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掌のワインディングロード ①

関係性というのは大事だと思う。変わらず続いている友情とか、何だかんだで親との結びつきとか。でも時々何とも言えないような、名指せないような奇妙で少し混み入っていて、それでいて続けていたい関係になってしまうこともあると思うのである。そもそもそれは必然なのだろうか、ふとした瞬間考えてしまう事がある。偶然でしかないようでありながら、めいめいが行きついた先でいつの間にか出来あがってしまっているそれぞれの態度。


僕はその人達と居る間自分が別な何かになったような気さえするのである。


「タラちゃん。今日どこ行く?」


「唐突ですね。さっきコンビニ行って来たばっかでしょ?」


細井さんの思いつきなのかあるいは少しは何か考えているのか分らない言葉をとりあえずボケとして処理して僕は競馬シミュレーションゲームを続行する。栄光が降り注いでそうなゲーム会社の(褒め言葉で)矢鱈作り込まれたこのゲームはシリーズを重ねるごとに自由度が増していて、ちょっとした恋愛シミュレーションゲーム的な要素を取り入れたりしているとの話だが、要するにサラブレッドと同じように人間も代重ねしないと世界に覇を唱えるところまでは行かないかも知れないというある意味で現実に忠実なシステムが売りである。だが、実際のところゲーム内の伴侶選びは相手で劇的な影響はなさそうだし事務的になってしまうかも知れない。


「あぁ…馬主としてだけで生きていけたらなぁ…バイトには夢が無い」


ゲーム内で羽振りのいいプレイヤーを操るフリーターの僕。思うようにはならない現実を意識する瞬間がやってきてちょっとぼやいてしまう。細井さんは「ふっ」と笑った(嗤った)ような気がした。実際僕が細井さんの家に居候して昼間からゲームをしているのだから嗤われても仕方ないのだけれど、細井さんはそこまで馬鹿にした様子はない。僕の境遇にも理解があるし、実際このゲームが馬鹿に出来ないから彼も本当におかしくて笑った部分もある筈である。


「バイト大変なの?」


そう言ったのは細井さんの彼女の大井さん。気遣ってくれているのか、心配そうに声を掛けてくれる。


「まあ体力勝負ですよね。眠気に打ち勝てるかどうか」


時給の高さに目が眩んで深夜帯のバイトをしている僕は朝帰ってきて昼に起きてゲームをプレイするという生活スタイルを確立させていた。細井さんと大井さんに会ったのもそのバイト先で、どちらかというと水商売の匂いもする『飲み屋』で働いている二人が多少ブラックな臭いを漂わせている『飲み屋』の常連になり、店員の僕を気に入ってくれたらしく、たまたま日曜日に出掛けた競馬場で二人に出会った時にある事が理由で意気投合というのか頼られてしまい、『WIN-WINの関係』をと細井さんと大井さんが同棲するアパートに住みついてしまったのである。居候というのが正しいのか、少しお金を出しているからシェアハウスと呼ぶのが相応しいのか、ちょっと判断に迷う。


「タラちゃんは体力あるけど、眠んないとダメだよ」


「でも自分の時間を作りたいんですよね、もしかしたら良い事あるかも知れないし」


「もしかし「たら」ね」


大井さんは「たら」の部分を強調するように言った。大井さんも僕の事を『タラちゃん』と呼ぶけれどこれには理由がある。それは僕がサザエさんのタラちゃんのように正論ばかり言う癖があるからと、何かあるごとに『もしかしたら』という副詞を使って普通は起るとは思われていない事の可能性を繰り返すからである。細井さんと大井さんと会話をしていた際に『癖』として指摘されて以来、


「お前は『タラちゃん』だな」


と細井さんに命名されてしまったのである。本名は全然ちがうのだが案外しっくりくるのでこの呼び方に不満はない。そして何より『タラちゃん』である事に僕はある意味誇りを持っていたのである。特に多くの人が見逃し易い可能性を目聡く発見する技能とも人並み外れた慎重さがあるから僕はある事で細井さん達に頼られているのである。


