FC2ブログ

淡く脆い ⑮

ごく短い期間だが街は雨雲に覆われることが多かった。梅雨ほど秋雨前線をそれほど意識はしないけれど、こうしてしっかり雨が降るというのは何となく感心してしまう。もっとも傘の間にしっかり入り込んでくる雨に濡れればテンションは下がってしまうし洗濯物も乾きにくくなるので気が滅入ってきそうにもなる。


自分に面白いことが起っていると認識していても職場と家を行き来する毎日で、気持ちが切り替わるであろう年明けまでは何かちょっとした目標がないと漫然に過ごしそうで困る。近年、仕事に対してある程度納得が出来るようになったとは言っても、奉仕としか言いようのない残業が覆いかかってくるとその気持ちも少し揺らぐ。同僚とも愚痴を言い合いつつも、結局は前向きに今すべきことに取り組んでいるしか道はないと分っている。


芳井さんが『お芝居』もしくは『演技』というような道で頑張ってきたという事を改めて考えてみると、確かにそれも『仕事』には違いないのだからこの仕事と同じような苦労もある筈だと思いつつも、やり甲斐で言えばサラリーマンよりはありそうな気もしてくる。あの涙を見た後で芳井さんを前にしては言えないけれど、芳井さんにあまり夢があるとは言えない仕事をやらせたいとは積極的には思えない。けれど、夢を追い続ける事のしんどさを自分はある程度理解している。こう見えて、高校時代には人に言うのも憚られるような夢を持っていたのである。音楽家、心理カウンセラー、それこそ俳優だって隙あらばという気持ちだったかも知れない。黒歴史や腫れ物のように記憶に留まっているその夢を追い求めそうになった幾つもの瞬間に何度も立ち返って「もしあそこで今と違う選択をしていたら」といつも悔んでしまう。大学時代の就活の雰囲気に呑み込まれてゆくうちに、「淡い気持ちを持っていては生き残れない」と悟ったというのか思い至ってしまってから、面接ではそういう気持ちを封じ込めて作った自分を演じていた。勿論、夢を本気で追っているのなら、その前に何か行動に移していた筈だ。



だから今となっては、その程度の「淡い夢」だったのだと思うようになっているけれど、だからと言って作った自分を演じ続けるのはあまりにしんどかった。周りはそういう自分を期待し、自分も自分を騙しながら「これでいい」と何度も了解しようとした。けれど仕事を一年ほど続けてみて、はっきりそうじゃないんだなと思った。「淡い気持ち」を捨て去る事が正しいわけではない。自分が本気になれていないという事はどうあっても本当だし、本気を演じるのに疲れ果ててしまったのである。


一度は仕事を辞めることまで考えたものの結局安定した状態と惰性でも何とかなってしまう環境に甘んじて、高みを目指すわけでも、やりたい事を本格的に始めるわけでもなく、今を生きている。「それでいい」とは今の自分では口が割けても言えない。だが人生とはよくできているもので、偽る事を辞めた時から同僚や先輩とも本音で話し合えるようになり、人生観がすっかり変わってしまった。皆、一言で語れない程に色々なものを抱えて生きている。上手く行く事ばかりではない。むしろ望んでいる事についてはうまく行っていないのかも知れない。だからこそ、そうやって世界を見つめ直した時に、それでも夢を追い続けている人を素直に称賛したくなるのである。夢を追い続けることは綺麗な表面に比してきっとしんどい事なのである。少なくとも、いつの間にか世間や周りの言葉に流されてしまいがちな自分にとっては、それを実行しようとすれば怖くて仕方がない。



そして、そうやってまで追い掛けた夢を諦めるという事は、どういう事なのか本当は分かってない。けれど芳井さんと話していると時々、分る筈のない痛みを感じるのである。それは自分が本心で生きているからなのかも知れない。



短い雨の季節が過ぎた頃、大型連休明けのからっと晴れた一日だという理由もあったが同僚から呑みに誘われた。女性の先輩も一緒である。芳井さんや御堂さんと会った事を話すべきだろうなと思っていたので快く応じ、月夜の晩はなかなか賑やかな飲み会になった。


「ふ~ん。片霧くんの方も結構楽しそうだね」


「『も』って事は峰さんも何かあったんですか?」


豪気な女性の先輩は峰美夏という名前だ。先輩は目に見えて上機嫌である。すると同僚の一人が、


「あ、片霧知らなかった?美夏さん、連休で旅行行ってきたんだってさ」


「え、何処ですか?」


「まあ友達と西の方にね。国内だけど」


「へぇ~いいですね。俺は逆に連休は友人と遊んだくらいで、特に何処にも行ってないですね」


その際、友人と遊びながらこの前あった事を話していたのだが、『バイトの先輩』の話を妙に気にしていたのが印象的だった。その人の事は結局まだよく分からないけれど年齢的には我々と同じか少し下という感じだろう。この飲み会でもそのあたりの話まではしていたのだが、同僚達は「よくある話だよな」という反応だった。一方、旅行の効果か妙に肌ツヤがいいような気がする峰先輩は、


「あー、これはマズイぞ!!片霧くんもうかうかしてると…」


と煽ってきた。思わず「恋愛的な要素については…」と言葉を濁すと、


「後から後悔しても遅いのよ」


と彼女は言った。少しだけ遠くを見るような目をしていたような気がする。それは一般論というよりは実感が込められている言葉に思えたが雰囲気的に詳しく聞くのも躊躇われ、素直に受け入れる事にした。その後、同僚から些細な事を質問されたが、どちらかというと二人とも新しい登場人物である御堂さんの事が気になるようだった。そして何を思ったか一人が峰先輩にこんな質問をした。


「この場合は脈ありですかね?」


それは多分、御堂さんがこちらに気があるかとかそういう話なのだが、まだ会ったばかりでそういう判断が出来るものなのかよく分からないし、また出来たとしてもあまりする必要もないような気がした。


「『ナシ』ね」


先輩は断言した。そして、


「でもすごくいい子だと思う」


と続けた。「何故少ない情報からそこまで分るんですか?」と訊いたら、


「友達の事を思える女の子が、悪い子なわけないでしょ?」


と返ってきた。もっともだと思いつつも、彼女の風貌については苦手な異性のものなので偏見ではないけれど、話してみると意外な感じがするというニュアンスの事を伝えたら、


「なんかそれだと片霧くんから女性扱いされてない様に思うんだけど」


と文句をいう峰先輩。すると同僚の一人が、


「芳井さんって子と同じという可能性もありますよ!」


とニヤニヤしながら言い出した。


「その辺どうなの?」


問い詰められて仕方なく、


「多分、どっちの理由もありますね…」


と意見を言ったところ、面喰って渋面を作っている先輩がいた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR