った。


「っていうか、マリの方が片霧さんと親しげじゃない?」


芳井さんはちょっと不思議そうにいう。これは例の甘味処で偶然出会った時に自分もちょっと感じた事である。なんというか恋愛対象にならないからこその安心感のようなあるのかも知れない。


「まあマリさんは気を遣わなくていい…というのか…そんな感じで…」


言ったところでこれは何か失礼かなと思って最後を濁した。すると御堂さんは店の中を少し気にしながら、


「つまり片霧くんに意識されまくってるってことだよ。里奈は」


と鋭い指摘をされた。まさにそれであるがゆえにまだ芳井さんの事を下の名前で呼べないのである。


「あ…そっか…」


芳井さんも納得した様子。若干恥ずかしい。しかしながら、


「でもそれを乗り越えて、ちゃんと名前で呼んで上げるっていうのが…ただまあこの人だからね…」


とこちらをじろじろ見るように御堂さんが言いかける。まるで自分には出来ないような言い方である。店内を少し見渡してもう少しくらいなら話せるかなと思い、


「でも、芳井さんの方も『片霧さん』ですよ」


と弁解すると芳井さんの方が意外そうな声で、


「え、だって片霧さんの下の名前、私聞いてないですよ?」


「「え!?」」


思わずハモってしまう。そういえば知っているものと思って教えていなかったかも知れない。何かぎこちないと言われるのもこれでは仕方ない。



「あの、確かに教えてなかったかも知れないですね。えっと下の名前は「達哉」って言います」


「タツヤ…」


確かめるようにそう呟いた芳井さん。すると次の瞬間芳井さんが何か意を決したように、


「じゃ、じゃあ、達哉さん!そろそろ行きましょうか」


と言われたので、


「え、ああ、そうだね里奈さん。仕事中だしね」


思わずこう答えた。余計ぎこちない感じなのが笑いを誘ったのか、御堂さんは吹き出していた。その後とりあえず店内の洋服を見て回る事にした。時々御堂さんも様子を見に来て、明らかに可愛らしくお洒落な洋服に「これカワイイでしょ」「これ良くない?」とちゃんと(?)接客もしてくれた。良いものがあったらしく芳井さんは上下で一点ずつ購入する事に決めたのだが、ここは自分の出番だなと思い。


「じゃあ、俺がプレゼントするよ」


と告げる。芳井さんは遠慮したけれど、御堂さんが「ここは買ってもらうところだよ!」とフォローしたのもあって会計は自分が済ませた。それから「里奈をよろしく」と御堂さんに見送られ店を出た。いかにもデートらしい展開だったので個人的に満足していたが、


「マリも喜んでくれてたみたいで、私も嬉しかったです」


という芳井さんの笑顔を見て更に充実した気分だった。


「ところで、これからどうする?」


本来ならば自分で計画すべきところなのだけど、慣れていないので思わず訊いてしまった。後でそれを反省したのだが、芳井さんの方も普通に、


「そうですね、とりあえずこの辺りを歩きたいです」


と言ってくれた。意図せずに町歩きのような感じになって時々気になったお店に入って商品を眺めたり、食べ物を見ていたのだが何かそれだけで十分に楽しい。以前二人でお互いによく行くところを紹介し合った時とは全然気持ちが違う。ただこうする事が目的のような気さえする。


「なんだかこうしてるだけで楽しいなんてね」


ほとんど意識せず素直な感想が出てきた。その言葉を聞いた芳井さんは、


「私もそうなんです!何ででしょうね!?」


とうきうきした表情でいたずらっぽく言う。


「『何ででしょうね?』って、そりゃあ…」


「そりゃあ?」


少し沈黙が訪れる。いや、答えは考えるまでもない事でこの表情だと彼女だってそれを分っているくせにわざと聞いているのだろう。多分「自分らしい」、つまり「片霧達哉」らしい事を望まれているのだと思う。ちょっとだけ損というのか、逃げられないというのかそういう感じである。


「好きな人と一緒に過ごしているからなんじゃないかな…」


多少一般論で誤魔化したけれどほぼダイレクトに伝えた。『我が意を得たり』という顔で「そうなんだ」と呟いて満足そうに先を歩き始めた芳井さん。これだと何かもやもやしてしまうので、


「里奈さんはどう思う?」


と訊く。我ながらこれはいい作戦だと思った。だが、芳井さんの反応は思ったのと少し違った。彼女が振り向いたときその表情が何かはっきりしない。眼差しはとても強かった。


「私は愛おしいんです。あなたが…」


思わず言葉を失って、どきどきしてしまった。いや『どきどきした』という表現さえこの場合似つかわしくないかも知れない。


「こんな時、君に何を伝えればいいんだろう…。僕は君を絶対に失いたくない」


この時、二人の間に周りと全く違う時間が流れていたように思う。それは劇のような情熱を伴った真実の告白だった。だがその張りつめた時間が自然に過ぎるとお互いの表情で吹き出してしまって、


「クサいですよ片霧さん」


とまたいたずらっぽく言われた。対して、


「だってあんな感じで言われたら答えるしかないじゃん…」


と嘆く自分。


「多分、私達似てるんだと思います。時々凄く真面目に考えちゃうところとか…」


「そうなんだろうね。でも何となく芳井さんが演劇の道に進もうと思った理由が分った気がしたよ」


「それは…」


「本当だからなのかもなって。普段は茶化しちゃったり、向き合わなかったりすることに真摯だとさ、あの張り詰めた時間の中に居たいなって思うのも、本当は望んでいる事なんじゃないかって」


「でも、私は…」


自分でも言うべき事ではないように思えるのに、彼女にとって何が良い事なのかを考えてゆくとそう言うしかなかった。


「今ならさ、君を支えられるんじゃないかって思ったりもするんだよ。君の本当に好きな事で」


「…私…」


彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。それが今にもあふれ出そうで、『僕』もだんだん気持ちがこみ上げてくる。不安そうに見つめる瞳に僕は「うん」と頷く。


「もう一度…追っても…いいんでしょうか…?」


それは頼りなく、壊れそうなほど脆い言葉だった。


「僕等は脆いかも知れない。でも淡い期待でもさそれを続けていったら、もしかして欲しい未来がやってくるのかも知れない」


「その未来に、達哉さんは…居てくれますか?」



僕は人目をはばからず歩道で彼女を抱きしめた。


「居るとも」



その言葉に彼女は安心したのか、そのまま静かに僕に身体を預けていた。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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