「タラちゃん、今週のメインの予想どうなってる?」


細井さんが唐突に訊ねてくるがこれももう慣れっこ。細井さんと大井さんはその名前がどちらも競馬に関係しているからなのか、誰か知り合いの競馬好きに「競馬みたいなカップルだね」と言われてから妙にその事が気になったので二人で競馬場デートに行ってみてからすっかり競馬にハマってしまい、競馬の事はそこそこ詳しいと言える僕に木曜日辺りになるとメインレースで『買い』の馬を訪ねてくるのだ。細井さんだけではなく大井さんもしっかり予想するタイプで、細井さんと一緒に座卓の定位置に腰を下ろして僕の言葉を待っている。


「これは社〇の運動会と言っても問題ないでしょうね。人気どころを抑えれば大丈夫だと思いますよ…」


「うん。そう思うんだけどさ、」


僕の予想を聞いても細井さんは何か物足りなそうに続く言葉を待っている。


「でももしかしたら、一番人気になると思われる『カージオイド』は届かないかも知れませんね…」


「そうか!その根拠はなんだ?」


「う~ん、言いにくいんですが前走の勝ち方ほど強くないような気がするんですよね」


「なるほど、だから強いメンツで届かないかもという事か」


「強そうだけどね」


今日の細井さんと大井さんの反応は好対照である。僕のこの慎重すぎるこの指摘をある程度納得しているように思っている細井さんと、自分の直感の部分を素直に信用してみたい大井さん。肩すかしを喰らわせるようだけれど僕は本命の予想を当てる事は出来ないのである。ただ何となく嫌な予感が拭い去れない時に『もしかしたら』という指摘をすると妙な具合にその事だけは当たってしまう事が多い。馬券を買うときには比較的大胆になってしまう細井さんは、僕の指摘が片隅にあると慎重になれるようで、そういう意味で僕を買ってくれていた。


それに関係して細井さんは以前こんな事を言っていた。


「慎重さって言うのは多分、細かく見ている事から来るちゃんとした感覚なんだと思うんだよな。多分、大成功はしないけれど大失敗もしないっていうタイプなんだろう」


「それって褒めてるんですか?」


「いや、俺にとってはその慎重さが欲しい時もあるんだ」


「時『も』あるって事ですね」


「普段からそれだと面倒くせぇって思うけどな」



確かにその評価は正しいような気がする。細井さんが僕をしっかり見ているという事をある程度信用すれば、細井さんの人生経験から言って僕がそういうタイプに当てはまるなら、概ね当たっているように感じる。もっとも、僕だって自分を信用し切れるわけではないから、『慎重すぎるんじゃないか』と思ったりもするのだけれど。ただ、そういう不安な所も含めて面倒くさい僕の話が役に立つというのは嬉しい事ではあった。大井さんは少し違う考えを持っているようだけれど、何だかんだで『僕が慎重だ』という意見は一致しているようだ。


「あぁ…GⅠ勝ちてぇ…」


ゲームの方に戻ると僕はテレビに向かってぼやいていた。競馬関係者であるわけでもないのに、GⅠの重みだけは異様に理解できてしまう僕は、現実で何かを達成する事を馬が大きなレースに勝利することに擬えたりしつつ、『夢』というGⅠに手が届いた瞬間を渇望している。ただ、今の場合はゲーム内の愛馬がGⅠになかなか勝てない事に対して思わずこぼれてしまった言葉である。見ていないけれど、細井さんと大井さんはそんな僕に苦笑していると思う。



さて、その週の日曜日。土日が稼ぎ時だと分っていながら勤続してきた強みを活かして土日をなるべく休みにしてもらっている僕は細井さんと大井さんと一緒に競馬場に出掛ける。純粋に競馬のレースが好きなのもあるが、やはりメインであるGⅢの重賞はそこそこ盛り上がる。他のレースはそんなに賭けないのだが、大きいレースの時はパドックなども入念に見て悩みに悩んで馬券を買う。勿論給料が少ないので小さい勝負しか出来ないけれど、たとえ給料が増えたとしても大きな勝負に出た自分を想像できない。


