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できること

何というか、「成り立つ」ものは成り立つんだなと思います。意気込んでハイテンションを続けようとしても一時的だったりしますが、しっかりとした裏付けというのか支えになるようなものがあればもっと長くキープできると思います。


自分がこうある事によって何が出来るかは分からないものの、何がしかの事はそれで伝えているのだと思う事があります。前に進むしかない中で、前に何かがあると思えている自分を見出す時、それは言い過ぎなんじゃないかなと躊躇う部分もありますが、でも何かを形にしたいと思うのです。


出来る事と言えば続ける事。
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みぶんるい

昔書いた事の中で、プロセスとフェーズの関係があったけれど、「不変の構造」と「動きうるフェーズ」というのが程度の差異ではなくて、質の差異だとすれば、という事を思ったりした。「不変の構造」はむしろ実物というよりは物理法則のレベルで固定されている事で、存在性に関わる。「動きうるフェーズ」も長い時間固定すれば構造のようにも見えてくるけれど、何かのきっかけで崩れてゆくものという事は変わらない。資本論でいう下部構造を「動きうるフェーズ」として見ると、そこが上部に比べて安定度は高いというべきかも知れない。「動きうるフェーズ」自体にも動きやすさの程度の差異があって、プロセスとしか思えないように動いているフェーズもあると思う。


一人の人間の中でこれを語るなら、肉体的には不変の構造に近いものと、限りなくプロセスに近いもののせめぎ合いであって、精神的には社会という構造なのかフェーズなのかという判断をしつつ、生というプロセスを進めてゆくという事になるだろうか。


大きいものというか、かなり固定されているフェーズに対してのレベルをプロセスの中で動かして行こうとする場合、例えば社会的に固定化された思考に対しての批判のような事だと、根源的でもあるのでやはり難しい。ただ実際にそういう出来事というのは起こっていて、アメリカの選挙結果からの変化などは「大きい」と思われる。では社会的なニュースにならないけれど、密かに進行している劇的な変化というのも当然あると思う。個人の中で当たり前だと思っていたものがいつの間にか失われたり変わっていたりというのも、別な意味で大きいものだろう。


常に「構造だ」とか「動かしがたい状況だ」という認識がある。それを本当にそうだと思った時から既に何らかのプロセスの中にあるとすれば、そうではない状況との差異の中で動いてゆくのだろう。動かせないと割り切ってその中でどう生きるかを追求しつつも、動かそうとしている面があるのだろうか。あとは動かしがたいと思っていたものが脆いと分かった状況で、どうするかもやはり対照的に進んでゆく。もうそこを離れるか、あるいは維持して行こうとするか。


一つだけ確かなのは「動かせない」のでなければいつかは崩れて行く事があり得て、そうなった場合結果的にプロセスとして進行していたという解釈が後から為されるということである。「動かせない」、「変えられない」と理解する事があるとすればそれもまた一つの知ではあるが、物理法則でないならばやはり相対的な知であるのかも知れない。


うん。


追記:


「問い」と「思考」を中心に考える場合の見方もあるけれど、その状況の中でどう行動してゆくのかは単純にどんなものが見たいとか、どういう世界にしたいのかがあってのものだろう。ただどちらにしても、生物としての在り方は外界を認識する事によって成り立っている部分が大きく、世界をどう認識しているかによって、どう動こうかという事が変わってくる。認識を動かすものが知だとするならば、知によって間接的にどう動いてゆくかも変わるだろう。

完結

最後は少しあっさりとした書き方になってしまいましたが、『掌のワインディングロード』完結です。

掌のワインディングロード 36

その日タラちゃんは朝から引っ越しの準備を始めていた。


日曜日だった前日は競馬の開催が東京に移っていたので出掛けなかったけれど、私達はいつもの様にテレビの中継を観ながら一日の半分以上を過ごした。ところで「私達」とは言ったけれど、競馬の中継はずっと見続けていなくてもレースの時だけ集中すればいいのもあって、私は司会者と解説者がやり取りしている声をBGMのようにしながら積読になりはじめていた書籍を一つ一つ消化していっていた。


