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ステテコ・カウボーイ ⑫

出会いを切っ掛けに変ってゆくという事をそれほど意識したことはなかったような気がする。『じゃあ早川さんとの出会いはどうなんだ』と訊かれると、あれは色んな意味でイレギュラーで出会いと呼んでいいものなのかどうか悩ましい部分がある。実際、早川さんは終始見守ってくれている態度を変えないし、むしろ僕が変わってゆくのを静かに待ってくれているようでもある。


もちろん、日々の家事とか雑務とか表面的なことでは繰り返してゆくにつれて手慣れてゆくという変化はある。でも根本的なところで止まったままの時間というか、全然変わる気配のない重々しい心が動き出すのはそういうところからではないような気がしていた。テレビを見ていても何か別の世界の話の事のように思われてくるし、一度ほっぽり出してしまった世間のことにまた関心を持つようになる『理由』がまだはっきりとは見つかっていなくて、見つけよう、見つけなきゃ、とささやかに思い始めたレベルなのかも知れない。



その日の夜も少し無理をするように意識を外に向けてテレビを見ていた。やたら画質の良い画面には一発屋と呼ぶのも怪しい最新のブレイク芸人が登場して同じネタで賑わせていているらしい光景が映し出されている。僕の興味が薄いからなのか、それとも僕の感じ方が平均的なのかは分からないけれど、自分が面白さを感じているのか時々分からなくなってくる。仕事終わりでリラックスして「ふふっ」とだけ笑う早川さんの様子を確認して思わず、


「面白いですか?」


と訊いてしまった。特に気を遣うこともなく、


「うん。イマイチだね」


と緩慢に答える早川さん。若干眠たそうである。<今日も作業で疲れてるみたいだなぁ>と心の中で『ご苦労様』と呟いてから、


「この人達来年まで持ちますかね?」


と再び質問してみる。すると、


「分からない。世間次第だ」


と意外な答え。僕の無意識のキョトンとしている表情を読み取ったのか、


「私もそこそこ生きてきたとは思うけれど、流行り廃りはよく分からない。世間がそれをよしとすれば長くテレビに映るのが視聴率というものだからね。視聴率なしにはテレビは成り立たない。ならば視聴率を取れる人物にスポットライトが当たるのも道理というものなのではないか…」


説明してくれる早川さん。ただその説明に自身が釈然としていないようなニュアンスがあったので、


「そうじゃないんですか?」


と接ぎ穂を提出してみると、


「いや、私達が『世間』に含まれているのかどうかその場合は気になるなってこと」


と妙に疲れた様子で話してくれた。それ以上は説明するまでもないなと思った。たぶん暗に「私はこれをよしとしていない」と語っている。


「難しいですね…そういうのって」


酷く漠然とした返事しか出来なかったけれど、こんな風にしか答えられなくなったのはいつからだろう。結果的に迷惑をかけてしまった前のバイト先で、休憩中に仲間と雑談していてもどこか他人事のようにそうやって会話を終わらせていたような気がする。



そもそもが難しいのである。そもそもこんな資源のない国で、色々何とか成り立たせているような毎日があって、最終的にはその場を堪えるというのが最良…低コストというような現実があって、何かでできた余裕をあっという間に使い果たされてしまう、そんな事が繰り返されてきたし、これからも繰り返されるだろう。



例えば動き出さない心で絞りだす言葉があるとすればそれは、


『どうすりゃいいんだよ』


という虚しい響きなのかもしれない。そんな具合に自分の世界に閉じこもりそうになりかけていると早川さんが静かにこちらを見ているのに気付いた。


「どうかしました?」


僕の言葉に彼女は少し照れるように、


「いや君の言う通り、確かに『難しいな』と思ってね。私もいつの間にか難しいことを考えるようになったんだなとしみじみと実感していたところだよ」


と言った。思わずツッコミたくなる。


「っていうか早川さんってもともとそういう性格じゃないんですか?」


「う~ん…私は基本的に面倒くさがりなんだよ。」


「そうですか?面倒臭がりだったら漫画家なんかできないと思いますけど…」


「仕事は別だよ。それ以外のことはあまりごちゃごちゃさせたくなくってね…」


女性でありながらスカッとしている性格だなと思っていたけれど、私生活を共にしている身としてはこれまでズボラなところは感じたことがない。仕事部屋もいつも片付いていて機能的だし、部屋着もかなりお洒落に気を遣っていることをうかがわせる選択である。前に友人の春日さんと外出した際にはしっかり季節に合わせたコーディネイトで「大人の女性」を感じさせていた。面倒臭がりだったらそもそもそこまでキチっとできないと思う。何故そう思うのかというと、自分の身内…母がそういう人だったからである。



以前早川さん宅に居候になっていることを母に一度連絡したことがある。フリーターで独り暮らしになってからあまり干渉してこなくなってきていたけれど、


『今アパートを解約して早川さんという人にお世話になっているんだ』


と簡潔に伝えただけで「そうなの」とあっさり了解してしまったので自分としてはそれ以上説明するとややこしくなるしそれでよしという事にしたのだが、本来ならばもう少し心配になってくるものではないのかと思う。ただ、母の性格を考えると特に気にするほどでもないという判断になったというのもあり得そうだなと感じた。



「早川さんはすごいと思います」


様々な実感でその一言が自分の口から出てきた。


「すごくなんかないさ。私は出来ることだけしかやっていないんだ」


その時いつもとは少し違うトーンで返ってきた言葉に、僕は何かこれまでと違う何かを感じていた。それが何なのかよく分からないまま、まるで全力投球しているようなテレビのCMを見つめていた。
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かき

じっくりとではありますが書きたいなと思い始めています。今だからこそ書けるナンセンスがあると思っていて、ステテコ・カウボーイは自分としてはポテンシャルを秘めている作品だと思っています。
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ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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