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そらまちたび ⑪

酒の力もあり、ぐっすり眠って起きると時刻は6時20分。ほとんど何も考えず2日ばかり有休を取ったけれど少なくとも今日の夕方には帰路に着かなければならない。「う~ん」と呻っている片山さんを横目に折角なのでもうひとっ風呂浴びたくなってこっそり浴場に移動した。依然として貸切状態の湯に浸かっていると、格別の喜びがある。もうハマってきそうである。


朝食の時間なので少し早めに上がると既に布団が畳んであって、座卓はいかにも朝食らしいメニューが並んでいる。片山さんが私が入って来たのに気付いて、


「やあ、すっかり温泉好きになっちゃったね」


と笑いながら言った。食べながら今日の予定について話し合った。夕方頃に駅に行けばいいかなと思って伝えると電車や新幹線の時刻表を調べてくれて、4時頃が良いだろうと言ってくれた。都会と違って電車の本数が少ないので電車の時刻に合わせて計画を立てるとどうしてもこの時間になってしまうのだそうである。


「行く場所なんだけど、ここから近い『県民の森』にとりあえず行ってみよう。自然が豊かで気持ちいい頃だからね」


「いいですね!」


その時は『自然』と聞いただけで即答してしまったが『県民の森』というのは一般的な名称で、日本各地にあるという事を後で初めて知った。ここの県民の森は山中にあるという事で結構「穴場」だという。そろそろ旅館を後にして出かけようとすると、ドアの外から「ごめんくださ~い」という女性の声が聞こえた。既に知っている声で、入ってきたのは既に私服に着替え出掛ける準備が出来ているマリアさんだった。


「マリアさん、どうしたんですか?」


片山さんは少し驚いているようだったがそういえば昨日の夜酒を飲んでいる時にマリアさんが何となく、


「あたしもお供しようかしら…」


と言っていたし、もしかしたらと思ったら案の定「一緒について来たい」との事だった。僕は賛成だったが片山さんは不思議そうな顔をして、


「あれ、今日は大丈夫なんですか?」


と訊いていた。考えてみれば今日も平日だし、ライターの片山さんはともかく塾を開いているマリアさんは予定は大丈夫なのだろうか。心配をよそに、


「『お・も・て・な・し』も大事よ!!」


と少し古めのネタをやっていた。結局大丈夫らしいけれど、『大丈夫という事』は別な意味で大丈夫なのか少し気になったりした。ともあれ3人でフロントに向かうと女将さんが対応してくれたので挨拶をして、


「どうもお世話になりました!温泉とても気持ち良かったです!」


と言うと彼女はとても喜んでくれた。「また来てくださいね!」と言われたのでそこは素直に「はい」と答える。旅館を出て片山さんの車に乗り、マリアさんは自分の車で着いてくることになった。


「何かすまないね…マリアさんもああいう人だからさ」


片山さんが車内で言った事である。確かに昨日来たばかりでいきなりだったので多少戸惑いはあるけれど、悪い人ではないし僕としては逆に面白くなりそうだなと思っていた。そのまま伝えると、


「そうかい!それはなにより」


と破顔してくれた。面白くなりそうだという予感はどうやら当たったらしく目的地に到着すると、午前中からハイテンションのマリアさんが見れた。僕が初めてなのは言うまでもなく、マリアさんも穴場的な『県民の森』は初めてらしく、見るもの全てに「へぇ~」を連発していた。そこは山というより森林浴でもしたくなるような場所で、広いので歩いているうちに別世界に来たような感覚になってしまった。


「本当にこの町って色んな所ありますね。何でもある?」


「何でもは無いわ。あるものだけ」


マリアさんが突然言った言葉に思わず吹き出してしまう。表現自体がおかしいというのもあるけれど、それはとある有名なアニメのキャラクターが作中で言った台詞をもじったものだと分ったからである。


「それって、『アレ』ですか?」


「そうよ!やっぱりアニメは淑女の嗜みだと思うのよね」


「ん?二人とも何の話をしているのかな?」


片山さんは世代的なものか分らないらしかった。そういう事も含めてこのグループは面白いなと思った。と、ここで単純に面白いというわけではない奇妙な事が起った。


鈴の音である。


それは昨日こちらに来てから何度か聞いたものである。明らかに山中であるここにいるわけのない動物が現れた。白い猫である。よく見ると水色の首輪をつけていて、僕等の方を見て「にゃ~」と鳴いた。僕は咄嗟に、


「あ、片山さんあの猫ですよ!!ねっ確かに居たでしょ!?」


と叫んでいた。これには片山さんだけではなくマリアさんも驚いていた。


「こんな所に猫が!?」


「いや、あれが噂の猫ですよ。最近見かけるようになったって言う…」


「ああ、そういえばその噂聞いたことがあるわ。神出鬼没という言葉があるけれど、これは不思議よ」


「とにかくちょっと行ってみます」


僕はゆっくり猫に近づいてみた。猫は人間慣れしているのか逃げようとせず、身体を触らせてくれた。ちゃんと実体があって白く美しい毛の手触りも本物である。僕は水色の首輪をよく見てみる。するとそこには白い刺繍で、


『そら』


という文字が入っていた。もしこの猫が飼い猫だとするならこの猫の名前だと考えてよさそうである。


「そら!」


僕は呼んでみた。即座に「にゃ~」と鳴いた。どうやらそうらしい。


「まあ怪獣が出現する事に比べれば何でもない事だけど、かと言って猫が出現したという話は聞かないしなぁ…」


片山さんは頭を悩まさせているようだ。マリアさんはマリアさんでカメラを取り出して猫の写真を撮っていた。画面で確認させてもらうと当たり前だけどしっかり映っていた。


とそこでまた信じられない事が起った。少し目を離したすきに猫が消えてしまったのである。画面を見ていたマリアさんと僕は何処かに行ったのだと思ったのだが、片山さんは違う事を言った。


「いま…白い猫が突然…消えた…」


「え…?」


どういう意味かよく分からないので聞き直してみると、


「見ていたらその…何かすぅーっと透き通るように消えてしまったんだよ…」


「…それが本当だとしたら、どういう事なんでしょう?」


「ちょっと、分らないね」


片山さんでも説明に困っているようであった。一方マリアさんは思案顔で、


「う~ん…これは誰かに相談してみる必要がありそうね…」


と呟いていた。
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