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『大宮望』

夜も遅いのでその日は2人とも休むことにした。あくる日私は7時頃目覚めたのだが、朝河氏はもう少し早く起きていたようで同じく起きていた「そら」を撫でたり抱いたりしたらしい。


「おはようございます。歳をとると朝起きてしまうんですよ」


「よく聞きますね。私は仕事でいつもこの時間に起きるので習慣で目覚めてしまいますね」


朝河氏はにこやかな表情で頷く。そして彼は思いだしたように言った。


「そういえば望さん…大宮望さんはもうシェリーさんのお店に来ているそうですよ」


「え、そうなんですか!?」


疑うわけではないが大宮望さんの話題になるとちょっと想像出来なくなる。


「朝早く、望さんからメールが届いたんですよ。これ」


と言って、望さんから借りたというタブレットを見せてくれる。確かに『大宮望』という名称で、


『おはようございます、おじさま!今日は早い電車でN市に行くつもりです。シェリーさんが迎えに来てくれるそうなので、シェリーさんのお店でお会いしましょう!(^o^)』


という可愛らしい文章のメールがあった。信憑性はますます高まるので段々緊張してくる。折角なので私達も早めに行く事に決めたのだが、昨晩話せなかった事で今後家で生活するにあたって朝河さんと二人で確認しておきたい事があるので先ずはそれを話してからである。朝河さんに話したのは、家の物は基本的に自由に使っていいし、もし家にいるならば「そら」と少し遊んでほしいという事、そして少し大変な食事の事である。


食事については朝は一緒でいいのだが昼は残り物くらいしかないので、何か要望があれば買い置きしておくという旨を伝えた。すると朝河氏は、


「実は僕はパン食で、昼でもパンと紅茶があれば大丈夫なんです」


「毎日だと飽きませんか?」


「大丈夫なんです。好物ですから!」


朝河氏は珍しく強調するように言った。細々した事を伝えていると結構時間が過ぎてしまったし、先日の晩に湯船に浸かれなかったので朝のシャワーなど出掛ける準備をしているうちに8時を過ぎてしまった。その後、店を訪れる前に一応この辺りの地理を教える意味も込めて歩いて行ける距離にある商店などを車で回る。車内で、


「この辺りはこちらの世界だからというわけではなくて、単純に土地勘がないんですよね」


と言っていたが、どうやら異世界とこちらの世界は地形については同じ光景が続いているようである。その辺りの事をつっこんで聞いてみると、


「地形は同じですけど、どうも建物が同じではないようですね。似ているような気がするんですけど」


という返答。なるほどと思った。そのまま9時に『店』に到着した。私達が到着したのを確認したのか2階の居住スペースから立華さんが階段を降りてきて、


「おはよう!望はもう来てるわよ!いま店のドアを開けるから待ってて」


と言った。立華さんと『店』に入ってリリアンさん達を待っていると、ドアの方から「お邪魔しま~す!」という若い女性の声が聞こえた。そちらを見ると、確かにそこには『大宮望』さんが居た。続いてリリアンさんとジェシカ君も中に入ってくる。立華さん達が気を利かせて私の事を望さんに紹介してくれる。それに対して望さんはしっかり頷いている。この光景は夢ではない。つまり立華さん達の話が本当だったという事である。そう認識すると次第に興奮してしまう。つい、


「本当に、本当なんですね!!信じられません…こ、こんにちは、大城博です…」


と大きな声で言ってしまう。昨日見たばかりだがここまで有名人を間近に見るのが初めてなので少し恐縮してしまう。そんな私に対してリリアンさんが、

「こうなるのが『普通』よね」


とフォローしてくれるが、望さんは私の様子がおかしいと思ったのか笑っていた。これは恥ずかしい。


「ふふ…大城博さんですね!今日はN市の案内をよろしくお願いしますね」


だが可愛らしい望さんにこんな事を言われてしまったので、



「は、はい!!」


と緊張してしまった。一方で朝河さんは慣れたものである。望さんに向かって親戚のおじさんか何かのように、


「望さん、昨日はお疲れさま。今日は大城さんと立華さんに任せれば大丈夫だと思いますよ」


とアドバイスすると望さんが朝河さんの方を見て、


「あ、おじさま、昨日眠れました?」


と打ち解けた様子で言った。


「うん。大城さんの家にね、かわいい白い猫が居て随分懐いてくれましたよ」


朝河さんが「そら」の話をしてくれたおかげで、猫が好きだという望さんとちょっとした猫トークが出来た。ただ不思議だったのは「そら」写真を見せた時一緒に見ていたジェシカ君が、


