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衝撃

コンサート当日。五月の最終週の土曜日は地元で大きなイベントがあり、何故今までそういうイベントが無かったかと思うほどの内容なのだが夜までみっちりなので全部見る事は出来そうになかった。と言ってもお祭り好きには堪らないので気心の知れた友人と駄弁りながら午前の開始から昼の1時過ぎまで城跡でイベントを眺めていた。その後、そのままコンサート会場まで車で行こうと思ったのだが、私はそこで重要な事に気付いた。


「あ…夜まで掛かるなら「そら」に餌あげてないと…」


「そら」はいつも夕方の6時頃に餌の時間である。猫というのはいつも決まった時間に餌をねだるもので、うちの「そら」も例に漏れず6時頃からそわそわし始めて、「にゃ~」と鳴いて要求する。朝も早い時間にねだるので実は大変…とかそういう話は置いておくとしても、コンサート開始が7時で9時頃に終わるという事だったので家に着くのは10時を過ぎてしまうかも知れない。流石にそれは忍びないし、可哀想なのでここで一旦家に戻って餌をあげておくことにする。友人にそれを言ったら、


「ええ…?大丈夫じゃね?」


と言われたが、今ぐんぐん成長していて食べ盛りの「そら」を見たらそんな事は言えない筈だと判断した。家に帰ってくると「そら」が出迎えてはくれなかったが玄関前の床に寝そべって『ゴロニャ~ゴ』していてほほえましくなった。「「そら」、ご飯だよ!」と言って、キッチンの床のちょっとしたお盆の上に置いてある薄く猫の模様が入った白い皿にカリカリのキャットフードを多めに盛る。「そら」は<気が早いな>とか思ったのだろうか、少し躊躇っていたがじわじわ皿に近づいてゆき、早速食べ始めていた。


「『待て』と言っても無理だもんな。よし、食え!」


要するに今食べさせれば帳尻が合うわけで、後は帰って来たときにあげれば丁度良いだろうと曖昧な事を考えて一応飲み水を交換し、「そら」を存分撫でまわしながら万全の態勢で再び家を出た。F市までは慣れている道程とはいえ、帰ってくる時にコンサートで疲労困憊になったら大変だなとも思ったが、『移動が楽』という魅力に抗えず車に乗り込む。F市までの道中、


「そういえば立華さんはもう出たのかな?」


と思ったりしながら車内で『大宮望』さんの曲を復習しつつ快調に走る。F市に入って体育館までは比較的時間が掛かる。途中コンビニに立ち寄り、飲み物や食べ物を購入しておく。着替えとかタオルとかは持参してきたのだが久しぶりのコンサートの為、念には念を入れて多めに用意しておいた。コンサート後の予定はまだ決めてなかったが立華さん達と会えたら柔軟に対応できるようにお金も下ろしておく。


会場入りしたのは3時頃。6時の入場にはまだ余裕があるが、混雑を避けたのと出来るだけ前の方で見たいという気持ちから早く出たという理由もある。しかしながらこの頃には既に来ている人もそこそこいて、<気合入っているな>と感心してしまった。体育館の前にやって来たとき、私は日陰の方に三人の人が立っているのに気付いた。女性二人は比較的背の高い方で、片方の人は服装はラフだったが立華さんに間違いなかった。


「あ、立華さん!!」


嬉しくなって思わず声を掛けてしまう。相手も気付いたようで、


「あら、大城さん!今日は早く来たのね」


と呼んでくれる。分った事だが立華さん達も私と同じ前の方のスタンド席で、しかも正面だという。同じ場所ではないので一緒には見れないようだけれど、近いので何となく嬉しい。すると立華さんではない方の女性がこちらのことが気になっているらしい事が窺がわれた。この時、以前から立華さんと話している事で、女性が立華さんの親友で若い男性の方は『ジェシカ君』であることは分っていたが話をした事がないので、

