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淡く脆い ⑦

9月に入ると一層涼しげになってくる。残暑が厳しい年もあるけれど、もうそろそろ長袖に着替えるという選択も妥当になってくるだろう。この間、芳井さんとはそれほど連絡を取りあっているというわけではないが、今度の土曜日に邦画で面白そうな作品が公開になるという事で折角だから見に行ってみようという話になって約束を取り付けた。地味に異性と映画を見に行くのは初めてだけれど、映画館で見る映画も久しぶりなのでそちらの方の意味でもソワソワしていた。いつもなら友人と出掛けているところだが、丁度仕事が大詰めだという事で彼の方からも「しばらくは時間取れない」と連絡が来ていたので丁度良かった、といえばいいのだろうか。


ちなみに彼にはまだ芳井さんの事を知らせられずにいる。彼が慌ただしい時期だという理由もあるが、自分としても何と紹介したものかきっかけに困っていた。追々報告する事にして、芳井さんと出掛ける場合に何も前の場所に拘る必要もないので、そう遠くない距離で二人で食事などが出来そうな場所を探してみる。なるべくならゆっくり話せる場所がいいと思ったので、落ち着いたレストランを予約したのでメールしてみると、


『お任せします』


と一言。レストランといっても小さなレストランなので格好も特に気にする必要がない。堅苦しいのが苦手な自分でも違和感なく過ごせる店だ。念のためそれも伝えてみると、


『わたしも気取ったお店とかは得意じゃなかったので良かったです』


と返ってきたので安心した。土曜日のバイトは休みだそうだから、ゆとりをもって行動できる。映画が昼過ぎなので夕食まで大分開いているけれど、幾つか候補だけ考えて後はその時の反応を見ながら選んでみようと思う。



当日、正午から少しばかり時間が経った頃に駅にやって来た。映画館の場所は分かっているけれど、駅で待ち合わせた方が分かり易いからと芳井さんがそこで待っていてくれる事になっていた。駅から出て軽く周囲を見回すと、それらしい人がすぐ目に留まる。けれど微妙に違う感じがしてしまった。近づいて芳井さん本人である事を確認したのだが、違和感の理由は服装にあった。最初に会った時のギャル風でもなく、ボーイッシュでもなく、大人しめというのかカワイイを求める女性が好むような落ち着いた淡いピンクと白のブラウスを着ている。以前のように帽子は被っていない。服装に合せてなのか、表情に加えて雰囲気も一変している。


「芳井さんですよね…」


既にこちらに気付いていたけれど、少しとぼける様な口調でおどけてみた。


「あ、人違いですよ!片霧さん」


笑いながら言われた。変わり映えのしない出で立ちの自分が何だか申し訳なくなるような華やかさがあった。


「本当に雰囲気変わるね」


感心しながら言うと少し照れくさかったのか、


「雰囲気だけですよ」


と誤魔化されてしまった。


「『かわいい』って言われると嬉しいもの?」


「本心から言ってくれるなら嬉しいです」


素直に言えば良かったのだけれどその時何となく面白いことを思い付いてしまい、


「『めんこい』ね!」

と言ってしまった。


「めんこ?」


『めんこい』の意味がよく分からないようであったが、当然と言えば当然だ。東北地方の由緒正しき方言でほぼ「かわいいね」という意味の言葉である。それを説明すると、笑ってはいるものの少しわざとらしく「ムッ」としてみせて、


「片霧さんって、正直ですけどかわいくないですよね」


とちょっとした罵りを受けた。


「でもかわいいってそのまま言ったら恥ずかしがりそうじゃない?」


「確かに…」


自分でもあまり良く分かっていないやり取りをしつつ歩きはじめる。映画館まで10分も掛からない距離だけど、折角なので今日見る映画についてあらすじを説明してもらう事にした。


「ジャンルとしては邦画によくある少し不思議な人が登場する俳優の演技をじっくり見たい映画ですね。訳ありな男の人と、同じく訳ありな女の人が出てきます。俳優さんも女優さんも演技派で有名ですね。その二人が行動を供にするようになって…というところまでは紹介されていますね。原作は未読なので、今日じっくり見たいなと思ってます」


語りはじめると表情もテレビの解説者並みに頼もしくなる芳井さんの言葉に無意識にうんうん頷いていた。俳優と女優の名前も聞いたのだが名前と顔が一致しなかった。映画を見て「あ、この人か」と瞬時に分ったのだが、自分はこの分野が疎いんだなという事が分ったような気がした。



