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徒然ファンタジー57

アルバム発売を機に大宮望のメディア露出が増えてきた。テレビは以前と同じ頻度ではあるものの雑誌のインタビューなどは頻繁に登場するし、内容も特集が組まれたりと濃い。リリアンは書店で新しいものを見掛ける度に購入していたのだがその量もちょっと音楽に精通している人並みになってくると、前はそれほど分らなかったアーティストたちの音楽のコダワリなどがぼんやりと分った気になる。


もっとも本当に音楽なら何でも知っているような職場の男の先輩のマニアックな話は実際ついて行けないし『ギターリフ』がどうだ『アルペジオ』が何だと言われても、枝葉末節な気がしてしまうのは何故なのだろう。


「結局、音楽には向いてなかったって事なのかもね」


そういった自分なりの了解を望に相談してみると意外な返信があった。


『私も演奏の方はまだまだでして、ギターのコードの勉強中なんです』


それを聞いて何となく安心した。リリアンが思うに多分だけど音楽というのは拘りはじめると難しいのである。プロがプロたるゆえんはその辺にありそうである。けれど、自分の好きなものに熱中できるというという事は一般的にも羨ましい事である。リリアンが望を見て元気づけられたり勇気づけられたりする事があるのは、感情の表現は勿論あるけれどその底流に本当に楽しそうに唄っているという事柄があるからではないだろうか。


「私も何か一生懸命になれる事、あるのかな?」



答えられるわけはないと思いつつもジェシカに向かって話してみる。コタツに潜りながら例の4コマ漫画を熱心に読んでいたジェシカはきょとんとする。


「ご主人さまは「仕事」に一生懸命なんじゃないの?」


それはジェシカが素朴に思っている事だった。一緒に生活していてリリアン、ひいては殆どの人間が『仕事』に多くの時間を費やし、それが生活の大部分を占めている。人間の事はよく分かって来たし自分も人間になれるから違和感は抱かないのだが、猫の視点から考えると当たり前だがそれは凄い事に見えていた。


「そうだけど…」


無論それは否定しない。実はこれでも学生時代の最後に必死こいで『就職活動』をしてきたし、そこで悩み、考え、迷いながらも自分で選んだ仕事と会社は最早自分を形成する一部である。それなしには生活が成り立たないという現実的な事情もあるが、金銭的な事だけではなくて仕事に何らかの意味を見出していて、その仕事は世の中に必要だと思っている。だからこそ忙し過ぎる時や辛い時はつい衝動的に『辞めたいと』と思ってしまう事もあるけれど、やはりどこかしら好きだから続けている部分もあるだろう。当然、一生懸命である。


「でも、何か一つくらい仕事以外で見つけたいというか」


「う~ん…」


ジェシカは悩んだが良いアイディアが浮かばなかった。当たり前と言えば当たり前なのだが、それでも何か答えたいという気持ちはとてもあった。


<出来るなら自分も協力したい、でもどうやって>


結果として両者とも黙ったまま時間だけが流れ、しばらくしているうちに窓から西日が入ってくる時刻になった。その時、オレンジに染まったジェシカがまるでロダンの『考える人』の像の様な表情と体勢である事に気付いて、何となくそのシーン全体がリリアンに良いものに思われてくるのだった。


「ジェシカ、ちょっとそのままね」


「うん?」


小さく「カシャッ」という音がした。リリアンがスマホでジェシカを撮影したのである。


「写真撮ったのよ。なんかいいなって思ってね」


「俯いてたけど?」


「ジェシカがそういう表情すると、本当に大人の人みたいだね」


そしてリリアンは気付いた。確かにジェシカは当初よりも大分大人びてきているのである。姿形が人間になったとしても、人間が見せるような表情をするには経験をしたり自分で考えたりする事が必要なのかも知れない。変身出来るようになったばかりのジェシカの写真をスマホで確認するとどこかあどけなく、どこか眠そうだったのが今撮ったものは大分凛々しく見える。写真を良く見直してみるとそういう変化がはっきりと見えてくる。そこで少し「はっ」とリリアンは、ジェシカがこのアパートに来たばかりの写真やシェリーが来たときに一緒に撮影したもの、N市に旅行に行った時の町の情景、望と会って遊園地で撮影したもの、実は毎日少しづつ変わっているいつもの公園を映したものなどを振り返ってみる。


「そうなんだ、私が撮ったものでもちゃんと映っているんだ」


面白かったのが最近ジェシカを伴って近場だが名所を訪れたりするようになる為に風景の写真の割合が増えてきているという事である。それはあるがままであるのに美しく芸術的にも見えるし、見方によっては『文化』がそのまま映っているようにも見えるのである。


「あ、それ綺麗だね」


ジェシカも一緒に見ていたが、皆で行った遊園地の夕陽に照らされている観覧車を映したものが目に留まった。


「そうね私達は色んな事を経験したんだから、当たり前に見ているものがそれだけでも本当に素敵なのかも知れない」


リリアンは改めて当たり前の事の良さに気付くと同時に、それをこのように残しておける『写真』というものに何かを見出しつつあった。自己表現とも、単純に他の人にも見てもらいたいものとも言えるだろう。



「よし、決めたわ」


「なに?」


「私、もうちょっと写真で何か出来ないかやってみるよ」


「それがご主人様が一生懸命になれるもの?」


そう訊かれて照れながら答える。


「今はまだ分からないけど、そうなってるかも知れない。ふふ…」



もう春がすぐそこに近づいている。望からは高校を卒業したというめでたい知らせが届いた。しばらくすれば芽吹き、桜咲くころ。リリアンでなくても思わずシャッターを切りたくなるような美しいものが沢山見れる季節になろうとしているのだ。
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