来週に実家に戻る予定だったタラちゃんは既にあのお店のバイトも辞めていて、それならばと率先して朝食を用意してくれていたり生活リズムを朝型に戻そうという努力をしているらしかった。その意味もあって月曜日の朝から準備を始めたというのもあるのだろう。


私は感心しつつもなんだか寂しい気持ちになってしまって、それを紛らわせるように昨日の読書の続きに勤しんだ。勇次もちょっとぼんやりした様子で新聞を読んでいる。するとタラちゃんの部屋から、


「あ、これいいな!!」


という弾んだ声が聞こえてきて、すぐにタラちゃんが何かを持って私の前にやってきた。


「どうしたの?」


と私が訊くとタラちゃんは嬉しそうに、


「この3冊の本、ぜんぶ競馬の小説なんですけど聡子さんに読んでもらいたいなって思って」


と言って私にその3冊の小説を手渡してくれた。


「ありがとう。興味があったの」


それぞれのタイトルをちらっと見たところでも全然聞いたことのない作家が書いたものらしく、背表紙の文を読んでも3冊とも違う視点から競馬の世界を描くものであることが分った。勿論嬉しいのだけれど、


「また積読がふえちゃった」


と私は苦笑い。すると勇次がこちらを向いて、


「聡子がまだ読まないんなら、俺が先に読もうかな。いいだろ、タラちゃん?」


と確認した。「もちろん」とタラちゃんは頷いた。そしてタラちゃんはまた自室に戻り、準備を再開したようだ。



時間は過ぎて私がその中の小説の一つに手を付け始めた日、引っ越しの業者さんが家にやって来た。それほど荷物は多くなかったので手際よくあっさりと片付いてしまったタラちゃんの部屋。何か忘れたものがないかどうか三人でアパートの中を確認して、勇次が一言。


「どうやら大丈夫みたいだな」


続けてタラちゃんが、


「ええ。本当に今までお二人にはお世話になりました。何だか名残惜しいです」


「それは私もだよ。勇次だってそう」


まもなくタラちゃんを見送らなければならなくなる。私はその前に何か伝えたい事がないか、必死に考え始めた。そうしていると三人で暮らした時間が走馬灯のように頭を駆け巡るのを感じた。春、夏、秋、冬、そして春…でもそう思い出しているうちに私はちょっと可笑しくなって笑い出してしまった。


「どうしたんですか?聡子さん」


『こういう心配そうな表情のタラちゃんを観るのも今度会った時までになってしまいそうだな』なんて考えながら私は説明した。


「うん、なんだか三人の思い出って春も夏も秋も冬も、ほとんど競馬だったなぁって思って」


「そうだよな。そればっかりじゃないんだけど、タラちゃんと一緒に過ごしていると競馬が中心になっちゃうのかもしんないな」


そう言った勇次と二人で笑いあう。タラちゃんはそれを聞いて何か複雑そう。


「僕としては、結構色んな事に挑戦したつもりだったんですけどねぇ。というか、僕はお二人と平日の午前にコンビニ行くのか行かないのかでやり取りしていたような、当たり前の事が思い出されるんですよね」


