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掌のワインディングロード ③ 

少し奇妙な気がするけれど、経緯を考えればそれほど不思議ではない三人での生活。けれど田舎から出てきて仕事柄もあるけれど都会の人間関係に多くを期待しなくなった私が今の様な生活が出来ているというのは少し前までは考えられない事だった。『タラちゃん』から勇次が私との将来の事を真剣に考えているようだと伝えられた時、漠然と自分が家庭に入っている姿を想像してしまった。嬉しいかと言われれば嬉しい。


三人生活の家事については、意外にも器用な『タラちゃん』と人並みに出来る勇次と料理には少し自信のある私が協力しているせいか、少し広めの部屋はいつも綺麗だ。私が好きな音楽を掛けながら、『タラちゃん』がテレビで競馬のゲームを黙々と続けて勇次が新聞を読んでいる光景が当たり前になっている。三人の生活と言ってもバイトの拘束時間が長めの『タラちゃん』は留守にする事が多いので、勇次と二人っきりになる時間も多い。そうなると勇次が甘えたり私が甘えたりしながら順調に愛を育んでいるのだけれど、もともと私の方から勇次の事が好きになったから本当は一緒にいれるだけで幸せだ。



自分がこんなに一人の男性を好きになるとは思ってなかった。勇次と出会う前、殆ど生活の為に始めた仕事の経験から心のどこかで男の人に期待しなくなっていた部分があった。店に来るお客さんを基準にして考えていたからでもあるけれど、そもそも勇次や『タラちゃん』のように真面目な人は私のいる店には飲みに来ない。生活を優先させた結果の仕事だけれど、せめて仕事以外の人間関係には「見栄」が要らないと思うようになった。勇次も派手な格好をする事があるけれど、それは見栄と言うより仕事の雰囲気に合わせて自分をそういう風に演出しようというある種の真面目さから来るものだ。


けれど、話していると根の真面目さは隠せない。仕事をしながら私の取りとめもない話をしっかり頷いたり、さり気ない気遣いをしてくれているのがすぐに分った。勇次には『仕事ぶりに惚れた』と最初に迫ったけれどそれは方便で、仕事の中でも相手に向けてくれる誠実さに惹かれたのだ。


そんな勇次が『タラちゃん』を放っておけるわけがないのは今思うと当たり前だったかも知れない。勿論、本来なら勇次と同棲が始まる可能性もあったのでそこは少し悩ましいところだけれど、今の生活は今の生活で満足しているし、勇次が『タラちゃん』と一緒に話している雰囲気も私が少し知らない部分で興味がある。何となく羨ましい気持ちがあるけれど、隠し事の出来ない『タラちゃん』は私に教えてくれるし、そんな素直な『タラちゃん』が弟が出来たみたいで嬉しい気持ちもあった。



ただ、『タラちゃん』の事は少し心配もしている。夜の仕事をしているから分るのだけれど、若いから出来る深夜帯のバイトをこのまま続けるよりは、何か日中働ける仕事を探した方がいいように思うのだ。一緒に暮らし始めその生活を見てから何度かその話をした事がある。すると『タラちゃん』は、


「そうですよね…でも僕取り柄ないし結構チキンで、面接とかやると緊張しちゃって駄目なんですよ」


と恥ずかしそうに口にした。取り柄がないことはないと思うけれど、緊張しやすいのは確かにあるらしい。それに勇次と同意見だけれど非常に慎重というのか慎重過ぎるところが『タラちゃん』にはある。彼の好きな競馬でも、私達よりはるかに知識もあって鋭い視点も持っているのに、慎重過ぎてそれを活かし切れていない。勇次とも話すけれど、『タラちゃん』は色んな人生経験を積めば自分に自信が持てるようになると思う。まあ今も魅力はあるけれど。



『タラちゃん』に誰か知り合いの女の子を紹介しようと考えたこともあるけれど、私の仕事上の知り合いだと彼には少し刺激が強すぎるようにも思えるし、何となく良いように使われそうだという悪い予感しかしない。実際、バイト先でも時々休みの日に突然ヘルプで入ったりすることもあって、だいぶ頼られている様子が窺われる。私と違って『仕事』と割り切れない気持ちがあるのかも知れない。まあ、それはともかく女の子を紹介するとしたら、以前勇次が言ったように「おとなしい娘」なのは間違いない。ただ同性の私からすれば周りにそういう人は居なかったし、猫かぶりでなくそういう人が本当に居るなら、私とは少し合わなそうだなと思ったりもする。



