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徒然ファンタジー56

ジェシカがアパートに運ばれてきたキーボードを触っている。それが何なのかよく分からないけれど、ボタンが一杯あるし何か凄いもののような気がする。もしテレビで音楽番組を見ていれば演奏している人が使っているシーンも見掛けるが、ボーカルの方に注目してしまうとそこまで見ていない場合もある。黒い脚のついたなかなかごつい機械によくある直方体状の重いアダプターの線を取り付け、アダプターをコンセントに接続するリリアン。その動作が手馴れているのは電源を入れるところまでは気が向いた時によくやっていたからである。が、電源を入れてからが悩む。

「音を変えられるんだけどね、音を変えて遊ぶだけになっちゃうの」


といいながら白い鍵盤を適当に押す。急に音が鳴るので吃驚するジェシカ。ここまでは予想通り。リリアンは記憶と印字されている文字を頼りにボタンを選び、順序良く押してゆく。そして再び鍵盤を押すと音色が変わってややテクノ系統の音が鳴った。


「わー、変わった!!ねぇ、どうやるの?」


そこでジェシカに操作を教える。入力した数字で音を選択する仕組みだが、数字は一応理解できるのであとは適当に数字を選んで音を変えてゆく。変わるたびに感動していた様子だが徐々に大体の使い方が理解できたのか、一度根本的な事をリリアンに質問する。


「これで音楽が出来るの?」


「これは音を鳴らすだけだけ。あ、でもちょっと短いけど録音機能もあったような…」


運良く演奏したものを録音できる機能があるキーボードだった。一応これだけあれば最低限作曲の初歩は出来る。作曲ではないけれど、一応昔「これだけは」と覚えた『猫ふんじゃった』を演奏しながら録音する。少しミスがあったが最後まで演奏できたため、ジェシカは尊敬のまなざしで見ている。<これって実は簡単なのよね…>。取り敢えず再生してみる。


「あ、さっきと同じのが勝手に鳴った!!」


「プロの人はこういう作業を繰り返して、音作りをしてるのかな?想像だけど」


「音楽が出来るね」


ジェシカもこれで納得したようである。それからジェシカは勘と勢いで実践してみるのだが、自分の声で唄うときには意識していない音階、ドレミがどの鍵盤に対応するのかという事がまだ不十分なので気持ち良いメロディーにならない。


「うわー難しい…」


飼主がかつてそうであったように早くも挫折しかけるジェシカ。そこでリリアンは先輩としてアドバイスをする。


「先ずは知っている歌を演奏してみると良いんじゃない?」


「う…うん」


何となく選択したキーボードの音がフジファブリックの『茜色の夕陽』の出だしの所の音のようだったので、イントロのキーボードを真似して試行錯誤してみる。


「えっと、確かこんな感じだったような…」


それは一般に『耳コピ』と呼ばれる作業で、それすら素人には難しい。次第に順番に音を鳴らしてゆく作業が出来るようになるけれど、時々原曲を流しながら一時間くらい頑張って耳コピしたものは原曲とどこかしら違っていて少し気持ち悪いというのか近さゆえのムズムズがあった。録音したものを再生してみてリリアンは、


「まあ雰囲気は出てるかもね」


と評価した。といっても単音なので原曲を知っていれば分るけれど、それだけを聴いたとしたら何だか分らないかも知れない。ただ作曲の事についてはここからはいかにキーボード、ピアノなどに触れたかが出そうなので、リリアンとしてももう教えられることはなかった。というか集中力の関係で、既にジェシカの方がリリアンよりも最長作業時間は長いようだった。



「どう、面白い?」


「イメージ通りにならないから大変だね。望の歌みたいにやろうと思ったら、ずっとやんなきゃ…」



けれどかつてゲームの操作をすぐに覚えてしまったことがあるジェシカだけになかなかセンスが良く、次の月になる頃には相当上達していた。ジェシカの凄い所は、ある意味で理論がほとんど分らないまま自分なりのやり方を見つけてゆく事である。勿論複雑な演奏は出来ないが、短く単音の旋律でも耳に残り易い曲なら奏でられるようになった。



ある日の事、リリアンが台所で食事を作っているとジェシカが器用に『猫ふんじゃった』を演奏しているのに気付いた。リリアンがついつい習慣で演奏していたのを聴いたり見ているうちに覚えてしまったらしい。思わず感心してリビングに戻りながら言う。



「へぇ~覚えちゃったんだ。『猫ふんじゃった』」


「え…?猫ふんじゃったの?」


「ん…?『猫ふんじゃった』だよねさっきの」


リリアンはジェシカに曲名を教えていなかったのを失念していた。ジェシカは混乱して言った。


「なんで猫ふんじゃったの?」


「…あ、違うよ。その曲名が『猫ふんじゃった』っていうの」


慌てて説明するリリアン。分ったのは分ったけれどジェシカはまだ気になる。


「でも、なんで『猫ふんじゃった』なの?」


自分が猫であるだけに由来を知りたいらしい。


「歌詞があるはずよ、」


と言ってリリアンはメロディーに歌詞を乗せて歌い始める。


『ねこふんじゃった ねこふんじゃった ねこふんづけちゃったらひっかいた ねこひっかいた』


完全に覚えているわけではないが、それだけでもジェシカには衝撃的だったようで


「知らない方が良かったぁ…」


と固まってしまっていた。一度そういう歌詞で歌われているのを聞いてしまうとこびりついて離れない。以降、ジェシカはその曲を封印した。
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