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掌のワインディングロード ⑧

10月の10日。その日は土曜で競馬もあったけれど、それよりも大事と言える事があった。聡子の誕生日である。本人はもう祝われたくない気持ちもあるようだけれど付き合ってから初めて迎える誕生日イベントという事もあって、タラちゃんと一緒に着々と準備をしていた。体調を崩して回復したばかりではあるがタラちゃんに付き合ってもらってプレゼントを探しに行ったり、ちょっとした部屋の飾りつけを手伝ってもらった。それは競馬中継が終わった後、時間を作る為に聡子に少しコンビニまで出かけてもらって、二人で予め作っておいた飾りを取りつける。


こういう事をしようと思うのも三人で暮らしているからなのだが、タラちゃんは遠慮というか気を遣ってくれたのか「このあと二人っきりで出掛けてくると良いですよ」と言ってくれた。飾りつけをぎりぎり終えたあたりで聡子が玄関のドアを開ける音が聞こえてきた。


「なんとか間に合いましたね!あ、ケーキ!!」


「あ、プレゼント」


最後にそれぞれ物を準備して部屋で待ち構えていた。もしかすると珍しく閉まっているリビングに通じるドアで聡子も気付いたかもしれない、ゆっくりとドアが開いた。


「ハッピーバースデイ!!聡子さん!!」


「ハッピーバースデイ!!」


お約束とも言えるクラッカーが盛大に飛んできたので、聡子が目を丸くして驚いている。


「なんか怪しいと思ったけど、やっぱりね!」


すぐサプライズだという事に気付いて聡子の顔に笑顔がはじけた。こういう表情を見るのが楽しみだった。


「ささ、こちらへどうぞ!」


タラちゃんは聡子を座卓に招いた。夕食前にケーキを出すのもちょっとどうかなと思ったけれど、机にはそこそこ大きいホワイトケーキが載っている。タラちゃんはまるで接客でするような具合に丁寧に蝋燭を数本立てて、チャッカマンで火を着けた。


「え~、今から食べるの?夕食前に?」


「タラちゃんが『これから二人で夕食食べに行って来たら』だって。だから三人で祝う為にこの時間にしたんだよ」


「あら…」


この提案に少し戸惑っている様子の聡子だったが笑みを浮かべているタラちゃんの顔を見て、


「じゃあ、タラちゃんの言うとおりにしましょうか。ありがとね、タラちゃん」


「いいえ、やっぱりムードのある所で過ごしてもらいたいですし…」


お礼を言われて少し照れているようである。


「じゃあ、聡子、ちょっと部屋暗くするから」


俺は窓のカーテンを閉めに行った。西日が少し強いけれど部屋はしっかり暗くなった。蝋燭の優しい明かりもしっかり見える。


「雰囲気出てきましたね!!」


「じゃあ、消すわよ…ってかこんな事したのいつ以来かしら…」


そう云いながら息を吹きかける体勢になった聡子。もちろん二人で「ハッピーバースデイ一トゥーユー」を唄う。ちゃんと唄に合わせて唄い終った頃に息を吹きかけた聡子。今日は案外ノリがいい。一瞬暗くなる部屋。「ヒュー」と言いながら拍手をしてカーテンを開けに行ってくれたタラちゃん。そこですかさず、机の下に置いてあったプレゼントを取りだす。


「はい。これプレゼント!こっちのがタラちゃんからの」


ラッピングされたプレゼントは2箱あった。まずタラちゃんの方のプレゼントを開ける聡子。


「あ、靴ね」


一つ目の箱にはなかなか派手な赤い靴が入っていた。


「お仕事柄、靴は一杯あっても困らないかなと思いまして」


「ありがとう。気に入ったわ!」


「俺からのプレゼントも結構悩んだんだけどさ…」


実は俺のプレゼントの箱は一回り小さくて、それだけで殆どどんなものか分ってしまったかも知れない。


「あ…腕時計ね…うわ…高そう…」


聡子の感想の通り少しだけ奮発した腕時計である。


「今着けてるの、店のお客さんから貰ったりしたものだって聞いたから…なんとなくな」


その気持ちは伝えるとなると少し微妙なものなのだが聡子は感じ入っているようで、


「勇次…」


とこちらをじっと見つめていた。だがここでタラちゃんがある事を暴露してしまった。


「本当は指輪とかを勧めたんですけどね。なんか別の機会にとかどうとか…」


タラちゃんはそう言ってニヤニヤしている。


「こら、タラちゃん!!それは…」


『聡い』という字が入っている女性だけあってこれだけで大体どういう事か分ってしまったらしい聡子は、


「勇次…」


と余計に熱い視線をこちらに送っている。俺は慌てて、


「流石にすぐにではないぞ。色々段取りとか準備があって、それからだからな」


と少しぶっきらぼうに言ってしまった。聡子はそれでも嬉しそうである。


「あ、じゃあ折角なんでケーキ食べましょうか。実は僕も久しぶりなんでテンション上がってます」


タラちゃんの提案でケーキをそれぞれの皿に取り分ける事にした。はりきって食べたが俺には甘過ぎて思わず「もういいかな」と呟いてしまった。一方で聡子とタラちゃんは甘党らしく、美味しい美味しい言いながら食べていた。ケーキを食べ終わってしばらくして聡子と夕食に出掛けた。道中、


「今日はありがとうね。こんなに楽しい誕生日、本当に久しぶり!!」


といつもよりはしゃいでいる聡子。


「じゃあ、来月の俺の誕生日も期待していいか?」


「勿論よ。またタラちゃんには手伝ってもらう事になるけど、タラちゃんの時も盛大に祝いましょうね」


「ああ、そうだな。時計いい感じで良かった」


聡子は早速プレゼントの腕時計を腕に巻いていた。するとここで聡子がこんな事を言い始めた。


「あの…もし勇次が、その『結婚』をさ、意識してくれてるならさ…私も仕事を辞めて…」


まだ決まっている事ではないからそこから先は言い難いようだった。


「ああ。そうか。現実的な事を言うと仕事はしてもらった方が助かるのかも知れない。でも…」


「ううん…私も専業主婦じゃなくていいの。というか、これからも続けられる仕事を探そうかなって」


「うん。分った。多分その方が良いよ。う~ん、でもそれだど勿体ないかもな」


「え?」


誤解されるかも知れないと思っていたがちゃんと説明する。


「いや、靴の事だよ。タラちゃんが仕事の事を考えて買ってくれたその靴。使えなくなっちゃうかも…」


すると聡子も一瞬「あっ」という表情になった。だが「ううん」と首を振って、


「むしろ出来るOLとかってああいうヒールを履いてるイメージだけど?」


と言ってきた。俺は「流石にそれは無理あるだろ」と言ったのだが、


「じゃあ、勇次と出掛ける時に履こうかな。今日みたいに」


勿論聡子が今履いている靴もプレゼントの靴である。出掛ける時タラちゃんに「その服装には似合わないですよ」と言われていたように聡子はやはり俺と出掛ける時は地味目の服装だが足元だけはピカピカの赤いヒールでそれが何となくおかしいような嬉しいような気がするのだった。




ちなみに、翌日の日曜日もその靴を履いた聡子とタラちゃんと一緒に府中競馬場に行ったのだが、タラちゃんはGⅠでもない『毎日王冠』というレースでやたらハイテンションだった。もちろん他のお客さんも。
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