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動いてゆきつつ

創作を続けていて思うことは、とにかく「やる気」とか「意欲」が高まったときには
疲れがあっても意外と作業は進むという事です。流されやすくてもそうでなくても、
状況によってはしようと思っていることがし難くなるのは確かで、難しいとなれば
それを行うのは「無理」と感じてしまい、気持ちが折れそうになります。気持ちが
高まっている時のその意志をどうにか活かしたいと思うならば『布石』になるよう
な行動を積み重ねることが必要でしょう。


「物神的」な事と通じるのですが、実際に「物」としてその存在が目に付くところ
に置いておくことの効果は無視できないかもと感じ始めています。直接的に作用す
るというより、自分が「敢えて」それに意味づけて、後の自分に作用するように祈
りつつ配置しておいたという事を思い出して、「意志」を間接的に確認するという
風に作用します。


そういう風に「意味」を与えてゆく作業を続けていると、世の中全体に行きわたっ
ている『配置』、『記号』、『メッセージ』が何気ないものでも、刹那でも「意識」
させるという事がいかに重要か気づかされます。標識が無意識下に働きかけている
としてごくわずかなレベルでもその影響があるならば、『その連続』が向かわせる
先も、傾向性を持たせうるという可能性も感じます。



病的な捉え方と、ごく正常であり得る見方のギリギリのところで良いパフォーマンス
をしたいと思うならば、『布石』の『積み重ね』をしてゆくのが様々な制約、制限の
中では有効に思われます。理論的には、ちょっと空いた時間の小さな工夫をどう目に
見える形にしてゆくかがキーで、デジタルではなくアナログ的に伝えられてゆく力の
度合いを、そのまま『意志の強さ』として表現した「痕」が重要です。



ネットでの表現も「痕」として捉えると、意欲の様々な程度に応じた表現の場がある
のは好ましいですね。実際、ツイッターが『公式化』してゆくにつれ、迂闊なことが
言えなくなる半面、そこで発言することの「重み」が加わってゆくという実感があり
ます。



じゃあ、そこからどう動いてゆくのか…



明確にはならないものの政治的な事だけではなく、素朴な喜びも重視したいなと思いま
す。もちろん世の中で何かをするから喜びもあるのですが、世の中がより望ましい状況
になったら存分に出来るかも知れないことをイメージしてみるのが意外と大事なんじゃ
ないかと最近では思います。
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情熱の行き場

どうしようもなく。それはどうしようもなく本当の情熱で、だからこそ何も纏わせることのできない言葉があって。挫けそうになるたびに、僕はまだ何かを信じている心の中をありったけの力で解き放つように叫んでいた。



<そんな自分も本当だけど、こうしてダラダラ過ごしてる>




昨晩友人と行ったライブの事を思い出しつつ半ば余韻に浸りながら、あれだけ叫んだのはいつ以来だろうかと考え始める。もはや体力が尽きてただ布団に転がっているだけのオブジェと化した男は、このいつまで続くか分からない弛緩をできるだけ長く味わっていたいと思っている。友人と好きなバンドが同じで、たまたま地元に近い会場に都合よくやってきた上にファンクラブでもないのに運よくチケットがゲットできたんなら、参戦しない方がいろいろ間違っているだろうなと感じた。夜の会場の独特の一体感でもはや自分の存在すら意識していない解放感は何物にも代えがたい。黒歴史にしがちな青春時代に熱く語り合った友人が同席したことで、一層特別な感情が沸き上がったのを覚えている。



『昨日のことだもんな。話をしたら彼女も行きたかったって言ってるよ』


『あんまり好きじゃないって言ってた記憶があるんだが』


『最近ヒットした曲をネットで見つけて、結構いいねって言ってた』


『今度連れて行ってあげたら?』



寝っ転がりながらスマホでやり取りしていると直に会った時とのテンションの違いを感じて変な気持ちになる。「彼女」の話が出てきたところで、少し気分が代わってきて、

「そろそろ何とかしないとなぁ」


と小さく声が漏れた。自分的には大きな決心を要する問題。実際のところ友人とバカ騒ぎして熱い語らいをしている一面とは全く違う、未だにナイーブな感性で迷いに迷っている気持ちの行く末を見守るように生きているような具合。異性で気になっている人がいるということなんて別に大したことでもないのに、殊僕についてそういう事があるならそれは秋空に桜の花びらが舞うような場違い感が漂う。それが良いことなんだという了解はある。だが、だからといってそこでどうしたらいいのか、相談もできないまま相談しないまま、それゆえ運よくおあつらえ向きの状況がやってきた場合には運命だと思って決心をしようと思っている。


