FC2ブログ

徒然ファンタジー36

猫と一緒にカラオケに行く。そんな話はきっと聞かない。飼い猫と一緒に入店OKなカラオケ店だとしても、肝心の猫が大音量に驚いてしまうだろう。だから本来ならジェシカとカラオケに行けるなどと言う発想は起こり得ないのだが、人間の姿ならば。幸いな事にジェシカは初めての経験に戸惑ってはいたものの概ねこの文化の極みを満喫していた。

「いらっしゃいませ」


土曜の10時。アパートから一番近くのそこそこ安めの店に入店。初回だったので会員のカードを作り、

「2名で」

とリリアンが言う。


「何時間に致しますか?」


と訊かれたので、とりあえず2時間に設定する。


「では12号室になります、2階に。ごゆっくりどうぞ」


男性の定員とのやり取りで高校時代の感覚が少しづつ蘇ってくる。その時と違うのはリモコンを渡されなかったことである。一瞬何故だろうと思ったが部屋に入って備え付けで充電されているタッチパネル式のかなり新しめの機種である事に気付いた。


「へぇ~今はこんなのになってるのね。進化してる」


ところで先ほどからこの少しもわっとしたような生温かさがある密閉された空間に若干慣れていないジェシカ。思わず言った事が、


「狭い…」


である。勿論カラオケ店としては標準の広さで、2人なら比較的ゆとりがある。ただそもそも何故個室にするのか理由が分らない者にとってはこの空間は少し窮屈なのである。


「でも部屋の外の人に聞こえないようになってるのよ」


「確かに部屋の中は静かだね」


ほんの少しだけどこからか男性の声で必死に何かの曲を必死に歌っている音が聞こえるが、防音対策の施された部屋で殆どはモニターから流れる映像が流れているだけで安心感がある。


「まあこれから私が歌うから少しうるさくなるかもよ」


「どうやって歌うの?」


カラオケのシステムを知らないジェシカ。テレビで見た歌手のように演奏に合わせて歌うイメージはあるけれどそうするにはどうすればいいのか?不思議そうに部屋を眺めまわしているジェシカをよそに、リリアンは重量感のあるタッチパネルを昔の勘で感覚的に操作して曲を選択してゆく。彼女が最初に選んだのは高校時代によく歌っていた青春感の漂うJ-POPの王道的な曲。女性ボーカルで現在その歌手は方向性が若干変わっているのであまり聞いていないが、この曲は最初に盛り上げる時に最適でリリアンの大好きな曲であった。モニターに曲の予約が入るとすぐさま曲の画面に切り替わる。すぐに曲の前奏がスピーカーを通して流れ始める。


「よっしゃぁ!!いくわよ」


若干テンションが上がっているリリアン。それを見て若干驚いているジェシカ。今でこそリリアンも落ち着いてきたが、高校時代はこういう盛り上がりが好きな女の子であった。


『この瞬間を~何に喩えよう 僕等は空に向かって 夢を語り合って~♪』


ジェシカがリリアンの歌声に驚いたし、モニターの映像や字幕がしっかり動いている事にも驚いた。リリアンがモニターを見ている様子を観察して、あの画面の字幕を見ながら、それに合わせて歌っているという事は何となく分った。そうするとカラオケというものがこういうものかというのが段々分ってくる。それにしても『凄い音』だなとジェシカは思った。マイクで拡声されて響くリリアンの声はかなり迫力があった。


『そして 君に伝えよう この気持ち~♪』


サビの終わりでリリアンは照れくさそうにジェシカの方を見てウインクした。昔歌い続けた曲だからか今も問題なく歌える。久しぶりだから多少声の出し難さはあるけれど、歌っていて楽しく感じる。ジェシカはこの曲は知らなかったけれどリリアンが本当に好きな歌なのだという事は伝わった。


「すごいなぁ~」


思わずつぶやくジェシカの言葉には色々な実感が込められている。カラオケ、リリアンの歌、リリアンの姿、この空間。どれもいつもとは少しだけ何かが違う。


『im my dream~♪ 』


そしてあっという間に歌の最後になる。ジェシカはリリアンのこれまで見てこなかった一面を見たような気がした。というより歌っているリリアンがいつもと違って見えたのかも知れない。


「わー!凄い!!上手!」


それはお世辞とかではなく、ジェシカが感じたそのままであった。


「そう?ありがとうね、ジェシカ」


リリアンはここで<そういえばジェシカは歌えるのかな?>と思った。普通は順番的にジェシカの番なのだが、そこはどうなのだろう?


「ジェシカは何か知ってる歌ってあるんだっけ?」


「え…俺知らないけど…あ…でも、う~んと…」


しばらく何かを思い出そうとしているジェシカ。


「家で流れているご主人さまの良く聴いている歌なら歌えるかも知れない」


「え、もしかしてあの男のバンド…っていうか時々家で流しているあれ?」


それは去年あたりからリリアンが作業をしている際のBGMとなっていたロックバンドの曲であった。まだ変身できない頃のジェシカがこの曲を流すと傍に寄ってきて気持ちよさそうに寝ていたのを思い出す。


「ジェシカって、あの歌好きだったの?」


「うん。歌っている事はあんまり分らないけど、なんか歌えるかも知れない」


「じゃあ、あの曲ね」


と言って曲を探して選択するリリアン。マイクをジェシカに渡して使い方を教える。しばらくすると曲が始まり、ジェシカは自然とメロディーに合わせて身体を揺らし始めた。


『何を一体どうしてなんだろ すべて何だか噛み合わない 誰か僕の心の中を見て~♪』


それは「フジファブリック」というバンドの「バアムクーヘン」という曲であった。歌い易いしメロディーがとても綺麗な曲だけどどこか切ないような、それでいてほのぼのするような、そして懐かしいような気がする曲である。リリアンはあのボーカルとは少し違うけれど同じように飾らない素直で素朴な声でこの曲を歌い始めたジェシカを見て、何かしら不思議なものを感じるのであった。


<そうか。ジェシカは本当に人間になれているんだ…>


当たり前になってきているから何か特別意識する事がないと、そういう凄い事実は振り返るまでもないのだけれど、こうして男の子が歌う曲で、何かを表現しようとしているジェシカはまるで本当の少年のようでもあったのである。


『チェチェチェ うまくいかない チェチェチェ そういう日もある~♪』


ジェシカも歌っていて楽しそうである。その晴れやかな表情を見て、ああここに来て良かったなとリリアンは思った。そしてほんの少しだけれど、この少年のような猫に何となくだけれどいつもと違う姿を認めて、胸が高鳴りそうになっているのに気付いた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR