徒然ファンタジー64
ついにその時間がきた。2時きっかり、望から『今おじさまにメール送りました』という連絡がくる。望から『朝河』氏へのメールが合図となって、じきに『朝河』氏がこちらに移動する筈である。さすがに上手く行くかどうか分らない部分もあるので一同は緊張する。そのまま数分が経過した。
「大丈夫かしらね、緊張するわ」
大丈夫だとは思っているけれどリリアンも少し不安になる。
「私の方が緊張してるわよ」
とシェリーがリリアンに返事した時、再び望からメールがあった。
『成功したらしいです!会場らしき場所で、外にあるトイレの近くに移動できたと報告が来ました』
「トイレ…歩いてくる途中にあったわよね」
「ああ、あそこに違いないわ行きましょう!!」
リリアン達は体育館近くの日陰から元来た方向に向かって走り出す。この前公園まで走った時のようにやはりジェシカが速くリリアンは遅れてしまう。ただジェシカは道をあまり覚えていないので途中で迷うため、前に出たのはシェリーであった。するとシェリーが、
「あっちから歩いてくる人ってもしかして…」
と前からこちらの方角に向かってくる人を見つけた。コンサートに来た人かも知れないので少し様子を見ているが、まだ会場に来るには少し早いようにも思える。その人は一人で、中年男性のようである。
「あっ、あれ…」
ジェシカは遠目からその人物を見て、記憶にある『おじさん』とは少し違うようにも思った。ジェシカの記憶が正しければ彼は全身黒づくめのスーツで現れたような気がする。今来た人物は大きなリュックを背負って、下が薄い色のジーンズで上はポロシャツ。帽子を被っていてまるで登山スタイルである。でもジェシカは同時に何となくその人に見覚えがあるようにも思うのである。
「こ…こんにちは」
思い切ってリリアンが声を掛けてみた。すると相手の方は笑顔になって、
「どうも、こんにちは」
と返してくれた。あまりにも普通なので<人違いだろうか?>と思ってしまったが、
「それとジェシカ君、お久しぶり!」
という言葉が彼の口から発せられたので、皆一瞬で確信した。
「あの、念のため確認しますが、貴方が『朝河』さんですか?」
シェリーが確認すると男性は笑顔で頷いた。
「うん。僕が朝河だよ。ご存じの通り異世界の人間さ。貴女が立華京子さんですね、そしてそっちはリリアンさん」
明らかに彼が一同が探していた人物、『朝河』氏であった。
「あ、この声、あのおじさんだ!!」
唯一会っているジェシカが言うので他の二人も安心する。この邂逅に、皆見た目以上に興奮していた。
「朝河さん、俺、貴方に言いたい事があって」
ジェシカは焦って話そうとするが朝河氏は手で制して冷静に、
「うん。ゆっくり話そうよ。今回は時間がたっぷりあるからさ」
「はい」
「あとね、折角だから僕のことは『マイケル』って呼んでくれよ」
「『マイケル』?」
「え…それって」
「恥ずかしいけど僕の名前さ。純日本人なんだけど、『朝河舞蹴』…「舞う」に「蹴る」って書いて「マイケル」と読ませるんだよ」
「朝河マイケル…マイケル…」
「やっぱりおかしいかい?」
朝河氏は自信の無さそうな表情で言った。するとジェシカはいつものように答える。
「良い名前ですね!!」
「うーん…確かに紹介しにくい名前ですよね。分ります」
一方リリアンは朝河氏が恥ずかしがるのも自分の事のように分った。というか、「舞う」に「蹴る」でマイケルと読ませるいう事実に自分も何故だか恥ずかしくなってくるのである。
「うちの親父が外国に行っても恥ずかしくないようにとつけてくれた名前なんだが、肝心の本国で恥ずかしい名前になるとは思ってなかったんだろうな…」
既に切ない秘話を教えてくれている朝河氏だが、こんなに普通だと「異世界から来た」のだと逆に信じられなくなってくる。それについてシェリーが少し訊いてみる。
「あの貴方の事を疑うわけではないんですけど、何か異世界から来たと分るような「何か」があったりしませんか?」
「立華さん。僕は立華さんについては以前から一目置いていました。リリアンさんもリリアンさんであっさり受け入れるあたり凄い人だと思いましたが、立華さんは恐らく色んな事を考えていらっしゃると思います」
朝河氏は一度彼女たちの事をそう評してから、おもむろに背負っていたリュックを降ろして、その中から何かを取り出そうとしている。
「最近では技術が発達しているので、写真とか動画ではいくらでも加工が出来てしまうのが難点ですが…」