「まあそう言えばそうね。だって私達、三人で生活してきたんだもん」


そこでタラちゃんはこんな事を言った。


「僕が良かったなって思うのが、これからはお二人の新しい生活が始まるって事ですね」


これまでの付き合いでタラちゃんが何を言わんとするのかがちょっと分ってくるよう。そう、今日はタラちゃんの門出であって、私と勇次の新しい出発でもあるのだ。


「あんまり変わんないと思うぞ、たぶん」


勇次は気の利いたことを言ってくれないけれど、もしかすると照れ隠しもあるのかなと思ったり。そんなやり取りをしているととうとう別れの時がやってきた。


「じゃあ、僕そろそろ行きますね。実家で待たせてあると思うから」


「うん。行ってらっしゃい」


私はこの時、自然と「行ってらっしゃい」という言葉が出てきたとに少し驚いていた。言い直そうかなと思ったけれど勇次が、


「行ってらっしゃい」


と続けてくれたのは三人の関係性を表わすものなんじゃないかなと思ったりした。



タラちゃんが玄関から外に出る。見送りに出た私は今どんな言葉を掛ければいいのか、この時咄嗟に思いついた。


「じゃあ」


と言って向こうに歩いてゆくタラちゃんに向かって、


「タラちゃん!今日のダービートライアルの、何だっけ、そう青葉賞の本命を教えてくれないかな?」


とわざと大きい声で言った。タラちゃんは嬉しそうな表情で一度こちらを振り向いて、


「今回は騎手なんですけど、『もしかしたら』内山騎手がやってくれるかもしれません!自信はあります!!」


そう教えてくれた。再び歩き出したタラちゃんを私達は姿が見えなくなるまで見送った。そして勇次が一言。


「内山騎手のって5番人気だぞ。来るのかな?」


「じっくり観戦しましょう」


私はそう言ってリビングに戻るとまた読書を再開した。テレビから流れてくる解説の声を聞きながら。



(完)

掌のワインディングロード 35

4月も20日を過ぎ、世間ではゴールデンウイークの予定をどうするかなんてことが専らの話題で俺の場合は生憎と仕事が結構入ってしまったので少しばかり残念に思っている。もっとも、同居人であるタラちゃんとの別れが近づいている事もあり、今はとにかく後悔の内容に毎日を過ごそうという気持ちになっている。


そして土曜の夜、少し前から計画していた『お別れ会』とタラちゃんの為の『合コン』のようなものを兼ねて馴染みの店で俺達は集まった。とはいえ面子は俺達3人と妹の桜とその友人を一人呼んでもらっただけ。だが、この何気ないアイディアがちょっとした偶然を引き起こしていた。


「よ、吉永さん!?なんでここに?」


「え、加賀見くん?そっちこそ何でここに?」


それは早めに店で待っていた俺達の席に妹とその友人の吉永映見さんという女の子がやってきた瞬間の出来事だった。お互いに仰天した様子で名前を呼び合うタラちゃんこと「加賀見竜二」は吉永映見さん。妹の友人で俺は初対面だったし、当然「出会い」を提供しようというつもりで呼んだ吉永さんはなんとタラちゃんも面識があるらしいのだ。


「どういう事だ?タラちゃん説明してくれ!!」


慌ててタラちゃんに訊ねると、


「いや…僕もこんな事になるとは想像もしませんでしたけど、こちら吉永映見さんは僕の高校時代のクラスメイトで、当時そこそこ話とかしてたんです」


「あ。すみません、お兄さんとは初めましてですよね。私、桜さんの大学の友達で、で…そちらの加賀見くんの同級生だった吉永です」


「ああ、聡子からちょっと聞いているよ。今日はありがとうね」


俺の隣に座っていた聡子は既に吉永さんとは桜を通じて会っていて、その縁もあって今日ここに呼ぶことが出来たという経緯がある。もちろんこんな事になるとは聡子も予想してなかったので、


「タラちゃんと知り合いだったなんて…世界は狭いものねぇ…」


と呆気にとられたように呟いていた。とその一旦停まってしまった流れを桜が、


「まあ、立ってるのもなんだから座りましょう。あ、加賀見さん、私そこに居る人の妹です。よろしく」


と割とあっさりと受け入れて取り仕切る。流石にタラちゃんも桜とは面識はなかったようである。恭しく頭を下げながら、


「お兄さんにはとても良くしてもらっています。今日は宜しくお願いします」


と場を繋ぐタラちゃん。意外としっかりしている妹を見倣い俺もそこで当初の予定通り、今回の趣旨を説明したり乾杯などを準備し始めた。間もなく運ばれてきた各々の飲み物を掲げて乾杯をして和やかなムードが始まると、やはり話題はタラちゃんと吉永さんの関係について殺到する。


