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掌のワインディングロード ④

京成杯AH(オータムハンデ)というレースの日。開幕週の日曜日だったので三人で中山競馬場に。このレースはGⅢでマイル路線で秋に向けて賞金を稼いでおきたい馬が結構集まるのだが、事前に注目されていたのは今年NHKマイルCを制した「アオゾラ」という馬だった。実はNHKマイルCのレースの日の府中競馬場にも三人で訪れていて、大井さんは「アオゾラ」勝った瞬間に立ち合い感動してしまってこの馬のファンになってしまったのだそう。比較的渋めの血統で、早い時期にGⅠを勝っているだけに将来も期待されている馬だが、この日は当然ながら一番人気。ただ僕は大井さんに「アオゾラ」について訊かれた時、このレース自体がハンデ戦なので57.5キロというトップハンデがかなり微妙だと思っていた。斤量が最も軽い52キロの馬と比べると5.5キロというのは坂のある中山では影響が大きいように感じるのである。


「ハンデ」の事については斤量の馬に対する影響の部分で大井さんに具体的に説明しづらいのもあったけれど、大井さんは早速「アオゾラ」の単勝を買ってしまったし、初めての馬券という事で水を差すわけにもいかない雰囲気だったので余計な事は言わない事にした。


開幕週だけあって人で賑わう中山。僕にとってはホームみたいなものだが、天候にも恵まれカラっと晴れてほどほどに暑い。外に設けられたゴール板前のベンチが好きなのでそこに並んで座る。


「今日も人凄いね。何人くらいいるんだろう?」


細井さんが何気なく訊ねた。


「多分、2~3万人くらいかと」


概算というよりは知識としてそれくらいだと知っていたのですんなり答える。


「へぇ~やっぱりそうだよな。でも東京競馬場の時はもっと凄かったからなぁ」


「ええ。でも一昔前はその2倍は居たという話ですよ」


これも調べれば分る事を話しただけだが『競馬ブーム』の時を知らない人にとっては驚きだったのか、


「ちょっと恐ろしくて想像できないな…」


と言って少し苦笑いしていた。競馬場にはお昼ごろに来たのだが、今6レースが終ったところだ。流石に平場のレースはよっぽどの事がないと馬券買うほど詳しくないので新聞の印を見ながら気になる馬に線を引いて結果を見るくらいにしている。すると先ほどのレースの事で大井さんが何か気になったようである。


「ねぇ、タラちゃん。『新馬』とか『メイクデビュー』って、要するにデビュー戦って事でしょ?」


「そうですよ」


「デビュー戦は一回しか走れないって事なの?」


ある意味大井さんは鋭いと思う。確かに基本的な事だけど実はここにちょっとした例外が『あった』ので説明しなければならないのである。


「実はですね、昔はデビュー戦に負けた馬はその開催内なら…つまり中山開催なら開催が終わるまでの週でデビュー戦に出れたんです。今は一回だけですね」


「ふ~ん。なんとなく分ったけど、さっきのレースで負けた馬はどうなるの?」


「クラスというものを説明した事があると思いますが、2歳の未勝利という条件になって、大体の場合は次に同じ条件の馬が揃った2歳の未勝利に出ることになります」


「負け続けると…?」


「えっと…」


僕はどうにも答え難かった。地方転厩というルートがあるけれど、500万下に格上挑戦とかもある。ただ登録抹消、つまり未勝利のまま引退した馬についてどうなるのかについてはどうしても言葉を濁さざるを得ない。


「あ…そうなんだ…」


大井さんには説明になっていないような説明をしたのだが、語り辛そうにしている僕の表情で何かを察してくれたらしい。相変わらず勘のいい人である。実際僕もネット上での噂を見て語っている部分があるので、正確な事は実際に時分で確かめた方が納得するのかも知れない。ゲームではその辺りの事が大分暈されている感はある。


「そういえば、タラちゃんはメインレース何か買うの?」


大井さんは切り替えるようにこう言った。


「僕は今日はちょっと分らなくて…。ハンデ戦って難しいんですよ?」


「そうなんだ。ハンデねぇ」


やはりまだハンデの事は良く分からないらしかった。


「俺は軽ハンデの2頭の馬連に決めたよ!」


その時細井さんが元気よく言った。


「ハンデって、そんなに影響するのかな?」


疑問を顔に浮かべている大井さん。対して自信満々に、


「ハンデなんだから軽い方が良いに決まってるだろ。人気もないし、これは美味しいと思うよ」


確かに細井さんの考えも間違ってはいない。いないけれど実際はハンデキャッパーの匙加減でどうにでもなりそうなもので、極端に軽いハンデの馬を選べばいいというものでもないのが難しいところなのである。


「でも強ければ関係ないんじゃない?」


大井さんの言うことも尤もである。強ければ斤量などものともせずに勝ってしまう。或いは斤量があっても実力に比べると恵まれている場合もあるのである。その辺りの取捨がとても難しいレースなのは間違いない。細井さんは大井さんの言葉で少し悩み始めてパドックを見てから決めると告げた。


そしてレースは順調に消化されてゆき15時を超えてメインレースのパドックの時間となった。パドックではGⅠ馬「アオゾラ」が出走との事で水色の生地に白い字で「アオゾラ」と書かれた横断幕が垂れ下がっているのが見られた。大井さんが「アオゾラ」を間近見た方が良いと思ったので10レースが終わる前にパドックに移動していたので最前列の方で馬を見ることが出来た。