「なにを馬鹿な…」


上記のような気持ちがあったとしても決意には至らず、自嘲気味にため息をつく僕。『職場恋愛は気まずそうだな』というぼんやりしたイメージで日々その人に惹かれてゆく己の気持ちを誤魔化している。たぶん、相手にはこちらが気があることすら感じさせてないだろうと思う。



そんな僕でも参ってしまうのは、おそらく相手がそれほど意識はしていないけれど「少し頼れる先輩」という体でそこそこ頼ってくる時の視線である。女の武器というわけではなく、ただ素直に信頼しているという事を隠さないでいる視線が僕にとっては微妙に心地の良いもので、できることならもう少し接近していたいという気分にさせる。尤も、これまでくそまじめに生きてきた性格が邪魔をしているのか、あるいは冷静に判断させてくれているのか、『相手の意図、期待することをなるべく正確に理解しようと努めよ』という誠実さが…誠実さへの努力につながってゆく。この前辛うじて、仕事で一緒に外出している時にその場の流れで昼食を取ったくらいの親しさだろうか。



「女心」について、ネットや一般論で聞きかじっているくらいではどうもよく分からず、むしろ先入観を持たないほうがいいんじゃないかと考え始めると…




そんなことを考え始めるループでいつも通りわけがわからなくなってきたところで、現実に立ち返る。どうせ仕事場でしか会えないのだから、一石二鳥的に明日の仕事に備えるのがいいんじゃないかと思い始めた。と、僕はそこで職場で使うステーショナリー、要するに文具の一つを紛失していたことを思い出した。無ければ無いで、どうにでもなりそうだけれど、あったらあったでストレスがない。そんな絶妙な「欲しさ」の文具を今敢えて買いに出かけるか…それはこれまた非常に悩ましい問題である。



結局、色々な都合を考えて買いに出かける事にした。




準備万端のつもりで家を出てすぐガスの元栓を閉め忘れていたような気がして戻って確認するという、僕の「あるある」を繰り返す。結局しっかり閉めていて、気を取り直すようにまた外に出たのだが、その微妙なロスによってなのかどうかは分からないものの近くの踏切に差し掛かったところで遮断機が下りる。



<「運が悪い」というよりは「間が悪い」だよな…>



精神衛生上、最近そう解釈することにしているけれど優柔不断な自分にとって「タイミング」というのは本当に大切な要素で、タイミングが良いからついでにやってしまうという事もなにかと多い。もちろん「万事が塞翁が馬」であって、近視眼的にみれば間が悪くとも結局は…という事もあるのかも知れない。




それが証明されるようなことが起こるとは思っていなかったといえばそうだ。



何の因果だろう。本当にどういう事なんだろう。こんな偶然があってよいものか。僕は駅前で『職場の後輩』、『気になっている人』、その他諸々の呼び方を巧みに使い分けている当の、その人に出会ったのである。


「晃先輩!!」


「弥生さん!!」


お互いに気付いたタイミングがほぼ一緒だったのでなぜかこんな対面になってしまったけれど、休日で私服姿の弥生さんを見るのは新鮮といえばそうである。あーだめだ…もう…




そのあと「仕事中」という枠がないために、僕自身どういった対応をしたらいいのかわからずところどころしどろもどろになるのをなんとか取り繕って、「文具」を探しているということをなんとか伝えた。明らかに様子が違うのを怪しがって、


