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淡く脆い ⑭

家に戻って一息ついたところで、今日のことについて友人が興味津々だった事をふと思い出した。結果的に彼に相談する事もなく話がついたのだが、一応報告した方がいいと思ったのでメールを作成しながら会話を振り返っていた。「マリ」という名前はカタカナ表記だという事を窺っていたので文章でも「マリ」と変換したものの、そうなると風貌から受けたハーフっぽいという印象は正しいのだろう。田舎出の自分からすると服装から仕草まで洗練されているというのか、印象的に映った。そして中身の方はかなりしっかりしてそうな人である。メールにも自分が受けた印象を含ませて送信すると、


『なんか面白くなってきてるな』


という短い返事が返ってきた。短いと言っても返事が来るのが早かったのでその真意は測れるかも知れない。この後バイト先に行く事は伝えていない。多分芳井さんが気付くくらいで特に何も起こらないと思ったからである。いつもより少し早めに夕食を済ませ、頃合いを見計らって家を出る。外が暗くなるのも段々早くなってくる頃だから、6時半でも大分薄暗い。電灯に照らされ始めた道を歩いているとこのまま夜の町で呑みにでも行きたい気持ちになるが、明日からはまた仕事で地味に楽しみにしている番組も見たい。


「面白くなってきてるのかもな…」


何となく友人のメールの内容を反芻する。自分が芳井さんの為に出来る事がやっと見えてきたところで、それがこれまでの人間付き合いとは何処かしら違っているという事には薄々気づいていた。一番違う事は、自分でもどう接していいか、何をしたらいいのか必ずしも分っているわけではない事だろうか。けれど何とか相手とコミュニケーションを取って力になりたいと思っている。「友達」だからそうしたいというよりも、そうしたいから「友達」でいようと提案したのかも知れない。だがこれ以上考えていても必ずしも分るわけではないような気がした。



散歩のように歩いているうちに駅に着いた。乗り慣れた路線であっという間に一駅移動し、また戻ってきた。意外な事に駅前は昼よりも人が多く、通りも何となく明るい。どうやらこれから夜の町に繰り出してゆくような人がここで降りるようだ。そこでスマホの地図アプリを立ち上げる。大体の場所は分かっているが『コンビニ』と入力して、地図上の複数の場所に刺さったピンを頼りに歩き出す。目印になる『七宮公園』は地図上でもはっきり確認する事が出来たが、芳井さんの言葉通りその付近にコンビニが2店建っていた。一つは『青』がイメージカラーの店、もう一つは『オレンジ』。


「勘で、オレンジの方かな」


自分に言い聞かせるように独りごちる。七宮公園までやって来ると、昼間に通ったときよりも何だか異様に暗く感じた。光が射し込んで輝いていた木々も、夜となってしまえば鬱蒼としているようにも見えてしまう。けれどそういう雰囲気も嫌いではなかった。そこから少し真っ直ぐ行って道路を渡ったところに『オレンジ』のコンビニがあった。遠くからでもはっきりと明るい店内は、掃除が行き渡っているのを感じさせる清潔感がある。が、さりげなく店員を見たもののどうやらこの店に芳井さんがいる様子はない。休憩中というわけでもないようだし、多分『青』の方に居るのだろう。


店を出て、地図を見ながら移動する。『青』のコンビニは地図上だと七宮公園から北に行った方向、つまりここからだと北西である。もっとも、アプリを見ながらだとピンの刺さった場所を目指せばいいだけなので余計な事を考えずに歩く。流石にこの辺りは灯りも少ない。けれどそれが余計にコンビニの明るさを引き立てる。5分程歩いて到着したコンビニに少し緊張しながら入店する。


「いらっしゃいませ~」


元気な女の人の声が聞こえた。それに引き続いて「いらっしゃいませ」という落ち着いたトーンの男性の声が聞こえた。レジに立っている女の人の方を見ると、口許が驚きを隠せていなかった。「あっ」と言ったままの口でこちらを見続けている芳井さん。軽く礼をする。相手もにこやかに笑って頷いてくれた。



