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掌のワインディングロード ②

聡子との出会いはについてはその辺によくある話だった。仕事上がりの女達が天辺を越えてきた辺りによくやってくるようなバーで働いていた俺の仕事ぶりに『惚れた』との事だった。俺も常連として少し意識していたけれど、ある日彼女が一人で飲んでいる時に最初は冗談で俺に「彼女とかいる?」などと訊いていたのが途中から冗談じみていた愛の告白がだんだん真に迫ってきたのを感じた。素気無くするのも悪い気がしたので連絡先を教えると翌日から『一緒に飲まない?』というようなメールがかなり届くようになった。


一度試しに飲みに行くと仕事帰りの煌びやかな装いから一変して比較的おとなしめの服装で約束場所に来たというのが印象的だった。仕事場も何度か行った事があるが、この時に話した時とは全く違った雰囲気を出していた。結論から言うと聡子はとても純情な女だった。仕事は仕事として割り切ってやっているらしく、本心としては男性と話すのもあまり得意ではないらしかった。『好感』以上の感情になるのはある意味時間の問題だった。



俺はある時期やさぐれていた。いわゆる会社勤めのような仕事が肌に合わないと感じてから、思い切って仕事を辞めてしまうとまるで社会が本当に自分を必要としていないように感じ始めたのである。友人とも疎遠になったし、両親とも話が合わなくなっていた。勿論こんな状態では女性関係も上手くいく筈がなく、いよいよ愛想を尽かされて独りの時間が多くなっていった時、


<ずっとこのままかも知れない>


と思うようになって、初めて自分の弱さを知った。俺は誰かに必要とされていたいのだと分った。そして仕事も直接相手が見える仕事がしたくて極端かも知れないが夜のバーで働き始めた。これが意外と自分の性に合うのか、見た目こそ派手なところがあるが坦々と仕事が出来る環境を好ましく思っていた。夜の仕事に合うように化けたつもりだったけれど聡子にはお見通しだったらしい。あるいは彼女自身も似たようなものだから俺の事が良く分かったかも知れない。



聡子は「一緒に居る時には素直でいて」と俺に言った。勘の鋭い彼女には俺のささやかな見栄がよく分かるらしい。おかしい話だが少しでも格好よく飾ろうとすると不機嫌になるけれど、率直に思ったままを言っても「酷い」と罵るのである。お陰で聡子の前では俺は妙に情けない男になってしまうのである。



そんな聡子と仕事帰りの深夜に普通の飲み屋に寄ったときバイトの店員が疲れている様子を感じさせない明るい笑顔で接客してくれてとても心地よく、聡子も同意見だったので飲みに行くときはあそこのあの店員に頼もうと決めた。週に2、3回2ヶ月ほど通うとあちらもすっかり俺達の空気が分ってきたらしく、合間を見ながらまるで友達のように世間話とか話をするようになった。



その店員が『タラちゃん』だった。その時から『もしかしたら』とよく言う男だと思っていたが、『タラちゃん』は全くと言っていいほど裏表がなかった。本人は仕事が大変だというけれど、自分から進んで接客しているような節がある。一緒に居ると何となく元気をもらえる若者なのだ。その頃、自分の仕事場で聡子と付き合っているという事が次第に広まり店の客の一人が、


「『細井』さんと『大井』さんってまるで競馬みたいなカップルですね」


と言ったのだが競馬について殆ど知らないし、その理由が分らなかった為何となしに『タラちゃん』にその話題を振ってみたのである。すると『タラちゃん』は、


「あ!そういえばそうですね。競馬ファンなら誰でも思いつきますよ!」


とやたらテンション高く言ったのである。彼の話によると、元ジョッキー馬に乗る女性騎手で『細井』さんという今は競馬のテレビなどで解説をしている人が居るのと、地名である大井にはナイターでやる競馬場があるとのこと。他の話題とは違ってやたらスラスラと答えたので、<つまり競馬ファンなんだな>と思ったが実際はそれどころではなかった。評するとすれば『競馬オタク』である。


『タラちゃん』の話によると、タラちゃんは競馬については早熟で中学時代から既にハマっていたそうである。ゲームが原因だというけれど、中学生の趣味としては渋い。俺の友人でも競馬好きを公言して憚らない奴はいないし、これまでそういう人物に会った事が無かった。だから『タラちゃん』が競馬のマニアックなネタをまくし立てると全くついて行けなくなり苦笑いするしかなくなる。



だが、そういう事が重なったので聡子と話して「その『競馬』とやらを実際に見に行ってみない」という話になったのが春。折しも中山競馬場では大きなレースの日だった。大混雑する競馬場で聡子も最初は大変そうにしていたけれど、異様な興奮と熱気にやられてしまい、二人で訳も分からず馬が目の前で走る光景に感動していた。その日は馬券は買わなかったけれど競馬場自体がイメージしていたよりもクリーンな雰囲気で、それこそ老若男女が入り乱れていたので何だか賑やかな場所に行楽に来たような気持ちになってしまい、広々としていて開放的ので聡子との会話も弾み、何となく良い雰囲気になれた。



その為、次の週も訪れてみると今度はかなりガラガラという印象だった。聡子は、


「何か、今日はまるでピクニックみたいね」


とこれはこれで気に入っていたのだが混雑を予想していただけに肩すかしを喰らったようなものだった。だが、ここでちょっとした偶然…幸運が舞い降りた。飲み屋のバイトの『タラちゃん』も偶然この日に中山競馬場に来ていたのである。


