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淡く脆い ④

『友人の証』にと連絡先を交換し合った後、芳井さんが町の案内を買って出てくれた。来る前は隣の駅だからという安易な発想で知っているつもりだったが、歩いてみると不案内なのは間違いなかった。住んでいる人が一緒に居れば何かと心強い。


「ところで今日はどうしてここに来たの、来たんですか?」


芳井さんはタメ口を途中で丁寧語に直して訊ねた。「タメ口で良いですよ」と何故か丁寧語で言ってしまう。顔を見合わせて微笑んだ。


「夏にやり残した事が無いかなと思って。まあ思い出作りかな。周辺をちょっと歩いてみようと思って」


「あ~なるほど。近くでもいろいろ発見あるもんね」


「昨日さ、芳井さんと最初に会った駅の一つ向こうの駅に行ってみたらさ音楽ショップで握手会とかやってて」


「え、そんなのあったんだ。誰でした?」


「綺麗な人だったよ。名前が確か…藍川…とか言ったような」


「知らないで行ったんですか。それ多分『藍川愛美』って歌手だと思う。確か私と同年代だ」


「ああ、そうだった。握手目的でCD買ったんだけど、まだ聴いてないんだよね」


「少し聴いたことありますよ。ファーストのアルバムは持ってる。一曲好きな曲があってある映画の主題歌だったの」


「へぇ、そうなんだ。あ、そっかじゃあその映画を見て気に入ったとか」


「まあそんなところ。映画は結構観に行くから。意外と良い映画だなと思ってる」


「どんな映画?」


そう素朴に訊ねると彼女は顎に細い手を当ててしばらく考え始めた。数秒経って「うーん」と唸ると、


「愛が本当は幻想だったとしたら、それでも…」


「ん?」


何か聞き間違いをしたのかと思って反射的に声を発してしまう。やたら熱が籠っていた表情だった。次の瞬間、彼女は「はっ」としたのか照れ笑いを浮かべて言う。


「あ、ごめん。つい癖でテーマみたいなのを考えながら見ちゃうの。演技する時に意識しないといけないから…」


「はぁ。そうか。つまりさっきの愛が幻想とか、そういうのがその映画のテーマなの?」


「うんと、実はそうとも言えない。多分監督の意図している所とか描きたいところはその辺りなんだと思ったんだけど、原作調べてみたらちょっと雰囲気が違ったの。なんかコメディータッチだったような気がする」


「うわ…めっちゃ難しい事考えながら見てるんだね。俺小説が好きでよく読むけど、あんまり上手く言葉に出来ないタイプなんだよね」


「そうなんだ。どういうの読むの?」


話がいつの間にか読書の方に変わっていった。無難なところをと思ったのだが考えてみると最近は文庫本の少し前の海外作家の有名な作品を読んでいたので、


「最近印象的だったのは『異邦人』とかかな。カミュの。」


自然とそのタイトルが出てきた。


「え…そっちの方がめっちゃ難しそう」


「何て言うんだろう自分の肌に合う作品とか、ちょっと違う雰囲気を味わえる作品が好きかな」


「雰囲気ですか…難しいですよね」


そう言って彼女はまた視線を下げ少し考え込んでしまった。と言っても何処かに案内をしてくれているようで、歩調を合わせて歩いてゆく。


「そういえば、何処に向かってるの?」


彼女は顔を上げ、


「あ、今幾つか候補があったんですが、読書好きには堪らないスポットがあったのを思い出してそこに向かってました」

と言った。


「へぇ、どういうとこ?」


「もうあそこに見えてますよ」


と言って10メートル程先を指さす芳井さん。そちらを見遣ると少し広めの土地だった。近づいてみると、入口の方に腰くらいの位置で「七宮公園」という看板が立ててあった。


「ここ実は池があって、その周りに木々が植えられていてベンチに光が射し込んでいる様子がなんか芸術的なんですよ」


「ほぅ…それは聴くだけでも読書に最適じゃないか」


少しテンションが上がってうきうきしながら敷地に入ると、確かに芳井さんの言葉通りの光景が広がっていた。池の水は澄んでいて中央には噴水もある。もしかすると魚も居るかも知れない。周囲をぐるっと木々が囲んでいて並木道のようになっていて、等間隔で置かれたベンチこそ色褪せているが味が出ていた。そして光の関係でちょうど葉の間から陽がベンチに射しているような場所があって、とても印象的だった。思わずそこに腰掛けてみる。


「ああ、しっくりくるなぁ。こういう所で海外作家の小説を読んだら違う国に居る気分になるかも」


そう言うと隣に腰掛けた芳井さんから微かに笑ったような声が聞こえた。


「なんか変?」


「いえ、気に入ってもらえて嬉しいなって。ここ夕方くると西日で斜めにオレンジの光が射し込んでそれも綺麗なんですよ」


「ああ、そうなるよね。駅からもそんなに遠くないし、ちょっと通ってもいいかも」


「じゃあ、その時はこの近くにあるコンビニに寄ってくださいよ。そこ私がバイトしてるとこです」


「え、コンビニの種類は?」


「えっと…」


すると芳井さんの表情がみるみる悪戯っぽいものに変わっていった。


「この周辺にはコンビニが2つあります。実際に行ってみてどちらか当ててみて下さい!」


「教えてくれないの?」


「もうほとんど教えたようなものですよ。そういう時、女の子は探してもらいたいものなんです。あと、自分で紹介するのも何か恥ずかしいですし」


「まあ確かに会ったばかりだしね。分った探してみる!」


しっかりと答えると、また彼女はこちらをじっと見つめ数秒間目が合う。何かあるのかなと思って首を傾げると、相手もそうした。なんだかおかしくなって笑い出してしまった。もしかすると彼女の癖なのかも知れない。
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