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掌のワインディングロード ㉖

聡子の提案したY県への旅行は今月末の土日に決まった。4月以降だと何かと忙しくなりそうだからという理由で割と都合のいいのが今月末だった。あまり気にし過ぎるのもどうかと思うがその週の競馬は高松宮記念というGⅠが中京なので特に中山に拘る必要もなかった。あまり遠出をした事のないというタラちゃんは不安そうに、

「何を準備したらいいですかね?」

と訊いてきたのだが、サラリーマン時代に東北方面に少し出張もした事のある俺の経験からするとこの時代はスマホさえあれば大体の事は現地で調べられるし地方といっても都市部ではそんなに不便がないので、

「着替えくらいじゃないか?」

と答えておいた。念のため聡子にも確認してみると、


「まあ、別に大旅行ってわけでもないし」


という返事が返ってきた。その返事からY県の様子を想像するのだが、今回行く予定の聡子の実家方面はどちらかというとF県に近いY市というところらしく、聡子曰く『全体的に懐かしい町並み』とのこと。文系らしく歴史的な事を幾つか教授してもらったのだが、俺の記憶力では既に曖昧である。戦国武将の上杉家がどうとか、前田慶次がどうのという事は興味深かったが観光名所という話になると聡子の表情がすっきりしないというか、


「好きな人にとっては好きな感じかな」


という曖昧な答え。それを示すかのように「泊まるところはK温泉にした方が良いと思うよ」と聡子に勧められた。K温泉について少し調べてみると何とそこには昔競馬場があったらしい。いわゆる地方競馬でタラちゃんもぎりぎり知っているくらいの知名度らしいけれど、今は場外発売所となっているらしい。その辺の事情について調べながらタラちゃんに聞いてみると、やや重いトーンでこんな風に教えてくれた。


「僕が競馬を知る少し前辺りからですが、結構多かった地方の競馬場が採算がとれずに赤字経営というのが増えてきたんです。地方のアイドルホースのアグリキャップという馬がもともといた競馬場が廃止という話が出たのも僕が競馬にハマっていった頃で、中央ならともかく地方は最近になってネットの力で勢いを取り戻してきた感がありますが、厳しい競馬場もあるらしいです。でK市の競馬場もやっぱり経営が大変だったんでしょうね」


その時俺は改めて競馬が公営のギャンブルであり、普通に経営されている事業の一つなのだという事を意識した。それこそ中央のJRAなんて毎週物凄い金が動いている凄い組織だという事は分っているし、馬一頭で何億もの金を出す馬主が居るという事実にも慣れてきた頃である。普通の企業のようには考えることはできないものの営利組織だということを考えれば採算があわなければ廃止という事も起こり得る事なのだ。イメージ的に地方に行って競馬を楽しむというのもよっぽどのことでないと難しいと思う。そして地方の競馬は中央とは仕組みが違うらしい。聡子でさえ知らなかったというその競馬場は一体どんなところなのだろう。




それはそれとして、旅行の日程が決まった日の数日後にタラちゃんにこんな事を訊かれた。


「勇次さんのサラリーマン時代ってどんな感じでしたか?」


それは漠然とした質問だったが、タラちゃんの比較的真面目な表情からそれだけを訊きたいのではないなという感じがした。俺は当時の事を思い出しながらこんな風に答える。


「まあ仕事は仕事だから今とそんなに変わってはないんだけど、そうだな、やっぱりノルマとかで余裕がなかったような気がするな。営業職だったし」


「なるほど」


「あとはやっぱり自分が何をやっているのか時々分らなくなるっていうか、何の為にやってるのか分らなくなったってのはあるよな。簡単に言えば自分には向かなかったってことで」


若干苦い経験ではあるが、それがあるから今の自分の仕事に意味を感じでやれているといえばそうなのかも知れない。タラちゃんは神妙な表情で聞いている。そこで俺はこう訊いてみた。


