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そらまちたび ⑧

片山さんに案内された山の方の旅館。来る時には知らなかった温泉の名所であるという情報は現地に近付くと<なるほど確かだ>と思われるように旅館が沢山存在した。車の中にも硫黄、正確には硫化水素の匂いが漂ってきて、今すぐにでも温泉に入りたいという気持ちになってくる。

「たまたま学生時代の知り合いに関係者が居てね、『ライターなんだから宣伝してよ』って言われてるんだ」

と言って片山さんが旅館の内部事情を語ってくれる。勿論旅行者として行くのだからあまり事情を知り過ぎても気を遣ってしまうのだけれど、最近客足があまり良くないという話は色々考えさせられる問題だった。

「温泉は本当に良いし旅館自体も悪くないんだ。でもちょっと宣伝にあまり力を注いでないというのか注げないというのか。だからさっきも言ったように地酒も一緒にアピールすればいいのかなって」


「確かに、この国には色んな所に温泉有りますしね。最近では外国人なんかも温泉を好んだりという話もあるそうです」


「そこも是非取り入れたい層ではあるね。だから外国語で紹介文とかを書けばいいんだろうけどちょっと勉強中でさ」


「そういえばこの町には外国人とかいらっしゃるんですか?」


「ああ、そういえば数年前から奇特な方でラテン語の塾を開いている女性がいるよ。ちょっと前も何かに関わってたとか聞いたけど、なんだったかな…」


「ラテン語ですか…何人なんだろう」


「そこも謎らしいね」


という話をしているうちに目的地に到着。とても立派で大きな旅館で平日だが他にも車が何台が停まっていて、それなりに人が入っていそうな様子が窺われた。車を降りると山の上で広々とした土地だからか気持ちが開放的になる。


「はぁ~」


と背伸びをして息を吐くと片山さんもそれに倣って「はぁ~」と言った。その時この旅でこんなに気が合う人に出会えたのは幸運だなと思ったりした。彼に誘導されて入口の自動ドアをくぐると、女将さんらしき人が出迎えてくれた。


「どうも!お久しぶり」


「いらっしゃいませ!片山くん、今日はありがとう」


「どうも、今日は片山さんに案内してもらいました」


「遠いところ足をお運びいただきありがとうございます。ささ、上がってください」


「これはどうも」


玄関からスリッパに履き替えて、女将さんに部屋に案内される。途中で何となく気が付いたことだが片山さんのいう関係者というのはこの女将さんのようである。エレベータで3回まで上がって、出てすぐの部屋が今日泊まれるところらしい。ドアを開け、中に入って襖を開けると外の景色もしっかり見える良い感じの畳の部屋で、大分前からある建物らしいけれど部屋は美しく整えられていた。


「この部屋です」


「いいですねぇ。なんだか落ち着きます」


「それは良かった!じゃあ少しお茶でも飲んでから、早速温泉に行きましょう」


「え、随分気が早いですね」


「何種類か温泉があるんですよ、ここ。折角なので一通り入浴してもらいたくてね」


「なるほど」


「あとはね…」


片山さんはちょっと恥ずかしそうに言った。


「今日はどうせあと動かないから酒を思いっきり飲もうと思って」


「ふふふ、相変わらずお酒好きなのね」


女将さんにも笑われていた。


「ではごゆっくりどうぞ」


彼女は僕等が落ち着いたのを見届けて戻って行った。その後予定通りお茶を飲んでから浴衣に着替え、温泉まで移動する。まだ夕刻になったばかりなので温泉に向かう人は居ないようで、事実上の貸切状態らしい。先ずはオーソドックスな『源泉かけ流し』の湯船に浸かる。


「あぁ~活き返る…」


「あぁ…」


それぞれお年寄りのような声が出てしまって、見合って笑いあう。室内の広い湯船から立ち昇る湯煙や、充満する硫黄の匂い、比較的熱い方の湯で身体が早くも火照ってくる。昔はこういう裸の付き合い的な事が多かったようだけれど、自分の住んでいるところには銭湯も余りなく、多少恥ずかしい気はするけれどそれよりなにより満足感の方が大きい。この国の文化でこれほど平和なものは無いんじゃないかという気がしてくる。


「う~んそろそろこういうのが気持ちいい歳になって来たなぁ…」


この片山さんの呟きにはまだそこまで歳が行かない僕も同意しそうになる。
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