「先輩、今日なんか変ですよ。ふふ」


と笑われてしまう。


「そりゃあ、弥生さんに会うと思ってなかったから準備が…」


「何を準備する必要があるんですか?」


「えっと…それはその…」


こういう受け答えだけでも墓穴を掘ってしまいそうなので、


「あ、今日はどっか出かけてるんでしょう(見ればわかる)?近く?」


とやや強引に話を振る。


「えっと、私今日友達と約束してたんですけど、なんか来れなくなっちゃったみたいでこれからどうしようかなって思っていたところなんです」



「ほぅ…」


「そういえば私も文具見に行きたいような気もしますし、ついて行ってもいいですか?」



「え…?」



「だめですか?」



「だめだという事はないと思うよ」



こうなると一緒に文具を見に行くのが自然だろう。むしろここで断るほうが何か殊更に断る理由があるように思われてややこしい。


「じゃあ行きましょう!」


とどこか上機嫌で駅の中に入ってゆくときに、彼女がすっとスマホを取り出したかとおもったらちょっと困惑しているのが見えた。


「どうかした?」


「あの…非常に申し訳ないんですけど、友達、なんとか来れることになったみたいです…」


「あ…そうなんだ…ざ」



『残念だね』という言葉が出かかって、彼女にとって全然残念じゃないなと思いなおす。と思いきや、



「約束だったので…残念です…」



とお世辞ではなく本当に残念そうな様子を見せる弥生さん。僕の頭はここで「少なくとも用事がなければ一緒に出掛けてもいいと思っていた」、「いけなくて残念だと思っている」という情報を整理しつつ精査し、残念なのは残念なのだが、それほど悪いことでもなかったと結論を出していた。



「じゃあ、今度何かの機会があったらどこか出かけようね」


このセリフを僕は「何かの機会はそうあるもんじゃないけど」というニュアンスで言ったつもりだった。社交辞令ともまた違うけれど、期待しないような感じ。ところが…



「そしたら、来月とかどうですか?先輩が出かけるところとかぜひ教えてください!」


という具体的な提案なので、ますます混乱してくる。混乱したまま、


「う…うん。分かった。来月の予定は開けとく」


と答えてしまった。それは果たしてどこまで本気の事なのだろうか、自問自答しつつ予定だった文具を買いに移動する。痒いところに手が届くようなステーショナリーを扱っているそこそこ有名な専門店までやってきて、気もそぞろに文具を選んでいるとスマホにメッセージが入る。



『ライブさ、来月も近場であるらしいんだけどさ、どうよ?』



僕はこの返信ほど悩ましいものはないなとこの時思うのであった。それはある意味で語っていたすべてが凝縮されている選択でもあって、、、



<まさか彼女をライブに誘うっていう、アクロバティックがあったりするのだろうか?>



などと不思議なこと考えていたのだった。

ペースを

必要に迫られ、リズム、或いはペースを変えなくてはならない場合があります。ある世界というか、ある状況を続けてゆく為になんらかのリズムとペースで動いてゆく必要があると考えると、成り立ち得る世界というのも様々な要素が絡んである程度は決まってくるのかも知れません。


少なくとも「このペースで動いていては無理だ」と思うような時もありますし、必要に迫られて自然に決まってくる意識もあるでしょう。


今と勇気

「今」を乗り越えるには過去最大の勇気が必要だ、とふと思った。それは常にそうなのかも知れない。「今」を越えるためにはそれまでに様々な道のりがあって、「今だ!」と思う瞬間に全てを出し尽くすような跳躍が必要だ。過去の集約だけでなく、その瞬間にきらめくもの。


時計の時間的な「今」というよりも、続いている今で、それは過去を参照できなければずっと今だけがある意識のままで、場合によっては瞬刻前と比べて今しかないかも知れない。


なんにしてもこうして向き合っている今、この瞬間に何かを「進めよう」とするならやはり勇気と動機がいる。過去に書いてきたような自分の意志と今この瞬間に生じたものがぶつかる。


ステテコ・カウボーイ⑩

夢に「あの人」が出てきたのは僕にとって大きな出来事だった。他の人だったらどちらかというと不吉なものと捉えるのかも知れない。今は亡き、「川相那津子」という女優が夢に出てきたら、自分もそちらの方に引き込まれてゆくのではないかと一瞬焦ってしまう。