「加賀見さんのこと「タラちゃん」って呼んでるけど何で?」


特に桜はタラちゃんとルームシェアするようになった経緯などについても遠慮なく質問してくる。常識人ゆえ前々から心底不思議だったらしい。


「『もしかしたら』っていうのがタラちゃんの口癖なんだよ。だった、というべきなのかも知れないけど」


「なるほど。だから「タラ」なんだね」


ほとんど仲の良い友人のような気軽さで聡子は桜に教えてゆく。吉永さんもタラちゃんの現在について気になることがあるのか熱心に聞いている。


「あ、そういえば今年に入ってですけど一度吉永さんと出会った、というかちょっとすれ違ったというか…」


タラちゃんのその話に吉永さんが少し不満そうな声で、


「すれ違ったんじゃなくて、ちゃんと話したよ。加賀見くん」


と言う。微妙なニュアンスだが、多分吉永さんとタラちゃんはまさに微妙な関係なのだろうと思う。ただ傍目から見ている限りではぎこちなさがないし、むしろ…


「ねえ、勇次」


そんな時に聡子に耳打ちされた。そういう事はあんまりしないのでちょっとドキッとしてしまったけれど、内容で納得した。


「なんか吉永さんってタラちゃんの事かなり気になってる感じじゃない?」


他の人に気取られないように俺も聡子に、


「俺もそう感じてたところだよ」


と告げる。今や弟のような存在であるタラちゃんのこれからの事を考えると、この場を設けて正解だったなとちょっと思ったりしたのだが、肝心のタラちゃんが若干遠慮がちである。そして少し厄介なのが我が妹君。


「まさか吉永さんに会うとは思わなかったなぁ」


「ねえ、映見って高校の頃どんな娘だった?」


何でも詮索したがる性格がここでももろに出て、空気を読まず(?)二人の間に入ってゆく。



「え、すごく真面目で頭が良くて、明るかったです。競馬の話も結構聞いてくれたりして、話し易かったですね」


対して俺の肉親だからという理由で話し易い部分もあるのか、比較的スムーズに会話を続けているタラちゃん。その時、桜が「えっ?」という表情になった。


「映見ってそういう人だったっけ?」


「桜!ちょっと何でも質問し過ぎよ!」


妹の暴走を窘めたのは吉永さん。何だかんだで、こういう友人が居てくれるのは兄としても心強い。




まあこんな感じで終始話が盛り上がりっぱなしで時間が過ぎていった。そして次第に「お別れ会モード」になっていって俺はしみじみとこんな話をする。


「いやぁ、本当に3人で生活してて楽しかった。本当に別れるのが寂しいよ」


「僕もです。でも、勇次さんと聡子さんが背中を押してくれたから、もう一回頑張ってみようと決心できたんです。それは感謝しても感謝し切れません」


「タラちゃん…」


聡子も俺も少し涙ぐんで、今は凛々しく映るタラちゃんを見守る。色々話しながら今日に至る事情を知った桜と吉永さんも段々応援をするような気持ちになっているのか、


「頑張ってね、『タラちゃん』さん!!」


「加賀見くん、応援してるよ!」


と言ったのが印象的だった。あまり遅くなるといけないのでこの辺りで会をお開きにして二人とは別れた。そして3人で歩く帰り道タラちゃんが困惑するように、


「いや、今日は本当にびっくりしました。で、何か桜さんとも連絡先交換しちゃって、今こんなメールが届きました」


と言いながらスマホの画面を見せてくれる。


『今日は楽しかったですね。今度は映見と3人で集まったりしませんか?』


「ほぅ…」


俺としては別に桜がタラちゃんと仲が良くなっても構わないのだが、もしかしたら吉永さんとの関係を取り持つような気持ちなのだろうか?何にしても侮れないやつである。


「でも楽しかったね。私も何だか若返った気分」


と少し酔っているのか何か微妙な発言をする聡子。どうしてもしんみりしがちな時間ではあるが、俺も聡子と同じように本当に楽しかったなと思っていた。それと同時にこんな事を思う。


<今日みたいな集まりで、またいつかこんな風に楽しめたらいいかもな…>



そしてそれはそんなに難しくはないと思うのだ。

掌のワインディングロード 34

「いや~やっぱり良いですね。中山!」

皐月賞目当てで訪れた競馬場で自然と僕の声が弾んでいた。去年、ここで偶然大井さんと細井さんに出会ったのが切っ掛けで今の生活が始まった事を思い出すと、どうしても感慨深くなってしまう。やっぱり二人とも同じことを思っているのだろうか、