「もしかしてタラちゃん転職とか考えてる?」



実を言えばタラちゃんの最近の様子で例えば求人雑誌が家の中にあったり、日中出掛ける事が多くなったりしているという事から気付かないわけではなかった。ただ、それがどれくらいの気持ちで始めた事なのかにもよるから、なるべく俺は口出ししないようにしていた。タラちゃんは静かに「ええ…」と答える。



「そっか。やっぱり今のままってわけにはいかないもんな…?かな?」



「はい。実はこの前、同世代の人に会って、ちょうど就活が始まる頃だって聞いたので何となく僕も…」



タラちゃんの気持ちはよく分かる。境遇は少し違うけれど、学生時代の最後がほぼ就活の思い出で占められてしまうほど当事者にとっては大事で、俺も結局流されて決めてしまった部分があるかも知れない。『そこそこ大きい会社』にという意識しかなかったかも知れない。入社してからはそこで仕事することが思い描いていたものとはかなり違っていて、慣れることには慣れたけれど何故その仕事を選んだのか自分でも良く分からなくなった。この経験は確かにタラちゃんにも伝えておきたいけれど、今のタラちゃんの状況だとはっきりとはイメージできないかも知れない。


「タラちゃんだったら本当なら競馬とか馬に携わる仕事とかやればいいような気もするけどな!」



あまり深刻になるのもどうかと思ったので俺は軽い気持ちでそう言った。一方でタラちゃんはまだ若いし、夢を追うのもいいような気がするのも本当だった。俺の一言がタラちゃんにとっては意外だったのだろう。


「え…?」


と言って呆然としてしまっていた。俺は慌てて、


「いや、仕事って何もサラリーマンだけじゃないって事だよ。バイトだってそれで生活できればいいだろうし、それこそやりたい事をやるっていうのも仕事を続ける上では良い視点だと思うぞ」


と説明する。だがタラちゃんにとってはそれも意外な事だったらしい。


「俺、そんな風に考えた事って無かったかも知れません。そうか…そういう選択肢もあるといえばあるんだな…」



その後タラちゃんは「ちょっと頭を整理してみます」と言って少し自室に籠っていた。実を言うと俺はその週の競馬の予想を一緒にしようと思っていたので手持無沙汰な感じになってしまい同じく自室で小説を読んでいた聡子に向かって、


「聡子、買い物でも行こうか」


と声を掛けたのだった。
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掌のワインディングロード ㉕

『弥生賞の日』。競馬ファンならこの情報だけである程度日にちまで分ってしまいそうだけれど、僕はその日がくるといち早く『春』を感じる。もちろん今月中には桜が咲きはじめるけれどそういう「春」ではなく、春競馬、しいては春のGⅠ連戦という『春』のイメージだ。実際、弥生賞に勝てれば一か月後の皐月賞以降のクラシックでも有力視されるし、去年ここを勝ったキタガワブルーは菊花賞を勝っているし、このレースから既に春の戦いは始まっていると言える。


「今年は何だろうなぁ…去年は分かんないままだったけどやっぱりラウロのキングリアかな?」


スタンド席でメインを待っていると徐々にテンションの上がってきたらしい細井さんがJRAジョッキーとなって早2年目のラウロ・デルーカの騎乗馬に興味を示している。この口ぶりだと馬券も検討していると思う。


「キングリアが心配なのは距離なんです。前走の勝利は鮮やかでしたけど、むしろ1600が合うのかも知れません」


「そうなのか…。『距離適性』って言葉もよく聞くんだけど、なんか強ければ大丈夫そうな気がしちゃうんだよな」


「勇次、人間でも短距離が得意な人と長距離が得意な人では筋肉の作りが違うっていうわよ」


読書家の大井さんらしい知識を聞いて、そういえばそれに類する話を昔競馬の本のコラムで読んだことを思い出した。


「聡子さん、確かにそうですね。競馬好きな人ってあんまり科学的には考えない場合もあるんですけど、距離適性については今は遺伝子を検査したりして調べられたりもするみたいですよ」


