淡く脆い ㉑
連続で画面を見続けていたので自分が借りたラブコメ映画も流石に集中できなくなってきた。そうしてふと隣でうんうん頷いたり、真剣な眼差しで映画を見ている女性をぼんやり見つめている事に気付く。色々な表情を持っている芳井さんだけれど、こういう時には見惚れてしまう。端正な顔立ち、スッと通った鼻梁それでいて柔らかさがある。
あんまりじっと見ていた為か、彼女も視線に気が付いて「どうしたんですか?」と顔を向ける。思った事は偽らない主義だけれど、だからと言って全部言ってしまうのは躊躇われる。今思った事は心に秘めていた方がいいのかなと思ったりした。
「いや、すごい集中力だなって思って」
「えへへ…良い映画なので」
ラブコメ映画特有の淡い色遣いが多少わざとらしくもあるが芳井さんの言う通り、見ていると「恋愛をしてみたくなる映画」なのは間違いなく、そのカテゴリーの映画としては非常にいい出来だと思った。
「芳井さんは恋愛とかしない主義なの?」
映画が終盤に差し掛かる辺りでつい映画の展開に沿って質問をしてしまった事に言ってから少し後悔したが、自然な流れだったので特に問題ないかもと考え直した。芳井さんはその瞬間「え…?」と呟いてこちらを見た。
「あたし、そういう風に見えます?」
本当に不思議だという気持が現れている強い口調だった。
「いや、見えないんだけど、芳井さんみたいな人だったら普通に彼氏とか出来ると思ってさ」
答えた後も尚も不思議そうな芳井さんだが、一応話には頷いてくれる。
「そういう考え方もあるんですかね…。でも片霧さん大事な事忘れてますよ?」
それに続いたのは少し得意げで、何かを言いくるめようとしているような言葉だった。
「好きな人が出来なければ恋愛はできないんですよ?」
思わず「はっ」としてしまった。実に当たり前な事なのだが、どうも『彼氏彼女』というのを一種のステータスのように見てしまっている自分がいたようなのだ。ただ、その話を引き継ぐとこういう話になる。
「じゃあ、芳井さんって今まで好きな人とかって居なかったの?」
「…そ…それは…」
芳井さんは途端に口ごもってしまった。居ないというわけではない。この様子をみればそれは誰にでもわかる。ライトノベル的な鈍感主人公よりはもうちょっと変な期待もしてしまいつづけている自分だが、いざここから何かを聞き出してその結果『自分ではない』と知らされた時を想像してしまう。いや、それ以上に彼女からの信頼を裏切るのが怖い。不純な動機で芳井さんと向き合う事は自分には出来ない。
「ま、まあ、好きな人くらいいるよね。ごめんね、変な事訊いて」
一体この言葉は何なのだろう。自分の言葉ではない様に思える。
「いえ…で、でも…か」
その時、芳井さんの言葉を遮るようにテレビから「好きだぁー!」という声が聞こえてきた。ラブコメのクライマックスとも言える告白のシーンだ。その瞬間、二人ともその場面に見入っていた。
「いいなぁ。こういうのって。思うんだけど、映画ってちょっとした勇気をくれるんだよね。ちょっと踏み出してみたくなるっていうのか…」
「そういう作品は素晴らしいですよね。そういえば片霧さんは好きな人って居るんですか?」
あまりにも自然な感じで訊かれたので、実を言えば少し困ってしまった。何でもない事のようにポーカーフェイスで訊ねているけれど、色んな可能性を考えてもこんな風に全く分らないという事はない筈なのだ。多分、今少し踏み出すべきなんだろうなと思う。
「今までそういう人って居なかったんだけど、最近できたよ」
「どんな人ですか?」
芳井さんはいかにも興味津々という様子で訊いてくる。「いかにも」そうなのだ。
「うんとね俺が思うに凄く頑張り屋さん。いまその人凄く大変で、だから何とか支えたいなって思ってるんだけど、そういう時はさ俺が好きって伝えたら困るような気がするんだ」
「…」
彼女は静かに言葉の続きを待っている。
「でさ、もし彼女がこれから自分で踏み出せるようになったら、その娘に告白してみようと思うんだ。人生初」
「そうなんですか。今しちゃえばいいんじゃないですか?」
事もなげに言う芳井さん。
「でもさぁ…フラれて友達関係も無くなりそうなのが怖いんだよね。一緒に居るだけで幸せな部分があるんだよ。勝算はあると思う?」
それに対して芳井さんは「いかにも」悩ましいといった表情で言う。
「うーん…大丈夫だと思いますけど。っていうかダメでも友達で…」
言いかけた時、芳井さんが言葉に詰まった。そして本当に辛そうに、
「私ズルいですね。これだけは嘘つけません。もし片霧さんがその娘から「友達のままでいよう」って言われたら私が付き合ってあげます」
と言った。少し目に光るものがあった。言い終わった後少し経って二人とも可笑しくなって笑い出してしまった。
「そうだね。ダメでも芳井さんと付き合えるなら告白できるかも」
「でも、ダメって言わないと思いますよ」
「いや、女の子って何考えてるか分んない事があるからさ」
「じゃあ…私何となく頑張んないとなぁ」
「俺も…」
見つめ合って微笑みあっている時に丁度映画のエンディングだった。