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小さな、大きな

本音を言うならどことなく頼りないのにまだ行けると思えてしまう。目一杯で渡り歩く向こうが輝くなら可憐に舞ってみるのもいいかも知れない。

君は君を引っ張ってゆく。不思議な程愉快な日に、忘れ物を呼び出すかのように。


その眼差しをどこかに留め、同じ目をした誰かに届くように、そんな想い。小さな、大きな。
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それでも

紙一重で気持ちが乗ってゆく。


残滓のように留まった何かの意志が眠りの奥から自分を引き上げてくる。ぼんやりしている意識と少しだけ違うそれは何かを残そうとする想いには違いない。


圧倒的な了解の中で、了解しきっていない理由。輪郭をはっきりさせるような、言葉と、どうもそれだけではない判断。 言い切りはしないけれど、ないわけではないという気持ち。


そういうものに向き合うのは面倒なのだろう。分かっていて、それでも。

しっかり

特に理由はないけれど時の流れの為せる業だろうか、深まる秋に相応しい
イメージが押し寄せてくる。強く残っているものだけで組み立てられるパ
ズルが今更のように浮き上がらせた画は、思いの外心強く。


あながち強がりでもなかった。通じ合える誰かが遠くで見守ってくれてい
るように感じさせてくれる、そんな瞬間は確かにある。



遠くに、というよりは確り。何かを感じて紡いでゆく。それを大事に。

何処かに何かを

『何処かにある何かを探して』、そんな気分でさすらう。分かり切っている事は今日も変わりなく順調で、リアルタイムで更新されてゆくトレンドは今日という日を歴史に刻み付けようとしているようにも見えてくる。雲がそこそこ薄く掛かる空の青はどこか透明な色にも思える。


どこからか風が流れてくるようなイメージの曲をBGMに車を走らせる。出来るだけ遠くに行こうとしても、多分目的地を僅かに越えるくらいだろう。やっぱりルートは決まっていて、穏やかな休日の時間を気にせずに過ごせる、ちょっとの『時』を景色と一緒に吸収する。



語り部のいない世界はこういうものなのかも知れない。流れてゆく時と景色、移り変わり、気付けば『ここ』までやってきてしまっている。『ここ』で隣に乗っていた人が、指さした。その人にとって思い入れのある場所だという事で、僕は記憶させられた。その記憶が妙に主張してくるけれど、それ以上に何かを感じるという事もない建物は、それでも目印になっているかのよう。



こんな風に坦々と過ごしているうちに秋は曖昧になってゆく。秋というよりは早い冬。冷え冷えする朝に、からっと晴れる日。情緒を感じている自分をまた遠くで見ているような自分があって、たぶんそれが何かを探しているんだろうなと、そう解釈するのが正しいと感じる。親しい人の言葉から今の心境に相応しいものを取り出してくるようにちょっとだけはっきりしたものが過る。



全てがこの世界にあるとは思わない。けれどこの世界はすべてである。無茶苦茶なようであって、結構まともな意見だろう。少なくとも可能性が広がっているように感じられる今という時、それが忘れていた何かを取り戻させる。



朝僕はこう思ったのだ。


『帽子を買いに行こう』


いつか誰かと一緒にその店を訪れた時、帽子を買いそびれてしまった事があった。『似合わない』と言われたからだけれど、今ならもしかして似合うようになっているかも知れない。少し大きな頭に合う帽子は意外と少ない。



思い付きのようでいて、ずっと欲しかったものを買いに行くようで。




少なくとも僕の中の何かは変わり始めている。今の僕にはそれが頼もしく思えている。そのあと、もしかして上機嫌な僕は何処かに何かを探しに行くかもしれない。

漕ぎ出す

浮かび上がる音色。近くにある、そう言いたげな温度を残すように心を揺さぶる。希望の始まりは、ひょんな事から。そこに留めておきたい何かがある。


止まらぬ世界で、バタ足をしている姿がいかにもという達観めいた目が、時折片隅に捉える微笑み。複雑なようでいて案外単純な、それでいて捉えにくいある温度。


世界は再び漕ぎ出す。

それだけ

何かを意識している自分を把握する。その把握している意識を把握する、というようなメタ認知が「覚醒」の感覚だなと不意に気付いた。

覚醒して、己を把握してより広く見れている時に何がしかの「配置」をしていたのだなと思う。「今」さえも相対化してしまうような視点があるとして、「今」に没入し切らずにというは厄介なものかも知れない。


「今」が全てであるようで、続きが無いとは思っていない。それだけの事なのだろうと思う。

囚われに

間違いとすら言えない選択の向こう。朧げな記憶と夢の中の情景がまだ導いている。囚われている何かから抜け出すのも何かへの囚われのようであって、絶え間なくやってくる現実に花の名前さえ通り過ぎてゆく。胡乱な話で、迂闊な想いで、疎んじてさえいる乾いた日々に、それでも瑞々しいエキスのような悪戯な心が、演じさえする。


儚いもの。間に合わせの言葉では干からびてしまう。それが幻想ではないなら、散りばめられた祝福だ。そう言い聞かせるように、心は跡を追う。そんな事。

面倒臭さと

もはや何と言っていいか分からない心境。全ての感情を客観的に捉えつつ、それでいてまとめ上げるような気力が自分にある事に驚いている。


色んな矛盾や理不尽を感じつつも、それでも誠実でありたい気持ちは無くならない。フェイクのような言説が自分を苛むかのように巡ってきても、結局自分の能力を出し切って、可能な限り意識的である事が自分にできる限られた事のようでもあり、フェイクの奥に潜んでいて、さらに言えば折り畳まれさえしている熱い部分を自分で感じていたい。


それが真実であるような気もしている。全てではないかも知れないけれど少なくとも気の遠くなるような自分との約束があって、それがしかも相対化されてしまうほどの何かがあって、困惑があって、それでも本気でいたくて。



結局はその面倒臭い真実に誠実に向き合うかどうかなのだ。その上でその時々で出せる最善を続けてゆく。

保留から

自分が今居る地点というべきなのか、何かがあっての位置関係からくる今の地点
と詳しく言うべきなのか、ともかくそういう何かが意識される。すごく完成され
ているようであって誤差の範囲で取り逃がしがあって、時々それが析出してくる
感じ。



総合的な視点で言えば「こうだ」という雰囲気、解釈がある。けれど個々の具体
的な情報や例からそれを導けるかというと酷く技術的になってしまいそうでもあ
る。


『予定調和』というよりも、論理的に考えてゆくとある結論に達するという意味
での必然がそこにはあるような気がする。おそらく真実の姿からの解釈の『ブレ
』があって、情報としても日々精査されてゆく中で削ぎ落されたものがぴったり
はまってゆくと「こうだ」という全体になるのかなとも思う。




むしろその「こうだ」という方を前提として行動してゆく意識はある。そこは既に
動き始めていて、否定というよりは『保留』の部分がちょっとずつ流れて行ってい
るという感じ。

とさえ

失われやすいものを留めようとしている。それ自体難しい事で、失われやすいものを感じる側からそれを取り逃がさないようにする強い想いが湧き上がってくる。


実際、その想いがそのまま失われやすいものを表現しているようでもある。郷愁とも新鮮さとも違う、捉えどころのないしっとりとした夢のような、そんな休日の午前を過ごした。



距離感がそのまま言葉になる。難しさの前で、それでも何かにしようとする、言葉になり得なかった情熱。そう言ってしまえばそうで、本当はもっと何かになるはずだった、とさえ思えて。
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ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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