と言いながら取り出したものはA4サイズのタブレットだった。普通の物のように見える。
「こちらの世界でもこういう物はありますよね。そこは別に問題はないのですが、この動画です」
と言って見せてくれたテレビのニュースを録画したような動画である。
「あれ…?このニュース、N市の事ですけど地元のテレビとアナウンサーが違いますね…っていうか多分どの局でもない…」
「分るの?」
シェリーの発言に驚くリリアン。
「だって毎日見てるもの。何だろう…なんかすごく馴染みがあるのに、知らないっていう感じ…えっ、ちょっと待って!!」
今度はシェリーはかなり驚いているようだった。それはリリアンもジェシカもすぐに分った。ニュースが切り替わって『怪獣ガララ、輸送完了』というテロップがニュースの画面に表示されたのである。続いてキャスターが原稿を読む。
『昨日、N市の怪獣ガララが超人的ヒーローによって無事、県内の牧場に運ばれました』
その後、明らかに作り物ではない異様なフォルムをした物が画面いっぱいに映し出される。巨大すぎて全形が映っていないがそれは特撮ものでよく見るよりディティールが細かく、かなり重量感のある怪獣の姿だった。もっと凄いのが『ガララ』と呼ばれたその怪獣が『ウルトラマン』のような巨大な人型の何かに抱きかかえられるように空を飛んであっという間に遠くに消えてゆく光景だった。
「怪獣だ…」
「っていうか、この人なんでこんなに凄いこと平然と読んでるんだろう…」
リリアンの戸惑いも尤もであった。普通ならば怪獣で大騒ぎだし『ウルトラマン』が出てきてしまったら天地がひっくり返ってしまうだろう。だが、このニュースキャスターも慣れた様子でまるで普通の事を話しているようでもある。それだけではない。
『いや~感慨深いです』
インタビューを受けたそこに居合わせた人の表情が「何かをやり尽くした」ような満足げなものだったからである。「地元の努力が実を結んだ」と締めくくられたニュースだがシェリーが知る限り、例えば町おこしとか何かのイベントを協力した様子がニュースとして取り上げらる場合にこんな感じになる。
「これが『演技』だとしても、あまりにも大掛かり過ぎるわ。しかも次のニュースも普通に続いてるし…」
ここでようやく朝河氏が口を開く。
「見てもらうのが早いと思ったんだけどね。このタブレットになるべく多くの動画を入れてみたよ。この日に地元の怪獣を若い人たちが頑張って何とかしてくれたというニュースがあって、丁度良いかなと思って録画したんだよ。他にもこの世界のものではない情報は一杯見れるはずだし、あとこういう物も持ってきた」
と言ってリュックの中から二冊のやや厚めの本を取り出した。
「『歴史の教科書』みたいなもんかな。学生時代に習った事を復習してみようというコンセプトで出版されてるシリーズで、一応『日本史』と『世界史』があるよ」
「是非見せてください」
「じゃあ立ち話もなんですから体育館の方に向かいながら」
一同は再び体育館の方に向かって歩き出した。リリアンとシェリーはそれぞれ日本史と世界史の教科書を受け取って目を通し始めた。それはどちらもとても奇妙な歴史だった。何年に何が起こったという歴史的事実や、何かの歴史的経緯、流れは似ているというか殆ど同じと言って良いのに、登場する人物の名前や顔が記憶とは異なっているのである。パッと見て明らかに異なりはじめたのは『怪獣』が出現したという事だろうか。ニュースでこそ平然と読んでいたが、歴史的経緯はかなり混乱というのか紆余曲折があって、異世界の『現在』に繋がっているらしいことが分った。
「これは本物よ。こんなにきっちり書かれてある複雑な書物は創作では造れない」
シェリーがお墨付きを与えた。
「…同意するわ。私も実は持ってきてあるの、歴史の教科書…」
リリアンはバッグから自分が持ってきた歴史の教科書を取り出して一同に見せる。
「なるほど、リリアンさんと同じことを考えてたという事ですね。もしよろしければそれを見せて頂いてもよろしいですか?」
結果的に、体育館の近くの日陰で三人で歴史の教科書を読んでいるという構図が発生した。手持無沙汰なジェシカを見た朝河氏が、
「ゲームがお好きだという事だったので、こちらのゲームをプレゼントしますよ」
と言って異世界で人気だという「怪獣と戦う」ゲームとゲーム機をプレゼントしてくれた。
「やっぱりそちらにもゲームはあるんですね」
