飛べるねとべる
「だったらどうしたって言うんですか?僕は飛べるんですよ!!」
鳥の如くフライトしていた謎の存在「ガンジス」はそれでも物欲しそうに陽子を見ていた。陽子は困惑した。
「ガンジス、そんなに凧が欲しいのか?」
「ええ、そう見えるでしょうね。あなたには…靖男さん」
「私は陽子だ」
一応訂正する。河原で凧揚げに夢中になっている子供達は空を舞う謎の存在などには眼もくれやしない。悪い意味で地元で有名になっているガンジスに対しては各方面から抵抗があるらしく、親や先生から「近づいちゃいけません」と既に言い聞かせられているようである。一緒に居る、或いは憑りつかれている陽子にもその影響からか、最近あまり人が近づかなくなっていた。だから陽子も不本意ではあるがガンジスに関わる比率が増えてきて、今ではまるで保護者のように見張っている事が多い。一応それなりに気にかけている研究者からは何かと支援やアドバイスを受けているが、近頃はあらゆる意味で「例外」な何かに対して確かな事を言おうとする人も減ってきていて、扱いとしては殆ど妖怪である。
もしある日全世界の人々からこのガンジスを見て見ぬふりされて陽子だけが存在を主張するような具合にされたら、非常に拙いことになると言う事が分っているから、陽子は敢えてガンジスを人前に晒して厭が応でも気にしてもらうよう努めている。それで河原を散歩していた時に凧揚げをしている子供達を発見して、ガンジスがいきなりフライトし始めたのだ。羽なんてないのに…。時々、物理法則に逆らって…。
陽子は溜息をついて、ガンジスに告げる。
「分った。何とか買ってやるから、とにかく落ち着け」
「出涸らし紅茶!!」
多分それは「ありがとう」という意味だろう。というか、そうでなかったらやり切れない。この時、陽子にはこんな思惑があった。
<凧という物を通してもしかして、ガンジスも物理法則を学んでくれるかも知れない。少なくとも、あんなに気持ち悪いフライトをしないくらいには…>
一見すると鳥のようで時々重力に逆らってフライトする光景は、この上なく異様だった。
だが、風がないのに急にフワフワ浮き出す何の変哲もない凧を見せつけられた陽子はとても頭が痛くなった。