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徒然ファンタジー54(アナザー)

手紙に『ジェシカ』という名前が出てきた時、当然最初は女の子だと思った。


通信手段が手紙からメールに代わってからこちらからも連絡が出来るようになったのが彼女にとって大きい。相手をダンディーな男性とイメージしていたので心の中で『おじさま』と呼んでいたままをこちらから送る最初の文面に何気なく書いてしまった成り行きで『おじさま』で登録してあるアドレス。最後にもらった手紙にアドレスと送り方が書かれていたのでその通りにやってみると、本当にそのアドレスから返信が届いた。


二枚目の手紙で知らされた『ジェシカ』という存在。男の子厳密には雄と知って、彼の事でお願いされた時には少し戸惑ったけれど猫ならば多分仲良くなれるような気がした。




そんな彼女の名は今世間に認識され始めている「大宮望」である。高校生の現役歌手としてデビュー時は注目され一年が経過してテレビでも時々見るようになっているが、それは歌手としての実力もあるけれど愛くるしいルックスも影響しているだろう。本人としては芸能人という意識はあまりなく、とにかく音楽が大好きで一刻も早く憧れていたアーティス達と同じように活動したいと願っているので、街中でアイドルの様にサインや握手を求められたりするのは仕方ないと割り切っていても、その必要がなければ普段はのびやかに良いものを吸収いくような時間を過ごしたいと思っていた。



だから不思議な手紙が届いて初めて猫になった時、その驚きよりも自分の好きなものになって時間を過ごせるという喜びの方が大きかった。それゆえ『おじさま』からジェシカというある意味で自分とは正反対の存在を見守って欲しいと無茶ぶりされた時にも、「それくらいなら」と思ってしまったくらいである。とはいえ『おじさま』から送られてくるメールの文面だけから『ジェシカ君』の生活を推し量ろうとしてもどうにもならない部分があり、スケジュールに多少無理なところがあるけれど、彼の生活するエリアに出向かなければならないと分ってくると当初は思い切りがつかなかった。



ところで望はこの年、高校三年生だった。夏の終わりから一月ほど過ぎて普通なら進路の事で頭が一杯になる頃なのだが、望は音楽という決まった道が既にあった。学校の方も受験生に合わせて次第に授業も受験対策のようになってくると望としては必ずしも出席しなくても良く、卒業の単位さえ落とさなければある程度融通が利くようになった。そこで10月以降、仕事と『おじさま』からの依頼を果たす為思い切って学校を休むとか、ゆとりをもって午前中、或いは午後は出席しないという選択をしてみる事にした。幸い、仕事が始まった二年生以降もスケジュールを調整してもらって学校を休まないようにしていたし、例えば学校の配慮で夏休みなどに補習を受けさせてもらっていたので主席日数は十分だったし、一年経ってテレビの出演も多くなってくると『歌手として今が大切な時期だ』と考えてくれた担任が「自由にしたらいい」と言ってくれたりしたので休みやすくなったのも事実である。



それらは全て望の頑張りによるものだったと言って良いだろう。こうなってくると望は『おじさま』の希望に沿えるようになる。ジェシカとその飼主が住む知らない場所に行くのは少し大変だったが、そこはいわゆる閑静な住宅街で、『おじさま』のメールでも知らされていたようにジェシカが良く行く公園がなかなかいい場所だった。学生が午前中にその辺りに居ると怪しまれる可能性もあったがそこは猫に変身できるという腕輪がとても役になった。実際、猫になってしまえば誰も望だと気付かないし、望としてもゆっくり時間が過ごせてリフレッシュできるようになっていた。



そこで待機して三回目くらいの時、『ジェシカ』と思われる男の子を見掛けた。望は猫の姿だったが「あの人だ!!」と思って隠れながらじっくり観察し始めた。服装もごく普通のパーカーにジーンズという姿だったのだが、猫になった感覚で人間なのに何故か自分と似たものを感じた。面白かったのは目撃する回数が増える度に段々その男の子がお洒落になっていった事だった。そして気付いたことだが、『ジェシカ君』と思われる人は毎日ほぼ決まった時間、特にお昼時にこの公園に来てベンチに座って過ごしているようだった。


<多分、あの人なんだ>


確信に変わった頃に念のため『おじさま』にメールで訊ねると『間違いないですね』と返ってきた。そしていわゆるハロウィーンが終わって数日後、突然その公園にいつもと同じ時間、最近かなりブームになっている『猫妖怪』が現れた。猫の姿だった望もこれには仰天してしまった。じっと観察しているうちに「もしかして」という意識になってくる。案の定、何かのイベントだと勘違いしたらしい人達が集まって公園が騒がしくなってきた。



嫌な予感がしたので見守っていると、突然『猫妖怪』が何処かに向かって走り出した。



望がそこから『猫妖怪』を追い掛けて行ったところで裏路地での最初の邂逅となったわけである。その出来事があって以降も時々ジェシカの様子を見に来ていたのだがそうすると次第にジェシカの事が気になってきて、『おじさま』からも接触してみて欲しいと言われていたので12月のある土曜、お昼時に近辺を猫の姿でウロウロしていた時にリリアンと一緒に歩いているジェシカを見つけたのである。



「考えてみれば凄いことなんだよなぁ…」



望はそれから起った事を思い出してみる。ある意味でとんとん拍子で決まっていったのであっという間という気がする。皆が勢ぞろいしたあの日から数週間が経ってリリアンから「コンサートのチケットが取れたよ!」というメールが届いた時には自分がそこで歌うという事も半分忘れて、思わず万歳してしまった。望はジェシカの事も好きだったのだが、飼主であるリリアンにも魅力を感じていて彼女が「お友達になりたい」と言ってくれたのが嬉しかった。勿論シェリーこと立華京子についても同じでこんな良い出会いがあるとは思ってなかった。



そしてその出会いは間違いなく望にも良い刺激になっていた。完成したセカンドアルバムの「徒然ファンタジー」ははっきりと新しい世界に踏み出したという望の心境が反映されていて、自身初となる作詞にもチャレンジした。その曲の出来には非常に満足していた。自分の個性を出した方が良いと言われて書いた詞は『自分が猫になった』時の気持ちを書いてみたタイトルもずばり、


『猫になって』


である。ちょっとズルいかもと思ったけれど『徒然ファンタジー』のコンセプトにはピッタリの曲で、発表するとその世界観が好まれたのか評価が高かった。商業的にもアルバムはかなり成功した。



そして冬が過ぎ、三月になり卒業シーズンとなった。無事卒業出来るという事だったそうで周囲からも祝福された。四月からは新生活に加えてこれまでとは違い仕事も本格的になってくるし、コンサートで色々な地方を回る。ある意味で今までよりも自由な時間は無くなるかも知れないというのが残念ではあるのだが、とても充実している毎日である。



「その日」は確実に近づいている。望も準備し始めていた。
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