ぼんやりしたままどこかで聞き覚えのある落ち着いた声が聞こえてきたと思った。もしかしてと思って立ち上がったら、正面で僕に向かって何かを語り掛けているその人が立っていた。僕はその時、とっさに何か大事なことを言わなければならないと感じて声を出そうとした。ありがちかも知れないがそこで目が覚めた。彼女と僕がいたのは、どこか知らない町だった。夢にしては気の利いているくらい再現性があって、そりゃあ記憶から復元したものだから生前のラジオでよく聞いた透明感のある独特の声がそのまま耳に聞こえたし、姿だって実物を生で見たことがない割にはかなり正確に見えた。


僕は目覚めて一瞬だけ「自分が死の方に引きずられている」と感じて背筋が粟立った。でもよくよく考えてみるとどうしてそれを恐れているのかよく分からなかった。目覚めた朝は気持ちいいくらいの快晴らしくて、緑色のカーテンの間から射し込む光が僕を包み込んでくれているように感じる。


「なんて言えばよかったんだろうな…」


夢の余韻で僕は独りごちる。スマホで時刻を確認しているうちに現実に引き戻される。こういう時、僕はその余韻の力を借りて何かをするべきなのか、それともあれは夢なのだと割り切って厳しい現状を見つめているべきなのか分からない。でも、思いっきり肯定的に捉えれば少なくとも僕はまだ死にたくはないようだし自分を勇気づけるような夢を見るイメージ力があるなら、まだ自分自身をだませるんじゃないだろうか。そうすることに意味はあるのか、ただ少なくともそうする事で僕自身は僕を見限れなくなるだろう。



そう頭ではわかってはいるが、いざ動き出そうと思うとまた夢の中に誘われたい欲求が芽生えてくる。けれど昨夜早川さんという『現実の人』が、またしても僕に暗に何かを訴えているような気がしてしぶしぶ起きる。


「う~ん、やっぱり人に淹れてもらったコーヒーの味は格別だ」


日課となっているコーヒー淹れを欠かすのは悪いなと思い始めている今日この頃。こうやって喜んでくれるのはうれしいけれど地味にプレッシャーというか、淹れてなければならない状況に持ってゆこうとしているんじゃないかと邪推をしてしまうことは悪い癖だろうか。居候の身で何を言っているんだと思われるかもしれないが、僕が自分から進んでやるから意味があると思うという自分勝手さはれっきとした僕の意思なのだろうとも思う。



今となっては何もしたくないわけじゃない。それこそ出来るだけ早川さんに気持ちよく過ごしてもらいたいし曲がりなりにもあの時の「契約」があって僕の存在が彼女の作品の役に立つなら、なるべくなら協力しておきたいと思うのも、今朝の夢を引き合いに出すと説得力が薄れるかもしれないけれどかなり本気なのは間違いない。


「なんだか今日はシャキッとした顔をしているね。何かあったかい?っていうか、何かがあるとしたら君の心境の変化なんだけどさ。まあそれは割合何かがあったからってものでもないんだけど…」



早川さんは不思議そうな顔を僕に向けている。夢のことを説明すれば彼女は納得してくれるのかも知れないけれど、どうも言い難い。僕も彼女の正面に座ってコーヒーをすすりながら、


「いや、その。心境の変化といいますか、何か作品のことで僕が役に立てることがないかなんて考え始めるようになってまして…」


「そうか…」


いい反応が期待できるかと思いきや、早川さんの反応はいまいち。「どうかしたんですか?」と尋ねたがっている様子が見えたのか、


「いや、こんなことを言うのも変なんだけど…、と言いつつ変な意味で捉えないでほしいんだけど君が一緒に居てくれているだけで、私にとってはもう何らかの形で作品にリアリティーが出ているんだよ。というか作品だけじゃなくて、割と私の気持ち的にも何か張りが出る感じがあってね…」



「そ…それは…」



聞いてみるとなんと答えたものか困る内容だった。早川さんが妙に極まりが悪そうにしているのを見ると僕と同じことを感じているらしい。お互い気まずいというか、そもそもこれは当初の予定にはなかった展開のはずである。


