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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

全体的に

Posted by なんとかさん on   0  0

「これでいい」と言うのも変だけれど、出来るだけの事はやったかなという心境で過ごしている。タイミングとか巡り合わせが絡んでくる事は機を伺う必要があって、焦ってもしょうがないかという感じ。三匹いる猫とふれあいながら、曇り気味の空を眺めて「さてと」と思っているところ。



なるべくならば明るい話題をとも思うのだが、花が綺麗に咲いているという事と猫がいっそう可愛いという事に尽きる。「おじさん」の年齢になったわりに心が何か基本的な事を理解していないような感覚もあったけれど、全体的に「それでいい」と思えるようになっている。



自分の人生はそれでいいのだろうなと思うのだけれど…という条件付きのその「気持ち」がこれからの創作のモチベーションにはなるんだろうと思う。

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そんな世界を

Posted by なんとかさん on   0  0

遠い世界に憧れるような心境が迂闊にも意味するのなら、それは「これで良い」とは言えないという遣る瀬無さだったりするのだろう。一難去ってまた一難がデフォルト=基本設定の世界で、活路を探し回るパターンに入り込んで行く自らを意識している『自由時間』という名の…なんなのだろう。



目の前に広がる光景は話題となっている現場とはまるで別世界のようで、この場が全てであるとしたなら何よりなのに、影も音もなく忍び寄るものに心の幾らかを奪われているようでもある。あながち間違いとも言えない世界の仕組みを念頭に、打開策のような事を見つけられないものかと穏やかな雰囲気に馴染めずに妙な緊張感さえ感じてしまう、へんてこりんな昼前。



自分の存在を虚無にしたいわけではないから意義を見出そうとして、結果として厄介な事を抱えてしまうというような不器用な在り方。そう言ってしまえば僕の個性は言い表された事になるのだろう。誰しもが持つ、扱い切れない感情をほんの少しだけ穏当に言い表すことのできる器用さをも有した僕が、眩暈を起こしそうになりながら自分のアカウントを通じて収まり悪く発信した言葉が、かと言って共有される何かになっているかというとそうでもない。結果として分かりづらさだけが前面に押し出された格好になっているとしても、それは致し方がない。




匂わす程度に痕を残す。どうしたってそう言ったやり方になってしまう。そもそも匂わす程度に示された事どもが僕にインスピレーションを与えるのだから、僕だって断言はできない。遠い未来の自分がそう言った間接的な言い回しから何を読み取ることが出来るかを考えてみると、いとも愚かな行為のように思えてならない。けれど僕は、表面的な穏やかさよりは忍ばされたものが多くあるという、どうにもならない印象を捨て去ることが出来ないでいる。



『つまりそれはね…』



そう解説してくれるであろう、事情通を想定してみたくなる。殆どの事が表に出せない事情を抱えている中で、ぎこちなく見えてしまう『動き』に理由と意味を与えてくれるそんなスーパーマンのような存在。世間的に彼が望まれているのかどうかは知らない。ただ、もやもやしたままの僕が少なくとも「良い線行ってるね!」と言われてホッとするような、そんな瞬間くらいは与えてくれそう。実際それでいいんじゃないだろうか。事情を知らない者があーだーこーだ考えていたってしょうがないのは分かっているけれど、今や「事情」は潜んだまま。そういう中で少なくともそう考えざるを得ない推論は積もり積もって殆どパンク状態。それを携えているというのも案外酷なもの。




青空を望むような視線が、猫に注がれる。この場が全てである筈の、その娘は少しでも外を望んでいるのであろう、頻りに外に出してほしいような素振りを見せている。実際、僕は彼女に連れ出してもらっているのだろう。たぶん、それも違う世界なのだと思う。



猫とスーパーマンが合わさる。猫のマスコット的スーパーマンは颯爽と現れてこの世界を分析する。


『すなわち、認識を打ち破る何かが必要なのです。我々は鋭い聴覚と、嗅覚と、独自の反応速度により、世界に定立されつつある構造を未然に変質せしめ、つまりセントラルドグマに『猫』が据えられた世界を構築することが出来るのです』




実際、そうやって揺れ動くくらいの価値観だっていいと思われてくる。肝心なところで独自路線に向かえやしない己なんてものは相対化してしまって、ひたすら猫に情愛を注ぐ事で意義を見出しさえすれば、他の事は必要最小限。




