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淡く脆い ⑫

「でも、その話は別だから」

運ばれてきた見るからに薄い味付けのたらこパスタを食しながら御堂さんはきっぱりと言った。話しているうちに御堂さんの表情は柔らかくなってきたのだが、芳井さんが女優を諦めるつもりだという事についてどう思うのかを訊ねた時に態度が一変した。といっても険は感じられない。御堂さんは自分の考えがあるという事を示すかのように、こんな具合に切りだした。


「里奈には前会った時に話してるんだけど、絶対勿体ないと思う。今売れている女優さんの話でも下積みが長いってよく聞くし、里奈はまだまだ可能性があると思う。でも里奈はもともと自信があるほうじゃないから」


「…」


明らかに諦めたうえでこれからどうするかを考えていこうという前提ではない。勿論、芳井さんがまだ続けたいという気持ちならば自分も応援するであろうことは間違いない。けれど「最後のつもり」でやった結果を受け入れて、そこからどうしようか苦しいながらも必死に探そうとしている芳井さんの姿を見ている者にしてみれば、まだ更に挑戦するという気持ちが出てくるものなのか疑問でしょうがない。


「でも、芳井さんは…」


言いかけるが、芳井さんの気持ちを代弁して「諦めるつもりだ」と言う事が出来るだろうか?そしてそれを彼女の前でいう事は彼女にとってとても辛い事だろうと分ってしまう。少しの間沈黙があって考え抜いた末ようやく口にしたのは、


「あの時の涙は、本物でした」


という言葉だった。御堂さんにそれが伝わるかは分からないけれど、芳井さんの為に言わなければならない言葉だった。芳井さんがこちらを見つめている。見つめ返してお互いに何かを確かめていた。さすがに先ほどの言葉だけでは納得が言っていなかった御堂さんもこの無言のやり取りを見ていて思うことがあったらしく、


「私の前じゃ、里奈は泣かないんだけどね」


と少し困ったようなどこかしら嬉しそうなトーンで言った。するとそれまで見守っていた芳井さんが重々しく口を開いた。


「マリ、私ね、今までやってこれたのはマリのお陰だと思ってる。でも、今は…何て言えばいいんだろう、実は次の事を考え始めてるの」


これは初めて聞く内容だった。芳井さんはこう続ける。


「私、考えてみればアルバイトはしてたけど普通の仕事ってそういえばやったことないなって思って。もしかしたら今はそういう方向で頑張ってみればいいんじゃないかなって思ってるの。その後の事はさすがに分らないけど…」


御堂さんは明らかに驚いていた。多分御堂さんも初めて聞いたのだろう。


「でも、仕事って具体的には何の仕事をするのよ?」


「うんと、パソコンとか使う感じ?」


「ん?」


流石に無意識に疑問の声が出てしまった。決意に比べると話が途端に曖昧になっているような気がする。御堂さんは異様に素早く反応した。


「え…?それ本気で言ってるの?仕事の認識は置いておくとしても、あんたパソコンとか苦手じゃん」


「え?そうなんですか?」


つい訊き返してしまった。すると芳井さんは焦りだして、


「一応できるよ!インターネットとかは!!」


と主張した。この発言自体が既にパソコンが得意では無さそうだなと思われるけれど、こういう事についてはやる気の問題だという一面もある。けれど御堂さんが鋭く指摘する。


「それ設定してあげたの私じゃん。しかも最近ケータイ、スマホにしてからあんまりパソコン使ってないって言ってたわよね」


「そうなんですか?」


一応本人に確認してみる。すると芳井さんは素直に「うん」と頷いた。


「ま、まあ…仕事は色々ありますからね」


話の流れ的にフォローしなければならないのだが、どうもスキルについては芳しくなさそうな予感がする。パスタを食べ終わった御堂さんから「はぁ~」という溜息が聞こえた。


「もし里奈が本当に普通の仕事を目指すんだったら、色々教えてあげなきゃいけなさそうね」


「どうやらそのようですね…」


御堂さんに同意すると、


「私がね、お芝居の道を応援するのも里奈のこういう頼りないところを知っているって理由もあるの」


「なるほど…」


「納得しないでください!!」


芳井さんの少し大きな声は店内に響いていた。一応3人とも食事が終わりドリンクバーだけで2時間程粘り、話も一段落したのでとりあえず店を出る事にした。最後の方には御堂さんと一緒に芳井さんの職安のような感じになっていて、どうやら世間知らずなところがある芳井さんも彼女なりに色々調べていたらしく、希望する職種をもっと具体的にした方が良いという意見で一致する。あとは本物の職安にお世話になった方が早いのだけれど、二人して世話焼きな所があるのか可能な限りアドバイスをしていた。


「面接のときは…で…」


店を出る時にぶつぶつ呟いていた芳井さんが印象的だった。その様子からは彼女が本気らしいことが伝わってくる。演技ではあるまい。だが「演技」という言葉が浮かんだ瞬間、少し違う事を考え始めていた。


「そういえばこの流れを切るようなんですけど、俺、芳井さんのお芝居って見た事がなくって…」


「あ、そういえばそうですね」


「びっくりするわよ。普段は頼りないのに、その時だけは力が入るっていうか…」


「力が入り過ぎちゃってるって言われる事もあったよ」


「本来は舞台女優向きなんじゃないかしら」


「それも考えたんだけど、事務所が舞台向きじゃないらしくって」


「そうするとどちらにしても今の事務所だとダメなのね…」


「あ…すみません。本当に思い付きで言っただけだったんです」


「いいえ。私も片霧さんにならお芝居とか見せてみたいなって思うんです。多分それは純粋にお芝居が好きだった高校時代のようになんですけど」


「見たいなぁって、言ったら困らせちゃうよね。高校時代はどういう劇をやってたの?」


「創作劇よね。劇団でやるような。かなり本格的だったよ」


御堂さんが述懐する。


「私、お芝居も好きなんですけど実は劇の内容を考えるのも好きで、演技がダメなら劇作家っていうのが昔の夢だったんです」


「そうだったわね。でも劇作家になるのはもっと先でもいいっていう考えがあったのよね」


「へぇ~。それなら今すぐにではないですけど、いつか一杯人生経験を積んでからでもなれるんじゃないですかね」


「そうですかね?それだったらいいんですけど…」


三人で既に何となく駅の方まで歩いて来てしまっていたが御堂さんはこの時妙な視線をこちらに送っていて、


「人生経験ねぇ~」


とニヤニヤしながら言っていた。そしておもむろに、


「この子、彼氏いたことないのよ。知ってた?」


と言った。話の流れ的に『人生経験』を変な意味で取られたような気がしてならない。


「ええ、知ってますよ」


勿論知っていたので素直に答える。すると、


「でも、この子を好きな子が居ないってわけじゃないの」


とちょっと反応に困るような事を言う。流石の芳井さんも「ちょ…ちょっと」と御堂さんの服の袖を掴んでいる。


「そうなんですか。まあ芳井さんは可愛いですしね」


努めて冷静に答える。女優を目指していただけあって容姿が整っているのは紛れもない事実だ。芳井さんは俯いてしまったが、顔がわずかに赤い。


「ふ~ん…」


と御堂さんは改めてこちらの方を見定めるように眺めてから、こんな事を言った。


「誰だか知りたい?」


「いや…」


こちらの反応を殆ど意に介さない様に続けて御堂さんが、


「多分、すぐ分るわよ。態度で」


と言った。それに対して芳井さんは、


「私はそんな事ないと思うよ…」


と小さく言った。
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