映画館で見る映画は非常に新鮮だった。幼いころはアニメ長編をよく見に行ったものだが、その映画館はスクリーンは大きいけれど席数がそれほど多くないので多少狭くは感じたが、そのおかげで音響が自然で映画に集中する環境になっていた。空いている時間を狙ったのもあるけれど、マイナーな方の映画なので客席の全てが埋まっているというわけではない。けれど上映前の雰囲気から皆この映画を楽しみにしていたという様子が窺われた。特に芳井さんの集中は凄まじく、基本的に映画が面白く映画に集中していたのだがチラッと横を見ると瞬きもせずに、まるで身を乗り出すようにスクリーンに見入っていた。



映画の内容は芳井さんが説明したように一組の男女のストーリーなのだが、ところどころ不条理感が顔を出していた。良識的には受け入れられないような行為や犯罪スレスレの瞬間もあったのだが、不思議と二人の境遇を見せられているからか『悪』という感じはせず、その意味では『異邦人』とも通ずるところがあったように思う。けれど全体的にはミステリーというよりはラブストーリーのようにも見れた。結末は必ずしもハッピーエンドというわけではないというのもこの手の作品の決まりなのだろうかとも思ってしまった。


映画館を出て興奮気味に話す芳井さん。


「久しぶりに当たりの映画でしたよ!ストーリーの方は勿論よかったんですが、俳優の方が段々役に入り込んでゆくのが良く分かりました」


「へぇ…やっぱり目の付け所が違うね。なんか独特の世界観だった」


「女優さん宮川さんですけど、あの人はどんな役でも自然に演技できるんです。透明感があって、実は目標にしてました」



そういえば、芳井さんも何処となく透明感がある。そう告げると、


「ええ。そう言ってくれる人もいます。でも『個性が無い』とも言われるんですよね」


「個性がないとダメなんだ?」


「最近はキャラクター性も求められる事がありますからね。個性が無いと覚えてもらえないし『エキストラ』になりがちですよね…」


「エキストラとしては出た事はあるの?」


「ええ。むしろそれがメインというか…実際選んでられないというのもあって」


「事務所とかには今も所属してるの?」


「小さいですけどね。オーディション落ちたあの日に「少し今後の事を考えたい」って連絡したら「そう」って言われたきりですね。目立った実績もないので私の代わりは幾らでもいるっていう現実を知らされたような気分でした」


関係性を考えるとこういう話も避けるわけにはいかなかった。とはいえ、相変わらずどうアドバイスすべきなのか見えてこない。それでも今回は間違う事を承知で言ってみる。


「こんな事を言うのは失礼なのかも知れないけれど事務所の人は辞めろとは言ってないわけだし…」


とはいえその先を言い切れない。芳井さんは重々しく頷いていた。そしてゆっくり、


「未練が無いと言えば嘘になります。でも、自分が決めた事ですし…」


と言った。しっかりとした口調のように聞こえる一方で、完全には吹っ切れていないような迷いが感じられる。そしてその後に続けて言った言葉がずしりと伸し掛かってきた。


「それに、私心折れちゃってるんですよね。全力を出し切って、ダメだったのって結構ショックですけど、どこか納得しちゃってる部分があって」


わざと茶化すように言ったその言葉と笑顔が痛々しい。それとも言葉通り彼女は納得していると了解すべきなのだろうか。ただこれだけは訊きたかった。


「迷いはないの?」


自分が感じている事を確かめたかったというのもあるけれど、思いつきの部分もあった。


「『迷い』ですか…。これからどうするかという事については、迷ってるかも知れません」


「多分なんだけど、これからどういう選択をするにせよ迷いがあるうちはなかなか始められないかも知れない」


これでも今の仕事に落ち着くまでに相当時間が掛かったという経験がある。これで良いとなかなか思えなくて、何度も仕事を変えようとも思った。仕事に身が入ってきたのも実は最近の事だ。


「そう…ですよね」


明らかにトーンを落としている芳井さん。けれど、まだ言うべき事があった。


「でもね、『若い』うちはまだ迷えるんだよ。芳井さんは若いって言われるのを好まないかも知れないけど、俺はその『迷い』に付き合うつもりだよ!」


その意図を理解した芳井さんの表情は徐々に明るくなっていった。けれど意図を測りかねる部分もあったのか、


「それって…その…「男女として付き合って」って事ではないですよね…?」


と問われた。


「いや…そういう事ではない…と思うよ…?」


誤解されないように素直に言ったのだが、「あ…そうですよね」とこれまた何と取ったものか分らない反応でこの辺りには自分にも『迷い』があるなとひしひしと感じた。
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