『なんか望を小さくしたような感じ』


と評した事である。確かに望さんは猫に変身できるという事だし、ジェシカ君にとってはそう言う認識かも知れないのだが、『変身』と言っても具体的にどういう仕組みで変身するのか分らないので疑問になってしまうのである。それについて朝河さんが難しく説明してくれたが立華さんが解説するように、


「背が高い人が体長が長い猫に、整っている顔の猫が美男美女という具合になるのよ」


という事らしい。そうなると望さんがどのように変身するのか気になる。そのまま訊いてみた。すると望さんが「はっ」とした表情になって、


「あ、そうだ。大城さんはまだ変身したところを見てないという事でしたよね」


と言った。そして「じゃあ、ちょっと何となく恥ずかしいですが、変身してみますね!」と続けたので私はいやがおうにもワクワクしてしまう。望さんは自分の右手の手首辺りを触ろうとした。だが様子が何か変である。すると望さんが愕然とした表情になって、


「あぁあああああああああああああああ!!!!!」


と突然叫びだした。吃驚して呆然としていると彼女が、


「腕輪…なくしちゃいました…」


と泣きそうな声で言った。ただ心当たりがあるようで望さんがマネージャーに確認を取ってみるとその人が保管しているらしいことが分った。時間的に今回は変身するところが見れないようである。といっても望さんとは次にいつ会えるか分らないので、もしかしたらずっと見れないままかも知れない。残念だったが、


「でも状況証拠で、皆さんの話が本当だってことはもう真実だと思います。だってこうして望さんがいるわけですから」


とフォローをする。実際もうほとんど信じていて、ただ単に間が悪いだけなんだなと思うだけである。


「う~ん…」


しかし立華さんは気難しい顔をしている。望さんにその理由を尋ねられて、


「ジェシカの変身についても望の変身についても、これだけ関係者が揃っているのに何故か大城さんだけタイミングが悪いのよね…」


と答えた。確かにタイミングは悪いけれど、続いてリリアンさんが言ったように「偶然」であるように思える。すると朝河さんが、


「シェリーさんはそれが、『白の猫の置物』の効果だと言いたいのですね」


と確信めいた調子で言った。立華さんは深く頷く。そしてカウンターに置いてあった『黒猫の置物』を朝河さんに見せる。考えてみれば私も見るのが久しぶりだった。やはり家にある『白の猫の置物』とセットの物である。じっくりそれを確認した朝河さんはやがて、


「これは…もしかすると『秘術』ではないかも知れません」


と言った。『秘術』についてはある程度理解しているつもりだが、それは立華さんの考えていた事とは違う言葉だった。


「え…どういう事ですか?どうしてそう思われるのですか?」


立華さんが朝河さんに訊く。朝河さんは一つずつ丁寧に説明する。


「先ずは、こういう物を僕も知らないという事です。お話を聞いてから古い書物を当たったのですが残念ながらそれらしい記述はありませんでした。そしてもう一つは例えば物理的にどうこうするのではなく、人の運命に影響を与えるような『秘術』は基本的に不能とされているのです」


「つまり…?」


「例えばですが、もしそのような自分の望むような出来事が起こせるような『秘術』があるとすれば、僕の事をこの世界に知れ渡らせるような『偶然』を連続して引き起こせばいいのです。でも僕はそういうものは『ない』と判断していました。だからこそ、自分の力で何とかするしかなかったし、ランダムなものについてはリスクを冒しました。」


「た…確かにそうね…」


立華さんにはそれで通じたらしい。私も頭をフル回転させて話に整合性があるなと思った。朝河さんの考えによるとそれは『この世界の物』らしい。私は考えた末、


「という事は、この世界には最初からそういう物があり得たという事ですか?」


と訊いてみた。これは地味に重要かも知れない。朝河さんは、


「そうだと思います」


としっかり答えた。しばらく場に沈黙が訪れたが、この辺りの話について今考えても埒が開かないと思ったのかリリアンさんが、


「じゃあ、取り敢えずそろそろ出掛けることにしましょうか?」


と言ったので、N市観光がここに始まった。望さんもかなり興味があるようである。ちなみに、望さんは立華さんの車に乗るらしくちょっと残念だったが関係上仕方ないと思った。
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