リリアンが感心したように言った。
「僕はあんまりやらないんですけどね」
と朝河氏は苦笑いしていた。
「大丈夫かしらね、緊張するわ」
大丈夫だとは思っているけれどリリアンも少し不安になる。
「私の方が緊張してるわよ」
とシェリーがリリアンに返事した時、再び望からメールがあった。
『成功したらしいです!会場らしき場所で、外にあるトイレの近くに移動できたと報告が来ました』
「トイレ…歩いてくる途中にあったわよね」
「ああ、あそこに違いないわ行きましょう!!」
リリアン達は体育館近くの日陰から元来た方向に向かって走り出す。この前公園まで走った時のようにやはりジェシカが速くリリアンは遅れてしまう。ただジェシカは道をあまり覚えていないので途中で迷うため、前に出たのはシェリーであった。するとシェリーが、
「あっちから歩いてくる人ってもしかして…」
と前からこちらの方角に向かってくる人を見つけた。コンサートに来た人かも知れないので少し様子を見ているが、まだ会場に来るには少し早いようにも思える。その人は一人で、中年男性のようである。
「あっ、あれ…」
ジェシカは遠目からその人物を見て、記憶にある『おじさん』とは少し違うようにも思った。ジェシカの記憶が正しければ彼は全身黒づくめのスーツで現れたような気がする。今来た人物は大きなリュックを背負って、下が薄い色のジーンズで上はポロシャツ。帽子を被っていてまるで登山スタイルである。でもジェシカは同時に何となくその人に見覚えがあるようにも思うのである。
「こ…こんにちは」
思い切ってリリアンが声を掛けてみた。すると相手の方は笑顔になって、
「どうも、こんにちは」
と返してくれた。あまりにも普通なので<人違いだろうか?>と思ってしまったが、
「それとジェシカ君、お久しぶり!」
という言葉が彼の口から発せられたので、皆一瞬で確信した。
「あの、念のため確認しますが、貴方が『朝河』さんですか?」
シェリーが確認すると男性は笑顔で頷いた。
「うん。僕が朝河だよ。ご存じの通り異世界の人間さ。貴女が立華京子さんですね、そしてそっちはリリアンさん」
明らかに彼が一同が探していた人物、『朝河』氏であった。
「あ、この声、あのおじさんだ!!」
唯一会っているジェシカが言うので他の二人も安心する。この邂逅に、皆見た目以上に興奮していた。
「朝河さん、俺、貴方に言いたい事があって」
ジェシカは焦って話そうとするが朝河氏は手で制して冷静に、
「うん。ゆっくり話そうよ。今回は時間がたっぷりあるからさ」
「はい」
「あとね、折角だから僕のことは『マイケル』って呼んでくれよ」
「『マイケル』?」
「え…それって」
「恥ずかしいけど僕の名前さ。純日本人なんだけど、『朝河舞蹴』…「舞う」に「蹴る」って書いて「マイケル」と読ませるんだよ」
「朝河マイケル…マイケル…」
「やっぱりおかしいかい?」
朝河氏は自信の無さそうな表情で言った。するとジェシカはいつものように答える。
「良い名前ですね!!」
「うーん…確かに紹介しにくい名前ですよね。分ります」
一方リリアンは朝河氏が恥ずかしがるのも自分の事のように分った。というか、「舞う」に「蹴る」でマイケルと読ませるいう事実に自分も何故だか恥ずかしくなってくるのである。
「うちの親父が外国に行っても恥ずかしくないようにとつけてくれた名前なんだが、肝心の本国で恥ずかしい名前になるとは思ってなかったんだろうな…」
既に切ない秘話を教えてくれている朝河氏だが、こんなに普通だと「異世界から来た」のだと逆に信じられなくなってくる。それについてシェリーが少し訊いてみる。
「あの貴方の事を疑うわけではないんですけど、何か異世界から来たと分るような「何か」があったりしませんか?」
「立華さん。僕は立華さんについては以前から一目置いていました。リリアンさんもリリアンさんであっさり受け入れるあたり凄い人だと思いましたが、立華さんは恐らく色んな事を考えていらっしゃると思います」
朝河氏は一度彼女たちの事をそう評してから、おもむろに背負っていたリュックを降ろして、その中から何かを取り出そうとしている。
「最近では技術が発達しているので、写真とか動画ではいくらでも加工が出来てしまうのが難点ですが…」
と言いながら取り出したものはA4サイズのタブレットだった。普通の物のように見える。
「こちらの世界でもこういう物はありますよね。そこは別に問題はないのですが、この動画です」