最先端の技術を使えば、お金はいくらかかるかは想像できないけれどかなり精度の高い検査も出来るという事を知った時、僕は時代も変わったなと実感した。思い起こせばドリームインパクトの全盛期にも同馬が科学的に優れたフォームをしているという論文が発表されたという事もあったし、これからの生産はもっと効率的に行われてゆくしトレーニングにもその結果がどんどん取り入れられたりするだろう。大井さんは僕の話を興味深そうに聞いていた。


「そうよね。競馬にも科学はあるし、文化もあるのよね」


大井さんがしみじみと話していると細井さんが言う。


「でも、最終的には予想が当たるかどうかって面もあるからな。ネットでさ色んな人の予想を参考にするようになってるけど、不思議だなって思うのは当たる人は当たるって事かな」


競馬をする上でどちらの観点も必要だろうなと思う。まず競馬というものを楽しまないと労力に見合わないし、楽しむといっても全然当たらないと興奮もない。もちろんレースによって態度が違うという事も大いにある。この弥生賞にしてもキングリアの強さを見たいという気持ちもあるし、ライバル、エリアスピードの雪辱もあり得る。無敗馬たちの走りも見逃せない。実を言うと僕は今日馬券は買わないつもりだった。


「え…?タラちゃん買わないの?」


それを知った細井さんが意外そうに言う。僕は、


「このレースはハイレベルになりますからね、それに3歳のこの時期だと強さの関係がはっきりしないからちょっと怖いのもあってですね」


と答えた。本当はキングリアが勝つんじゃないかと思う気持も強いのだが、そういう風に応援し始めると足元を掬われるという展開が何度もあるせいか、どうも勝負に出にくい。


「そうか。俺もキングリア、ラウロ・デルーカを応援したいだけな感じもあるしなぁ」


そんな話をしていると本馬場入場の時間になった。パドックにも行こうと思ったのだが多分満員だろうからという理由でゴール版前の席で一番良い所で観ようという魂胆だった。今年のダービー馬もここから出るんじゃないかという期待からかガラにもなく柵の前に近づいて何頭か写真を撮ってみる。


「綺麗に撮れた?」


戻った時に大井さんは笑顔で迎えてくれたけれど残念ながらぶれている写真ばかりだった。そして熱気が増してきたところで準備が整って発走。一気に歓声が沸いた。




レースは意外にもキングリアが逃げる展開になった。ラウロの作戦なのか、どちらかというと抑えきれないようなスピードで先頭を奪うとそのまま結構なペースで逃げる。エリアスピードは良い位置で追走、その他の馬も完全にキングリアを目標にレースは流れる。コーナーでもまだリードがそこそこある。


直線、弾かれたように差を広げようとするキングリア。しかし他の馬も猛追する。エリアスピードが並びかけようとするところで外から一頭物凄い脚で伸びてくる!これはあのドリームインパクトと同じ勝負服の子、『マレビト』である!!


そのまま並ぶまもなく差を広げ快勝。タイムも2分を切る好タイムだった。観客もマレビトの凄い脚に若干呆気にとられていた。


「すげぇーーー!!」「やったー!」「くそー!!」


ゴールして一気に様々な声が飛び交う。マレビトは2番人気だったので当てた人も多いらしく、強さを信じた人にとっては良いレースになったと思う。



細井さんが小さく「あぁ…」と呟いていたのが印象的だった。おそらくオッズ的にキングリアの単勝を買っただろうからこれは仕方がない。


…と思いきや意外な事実が判明。


「え…?当ててたんですか?」


なんと細井さんは馬券を当てていたという。


「うん。いや、結果オーライなんだけど馬連の一番人気の馬券を買ったら1着2着の予想が逆だったけど当たったんだ」


なるほど、キングリアとマレビトの馬連なら馬券は当たっている。


「じゃああの「あぁ…」っていうのは何だったんです?」


この質問に対して細井さんが照れ臭そうに答える。


「いや、当たった事よりもキングリアが負けちゃったことがちょっとショックでね…自分でも意外だったわ」


大井さんは堪えきれないと言った様子で大笑いしている。そして、


「勇次は知らず知らずにラウロ・デルーカのファンになったんだと思う」


と一言。結果オーライという事も確かに競馬ではよくあると言えばそうかも知れない。
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ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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