「うわー!!奇遇ですね!」


「そりゃこっちの台詞だよ。よくこんな広いのにお互い見つけられたよな!」


「本当にすごい偶然!競馬場、良く来るの?」


「ええ、そりゃあ近いですからね。本当は府中に行きたかったけれど」


『タラちゃん』の答えは一部分らない表現があったので訊ねてみた。


「ああ、そうでした。えっとですね中山競馬場は土日は年中入場できる事は出来るんですが、ここで実際にレースをやる時期は年に4回くらいで、間は馬券の販売しかやらないんですよ」


「へぇ~そうだったのか。なんかいつもやってると思ってたよ」


「で、先週で春開催が終わって今週からは東京の府中の競馬場でレースが始まるんです」


「なるほど、だからここにいる人は…」


「まあ馬券を買ったり、ちょっとしたイベントの為でしょうね」


『タラちゃん』の説明にもあったように、調べてみると確かに中山競馬場での開催の時期は先週までだった。そして先週の盛り上がりは『GⅠ』という格が最も高いレースの「皐月賞」というレースを見に来た人によるものだという事を教えてもらった。


「な~んだ。残念ね。じゃあ今日どうしよう…」


レースが無いのを知った聡子が言うと、


「それならメインレースの時間も近いですし、馬券に挑戦してみては?」


と『タラちゃん』が言った。馬券くらいはどういうものか知っているが、買った事が無いので少し躊躇っていた。というのも競馬ではないが無職の時に少しパチスロをやってしまって、ギャンブルには向いていないという事が分っていたからである。どうも気分が大きくなり過ぎるようで、一度火がつくと制御が出来なくなるところがあるらしいのである。そう言った事を説明すると、


「複勝とかワイドとかだと、比較的当たり易いんですよ」


と馬券に幾つか種類があることを教えてもらった。当たると大きい三連単、メジャーな馬連、少し勝負の馬単、応援の意味の場合もある単勝、複勝。中でも『ワイド』という馬券は「2着と3着」でも当たりになるという種類の馬券らしく、それだと何となく当たり易いというのも確率の問題で納得できるような気がした。競馬玄人であるらしい『タラちゃん』は東京の11レースのメインで何故説明とは裏腹に単勝を買った。しかも理由を聞くと詳しい割には安直で、


「この馬と騎手応援してるんですよ!ここを勝ってオークス行きそうな気がするんですよね」


と何となく予想ではなく期待のようにも思えた。俺としては折角だからやはり当てたいのもあって『4番と5番のワイド』を買った。その際、『タラちゃん』に最初入れようと思っていた一番人気の「3」が何となく不安だと漏らしたのを参考にした。すると、ターフビジョンと言う大画面のモニターに流れたレースは俺の買った4番と5番がうまく前の方で粘って2着と3着になった。4番と5番が入っていれば順番はどちらでもいいそうなので見事的中である。倍率という意味のオッズは10倍ほどついて、1000円が10000円ちょっとになる。嬉しいので浮かれていると、


「ビギナーズラックっていうのがあるんですよね」


と『タラちゃん』が釘を挿した。聡子も複雑そうな表情をして、


「そうね。こういうお金は食べものに遣うのが良いのかもね…」


と呟いた。ただ『タラちゃん』はきっちり外しているので何とも言えない。そんな事はないぞと思って次の東京の最終レースも同じように買ってみたのだが今度は見事全て外れ。先ほどの半額ほどになってしまった。儲けたものとはいえ、減るとさすがにげんなりする。やはりギャンブルになると平常心を失ってしまうところがあるらしいと自己分析した俺は、その日聡子のアドバイスに従い『タラちゃん』も誘って夕食を食べた。こうなってくると『タラちゃん』がもう友人同然になってしまっていた。



そこに別な事情が加わった。聡子と付き合い始めてそろそろ4か月ほどになるのだが、俺にとって彼女は将来の事を考えてみたい相手だった。だがまだそういう事もなかなか切り出せないのもあってとりあえず同棲からと思ったのだが、あんまり意識させるのもいやなので何かいい方法が無いかなと思っていた。そんな折、聡子とまた『タラちゃん』の店に行った時競馬の話で盛り上がりかけた時に彼が、


「競馬好きなんですけど趣味にお金を使うとなると、ちょっと厳しいですよね」


と言った切ない発言が切実そうで、自分もそういう苦労をした事があるので親身に思ってしまい。気が付くと、


「じゃあ、聡子と3人でシェアハウスしてみるか?」


と切りだしていた。その話をした聡子も『タラちゃん』も目をぱちくりさせて驚いていたが聡子が


「確かにWIN-WINの関係かもね。私も競馬のこと教えてもらいたいし、勇次とも一緒に生活できるし…」


と言って少し恥ずかしそうにしていたのを見て、もしかしたらいいアイディアなのかも知れないと思った。『タラちゃん』は、


「お二人の生活を邪魔するわけには…」


と遠慮がちだったのだが、そもそもまだ聡子とは同棲していないわけでむしろ今後の事を考えて3人で生活してみるのが面白いと思った。ほんの少しだが、自分も貯金をしておきたいと思ったのである。その辺りの事を『タラちゃん』に耳打ちすると、


「そ…そう言うことでしたら、お言葉に甘えて…って大丈夫かな…?」


というように少し不安そうにしながらも結局3人で生活する事が決まった。そんな状態が4か月程続いて、また中山開催が始まる時期になった。毎週のように競馬を見始め、3人で予想したりしているうちに競馬にも詳しくなったのだが、聡子の事も競馬を通してまた一層理解できたような気がする。



『タラちゃん』は夏のある日こんな事を言った。


「もしかしたら、聡子さんと勇次さんゴールイン近いかも知れないですね。経験が無いんで分んないですけど」


『タラちゃん』という俺がつけたあだ名の通り「もしかし『たら』」は馬鹿に出来ない。もしかするかも知れない。
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