「何だか懐かしい気持ちがするね。結構通ってるのに」


「この賑やかさは独特だよね」



こんな風に話している。今回はなるべくいい場所でレースを観戦したいという事で、なるべく早く家を出てきて、辛うじてゴール付近のスタンド席が確保できた。すっかり暖かくなってきているものの、ずっと外にいると身体が冷えてきてしまう事もあるのでやや厚めの服装をと心掛けたのだが、午前中からのレースの間も人の熱気が凄くて逆に汗をかいてしまいそうだなと思った。


「今年はドリームインパクト産駒ですかね?2強対決にも見えますし」


「そうだろうな。俺の本命はサワノダイヤだよ。ぶっちゃけ騎手で選んでるけど」


「クリスチャン・メルーですか。本番で2着の印象があるんですよね。なんとなく…」


「うわ…タラちゃんのその「なんとなく」はいやな感じだな…」


あまり考えずに言った事だったけど、すっかり僕の性質を理解している細井さんは少し自信を無くしたように見えた。


「私もそう思う。そんなに外国人ばっかりじゃないような気がするっていうか」


大井さんが言うように、派手な勝ち方をするから外国人が大レースを一杯勝っているように見えたりするけれど、実際は若手でも川野騎手とか、浜崎騎手とか、ベテランでも結構本番では結果を出していたりする。僕もそういう事を念頭に置いて、やはりドリームインパクト産駒でしかもオーナーがドリームインパクトと同じである「マレビト」が川野ジョッキーの手であっさり勝ってしまうのではないかという予感があった。ベテランでは瀧騎手のエリアスピードも実力はあるけれど、前走の弥生賞でマレビトとの決着はついてしまったように感じていた。そういえばその弥生賞で細井さんはデルーカのキングリアを本命にしていたけれど今回はどうなのだろう?窺ってみると、


「ああ。今回は2着までかな。多分だけど距離が持たないよ。勿論好きな馬だから馬連の相手にするつもりだけど、自信はないな」


ちょっと複雑そうな笑みを浮かべてそう語る細井さん。本来ならばパドックも見ておきたいのだが、今日は混雑で全く見ることは出来ないだろうから、馬体重発表の段階で買う馬を決めようと思っている。こうやって3人で競馬場に来れなくなってくるかも知れないけれど、いざ目の前でどんどんレースが繰り広げられてしまうとどうしても目を奪われてしまう。いつのまにか昼になって、今日は予め用意していたおにぎりなどを頬張りながら、ぼんやり向こうの方を眺める。


「なんかやり残した事があるのかな…」



ぼそっと言ったつもりだったが大井さんがしっかりと反応してくれる。



「写真撮ろうか。三人で」



「あ、そうだな。今日は記念日みたいなもんだしな」



そういって頷きあう二人。少しの間柵の方に移動して、近くに居たお兄さんに頼んで集合写真を撮ってもらった。



「おー、良い笑顔!!」



お兄さんがそう言ってくれた一枚はものの見事に「競馬を満喫しているグループ」という風に映されている。席に戻ってちょっとしみじみと去年の事を話し始める僕等。



「わたし、今みたいに慣れてなかったから去年は色々びっくりしてたかなぁ。お馬さんが凄く近くで見れるし」


「俺はこんなに熱中している人が居るなんて思ってなかったから、ちょっと異世界に来たような気持だったよ」


「僕も初めてきた時はそんな気持ちでした。いざ目の前で馬が凄いスピードで走っていると、なんか凄い事が毎週行われてたんだなって実感して」



そんな風に話していると、僕も競馬にまつわる色んな事を思い出す。中学校の頃は競馬が好き過ぎて周りからちょっと変人扱いされたり、でも楽しさを分ってくれる人が意外と近くにいたり。勉強ばっかりだった高校時代でもしっかり毎週レースは見ていて、時々ネットで懐かしいレースの映像を見るとその当時の事はあんまり覚えていなくてもそのレースでどういう風に馬が動いてゆくのかとか、実況がどうだったとかは覚えている。自分にとって当たり前にあった競馬という文化を誰かに紹介したいなという気持ちが昔からあったと思う。もし自分が大学生を続けていたとしたら、友人と競馬場に通うというような「らしい若者」になっていたのかも知れない。けれど競馬に「IF」は厳禁であるように、大切なのは「今」がどうかということだと思う。