という事は薄々気付いてはいる。それでも人の性だろうか、人の言葉に意味を感じるように出来ている己は、人の世でこそといつの間にやら引き戻されてしまう。それでも、叶うならば猫にベッタリでもいい世界を。



それで良いんですよ、と自信もって言える世界を。

ここで

Posted by なんとかさん on   0  0

自分の状況としては万事「攻め」の姿勢で続けてゆく必要があるというのはどうあっても変わらないようである。その都度、状況なりの険しさがあって上手くやり過ごして行く事が求められる。社会制度は目まぐるしく変わり、きっと多くの人は理不尽さを実感しているのだろうと思う中で、必然というのか殺伐とした感覚になる事も起きてくる。



そういう中で自分なりに楽しみを見つけてゆく事は必須とさえ思えて、ネットでの発言としては不適かも知れないが、ネットの方から少し身を剥がして生活するようには心掛けている。とは言え、理不尽な事に対して無批判、無抵抗で受け入れてゆくという意識では何かが違っていて、あくまでそういうコンテキストがあっての、更にそこに思考や工夫が加わっての作品を作れたらなと思うし、対極的な『遊び』だってそういう状況の中で必要性をヒシヒシと感じるものである。




正直なところ、今どうにか出来る事というのは多くない。どちらかというと、『現代』という事に囚われずにもっと長い歴史の中にある事象と比較するように解釈して捉え直してゆく必要があるように感じる。




[ ]



自戒の意味もあるこの文を書いてから、過去に自分が書いていたブログを辿ってみて、やはり心境的には似ているなと感じる。去年ダケスタリスクとして作った


憧れと空



という曲があるのだけれど、この曲も社会とか世界が何らかの意味で険しいところが繰り返されるように出来ているなら、それを前提にそういう時に少し気持ちが穏やかになるような作品をと思って両者ともギリギリな感じで録音出来た曲なのだけれどその願いに再び接近している時に、繰り返し再生できる作品の強みを確かめたいなと思う。



たぶん、そういう風に積み上げてゆく事で。そこからもう少し進んで行く事で。

陽気と熱血

Posted by なんとかさん on   0  0

陽気とも暑さとも受け取れる体感温度で何となく気持ちも熱血と穏やかさが交互にやってくるようなテンションで過ごしている。穏やかな時間の為には時々熱血に変身しなきゃならないような、そういう宿命でもあるのだろうか。



平日なので動く範囲はそれほど広くはないものの、土日は用事の為にしておいた方が良いことがあって心境的にも準備という感じだろう。競馬好きなので日曜の日本ダービーへの期待で無意識にソワソワしているかも知れない。



自分が積み上げてゆく事以外の結果で喜びも悲しみも含めて楽しんでいるのは間違いなく競馬だろうと思う。既にして「どうでもよくない」と思ってはいるが、そこまでの重要性を持つイベントが自分の行動の影響が限りなく小さいところにあるというのもミソなのだと思う。自分の心掛けを最大限に良くし続け、望むような結果を見ることが出来るのか、と言うと殆ど絶望的だろう。それでも、自分が妥協せずに何かを語り、発信したりしてみたくなる何かがそこにはあって、今年もやっぱりこんなにもワクワクしている。




ダービーと同じように「この日の為に」という時、瞬間は自分もそれなりにはある。欠けている意味を補う事が祭りだとするなら、ダービーも祭りなのだろうし「その日」…つまり意味が満たされるその日が来るかも知れないという希望を残し続けるように日々努力しているというという見方も許されるだろう。



このブログ自体は作品を作り残すことが主な目的で、個々の作品の完成で一区切りが付くけれど、友人と続けていた『スローペース症候群』というブログの「何かを目指す」精神も大事にしなきゃいけないと思う。実際、日々は何もしてなければ下がってしまうテンションをどうにかこうにかライフハック的に維持したり、励まし合いながら「次」に向かっているというのが真実で、『スローペース症候群』はその「技術」を語ることになり始めた辺りで、何かが変って行ったんだろうと思う。




その種の努力と工夫をして行った結果として気付いた事だが、世の中で生きてゆく限り望ましいものが常にあるというわけではないし、どうにもならないタイミング…しかもそれはどうにもならない構造的な大きな枠の中で確率的に起きてしまう事によって規定されているかのようなタイミングがあって、あるところ以上(より先)に行くのが非常に困難になっているという事だ。