そんな事を考え始めた頃、季節は夏から秋に移り変わっていっていた。残暑が落ち着いてきた頃、一番近くの競馬場が開催したとの事でまた競馬場デートというか、三人での競馬観戦が始まった。



もともと競馬の事は殆ど知らなかった私。辛うじて『ドリームインパクト』という馬が強いという事は知っている位だった。ファッションで参考にしていたある芸能人がその馬が好きだという事をちらっと何かで見たの覚えていたのだ。当時もそうだけれど競馬が好きな女性というのはある程度の年齢になってからならあるらしいけれど、同年代の人はギャンブルとしてしか見ていないという認識だったような気がする。私の店には競馬で大儲けをして豪遊しているような人も時々いたけれど、その後あまり良い噂を聞かないので、「競馬とはそういうものなのだ」と思っていた。


だけど初めてレースを観戦した時、イメージはガラッと変わった。ギャンブルとしてお金の為だけにレースを見ているのではないような気もしたのだ。みんな一生懸命走るお馬さんに、大声で声援を送っていた。『タラちゃん』から訊いて自分でも気になって調べた事だけれど、競走馬にとっては一レース一レースが大事なのだ。怪我をする事も多いし、私の知っていた『ドリームインパクト』でさえ、現役で居られたのは三年ほど。既にお父さんとして多くの子供が今走っていて、トップレベルだという話を聞くと人間の世界とは全く違っていて不思議に感じる。そして地味にジョッキーが精悍な顔つきをしていてスリムで、甘いマスクの人も多いというのも惹かれる理由としてあるのかも知れない。とにかく騎手も馬も一生懸命で、だからこそ勝ち上がってきた馬が揃う大きなレースは感動もある。



一レース一レースの積み重ねはどの馬にもどの騎手にも言える事なのだそうだ。それ以上難しい話はさすがにまだちんぷんかんぷんだけれど、パドックで間近に見られるお馬さんはピカピカ輝いているし、やっぱり馬にも調子が悪いとか良いとかがあるようで、一頭一頭よく観察すると違うというのが良く分かる。5月のある週に一度だけ東京競馬場に行った時、綺麗な白っぽい毛の馬がパドックを周回しているのを見て、


「あれ!なんか綺麗だね!」


と『タラちゃん』に言ったら「葦毛って言うんですよ」と教えてくれた。最初は灰色で、段々白くなっていく毛の馬の事を「葦毛」と分類するのだそう。その馬は毛の色もそうだったけど瞳が美しくて、何となくだけれど『強い意志』を感じた。その馬はレースでは最初から先頭を走り続け、そのままゴールしてしまった。ああいう走りを『逃げ』というらしい。その馬の名前は「アオゾラ」という名前だった。その日の東京は抜けるような青の空で、私はその光景を見てその馬を好きになってしまった。後でそのレースがNHKマイルカップというGⅠだという事を知った。


「もしかしたら、あの馬の子供が将来走っているのを見れるようになるかも知れませんよ」


『タラちゃん』の言うように『強い』馬は子供を残す『種牡馬』になれるそう。<そうか、いつかお父さんになるんだ>とアオゾラを遠くに眺めながら思っていると同じようにその馬を見ている勇次が視野に入って、


「お父さんかぁ…」


と思わず呟いてしまった。お父さんの前に『旦那さん』だけれど、もしかしたらそういう未来もあるのだろうか?なんてその時はぼんやり思っていた。ただ「アオゾラ」は今「3歳」人間で言うと若者だそうで、来年とか再来年とかの話だそう。ということはまだ「アオゾラ」の走りが見れるわけで、ネットで次に走るのがいつかを調べてみると、8月の末頃に発表されたのが中山競馬場が開催して2日目の日曜日のメインレースだそうだ。それを『タラちゃん』に教えると何故か微妙そうな顔をしていた。


「そんなに相手が強いの?」


と訊ねると、


「いや…ハンデが…」


と謎の言葉。三人で中山競馬場に来た時がそのレースの日だったので、とりあえずメインレースを楽しみにしつつ観戦を楽しむ。6月の東京を最後に競馬場には来ないでテレビで見ているだけだったので、久々の競馬場の雰囲気からか勇次は張り切っている。


「ふふふ、これまでの研究の成果が発揮されるな!」


と意気込んでいたけれど、何となく心配になってしまうのは何故だろう。私はその日初めて馬券を買った。メインレースの「アオゾラ」の単勝1000円である。
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