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貴方へ

[貴方は]


自分の喜びが誰かの幸せなのだと、そう気付いた時私は変わった。素直にそう言えるわけではないけれど、多分私が感じているこの気持ちはそういう事なのだろうと思う。私も歳もとった。まだ若いねと言われるけれど、がむしゃらに頑張らなくてもそれなりに満たされていると感じるくらいには世の中の事が分ってきた。


今ここには居ない貴方が、そうしていてくれるだけで、それだけでいいと思えるとしたら、それは素敵な事だろうと思う。でも少し無理をしているのだとしたら、ほんとうに、ただ…



『あー、もしもし?今後の土曜でしょ?その日はちょっと無理かなぁ。色々とね』


『そう。残念。じゃあ映画館行くの辞めようかな…』


『いやー、行っておいた方が良いと思うよ。って言ってもわたし行けないけどさ…』


『一人で行けっての?』


電話口から「うーん」という声が響いてくる。すると美緒はこんな事を言った。


『実はさ、わたしの弟その近辺に住んでんだけどさ、そいつと一緒に行ってみない?』


『え…?何言ってんのよ?っていうか弟居たんだ…』


驚く私をよそに美緒は笑いながら答える。


『うん。出来のわるい…っていうかちょっと変わってる弟で、今大学生でさあんたが見たいって言ってる映画をちょうど見たかったらしいんだけど、「ぼっち」だからって一緒に見に行ける相手が居ないんだって』


なるほど、とその時は思った。


『あー、最近学生でそういう人結構居るみたいだね。確かに男の子だと一人で見に行ったらちょっと居心地悪いかもね…まあ私もそうなるから見に行けないんだけど』


『今どき珍しくないんだと思うけど、ラブストーリーはやっぱり誰かと一緒に観たいわよね…まあ異性とだったら…ってあんたにはこの話はマズかったかしら?』


美緒はまだ気遣ってくれている。『私はそんなに気にしてないよ』と言うつもりだけれどその前に彼女が言った。


『とにかく弟の為だと思って、一緒に行ってもらえないかしら?あ、大丈夫よ今流行の草食系とか絶食系男子みたいなもんだから』


『みたい』という部分が若干気になったけれど、親友の弟だしまあ良いかなと思ったところを強引に押し切られた感じで、結局土曜日にはその人と映画館に行く事になった。何となくあのペンダントを着けていこうと思った。



[僕は]


少し歳の離れている姉は時々良く分からない事を提案する。確かにこの間実家に帰った時に自分の悩みを少し打ち明けたのもまずかったけれど、それからしばらくもしないうちに『自分の親友と一緒に映画を見に行って』と頼まれた時には何事かと思った。確かにその映画を観たいと言っていたけれど、知らない人と見に行くような内容ではない。普通それだと戸惑うだろうと思うのだが姉はあの性格だからあまり考えていないようだ。


僕はほぼ自分の意思とは無関係に土曜日に家を出ていた。先方に「既に約束してしまったから」と映画を観に行く羽目になってしまったのだ。コミュ障気味の自分にはこのシチュエーションは厳しい。でも、「こういうのも経験だから、あんたの悩みはそういうところから始めればいいのよ」と押し切られた手前嫌々では相手にも失礼だし、自分にとってもまずいのかも知れないと思い始めていた。



お互いに相手の顔を知らないので分り易いところで待ち合わせた結果、先に到着していた姉の親友「愛華さん」が首尾よく自分を認識してくれた。


「は、はじめまして、美緒の弟の寛人です」


どうも緊張してしまい、声が裏返ったりしながらも何とか自己紹介を終えた。すると愛華さんが、


「そんなに緊張しなくて大丈夫。今日はお姉さんに付き合ってくれてありがとう」


と柔和な笑顔で語りかけてくれた。僕はその時自分の不肖の姉を思い浮かべその差に驚愕していた。何故あんなガサツな女の友人がこんなに出来た人なのだろうと小一時間考えたくなるような親切さだった。何かが癒されるような感覚で映画館まで移動して、少しふわふわした気持ちで大人二人分のチケットを購入した。


