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淡く脆い ①

陽が燦々と照り付ける。そのせいで凶行に及んだなど大袈裟に言うつもりはないけれど、ついさっき友人に向かって暴言を吐いてしまった。

「お前に何が分るんだ」


実の所、その友人どころか自分自身も分っていない。ただ漠然と自分がひしひしと感じているやるせなさの原因が彼の一般論で片付けられる事に対して理不尽だと思ってしまったのかも知れない。結果的に友人の快適な涼しい部屋にお邪魔せずに終わって駅まで引き返しているところ。


何を急いだのか待ち時間よりも20分前に不恰好な像の下にやってきたのが今思うといけなかったのかも知れない。5分前には来てくれたのだから、待ったのは単純に自分のせいである。けれど待ちながら何故かピリピリしていた女性の近くに座っていたのもあって、精神的に疲れてしまったのである。『ケバイ』と一言で片付けては可哀想だけれど、咄嗟にその単語が出てきてしまうほどにはこの場所では暑苦しい化粧だったのもあって、高校時代の嫌な記憶が蘇ってしまったという微妙な理由もある。友人が到着する頃には少し不機嫌になっていた。



友人宅まで歩く道すがらその話をすると特に同情するでもなく、


「まあ色んな人が居るから」


とすげなくされる。そりゃあそうだけれど、その事に対して無感情になれというのは理不尽ではないだろうか。気が付くと語気が強くなっていた。それでもいつもとは違って冷静に受け流しているのを見て、つい言ってしまったのである。言ってしまった行きがかり上、「もういいよ」と捨て台詞を吐いて反対方向に歩き出していた。



『暑さのせいだ』といえばそれまでだろう。駅に着いた時に友人から、


『なんかゴメンな。傷付けたら悪かった』


とメールが届く。駅構内は涼しかったし、何となく先ほどの事が全体として馬鹿らしく思えてきた。


『いや、こちらこそゴメン。暑くなって苛立ってた。今日は家で頭を冷やす事にするよ』


冷やすという事で水風呂にでも入れば気持ちいいかもなというジョークが浮かぶ余裕も出てきていたが、流石におどけるには早すぎかなと思って無難な文面にする。



気持ちを切り替えてホームまで移動し電車を待っていると、少し奇妙な状況に出くわした。女性が泣いているのである。何となく何処かで見た事があるなぁと思っていたら、確かに服装には見覚えがあった。全体的にイエローとかオレンジが多い薄手の生地の服は、先ほど像の下で待っていた時に近くにいた女性の物である。けれど、何か違和感を感じた。その理由は彼女が涙を手の甲で拭って何か決然とした様子で顔を上げた時に分った。先ほどのメイクを落としているのである。


涙でボロボロになったからだろうか?どうやら水で洗い流したようで少し離れていても地肌の色がはっきりと分った。メイクをしない方が個人的に好みだと思うけれど、そういう無粋な考えは一瞬で消えて、何故か自分が冷静になっているからか彼女に対して同情するような気持ちが湧いてきた。


もっとも同情するにもどうして泣いているのかについて想像する必要があるわけで、無難に「彼氏かなんかにフラれた」という風に見ていた。友人の時は一般論を責めたが、明らかに他人であるこの女性に対しては一般論で把握しておくべきである。先ほどピリピリしていたのも何となくこの涙が説明してくれるように思った。最早キレた原因の一端を彼女のせいにしていた自分を恥じるようになっていて、その罪滅ぼしに近い気持ちで柄にもなく女性にハンカチを差し出していた。


「あ」


ハンカチとこちらを見た時に彼女はそれしか言わなかった。その後無言でハンカチを受け取ってそれで顔を拭いた。


「あたし、タオル持ってるんだけど」


少し鼻が詰まったような涙声でつぶやく。


「さっき、あの変な像の下で待ってた時…」


少し前にも彼女を見た事を説明しようと言いかけるとそれで分ったのか。


「ああ、あなたも居たのね」


そこで沈黙が訪れる。こういう時に話すべき事を知らないし、相手の方もそんなに話したくはないのだろう。そこで電車がやって来た。何となく同じタイミングで乗車すると横に長い座席がまるまる開いていて、流れでその両端にそれぞれ座った。乗車口付近の方に座ったので板にもたれかかるようにして座る。女性の方を見ると、正面を向いて窓の外を眺めているようにも見えた。発車すると、またしても意外な事が起った。


「独り言いうけど、聞かなくてもいいから」


その言葉は多分こちらを意識して言ったのだろう。幸い独り言を言っても正面の席の人は眠っているし、周囲に聞かれる心配はないようだった。


「オーディション落ちたの」


思わず「は?」という声が出ていた。


「こう見えて女優志望なの。ある映画のオーディションに落ちたの」


話としては分かるのだが、どうもピンとこない。25年生きてきてそういう知り合いは居ないので、そんな人に会うとも思っていなかった。


「女優志望だけど、これで落ちたら諦めるつもりで受けたのよ」



同じ坦々とした調子で続けられたその言葉の意味をしっかり理解した時には流石に知らないとはいえ事情が分ってしまった。


「メイクもね、たまたまこういう役なの。受かるつもりでいたし、役作りになると思ってちょっとその格好で歩いてみたの」


話を聞けば聞くほどに悲痛な気持ちになってくる。


「分った」


散々悩んでその一言だけを言うと、彼女がこちらを向いた。そして何か穏やかな眼差しになると、一度頷いて、また前を向いた。彼女は満足そうだったけれど、自分としてはもう少し何かを言ってあげたいような気がしていた。けれど言葉が出てこない。お互いの関係から言ってもそんなに多くの事も言えないだろうし、言い過ぎるのも違うように思う。



彼女は2つ行った駅で降りた。降りる際「ハンカチ洗って返すから」と告げられた。「でもどうやって?」と一瞬思ったが、それはそれで良いような気がした。いつものようにその次の駅で降りて、10分程暑さに苦しみながらも家に辿り着く。部屋はまだエアコンの冷気の名残があるような気がしたが、暑いことには変わりなかった。
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