FC2ブログ

徒然ファンタジー55

二月の二週。その日リリアンは大宮望のセカンドアルバム『徒然ファンタジー』をフラゲした。CDを買うにあたって発売日に欲しくなるような事はこれまでそんなに無かったが、新しい『友人』の自信作と知って居ても立ってもいられず、ジェシカも数日前から「望の歌は?」と訊くように楽しみにしていたので仕事帰りにショップに立ち寄る事にした。手に入れたCDのジャケットは最近よく見るアニメよりなイラストになっているが白に黒ぶちな『猫』が隅っこの方に描かれているのを見て思わずニヤついてしまう。


「ある意味で自画像ともいえるわけね」


弾んだ気持ちでアパートに帰ってきて待ち構えていたジェシカに知らせる。食事の支度もそこそこに早速パソコン経由でスマホに取り込む。作業中にパソコンから曲を流してみると表題曲である『徒然ファンタジー』が最初に流れた。この音源は持っているけれどジェシカと「やっぱりいいね」と言い合いながら通しで聴く。


二曲目が望作詞の『猫になって』という曲で歌詞カードを読みながら聴いていると、これまたニヤリとしてしまう曲である。分る人…リリアンとかシェリーとかには分る内容で、それ以外の人は猫になったつもりで書いていると思うかも知れないが、猫になった気持ちがそのまま唄われていると聴くととても面白かった。ゆったりした曲調で彼女がこれまで唄った事の無いような穏やかな声で唄われているので眠くなってきそうでもあった。


「ああ、やっぱりファーストと比べると雰囲気が出てる!」


既にデビューアルバムは聴いていたのだが3、4曲目と進んでゆくとセカンドはコンセプトがしっかりあるアルバムである事が伝わってきた。


「全部で何曲あるの?」


ジェシカが訊いた。


「10曲みたいよ。」


リリアンの素人の感じ方だが、どの曲も雰囲気が違うというのも凄いのだがそれでも一つのアルバムとしてまとまっている感じは名盤と言っていいのかも知れないと思わせるものだった。一緒に聴いていたジェシカも満足そうである。


「歌ってどうやって作るのかな?」


素朴な疑問を口にするジェシカ。リリアンは答えようと思ったのだが、改めて考えてみるとよく知らないという事が分った。作詞はともかく作曲の方になると学生時代、音楽の授業は好きで結構勉強していたけれっど元来理論派ではないという事もあり、技術的な事はよく分からない印象だった。折角なので望にメールしてみると、


『その説明は難しいですね(-o-;)。人によって違うみたいですし…』


と困惑が伝わる文面で返ってきた。こういう場合にいつもリリアンが誤魔化す方法がある。


「いろいろ工夫して作るのよ」


と兎に角間違いではない事を述べるのである。


「そうか。凄いんだなぁ」


やはり素直なジェシカは素直に感動してくれる。だがさすがにこれでは誠実ではないような気がしたのでリリアンは後日、自分なりに作曲について調べられるところまでは調べようと思った。ネットは一通り検索してみた。驚いた事に今やソフトで全自動で作曲をしてくれるとか、歌詞を入力すればメロディーをつけてくれるサービスもあるようだった。でも、そういうものを使えるとしてもジェシカが質問した事に答えてはないだろう。あくまでジェシカは人間がどんな風にして音楽として完成させているのかという事が気になるはずである。


「技術的な事ではないわよね」


一人確認するリリアン。コード進行など技術的な事が多くを占める場合もあるけれど、単純に自分がイメージする音を作ってゆく作業がまずあるような気がする。書籍も少し調べてみて、最終的にはやはりメロディーなのではないかと思う。考えながら望の唄う曲をずっと聴いてゆくうちに、目立たない様に思えるピアノのメロディーも実はかなり耳に残り易く、それ自体でも口ずさめるようになっている事に気付いた。


「そうよ!こういう質問は実際に自由に演奏させてみるというところから始まるんじゃないかしら」


そこで思い出したのが、実家に置いてあるキーボードである。高校時代に一時、甘い考えかも知れないがミュージシャンを目指そうと思った事があったのでちょっとお小遣いを貯めて買ったものである。品としては標準的だが、リリアンには使いこなせない機能が沢山あるという事が逆に早々の挫折を招いた。その後、作曲や演奏の方は後回しにする事にしてボーカル志望という事で自らを納得させていった結果、カラオケ三昧でいつの間にかそれで満足してしまったという経過がある。



その経過は良いとしても、今はそのキーボードが重要である。別に新しく購入しても良いけれど、何となく愛着があるのともう一度同じものでチャレンジしてみたいという気持ちがあったし、実家に行く口実としても丁度良かった。というわけで返ってくる時に車で運んでもらう事にしてリリアンはその週の土曜に向かった。ジェシカはお留守番である。連れてゆくとややこしくなると思ったのである。


実家は隣の県でアパートからそれほど離れていない。電車で移動し最寄りの駅から降りて歩いてゆくとしても1時間半ほどで着いてしまうので本来ならばいつでも帰って来れるのだが、かと言って頻繁に帰る気にもなれない距離でもある。そして『いつでも帰れるが故に帰らなくてもいい』という判断になりがちなのも確かだった。大分見慣れた場所になって、つい青春時代を思い出してしまう。それこそ駅前の通りのカラオケ店には通い詰めたし、何度も行ったファミレスもそのまま残っている。


