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淡く脆い ⑱

書店兼レンタル屋を後にして反対方向に歩き出す。その際芳井さんに「こっちですか?」と訊ねられたので首肯する。それを見た芳井さんは満足そうに頷いた。

「いや~緊張するわ…。女の子呼ぶのなんて初めてだから」


改めて家に向かっているとどうしても本当に良いのか戸惑ってしまう。返事までちょっと間があった。芳井さんは少し考えていたのか、


「そ…そういう事を言っちゃうと、私も緊張してきますよ…」


と僅かにぎこちない笑みを浮かべていた。その反応で、自分の発言も何となくぎこちないものだったのかも知れないと思ってしまう。ぼんやりとだが変に『女の子』と意識しない方がかえっていいのではないかと思った。とはいえ、どんな風に言うのが自然なのか一瞬分らなくなってしまって、「そ、そうだよね」と言ってからちょっとした沈黙が続いた。


「…」


「…あの…片霧さんって、今…誰か…」



「うん?」


芳井さんが小声で話し始めたので聞き取った内容に自信が無く訊き返してしまった。彼女はそれに驚いた様子を見せ、


「ああ、何でもないです!」


と少し慌て気味に言った。丁度道を曲がる所だったので「ここ、曲がるよ」と言うと、すぐ「はい」という返事があった。これで何となく調子を取り戻してきて、


「そういえば俺の住んでる所の近くにさちょっと面白い物があるんだよね」


と自然な流れで言えた。芳井さんは、


「え、何ですか?」


と興味を示してくれた。


「口で説明するより、見てもらった方が早いかな」


実際、それは見ればすぐにそれと分る物だった。芳井さんはアパートからほど近い一軒家の庭に異様な存在感で佇んでいる2メートル程はあるように見えるリアルなロボットの模型を見て絶句していた。


「これって…なんでしたっけガ…ガ」


「そのアニメの敵軍の『モビルスーツ』だね」


「ああ、そうでした。これって有名ですよね。それにしても迫力がありますね」


「っていうか、これ見よがしに庭に飾ってあって目立つからね。多分家の人が自慢したいんだと思うよ」


「真っ赤ですね」


「それも作品を知ってるとコダワリなんだ。男のロマンなのかも知れない」


「流石にこういう作品は見ないですねぇ…」


「まあ、とりあえず家すぐそこだから行こうか」


いくらこれ見よがしに置いてあるとはいえ他人の家の庭を見続けているのも変なので、そこそこにして歩きはじめる。


「俺さ、オタク趣味は無いんだけど地元の友達が大好きで話聞かされてから結構知ってて、昔だけどアニメマラソンしたよ」


「どうでした?」


「本当に疑問だ」という表情で訊ねられた。


「疲れたね」


「えぇ…あはは」


「そんな事を言っている間に着きました。ここです」


ごくごく平均的な新しくも古くもないアパートの前で立ち止まる。芳井さんは「ふんふん」と頷いて周囲を確認していた。


「駅から結構近いでしょ?」


「はい!ここだとあんまり迷わないですね」


「ああ、大丈夫だよ帰り送ってくから」


「あ…そういうつもりで言ったのではないですが、でもよろしくお願いします」


外から階段を登って二階の玄関に移動しドアを開ける。その時、ふと「中は大丈夫かな」という考えが巡ってきた。一応朝に整理はしたものの、トイレなどが少し心配になってきた。


「ちょっと、ここで待ってて!!」


「はい」


察してくれたのか彼女は静かに待ってくれていた。トイレに入り一応気分の問題で水を一度流してみる。清潔を心がけているとはいえ、こういう生活感の漂う場所を見られるとなるとさすがに恥ずかしいものがあるなと思った。とりあえず問題はなさそうなので玄関の方に移動して、芳井さんを招き入れる。


「おじゃましま~す」


「はい、どうぞ!こっちがリビングで、そっちは寝室なので」


これも気分の問題で寝室を見られても構わないのだが、なるべく直接リビングに移動してもらう。整理しただけあって物が殆ど置いていない部屋。多少殺風景にも見えなくない。テレビとテーブルとソファーくらいしかない。だが意外にも芳井さんの反応は良く、


「うわ~素敵なお部屋ですね!」


と絶賛してくれた。


「何にもないでしょ?本は結構あるんだけど寝室で間に合っちゃうし」


「思った通り日当たりが良さそうですね!」


芳井さんは既にベランダの方に移動していた。いつもならベランダに洗濯物が干してあったりするが、今日は既に取り込んである。


「日当たりはいいよ。学生時代さ湿気が酷いアパートを斡旋されちゃったから反省して必ず湿気と日辺りだけは条件に入れたんだ」


「正解ですね。いいなぁ~」


「芳井さんの住んでる所もこんなもんでしょ?」


何気なくした質問だったが、


「いえ…それが狭いんですよねぇ…」


と何だか難しい顔をしている。


「ああ…まあそういう事もよくあるよね。まあとりあえず座ってよ。何か飲む?」


「はい。えっと、わたし紅茶が好きなんです」


「うん。分った。いま淹れてくるから」


電気ポットでお湯を沸かしていたのですぐに二人分の紅茶を淹れられる。ただ、いつも友人が使っているティーカップではまずいと思いお客様用のティーカップを探すのに手こずってしまった。用意ができてリビングに運んでいるときに芳井さんを見ると何故かぼんやと壁に貼ってあるカレンダーを見つめていた。


「どうかしたの?カレンダー?」


「ええ、やっぱりスヌーピー好きなんだなって思って…」


彼女に言われてそういえば家のカレンダーはスヌーピーなのだという事を思い出した。カレンダーというものは自分ではあまり意識しないものだが、今月のスヌーピーのイラストは木の下でキャラクターが座っている美しい絵だった。


「癒しかな…辛辣なところもあるけど、キャラクターが愛らしいから」


芳井さんはその言葉に頷いていた。


「じゃあ、DVD何か見ようか?」


何を見ようか提案しようと思った時だった。芳井さんは「あっ」と何かを思いだした表情になって持っていたポシェットから見覚えのある小さな布を取り出した。


「これ、あの時はありがとうございました」


「あ、そうだったね」


勿論それはハンカチである。実用性だけを意識したような何の飾りもない藍色のハンカチだが、今は何かしら特別な物のように思えてくる。


「実は恥ずかしい話なんですけど、それ最近ちょっとお守りになってました」


「え…?」


意外な告白に戸惑ってしまう。


「頑張らなきゃって思うときに、それを持って、片霧さんの事を思い浮かべてました」


確かに恥ずかしい話だけれど、変な意味で取らなければ十分に理解できる話だった。自分ももしあの状況で渡されたものがあったら、それは何であれ特別な物になると思うし、芳井さんから返された今まさにそんな物になっているからである。


「もし良ければだけど、これ…貰ってくれるかな?」


「え…」


その特別なハンカチを再び芳井さんに渡そうとしている自分。かなり恥ずかしいけれど、頑張って言ってみた。


「これ見てまた俺の事、思いだしてよ」


「…はい」


芳井さんはしっかり頷いた。同時にかなり恥ずかしそうでもあったけれど。
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