青と白のストライプでお馴染みの制服に身を包んだ芳井さんはすっかり『店員』である。普段よりも笑顔が強調されていて、レジでの接客の声もはきはきしている。大分慣れているなと思いつつ、てきぱきと仕事をこなしている芳井さんを尊敬の眼差しで見ていると、最初に聞こえた男性の声の主が視界を動いているのが見えた。背が高くメガネを掛けている男性で、大学生にも見えるしもっと歳がいっているようにも見える人である。


「里奈さん。今フライ上がるから」


芳井さんにそう言った男性もてきぱき動いて、奥で揚げたばかりの唐揚げなどを透明なケースにしまってゆく。こういう時にはその匂いに誘われてしまう人も多いだろう。実際、ペットボトルのジュースと缶ビール、おつまみなどをカゴに入れてレジに持っていって、「あと唐揚げを」と言ってしまった。


「かしこまりました。からあげ一つお願いします。あの…来てくれたんですね」


後半の声は少し小声になっていた。レジの芳井さんは商品のバーコードを読み取ってゆくが終始嬉しそうな表情だった。一方、唐揚げを取り出してレンジで温めはじめた男性の店員。


「なんか御堂さんが今日行ってみると良いよって言ってたから」


「あ、そうなんですか。どうしてでしょうね?」


「さぁ?」


男性の店員は会計を済ませた頃に唐揚げをレンジから取り出して小さなレジ袋に入れてくれた。その際、


「里奈さん、知り合いですか?」


と小声で訊ねていた。芳井さんは「うん」と言ってからこちらを向き手で彼の方を示して、


「あの、前話してたバイトの先輩です。何となく片霧さんに似てるなって言ってたんですけど、あんまり似てないかも知れませんね」


とにこやかに言った。


「ああ、そうか。言ってたね。どうも」


それに対して、どこかぎこちない笑い方で「どうも」と言った。その時別な客がもう一つのレジの方に品物を置いたので彼はそちらに向かった。


「あ、なんかごめんね。驚かすつもりはなかったんだけど」


「いいえ。今度来て下さいって行ったのこっちですし、今日のお礼も言いたかったですし」


「全然。あ、じゃあ何かあったらまた連絡するから」


「はい。よろしくお願いします。どうぞ」


渡されたレジ袋には先ほど芳井さんが丁寧に商品を入れてくれていた。<なんか、こういう女の子が店員だったら普通は嬉しいよなぁ>と変な事を考えてしまったのだが、それくらい芳井さんの接客は丁寧だった。店を出る時にも、


「ありがとうございました」


と元気な声がした。その後また少し小さく「ありがとうございました」と続いた。店を出て最初に考えたのは芳井さんの事というよりも男性の店員の事だった。彼は目立たないようにだけれど隣で接客をしつつもこちらの方をちらっと窺っていて、こちらに関心があるという事は間違いなかった。そして御堂さんの意味深な言葉から考えあわせるに、恐らく彼が「里奈さん」と呼んだ芳井さんが気になっているのだろう。芳井さんはその事に薄々気づいているのかも知れない。



そこに自分が入っていった場合にどうなるのかは大体予想される筈である。そもそも男女関係のややこしい問題が厭でちょっと苦手な自分にとってみれば、確かめる前から想像して忌避している時もあるくらいだ。帰路で念のため、御堂さんにメールを送ってみる。


『バイト先に行ってみました。御堂さんが言ってたのって男の店員の事ですか?多分芳井さんの事…』


こんな内容で送ったのだが駅に着いた頃に返ってきた返信は、


『やっぱり分るよね。里奈も気付いてはいるんだけど、敢えて気付かないって事にしてるみたいよ』


だった。ただここで芳井さんが決して『先輩』と呼んだその人の事を嫌っているという事でもないという様子が気になる。


『あの『先輩』の事、芳井さんは嫌ってはいないですよね?』


思わず訊いてしまったのだが、


『嫌いではないからと言っても、好きかどうかって事よね』


と一言。『好きか』という部分を見て、何となく考えてしまう事を首を振って保留する。<よく分からないよ>と心の中で言いそうになった。でも、そう言ってしまう事が何かから逃げてしまっているような気もするのである。



けれど、人の心の中は分からない。そして自分の気持ちも全部わかっているわけではないとそう思うのである。
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