と言って見せてくれたテレビのニュースを録画したような動画である。
「あれ…?このニュース、N市の事ですけど地元のテレビとアナウンサーが違いますね…っていうか多分どの局でもない…」
「分るの?」
シェリーの発言に驚くリリアン。
「だって毎日見てるもの。何だろう…なんかすごく馴染みがあるのに、知らないっていう感じ…えっ、ちょっと待って!!」
今度はシェリーはかなり驚いているようだった。それはリリアンもジェシカもすぐに分った。ニュースが切り替わって『怪獣ガララ、輸送完了』というテロップがニュースの画面に表示されたのである。続いてキャスターが原稿を読む。
『昨日、N市の怪獣ガララが超人的ヒーローによって無事、県内の牧場に運ばれました』
その後、明らかに作り物ではない異様なフォルムをした物が画面いっぱいに映し出される。巨大すぎて全形が映っていないがそれは特撮ものでよく見るよりディティールが細かく、かなり重量感のある怪獣の姿だった。もっと凄いのが『ガララ』と呼ばれたその怪獣が『ウルトラマン』のような巨大な人型の何かに抱きかかえられるように空を飛んであっという間に遠くに消えてゆく光景だった。
「怪獣だ…」
「っていうか、この人なんでこんなに凄いこと平然と読んでるんだろう…」
リリアンの戸惑いも尤もであった。普通ならば怪獣で大騒ぎだし『ウルトラマン』が出てきてしまったら天地がひっくり返ってしまうだろう。だが、このニュースキャスターも慣れた様子でまるで普通の事を話しているようでもある。それだけではない。
『いや~感慨深いです』
インタビューを受けたそこに居合わせた人の表情が「何かをやり尽くした」ような満足げなものだったからである。「地元の努力が実を結んだ」と締めくくられたニュースだがシェリーが知る限り、例えば町おこしとか何かのイベントを協力した様子がニュースとして取り上げらる場合にこんな感じになる。
「これが『演技』だとしても、あまりにも大掛かり過ぎるわ。しかも次のニュースも普通に続いてるし…」
ここでようやく朝河氏が口を開く。
「見てもらうのが早いと思ったんだけどね。このタブレットになるべく多くの動画を入れてみたよ。この日に地元の怪獣を若い人たちが頑張って何とかしてくれたというニュースがあって、丁度良いかなと思って録画したんだよ。他にもこの世界のものではない情報は一杯見れるはずだし、あとこういう物も持ってきた」
と言ってリュックの中から二冊のやや厚めの本を取り出した。
「『歴史の教科書』みたいなもんかな。学生時代に習った事を復習してみようというコンセプトで出版されてるシリーズで、一応『日本史』と『世界史』があるよ」
「是非見せてください」
「じゃあ立ち話もなんですから体育館の方に向かいながら」
一同は再び体育館の方に向かって歩き出した。リリアンとシェリーはそれぞれ日本史と世界史の教科書を受け取って目を通し始めた。それはどちらもとても奇妙な歴史だった。何年に何が起こったという歴史的事実や、何かの歴史的経緯、流れは似ているというか殆ど同じと言って良いのに、登場する人物の名前や顔が記憶とは異なっているのである。パッと見て明らかに異なりはじめたのは『怪獣』が出現したという事だろうか。ニュースでこそ平然と読んでいたが、歴史的経緯はかなり混乱というのか紆余曲折があって、異世界の『現在』に繋がっているらしいことが分った。
「これは本物よ。こんなにきっちり書かれてある複雑な書物は創作では造れない」
シェリーがお墨付きを与えた。
「…同意するわ。私も実は持ってきてあるの、歴史の教科書…」
リリアンはバッグから自分が持ってきた歴史の教科書を取り出して一同に見せる。
「なるほど、リリアンさんと同じことを考えてたという事ですね。もしよろしければそれを見せて頂いてもよろしいですか?」
結果的に、体育館の近くの日陰で三人で歴史の教科書を読んでいるという構図が発生した。手持無沙汰なジェシカを見た朝河氏が、
「ゲームがお好きだという事だったので、こちらのゲームをプレゼントしますよ」
と言って異世界で人気だという「怪獣と戦う」ゲームとゲーム機をプレゼントしてくれた。
「やっぱりそちらにもゲームはあるんですね」
リリアンが感心したように言った。
「僕はあんまりやらないんですけどね」
と朝河氏は苦笑いしていた。
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