「うわ~!やっぱり綺麗ね!!」


と言いながらカシャカシャと「アオゾラ」の写真を撮る大井さん。細井さんは若干苦笑いしているような気もするが、喜んでいるようなので嬉しそうだった。


「ところで、タラちゃん。今日のパドックどうだ?」


細井さんが真面目な口調で訊ねる。印象としては「アオゾラ」は問題なさそう。毛ヅヤも良いし、しっかりと歩いていて力は出せそうな感じである。ここに来るとどの馬も良く見えてしまうけれど、自分の勘を信じれば細井さんが先ほど選んだ軽ハンデの一頭があまり良く見えない。というか、自分が好きな馬体ではない。そのまま告げてみる。


「そうか…。それは微妙だな。じゃあ11番はどうだ?」


「11ですか?」


11番は『マイリス』という社〇系の馬だった。知っているのはこのところ条件戦を連勝しているという事でオープン入りしたばかりなのでハンデは据え置き。条件を見る限りだと良いのだが、


「馬体は、そこそこという感じですね」


という僕の印象だった。「そこそこ」という判断の馬を勧めるのは忍びないけれど来てもおかしくはない。血統も面白いし、是非来てもらいたい気もするのだが、GⅠ馬をいきなり負かせるだろうか?「そこそこ」という僕の言葉に頭を抱える細井さん。


「そこそこ…ってタラちゃんが言うんだったら「結構良い」んじゃないのかな?」


「え…ちょっと分りませんけど…」


実際その辺りは分からないというのが本音なのだが、細井さんは何かスイッチが入ったようで「よし」と呟いて一足先にパドックから出ていった。どうやら馬券を買いに行ったらしい。


「ああいうところは勇次の慎重さが足りないと思うんだけどね」


大井さんは少し呆れているようにも見えたがそれにしては目がキラキラしているように見えた。僕はその時「男らしいな」と思ったので、こういう所に惹かれる人もいるのかもなと何となく思った。11と軽ハンデの馬の馬連と軽ハンデの馬の複勝を買っていた細井さん。僕は思わず唸る。


「だんだん買い方が通っぽくなってきましたね!!」


複勝はかなり良い判断だと思う。


「まあそんなに買ってないけどな」


金額の方はそれほど掛けていないので大儲けにはならないかも知れない。そうこうしているうちに本馬場入場の時間になった。先ほどのベンチが既に埋まっていたので立ち見になったが、最終レースは見ないつもりだったので立ち見でも構わない。どうせなので馬場に近づいてみる。


「いつも思うけど速いわよね」


返し馬で馬が駆けてゆく様は誰が見ても格好良いと思う。大井さんだけでなく僕も見惚れる。中でも葦毛の「アオゾラ」は目立つ。実を言えば「アオゾラ」は鞍上ともども応援したいところなのだが、応援すると負けるといような予感がいつもしてしまうので弱気になってしまうのである。今日はどうなのだろう?徐々にお客さんが外に出てきてGⅠとまではいかないがそれなりに混雑し始めている。各々好きな場所で観戦できるのが良い。



がやがやし始めた時、馬場の向こう側の方で馬がゲート前に集まってきたのが視認できた。ちょっとしてお馴染みのファンファーレが鳴り響く。その後まばらだが拍手があって、いよいよレースという雰囲気。順調にゲートイン。



レースが始まった。場内の実況が「スタートしました」と言った。



「アオゾラ」はいつものように先頭に立つ。だが少しばかり他の馬に競られて単騎逃げにはならない。見ている限りだと流れが少し早いような気がするが「アオゾラ」の実力を考えれば早すぎるほどではない。レースは淀みなく流れ800を過ぎる。徐々に後方から馬が押し上げてきて、11番の「マイリス」は中団くらいに押し上げている。コーナーに入る。「アオゾラ」の鞍上にはまだアクションが無い。だが内内を周ってコースロスなく走っているのでイケそうにも見える。



そのままうまく最内の利を活かして直線に入って1馬身ほどのリードを保ったままスパート。後方はなかなか追いつかない。


「行った!!!」


と叫んだ瞬間、外から驚異的な脚で伸びてくる馬が見えた。「マイリス」である!『マイリス』は坂なのに加速してゆき、あっという間に「アオゾラ」との差を縮めてゆく。



ゴール板前、僅かにだが「マイリス」が差し切ったようにも見えた。写真判定にはならず、着順掲示板には「11、5」の順で表示されていた。


「あ~!!負けちゃった!!」


大井さんは悲しいというより驚いた声で叫ぶ。


「惜しかったですね!」


レース後でテンションが上がっているのでちょっと大きめの声で言う僕。


「それより3着はどうだ!?『7』来てない?」


「あ、そういえば7来てたような気がしますね」


7は細井さんが複勝で勝っていた馬である。3着に来れば的中である。その後3着のところに7と表示された。


「おお!配当はどれくらいだろう?」


「多分ですけど、500円くらいですね」


「5倍か…悪くないけどそうすると勝ちは1000円くらいかな…」


「私1000円外しちゃったから…」


そう言って見つめ合って苦笑いする細井さんと大井さん。でもトントンにすらならない僕からすれば、良い楽しみ方をしているような気がしてならない。


「でもアオゾラ、本当に惜しかったですね…やっぱりハンデですよ」


「そうなのね。ハンデってやっぱり関係あるのね」



大井さんはハンデについて身をもって経験したようである。でも強い競馬をしたのはやはりアオゾラで間違いない。そういう意味では、大井さんもなかなかセンスがあると僕は思った。
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