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淡く脆い ⑥

「七宮公園」の付近に家があるという事だったのでそこまで一緒に歩いてそこで別れることになった。別れ際、

「今日はどうもありがとう」

と眩い笑顔で言われた。「そう?こちらこそありがとう」と言ってから「じゃあね」と手を振って駅の方まで歩き出した。芳井さんの方はすぐに家に向かうのではなく公園の辺りで見送ってくれていて、一瞬道に迷った時に振り返ると、「あっち」と口が動きつつ方向を指で指し示してくれていた。和菓子屋を通り過ぎ橋を越え、無事駅まで辿り着いたので電車に乗って家に帰る。


一人になると心底彼女に出会えて良かったと思えていた。家に帰ってテレビを着けるとこの時期に恒例となっている24時間の番組の後半になっていて、今年のランナーのゴールもそう遠くはない状態になっていた。これが終わればもう夏休みは終わりだと昔思っていたけれど、今は夏が終わりだなと感じる。陽射しも穏やかで実質秋みたいなものだが、気分の問題としてそれが一段落なような気がする。


何時間かテレビを点けたまま、走者が無事ゴールしたのを見届けて良い頃合いだと思ったので芳井さんにメールを送ってみる事にした。


『こんばんは。片霧です。今日は案内ありがとうございます。メールいつでも送ってきていいから』


あまり堅苦しくならない様に素直な気持ちで打ってみる。返信がなかなか無いので微妙にやきもきしたのだが、


『こんばんは。返信遅くなってすみません。さっきまでバイトでした。メールの件ありがとうございます』


と夜の10時頃に届いたので納得した。意図せずバイトの時間帯が確認できたのは良かった。



次の日、仕事場で少しデスク周りの整理をしてみることにした。季節もそうだが気分を新たにしたかったのである。作業をしていると、よく話す同僚がやって来て火曜日の飲みに誘われた。もともと火曜日に馴染みの居酒屋に行くのが恒例になっていたので断らない。社員もそれほど多くない会社なので、社員の結びつきは大事にしている風潮がある。整理した事や約束があるからなのか、作業効率が僅かに上がったような気がする。火曜日は作業に集中して、比較的早く仕事を終わらせることが出来た。こういう日に残業にはしたくない心理も良い方向に出たのかも知れない。何はともあれ、職場の4人ほどで歩いて10分程の居酒屋に向かう。



4人の中には女性の先輩もいた。30を越えたくらいの人で人生経験も豊かで勘も鋭いので一緒に歩きながら「最近何かあった?」と訊かれた。「何で分ったんですか?」と訊いてみると、


「そんなに整理する人じゃないし、何かあったのかなって思っただけよ」


という答え。「そんなもんですか」と感心しながら言うと、


「で?何かあったの?」


という追究があったので、これは洗いざらい喋らされるなと思ったが、店の畳の部屋で座る前に粗方の説明は終っていた。一緒に話を聞いていた男2人の同僚も「ふーん」とか「ほぉ」とか反応していた。どうやら今日のメインの話題はこの話になりそうである。実際、間に上司の愚痴が挟まったり、話したってどうなるわけでもないようなグダグダが続いたりもするのだが所々で、


「で?」


とこちらに急に話を振られる展開になる。基本的には話下手な方だが、酔いが回ってきて饒舌になっていたのもあり推測の部分をこんな具合に大いに話していた。


「あの人は多分、まだ諦めきれてないんじゃないかなって思うんですよ。でも自分で決めた事だから」


その推測に対して女性の先輩、峰さんが自分の考えを述べる。


「話を聞く限りだと、そこをさ、片霧君と一緒に考えたいのかもよ。まあ諦めるまでのプロセスなのかも知れないけど」


プロセスと考えてしまうと結論ありきなので、実際そうだとしても一緒に考えてゆくというのが理想ではないだろうか。そんな感じの事を伝えると、


「そういう感じだから、頼られるのよねぇ…まあ反応は悪くないみたいだけど」


「反応ですか。それって恋愛対象としてですか?」


「その辺りはどうなんだろう?二人はどう思う?」


意見を求められてよく喋る同僚の田中は、


「手応えはあるんじゃないですか?よっぽどの事ですよね」


「よっぽどでもないとは思うけど、気に入られてると思うわ」


峰さんはこの話題になるとたいそう面白そうにしていて、何処かしら嬉しそうである。もう一人の比較的口数の少ない後輩山口君は、


「先輩が頼られているのは間違いないと思います。恋愛対象かどうかについては分りませんね」


と冷静に言った。当事者としては意見はそれとほとんど変わらなかった。ただそれは自分を戒めているというのか努めて冷静にしている自分としてはそうで、淡い気持ちで言うなら『友人』として仲良くできる相手なのではないかと思ったりもしている。


「仮に彼女がそうだとしても片霧君の方がどうなのかって事よね。彼女いない歴=年齢の片霧君にしてはよくやれているとは思うけど…」


高校時代のトラウマに由来するのだが、自分を「女性として」アピールする人は苦手だった。そういう人達は「男性として」だけしか自分を見てくれない。勿論男性であることは否定しようがない事実なのだが、ステレオタイプな男性像に当てはまらない自分は「男らしくない」と罵られたことが何度もあった。女性からそういう部分を求められるとしたら、自分は何も応えることが出来ないと思ったりする。


「彼女とかそういう感じにはならないと思いますよ。俺はそれで良いんです」


無理をしてそう言ったわけではないけれど、そう言うと場が何となくシーンとなってしまった。田中は、


「お前はそれでいいかも知れないけど、こっちが切なくなるよ」


と真面目に言った。こういう話をしたのは初めてではないが、ちゃんと付き合っている人もいる彼からすると何か言いたくなることもあるらしい。山口君は黙って聞いていた。しばらくあって、酒を煽った峰さんが重々しく口を開く。


「ほんとそうよ!あなたは一人でいて良い人ではないわ。ちゃんと相手の事を考えてあげられる人だし」


強く言われたのだが、不思議と叱られている感じはしなかった。


「まあ努力はしてみますけど…」


控えめにそう言うと一同が目を細めて穏やかな表情になった。その場では空気を読んでそう言ったものの、実際のところ『友人』として何か手助けできる事があればそれを優先にやるのが一番良いと思っている。それでもし彼女が次の段階に進めるなら、どんな選択をするにしても応援してあげたいのである。



そんな風に思うのは何故だろう。あのこちらをじっと見つめ何かを了解したと感じられる表情を見せられたからだろうか。それはまるで映画のワンシーンのように記憶の中に残り続けている。
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