「ああ、そうだった」


と立華さんが紹介してくれてほっと胸を撫で下ろした。立華さんの紹介の後に自己紹介をするとその女性が、


「こちらこそ、初めまして!京子の友達…の安斎利莉杏です」


と名乗ってくれた。だが「リリアン」という響きを聞いてハーフの人と言う印象を持ってしまった為、


「リリアンさんって、もしかしてハーフとかなんですか?」


というように思わず確認してしまい、


「え…いや、純日本人です」


「あっ…そうですか。失礼しました」


というやり取りがあった。そしてつい「変わっている名前だ」と本音を洩らしてしまい一瞬焦ったが、意外にもリリアンさんは喜んでいるようだった。それまで私達の様子を見ていたジェシカ君が口を開きリリアンさんの名前について、


「良い名前だよ!」


と言ったのが印象的だった。初めて聴くジェシカ君の声はどことなく幼さが残るものだったがしっかりしていた。ジェシカ君の事はずっと考えて来た事なので、


「あ、君がジェシカ君だよね。その…『猫』だって言う」


と『猫』であるという話を振ってみる。すると、「あれ?名前知ってるんですか?」と彼は不思議がっていた。立華さんが上手く説明してくれたが、どうやら反応を見る限りリリアンさんにも私の事は知らせてあったらしい。私についてリリアンさんは気になる事があるようで、


「あの…ジェシカの事とか、そういう話って信じられましたか?」


と訊ねてきた。正直ってまだ信じ切れてはいないのだが、立華さんの話は嘘だと思えないと告げた。証拠を見せて欲しいというような事を言ったのだが、リリアンさんはその事で悩み始めた。どうもジェシカ君が『猫』に戻るには『道具』が必要という事である。以前の立華さんの話で『道具』と言う言葉が出てきたのを思い出し、同じだなと思った。肝心の『道具』がリリアンさんの家にあるという事で、ここでは変身が確認できないという事で残念だと思った。その代わりに『証拠』になるものとして二人から本を渡された。


それは歴史の教科書らしく一見すると普通の教科書のように見えたが、学生が使う物ではなく大人向けに書かれたものであるという事だった。が、パラパラと捲っていくうちに私はその内容に愕然とする。というか信じられなかった。


「え…これって、、、、あ、えっと」


上手く言葉が出てこない。何と表現したものか分らないのである。少なくとも私が勉強して知っている『歴史』とは違う、まるでフィクションの世界のような歴史が綿々と綴られている。そしてより奇妙なのは、多くの事で普通の歴史と「似ている」事だった。しかも詳細に渡り、範囲も人類の始まりという辺りから現代に至るまで長期間を扱っていて、仮にこれを創作したとするなら論理的な整合性を考えるだけで頭がおかしくなりそうだし、資料の写真も知っているものと似ているけれど、明らかに違う写真でそういうものを造ろうとしたら一人では到底無理な内容になっていた。


『人間業ではない』



思わず口をついて出てきたのがその言葉である。仮にこれを創ったとしても『人間業ではない事ができる人がいる』という仮定をしなければならないが、それは既に破綻しているような気がする。というかこんな事を本気でやっている人がいたとすればそれこそ『狂気』である。おまけに奥付には全く存在しない出版社の名前まで載っている。


「ダメだ…絶対にこんな出版社はない。何だか頭がおかしくなってきそうだ…」


私の方もおかしくなってきそうだった。すると立華さんが、


「一度深呼吸をしてみて。そして思い出して、貴方が私に言った事」


とアドバイスしてくれた。そう、彼女に私がかつて言った事はこの状況でとても有効なのである。『取り敢えず今起こっている事に集中する』、『確かめたところを出発点にする』、それ以上の事は分ってから認めればいい。今日はコンサートで立華さんの親友やジェシカ君にも会えているし、これは間違いなく現実である。そこからだ。



そして私は全ての鍵を握る「朝河」さんの事を思い出した。これは「朝河」さんが持ってきてくれたものらしい。けれど私はまだ彼に会っていない。彼から説明を直接受ければ余計な事を考えなくていい。そこまで考えると変かも知れないが私は心の準備が出来たのか、冷静に居られるようになってきた。そうすると不思議な話でもあるが、普通に考えて今日コンサートの主役である「大宮望」さんとこの人達が知り合いである事の方が驚きであるという事に思い至った。


