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淡く脆い ⑳

32インチの画面に映し出されている世界はよく見慣れたものだった。そのドラマは寡聞にして知らなかったけれど、主役を初めとしてお茶の間でよく目にする俳優、女優が多数を占めていた。深夜帯や衛星放送などの視聴率が恵まれないドラマではなく、恐らく地上波で放映される主要な番組の一つだったのだろう。


場面は実際には非常に見栄えのするが「冴えない男性」という設定の主人公が仕事上のトラブルが切っ掛けで地方に左遷された所である。


「これって第一話だよね」


「はい」


展開を見ていれば明らかに一話目だという事が分るのだが、録画されたDVDがここから始まるという事はこの回から芳井さんが登場するのだろうか、という疑問が起ったのである。


「この回から出てるの?」


訊いてみたところ、


「ええ。もうすぐ出てきます」


と言われたので画面に集中する事にした。すると5分くらい経ってその主人公の男性が飛ばされた地方の支社に通勤する為に乗車したローカル列車に乗り合わせたセーラー服を着た若い女性と目が合うシーンがあった。思わず「あっ」と声を出してしまったが、その女性こそ芳井さんが高校生の役を演じているものだと分った。隣を見ると本人は少しだけ恥ずかしそうな顔をしている。そのシーンはそれだけだったが、何かの伏線と思われる演出があった。


「芳井さん…制服似合うね…」


場合によっては失礼な物言いともなりそうだが、この場においてはこれよりしっくりくる言葉がない称賛だった。


「学生時代はブレザーだったんですけど、この時初めてセーラー服を着ました…ちょっと嬉しかったです」


登場が一瞬だけなので印象を語るのは難しいけれど、その設定にすっかり溶け込んで普段よりも一層若々しい感じが出ていた。


「なんか若々しい感じに見えたね。勿論、今も若いんだけど」


「あ、はい。ここの演技指導が『もうちょっと生意気な感じに』だったんで、多分上手くいっていると思います」


そしてドラマは進んで行く。主人公が所々表情に出して表現しようとしている『違和感』が地方のペースにあるのだろうなという事が仄めかされながら、出社してからのちょっとした衝突や意見の食い違いなど、お決まりの展開があってクタクタになりながら初日が終わったところで一段落なのかCMが入った。


「導入はこんな感じです。ここから先にドラマも面白いんですが、私が関係する4話が一応メインと言えばメインですね」


「じゃあ、その話を観よう」


提案すると芳井さんからリモコンで操作するように頼まれた。そして再生が始まった4話は話の冒頭から芳井さんが出ていた。同じく制服姿で母と喧嘩し自室に籠って、


『何でこうなっちゃうのよ!』


と声を荒げている芳井さんが演じている「愛」という少女。その後すぐ視点に切り替わり回が進んで何処となく地方に慣れた感じになっている主人公の「栄一」が起床してゴミ出しをして出勤するまでに回想が少し挟まれながらドラマが進んでゆく。何か仕事上の事で悩んでいるような栄一が一話と同じように電車で移動している時にある違和感に気付く。


『あれ…?今日は居ないのか』

栄一が何気なく呟いた言葉を芳井さんが説明してくれる。


「実は、2話と3話にも一瞬だけ「愛」と電車で目が合ったり「愛」の落し物を拾ってあげたりするシーンがあって、彼女とこの電車で乗り合わせるのが日常になっていたという演出があるんです。それで栄一がこの日は「愛」が居ないって事に気付くシーンですね」


「なるほど…」


説明されたことに頷いているうちにドラマはどんどん展開してゆく。悩みが解決しないまま仕事を終えて帰宅しようとした時、既に外が暗くなっていたのだが栄一にとって意外な所で「愛」を見掛ける。それは帰りがけに寄ったこじゃれたバーだった。当然ながら酒を提供する店なので学生が入るような場所ではない。けれど「愛」はバーの入口で無言でドアを見つめたまま立ち尽くしていた。


『君、もしかして…?』


『あ…』


栄一と愛はお互いの存在に気付く。栄一は何気なく、


『入りたいのか?』


と言ったところ、愛は小さく頷いた。彼女の様子からして何か理由があると思ったのか、保護者を装って一緒に入店し、店のマスターが「いらっしゃいませ」と言いかけたところで絶句し、


『愛…どうしたんだ!!』


と言った。


『別に』


愛はぶっきらぼうに言う。後で分った事だがこの店のマスターは愛の父親だが、母と離婚をしていたのである。そういうありふれているかも知れないが当人にとっては非常に複雑な事情を察し、栄一は愛に親身になってゆく。4話の終わりには幾分穏やかな表情になった愛の姿があった。


「うわ…凄いね…芳井さん」


演技だと分っていても芳井さんが別人に思えてしまうのが不思議だった。素直で穏やかな性格をしている事を知っているだけに自分にとっては豹変にも思えるのだが、当の芳井さんは若干まごついている。


「どうでした…?」


自信が無さそうに訊ねる芳井さんに今思ったような事を精一杯伝える。すると、


「なんか、今頃自信が出てきちゃうのもちょっと悲しいですね」


と複雑そうな表情を浮かべていた。その時「そうだった」と思った。このドラマに出演している芳井さんは今、違う道に進もうとしている所なのである。決断が揺るぐような事を言うべきではないのかも知れない。けれど、言わなきゃならないような気がするのだ。


「芳井さんが一生懸命頑張って来た事が分る良い演技だったよ。感動した…ドラマもだけど、、その…」


芳井さんは表情を変えこちらを見つめている。それはなんと言っていいのか分らない表情だった。ただ一言。


「間違いじゃなかったんだな…」


雰囲気を壊したくなくてその場では聞かなかったけれど、しばらくその言葉の意味を考えていた。
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