僕は今のこの選択を後悔していないなと思っている。それは強がりではなくて、本当の意味で自分みたいに自信のない人間が大胆な事に挑戦しようとしているという今に辿り着けたという意味で、心からそう思っていた。僕がそうであるように、大井さんも細井さんも僕という人間を受け入れた事を「良かったと」思って欲しい、何てことを考えていた。



午後からの競馬は次第に増加するお客さんとその熱気で段々自分のテンションも上がっていった。


「うわ~やべぇ…本当にどうしようかな…」


もう馬体重が発表されてしばらく経つというのに細井さんが馬券で何を買うかかなり迷っていた。


「勇次、ここは初心貫徹だよ。サワノとキングリアで行けばいいのよ」


「いや…そうなんだけどさ、キングリアが不安なんだよ。」


「だって応援してるんでしょ?デルーカ」


「応援はしてるけど、やっぱり「マレビト」の方が確実性があると思うんだよ」



細井さんは典型的な悩みに陥っている。応援したい馬と買いたい馬は違う。


「だったらキングリアを複勝にして、サワノとマレビトの『ワイド』ですよ」


その時の僕の心境は自分でも何だかよく分かっていなかったが、『ワイド』なら確実に押せるなと判断したのは間違いない。細井さんは凄く意外そうな顔をして聞き返す。


「え?ワイド?馬連じゃなくて?」


「それだけは自信があるんです。むしろなんかノーマークの馬が間に入りそうなのでワイドに逃げるというか…」


そう慎重に言うと細井さんは感心したようにゆっくり頷いた。


「まあ配当は安くなるが、確実に当てるのも良いのかも知れない。じゃあタラちゃんは?」


「僕は、「マレビト」の単勝です!!」


後で気付いたことだが、僕はどうやら出走馬の中で一番「マレビト」に勝って欲しいという願いがあったようである。大井さんはなんとも言えない表情で僕を見ていた。そして一言。


「私は今日は観戦に集中したいから馬券は買わない」



いよいよレースが始まる。ボルテージが高まったぎゅうぎゅうの場内でファンファーレが鳴り響く。手拍子で馬が驚かないようにと願いながら、次第にそんな事を考えられなくなるほど緊張が高まってゆくのを感じる。…ゲートイン。



ガチャ



発走した!



あ、今日も逃げる!









4コーナーだ。後ろはどうだ?





あっ…




あぁ!!マレビト届かないかぁ!?あぁ、届かないぃ!!!






レース中、こんな風になってしまった僕の頭の中。そうマレビトは最後追い込んできたが、海老沢騎手の「ディーメジャー」という馬に脱け出されて届かずだった。そして三着にはサワノダイヤが粘った。



「タラちゃん、当たったよ!!」



細井さんは僕の助言で「ワイド」にしていたのが効いて「2、3着」で当たり。どうもこういう日でも馬券的には下手糞になってしまう僕は少ししょげてしまった。すると大井さんが「タラちゃん」と僕にこう言った。



「私、「マレビト」次はやってくれると思う。よく分からないけど、そんな「流れ」が見えるっていうか…」



この言葉を聞いた僕は密かにちょっと衝撃を受けていた。その口ぶりはどうやら慰めようというのではなく、本当にそう思っているらしかった。もしかするとこのレースをしっかり観戦していた大井さんだから解る事だったのかも知れない。そして彼女はこう続けた。


「勇次、ダービーも見に行こう?私、今度は「マレビト」を応援するから」


それはこの場においてはある特別な意味を持つ言葉だった。それを理解した細井さんは目を細めて微笑むように、


「そうだな。ダービーも見に行こう!!」


そうして僕の方を見つめる二人。それはまるで「そこでもう一度会おう」と伝えているかのようだった。


「…僕も見に行きたいです」


僕はその時、本当の意味で競馬が僕らを結び付けているのかも知れないと思った。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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