「っていうか、私にとっては皆さんが大宮望さんと知り合いだって言う方が凄いと思ったりするんですけどね。田舎者だからでしょうか?」


思ったままを言うと、


「望はとっても凄い人だよ!!歌が上手なんだ!」


とジェシカ君が嬉しそうに答えてくれた。それはどこからどう見ても本当に彼女の事を知っているという調子である。私はこの子が嘘をつくような人には見えない。本当に本当なのだろう。そして素直に凄いと思っている。私はある意味で、


「そうですよね。皆すごいんですよね」


と言いたくなるような気持だった。するとリリアンさんが吹き出して、


「違いますよ!あなたが普通だって事ですよ!!」


と言った。それは褒め言葉のような貶しているようなどちらともつかない発言で思わず素で、


「え…?それって褒め言葉ですか?」


と訊いてしまう。


「う~ん…微妙」


リリアンさんの遠慮のない一言。


「そ…そんなぁ…初対面なのに…」


初対面なのにこんな事を言われてしまうと立つ瀬が無くなるのだが、不思議と悪い気はしない。まるで友達のように接してくれているという事だからである。打ち解けてきたので、これまでの経緯についてじっくり話してもらったり話したりした。聞いてみた感想は、



「なんとも不思議な話ですね。そしてどういうわけか私はまだ完全には確認できていない」


というものだった。何故かタイミングの問題なのだろうけれど、「朝河」さんがこちらに来た瞬間も見れないし猫になったり人間になったりする瞬間を見ていないと、もう話は殆ど信じていても自分の中ですっきりしない。彼女等の話だと当の「朝河」さんは大宮望さんの関係者として控え室で待機しているそうである。私は彼に会えるのだろうか?


「それが貴女と私の『差異』であって、『白猫の置物』の効果とも言えるような気がする」


立華さんは言った。


「そうですね」


私は頷く。その後いろいろ話しているとコンサートの係員の男性がやって来て整列してくださいとの事だったのでそこで一旦別れることになった。立華さんは「コンサートが終ったら広場の方で待っててもらえる?」と言ったのでどうやらコンサートの後は「朝河」さんにも会える事になりそうである。



三人とは別の場所で整列し始めたがが彼女等が見える位置にいた。そこで私は一つ自分が失敗をしたという事に気付いた。三人は仲良く待ち時間でゲームを始めたのだが、私はそういう物を持ってきていない…というかそもそも持っていなかった。ゲームは嫌いではないのだが、最近はプレイする時間がなかったり新作で自分に合いそうなものもないので、買わなくなってしまったのである。とスマホでゲームという手を考えたのだが、この後の事も考えてバッテリー切れが心配である。となると…


私は念のためと渡された謎の歴史の教科書を読んでいた。高校時代「世界史」をメインに勉強したので世界史の方を借りたのだが、じっくり読んでいるうちに段々面白くなってきた。というかしっかり日本語で書いてあるし文章の表現もこの世界で使われているものと同じなので読めばはっきりと伝わる。さきほど立華さんが強調してくれた、

『怪獣の出現』


という項から先は仮に『小説』として読んでも非常に秀逸で面白い。シミュレーションとでもいうのか、もしこんな事がこの世界でも起こったら、きっとこういう反応になってこういう事が起るだろうという予想に、突発的な予期しない事を加算するとまさにこんな感じになる。矛盾のなさでは驚異的である。


その辺りで『もうこれは本物だ』と思って読む事にしたので、既に異世界の事に思いを馳せはじめた。考えてみれば「朝河」さんが住んでいるのは書いてある世界なのだから、その世界の事を予習しておけば彼と対面した時にも話が分かり易くなる。コンサートの用意について失敗だと思っていたが「塞翁が馬」で、結果として知的好奇心を刺激されながら、しかも退屈せずに時間を過ごせた。


「ああ…これ欲しいな…」


と普通に出てしまった感想もある意味で私らしいのかも知れない。
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