「どう?最終確認」


パドックで周ってくる馬を見ながら大井さんが僕に訊ねる。これはどの馬が「良く見えたか?」ではなく「不安に感じるか?」という質問である。彼女は理論的な根拠よりも、僕が馬を実際に見た時の予感の方を信用しているらしい。


「10番…なんかキョロキョロしているのが…」


10番は関西から遠征の『マイショウオーロラ』という馬だった。『マイショウ』は有名な冠名で、この名前が頭につく馬は基本的に同じ馬主さんの馬なのだが、そこそこ走るし大物も出る印象だったがそういう事をあまり意識しないでパッと見て不安な感じがする。


「うん。私もそう思ってた」


どうやら細井さんと同意見のようである。先に述べた『カージオイド』は悪そうには見えない。来てもおかしくないような気がする。でも『オッズ』という倍率を確認すると『スズメの涙』が『スズメの涎』くらいにしかなら無そうで買いたいとは思えなかった。そう細井さんに伝えると、


「そうだな…だったらここは『カージオイド』と『マイケルロード』のワイドにしてみるか」


と彼は言った。『ワイド』というのは相撲取りの『小錦』を覚えている人は少ないかも知れないが、選んだ2頭が「1着と2着、1着と3着、2着と3着」のどれかになれば的中となる馬券で、今はモヒカン系のお笑い芸人の専売特許となっているような感じだが比較的渋い馬券である。僕が木曜日に忠告した事が活かされていない様に思えるが、『2着と3着』でも良いという条件があるので仮にカージオイドが2着3着でも当たっているかも知れないので慎重な馬券である。これは当たり易い反面、『旨味』が少なくオッズも低くなりがちだった。


だが、当たればやはり嬉しい。



実際、レースは一番人気の『カージオイド』が外から来て届かず3着。2頭出ししていた『マイケル』軍団の『マイケルロード』が1着に来て、細井さんの馬券は的中した。『マイケルロード』も人気馬なので10倍はつかない模様。僕の馬券は単勝で勝負して4着に来たが、一着でなければ外れなので見事に外れ。



当たって一瞬興奮して嬉しそうな細井さん。一方馬券を買わなかった大井さんは、


「『マイショウオーロラ』やっぱりこなかったわね」


と当たり外れではないけれど、15頭中10着になった『マイショウオーロラ』を見て何事か頷いていた。そんなに人気はなかったけれど、実績から言うともう少しやれるはずの馬だったと後で思った。



馬券が当たると、その後ちょっとだけ外食に行くのが恒例だった。僕は申し訳なさ全開で奢られつつも、明日からの一週間の為に精を付ける為しっかり肉を食べた。


「タラちゃんは草食系だけど肉食うよな」


と細井さんに笑われながら言われた。草食系なのは事実と言うか確かだけど、体力勝負の仕事では前日に『肉』を食っておくのは得策なのである。


「まあ草食系も色々あるって事よね。そろそろ彼女つくったら?」


大井さんは笑ってはいるが少し心配気味に僕にアドバイスしてくれる。


「そうだな。聡子のような女よりも、おとなしい娘の方がいいかもな」


下の名前である「聡子」という呼び方で大井さんを呼ぶ細井さん。この微妙な発言に対して、


「勇次、私そんなにうるさい?」


とちょっと厭味っぽくいう大井さん。細井さんの下の名前は今ので分るように「勇次」である。少し酒が入っていたのもあるかも知れないが自分の失言をカバーしようとあたふたしながら、

「いや、聡子がしっかりしてるってことだよ!」

と強調する細井さん。将来結婚したら尻に敷かれるタイプだろうなと素朴に思った。ところで自分が彼女をつくるとなるとやっぱりこの生活も続けられないよなと漠然と思う。ただ、自分の様な人間に惚れてくれる人など滅多に居なそうなのでその心配はあまりなさそうだった。
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