<変わらないな>


愛着がある建物がすぐ見つかったので最初はそう思っていたけれど、よく見ると微妙だが変わっている部分もある。場所によっては少し寂れてしまったり、反対に<えらく栄えているなぁ>と思うようなスポットもあった。浸っているうちに家に辿り着いた。


「なんとなく入り辛い…」


それがこの前母がやって来たときの事に由来する気持ちだというのは明らかだった。ありのままを受け入れてくれるわけではない場合、途端に説明が容易でなくなるし、それこそ相手の常識との戦いのような気もする。母は父に何と伝えているだろう?そういう事を考えていて彼女には珍しくテンションが低い。


「まあ、ここも考えていてもしょうがない。うん、なんとかなるでしょ」


気持ちを切り替えてドアを開ける。事前に連絡してあったのでリリアンの「ただいま」という声に二人の返事があった。父と母がゆったりした動作で玄関にやってくる。


「おかえりなさい」


父が言った。


「ただいま」


「おかえり」


今度は母。


「ただいま」


「まあ、上がんなさい」


「はい」


そうして家に上がると取り敢えず色々事情を説明した。変に隠すと怪しくなるので、包み隠さず伝えていった。母が父に伝えていたのもそんなに変わらなかったのか、父は全てではないにせよ頷く場面があった。伝え終ると、


「そうか」


とだけ言った。娘とは違い、どちらかといえば無口な方の父だが判断は慎重である。少し間があってこう言った。


「俺は見てないし、確かめてないから何とも言えないところがあるな。でも、もしかしたらそういう事もあるかも知れない」


リリアンは自分は父親に似ていると思う事がある。というのも慎重に見えるけれど、可能性がゼロでない限りあまり否定しないので結果として受け入れているようになってしまうからである。


「私はね、確かに見たんだけどやっぱり受け入れられない感じで、というかまだ心の準備が出来てないのかも知れない」


母の言葉からはジェシカの事についてかなり悩んだという様子が窺われる。今それに続けて異世界の事、『朝河』という人の事を大宮望の事を述べたので、多少は考えやすくなった部分があるのかも知れない。表情がすこし柔らかくなったようにも見える。そこで母が述べた事なので、まさに心の準備なのかも知れない。


「でもね、もしその話が本当だとしたら親としては心配な部分もあるのは確かね」


「え…?」


母は当たり前だというような口調で言う。


「だってその人と直接会ったわけじゃないし、実際に見た人も…『あの子』だけだなんでしょ?」


母のいう『あの子』は恐らくジェシカの事だろう。


「そうね。望さんもメールでのやり取りだって言うし」


「思うんだが、」


と、そこで父が考えを述べた。


「今度会うって云うのも一人でじゃないわけだし、多分何とかなると思う。その『朝河』っていう名前だがF県のN市でいうとな最近何かで読んだんだがそこ出身で同じ苗字の有名な学者が居たんだ。かなり広い視野で物事を見れる人で注目されたようだけれど、そちらの世界の『朝河』氏ももしかしたらこちらの人物と似ているんじゃないか?」


「…!!もしかしたらそうかも…」


「まあ、勘だけどな。俺も若い頃、物理のある理論で『パラレルワールド』っていうのが出てきた時に色々考えてたことがあるんだが、あり得ない話ではないと思うようになったよ」



「さすが理系出身…」



「私はその辺りの事はよく分からないんだけど単純に貴女の事を良く知ってて、貴方そんなに想像力豊かじゃないって思ってるから作り話ではないって思うところもあってね…」


それは娘を少しバカにしているようにも聞こえるが、確かに良く知っている人の発言だった。父は父なりの考えで母は母なりの考えで理解し、信用してくれようとしてくれてる。


「なぁんだ、私悩むことなかったじゃん!」


それまで憂鬱だった時もあったが、もう悩まなくなっていたリリアン。その語みなリラックスした雰囲気になったので父はこんな事を訊ねた。


「なんでその人名前名乗らないんだろうね?」


「なんかキラキラネーム…まあ私と同じ事よ」


「ん?どういう事だ?」


「下の名前がヘンテコだってことよ」


すると父は納得がいかない言わんばかりでリリアンを見つめて少し激昂するような口調で言う。


「お前のリリアン(利莉杏)って名前はな、俺がな可愛らしい名前をと思って必死に考えたんだぞ!」


「でもまるで外国人のような名前じゃない!!」


「まあまあ、この話は決着がつかないから二人とも辞めなさい」


これは幾度となく繰り返された会話なので母があしらい方を良く知っている。それで両者ともどこか『しこり』とも言えないレベルの微妙な空気になってしまう。そうすると今度は母の出番である。


「さて、今日はキーボード取りに来たんでしょ?お父さん、車で送ってってちょうだい。ついでに『ジェシカ君』に会ってくるといいわ」


という事で意外と何でもなく終ってしまった帰郷だが車で送ってもらっている間、今度は「仕事の事」とか「将来の事」…具体的には結婚などの事ついてそれとなく父に尋ねられた。実際そちらの方は何にしても重要な事で考えなくてはならない事もあるけれど少なくとも彼女には言える事があって、


「今はジェシカとの生活が楽しいかな…」


それは父親をにこやかに笑わせるには十分だった。アパートに辿り着き、キーボードを運び込むと玄関で待っていたジェシカと父が顔を合わせた。


「ジェシカ君だね」


「はい」


はっきりした返事だった。


「リリアンの父です」


「はい」


父は何を話したものか迷った末、


「君はリリアンという名前はどう思う?」


とよく分からない事を訊ねた。


「良い名前だと思います」


ジェシカが答えると父は満足したのかにっこり笑って帰って行った。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR