淡く脆い ⑬
芳井さんと御堂さんと一緒に駅まで来たはいいが、話もある程度済んでしまったしこの後どうしたらいいのか少しばかり迷ってしまった。
「どうしようか」
話から察するに芳井さんと同じくらいである御堂さんを含めても年長者である事には変わりないので、自分から言った。2人は顔を見合わせて「どうしようか」と言い合っている。相変わらず人気のない駅前で所在無げにしていると頼りなく見えそうだったので、駅の方を見つめている事にした。
「私、夕方からバイトがあるので今日は一旦家に帰ろうと思います」
これは芳井さんの声。そうすると御堂さん「はっ」っとして、
「ああ、そうだったんだ。じゃあ…」
と何かを考えている様子。芳井さんが帰る以上、初対面の御堂さんとこの後出掛けるというのも難しいだろう。
「じゃあ、今日はこれで解散という事にしましょうか」
気を利かせて告げた。その瞬間、御堂さんが変な目でこちらを見たような気がするが芳井さんは頷いていた。
「それじゃ、マリ、片霧さん」
何処かしら忙しい様子で自宅に戻っていく芳井さん。御堂さんと一緒に見送り、姿が小さくなったところで隣から、
「あれで根が真面目だから、多分この後仕事探しとかするんじゃないかな?」
という声が聞こえた。御堂さんはニヤニヤしている。こういう表情を見ていると友人思いの良い女性に思えるのだが、やはり派手なタイプの女性は高校時代からの苦手意識で悪いとは思いつつも若干引いて眺めてしまう。特に意図せずに二人っきりになってしまった事で、自分としては少しばかり気まずさを感じていた。
「ん…?」
その時、彼女が不思議そうな顔をする。そこで少し離れてしばし間があった。
「もしかして、片霧さんって、あたしの事苦手?」
唐突にそんな事を言われれば当然だが厳密には図星ではなくても焦ってしまう。どうやら先ほどの気持ちが表情に出ていてしまったらしい。彼女の名誉のために急いで、
「実は、そもそも女性が苦手でして…」
と言っておいた。こうした方が誤解が少ないと思われたのである。その言葉をどう取ったのか彼女は「う~ん」と言って悩み始め終いにはこんな風に言った。
「それじゃいろいろマズくない?」
否定しようのない事実だった。実際、この性格のせいで何度も誤解を受けた事があるし、「苦手だ」と告白すればしたでその後会話がどうもぎこちなくなってしまうのである。
「そうですよね…」
こうなると完全に敬語になって畏まってしまう。
「男の人が好きとか、そういうことではないよね?」
完全に興味津々という顔でこちらを見つめて問う。首を振って全力で否定した。勿論男友達の中で過ごしてるのが居心地がいいのは確かだが女性にまったく興味がないというわけではないのである。
「あ…なんかごめん。私気になると根掘り葉掘り聞いちゃうの」
勿論そのフレンドリーな感じも自分としては僅かに気になるところなのだが、芳井さんを交えた会話で完全に良い人だという事が分っているからこそかえって恐縮してしまう。御堂さんはなおも不思議そうに問う。
「里奈は大丈夫なんだよね?」
「あ、考えてみればそうですね。多分、他人と言う感じがしないからだと思います」
「…」
御堂さんはこちらをじっと見つめている。だが何かを思ったのか一度「うん」と頷いて、
「それでも良いと思うよ」
とにっこり微笑んでくれた。まるで天使のように見えたと言えば大袈裟になるけれど、自分が肯定されたのは結構嬉しかった。
「ありがとうございます」
思わず礼を言ってしまったのだが、御堂さんはというと苦笑していた。
「なんかもやもやしたのが残るんだけど、何て言えばいいんだろうね」
「何でしょうね」
よく分からないけれど、これでいいような気がしていた。気が付くと自分もその笑顔に誘われて微笑んでいた。何処からともなく柔らかい風が通り過ぎたような気がする。御堂さんが何かを思いだしたように、
「連絡先、一応聞いていい?」
と言ってきたので、
「ええ」
と了承した。スマホのアプリで交換していると小声で、
「今日もし夕方時間があるんだったら、里奈のバイト先行ってみると良いよ」
と言われた。「何かあるんですか?」と訊いたら、
「行けば分るよ」
意味深に言われたので、多分何かあるのだろう。
「芳井さんって何時からのバイトなんですか?」
「多分今日は5時からだよ。10時頃までみたい」
「分りました。自宅が隣の駅なので、俺も一旦帰ります」
「そうだね。里奈の事で聞きたい事があったら連絡して。私も連絡すると思うから」
「はい」
そこで御堂さんと別れ、一旦自宅に戻ると2時頃だった。時間的にも夕食を済ませた後にバイト先に行くのがいいと思われた。