それこそ構造を暗示させるような象徴的な事件は起こって、もしそういう前提があるのなら無思慮に足掻いても行ける領域が限定されてしまうのだとさえ思えてくる。『スローペース症候群』というローカルな中で何とかしようとしている試みも、何かしっかりした考察がないと進めるのは難しくなってきた所なのかなとも思う。




そういう事を度外視するにしても『作品』として何か自分でもテンションが上がってしまうような出来のものを作れたらという想いは強まっている。やはりマトリョーシカのように、続けてきた事とその自分を把握して語ってゆくように『内容』を作ってゆくしかないと思っているが、すごくピュアな心で望んでいるものはどういうものなのかというポイントも大事だなと思う。ギャグなのかシリアスなのか、はてまた。

作品のような

Posted by なんとかさん on   0  0

最近ほとんどの時間を勉強に充てている。「攻め」の姿勢で取り組んでいると世界にある事の殆どが有効に活かされるような気さえしてくるが、自分の在り方を追究してゆくと、少なくとも「世界を感じる」時間が必要だと思われてくる。


5月も終盤になってきて、気温も一気に上昇している。体調管理等を気をつけつつ、様々な情勢を窺いながら純粋に音楽を聴く悦びに浸っていたりする。たぶん、大多数の人にとってあまり喜ばしくないニュースが高頻度で流れてくる中で、改めて『蓄積』された作品の価値を再確認する。



時間差…本性上そうならざるを得ない『作品』が時間を越えて何かを伝える。確かに味わっているその時間は作品の持つポテンシャルによって、貧弱な言い方をすれば「乗り切れる」、頼もしい表現をすれば超えて行ける。昔からQUEENのポテンシャルは高いと思っていたけれど、最近ますますそのポテンシャルを実感しているような具合に、既に繰り返されて世界を変えているのは間違いない。読書については古典であればある程に悠遠の時間を越えて伝えられている感じがする。



ナンセンセンスなどでも表現したけれど、自分がそう感じるというのは普遍的な事でかつて同じように感じた人がいて、そしてその人も何かを願っていたのだろうと思う。その日限りのブログから、超えて行ける作品としてのブログ(エッセー的なもの)になればという願いはあるけれど、どうも両立し難いところがあるらしい。




何といっても自分の心境は変わってしまう。「地平」と思ったところもいつの間にか塗り替えられていて、マトリョーシカのように把握した自己を把握するように見え方も変わる。そうでありつつも、例えば作品を書くことで自己が把握されるという事があるというのなら、作品は常に立ち返る場所として意味や価値を持つ。




ほんの少しだけ流れてゆく情報としてではなく、立ち返る場所として記録をし続けたいと思うようになっている。

soundcloud

Posted by なんとかさん on   0  0

完全に趣味なのですがオリジナル曲の弾き語りを音質を上げて録音したもの
を自分用に作成していたのですが、今更ながら「soundcloud」というサービ
スを知ったので2曲ほどアップロードしてみました。


夕陽に告げる

風がそよいで

新曲

Posted by なんとかさん on   0  0

曲が完成しました。タイトルは「Time goes on」にしました。完成したと言っても『ダケスタリスク』として録音できる可能性を残しているので現時点でという意味でなのですが、段々とギターが上達してきた実感があります。

音源

紹介文にもありますが「街の景色に」という曲のアンサーソングという位置づけです。

曲の練習。

Posted by なんとかさん on   0  0

新しい曲の詞はあっさり出来上がりました。Kくんが忙しそうなのもありますが、今回はテーマがはっきりしていたので自分で。最近ブログを控えめにしていたからか言葉にしたい内容が結構あって、それが今回の詞の内容になった感じです。近いうちに録音をして公開できたらと思います。

とりあえず練習の音源のリンクを張りますが、サイトの不調で再生されなくなっています。タイトルはまだ決まっていません。無難に「Time goes on」にしようかな。

練習

次の曲

Posted by なんとかさん on   0  0

新しい曲の曲の全体が一応はできました。後は歌詞ですが、友人に任せられるかどうかというところです。

音源

製作

Posted by なんとかさん on   0  0

新しい曲の1番のメロディーとコードが出来たので報告としてアップロードしてみました。


音源

今回は力業で作っていて、自分が聴きたい曲がこういう感じなのかなと思います。

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