「た…確かに早川さんの生活を見ていると最低限の人間づきあいしかしていないような気がしますし、ペットとか飼うのもいいのかも知れないですよね…ってかそれで僕が犬とか…」


「い…いや…そうじゃないんだ。というか、私だって友人の一人や二人や三人はいるよ。ただね、この歳になるとみな家庭を持ったりなんだりで、なかなか気軽に会えなくなってくるものなのだよ。君はまだ若いからわからないかもしれないけど」


「いえ…別に友人がいないとは言ってませんよ。でも職業柄、家に缶詰になりやすいですし、仕方ない部分もあると思うんです。まあ早川さんの話し相手として何かプラスになるなら僕としてもうれしいですね」


「うんとね…なにかが微妙に違うんだよなぁ。君は自分のことをもう少し分かったほうがいいのかも知れないが…私からはなんとも言い難くいものがある」


「難しいですね…う~ん」



だんだんなんの話をしているのかがわからなくなってきた頃だった、この家ではほぼ仕事用でしか鳴らない備え付けの電話が鳴りこの頃は電話の番もするようになった僕が習慣的に出ると、


『あ~!!もしもし!!真紀?あたしあたし!!久しぶり!今日大丈夫?』


と朝にも関わらずかなりハイテンションで喋りだす人が出た。一瞬間違い電話かと思ったけれど、とっさに早川さんの下の名前が「真紀」だということを思い出し、


『あっと、今早川さんアシスタントのようなことをしている者ですが、もしかするとご友人の方でしょうか?』


となるべく落ち着いて答える。相手は一瞬「え…?」という声を漏らしたけれどすぐ事情を理解したのか、


『あら、ごめんなさい。真紀だと思っちゃった。ええとじゃあ、そこにいる?』


『はい。今代わりますので』


と早川さんに目配せをする。なぜか顔を微妙にゆがめている。


『もしもし、その声は咲枝か…まったくあんたはいつも突然だな、、、うん元気にしているよ、、、ああ、そうだ、同居している、、、ってかなんなのよ』


早川さんが受話器を握ってからの言葉でおおよそどういう内容を話しているかが想像できる。おそらく友人ということで間違いなさそうだが、時々女言葉というか口調が変わってくるのが新鮮だった。女性は長電話というイメージそのままに結局10分ほどしゃべり続けて、最初は不機嫌そうだったのが最後は早川さんも嬉しそうにいろんなことを話していた。


受話器を置いて「ふぅ」とため息を吐いた早川さん。


「どうでしたか、真紀さん」


少しユーモアを出してあえて下の名前で読んでみると機嫌がいいのか微笑んで、


「中学からの同級生さ。私はもともと目立つ方のグループには居なかったけれど、彼女を含めた4人のグループは今でも付き合いがある。その友達にノートに描いた漫画を見せたりしたところから私の創作活動が始まっているから、原点でもあるね。さっき言ったみたいにお互いに忙しかったりで頻繁にというわけではないけれど、電話をくれたり時々遊びに来てくれるんだ」


「へぇ~いい関係ですね」


自分のことではないが聞いているだけで心が温かくなるような関係である。僕にも一応友人と呼べる人はいるけれど、疎遠になりかけている。


「でね、今日来ることになった。春日咲枝という人だ。既婚者で子持ちだ」


「え…?来るんですか」


「ああ、流れで来ることになった。仕方あるまい」


「ぼ…僕はどうすればいいんですか?」


「どうって、普段通り過ごしてもらえばいいよ」


この時、何も気にしていない早川さんを見て僕は非常に嫌な予感がしたのだが、どうしてそう思うのか自分でもよく分からなかった。

ささやかに

自分を続けていようと思えるその「自分」を見つけるということは案外不思議なものです。その「自分」は己を肯定しているわけで、言外にそういう自分ではない別の状態を匂わせます。


ナンセンセンスという感覚的に肯定できる何かがありつつも、普通に考えている間にはその向こうにあるものが分からないというのもアナロジーとして似ています。


感覚的な違いが現実に何か違う事を起こす、或いは違いとなって現れるというのはあり得る事だと思います。その向こうにあるものを見たいがゆえに動き出すというのもささやかですが一つの意志なのでしょう。
プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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