「真ん中の席で良かったの?」


愛華さんから訊かれたけれど、僕は何も考えず見やすいだろうという判断でど真ん中の席を選んでいた。


<そういえばこういう時は相手の希望を聞いておくべきだったよな…>


と反省したものの後の祭り、


「あ、自分、真ん中が好きなので…」


と若干顔をひきつらせた笑いでその場を誤魔化そうとした。けれど意外な事に、


「あ、私も真ん中の席で観るのが好きなの」


と笑顔で言ってくれた。結果オーライという事で、僕等は「スクリーン3」という所に入った。



[だから]


親友の弟くんはまだあどけなさが残る男の子だった。案外このくらいの年齢の人には普段合わないものだから、どういう態度で接すればいいのか迷っていたけれど少し頼りなさそうに見える様子とは違って自分から意見を言って決めてくれるので助かった。寛人くんの選んでくれた真ん中の席で堂々と映画を見る。スクリーンは満席に近かった。


「うん、ああ…」


映画が進むにしたがって緊張がほぐれて来たのか寛人くんはストーリーが展開する場面場面で小さくだけれど感心したような声を出していた。<本当にこの映画が見たかったんだな>と思っているうちに私も一緒になって引き込まれていた。


「「あっ」」


ほとんど無意識だったけれど彼と二人で同時に声が出てしまった。ヒロインが机の抽斗に仕舞われたCDを発見するところだった。その中にはヒロインを主人公にしたゲームが記録されていた。彼女は恋人が彼女にプレイさせようとして自作したものだと気付く。そしてそのゲームをクリアした時…



「まさかゲームをクリアしたら彼女に宛てた手紙が表示されるとは思いませんでしたね!」


映画館から出てくる時に寛人くんは興奮気味の表情で言った。私もそれに同意した。その手紙の内容でヒロインと同じように涙ぐんでしまいそうになったのは気付かれただろうか。何故ならそれが「彼」が私にくれた手紙と酷似していたからである。


「あんな風に思いを伝えるって僕には出来ないなって思います」


「そう?意外とあるんじゃないかしら?」


「でも、僕なら直接言ってもらいたいなって思います」


私はなるほどと思った。でもそれが難しいからああいう風にしたのだと思うと仕方ないように感じる。私があの手紙でそう思った時のように。


「なかなか面と向かっては言えないんじゃないかな…」


思わず出てしまったそれは、まるで登場人物とは違う誰かの代弁をしているような言葉だった。寛人くんは何かを考えるような表情をしてしばらく何も言わずに歩いていた。


「でも、言いたいって思ってる筈ですよね」


その何気ない一言は、私の何かを揺らした。


「え…?」


反射的にその言葉を訊き返していた。


「え…?男の人の方は本当は言いたいと思うんですけど…俺何か変な事言いました?」


「う…ううん…言ってないよ。あ、その、そんな風に考えた事なかっただけなの…」


動揺している私を見て、寛人くんは何を思ったのだろう。首を捻って「う~ん、一般的にはそうじゃないのかなぁ?でも…」と呟いていた。私達はそこから駅まで歩くとそこで別れる事になった。別れ際、私は彼に行った。


「今日はありがとう。なんかスッキリした!」


「え…?あ、そうですか。それは良かったです。あ、そうだ、姉貴には『大丈夫だった』って言ってくださいね。あの人、俺の事いつまでも子ども扱いするから」


「うん、分った。大丈夫だよ。『しっかりしてる弟さんでした』って言っておく」


「じゃあ!」


「じゃあね!」



私はその時力強くこう思っていた。



<貴方が本当にそう言いたかったのか、確かめる権利くらい私にはあるわよね>


と。今度直接聞きに行くから覚悟してなさい、ペンダントの中に小さく映っている男に向かってつぶやいた。
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