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ステテコ・カウボーイ ①

『君らしくある事は何も今までの君と同じであれと言うわけではないのだよ』


そんな謎かけをされたような気がした。自分でも分りきっている事を、心のどこかではよく分かっている事を実際にやろうとすると、とても難しく感じる。結局は自分らしく選ぶ事なのだろうと思う。


何であろうと自分で選ぶならそれは自分らしい選択なのではないだろうか。馬鹿げてはいるが選べない自分も含めて、迷いに迷って、時に大胆に、自分はこうするのだと選んでしまう時、やっぱりそこには自分らしさがある。



選ぶまでは選べるなんて思っていない。でも選んでしまうなら、それを自分の選択だと理解している自分がいる。



「強ち間違いでもないし、だからと言って納得のいく答えではない」



そんな風にぼやいていたら心太が箸から滑り落ちた。好きでも嫌いでもない心太をこれまた得意でも苦手でもない芥子とポン酢で食べる。食生活には口出ししない同居人はそれを虚ろな目で眺めている。


「君にしては珍しいチョイスだね。そういったものを食すのを私は見た事がないよ」


いつもは口出ししないのに今日は何故か物々しく語っている。月刊誌の漫画の題材になればと『生態研究』の対象として選ばれてからというもの、年上の異性のお姉さんと不思議な同棲生活を送っているという、今となっては普通の事もこんな風に相手からの意外な反応があると改めて凄いことだなと思う。


このお姉さんは、と言ってもそろそろお姉さんという呼び方も怪しくなってくる歳らしいのだが、『可換環』というペンネームで青年誌に連載している早川律という人である。文字を見ただけでは分からないペンネームは「かかんかん」というとある数学の用語らしいのだが今から凡そ半年前、この早川さんに道端で飢えているところを保護されてそのまま何となく居ついているという経緯がある。早川さんは自分にとっては折よくと言ったらいいのか、新連載の題材を探して道をふらふらと彷徨っていたらしく、別な意味でふらふらしながら裏路地でへたり込んでしまった男を見て何か運命めいたものを感じたらしい。



「運命って言ってもドキドキするようなのじゃないよ。『この人大丈夫かな?』って思ってドキドキしたのはあるけど」



という本人の談からも分るように早川さんにとってはその時の自分が題材としてピーンとくるものがあったらしい。ぼんやりしていてその時の記憶はほぼないのだが何でも見捨てられた子犬のような顔で早川さんを見ていたらしく『この人は危険ではないだろうな』とすぐ思ったらしい。



とにかく拾われた。子犬のように。



そしてその『子犬』を観察しながら今もせっせと漫画を描いている早川さん。よくある日常系の漫画のノリで何でもない事を題材にしたりするようなのだが、このなかなか家賃の高そうなマンションの一室に住まわせてもらう代わりにありとあらゆることをネタにして漫画を描くという契約を結んでいる。しっかり契約書にも母印で判を押した。



もっとも代表作もあってそこそこ売れているベテランの漫画家さんだけあって明らかに同居人をネタにしたと思われるような話は少ない。何でも、


「あくまで君はスパイスなのだよ。それに君が何気なく言った事がヒントになっている事もあるから、十分役割を果たしているよ」


という事らしい。そんな早川さんは今心太を食べようとしている『僕』を見ている。



「僕だってこういうものも食べたくなる事もあります」


いつも同じものばかりを食べているという認識を訂正した方が良いと思い、早川さんを目を見て僕は言った。


「いやあ、それはまあいいんだけどね。でも君はこの前ナポリタンに辛子を入れている私を見て『俺、辛子苦手なんですよねぇ』とか言ってたじゃないか。それだけじゃない、ポン酢で鍋を食べていた時も『ポン酢ってあんまり得意じゃないんですよぉ…』とか言ってたじゃないか。今の君は明らかに矛盾している」



早川さんは僕の口調をまねて僕がいつか言った言葉を並べた。『生態観察』をしているだけあって細かいところもよく覚えてるなと思ったりしたが、一方で『矛盾』と指摘されると何故かそういう気がしない。


「矛盾というか、単純にそんなに好きじゃなくても食べようと思う事ってありませんか?」


「あるだろうか?いや、ない」


何故か反語で答える早川さん。そういえばこの人は好き嫌いが激しいのだと思いだした。彼女は傲然とこちらを見つめている。


「う~ん」


感性の部分なので説明は難しいがこういう風に言えるような気がした。


「あのですね、好きとか嫌いっていうのが僕は早川さんほど激しくないのですよ。まあ食べようと思えば食べれるし、同じものばかりだと飽きてしまうので時々は食べたくなるんですよ。あと、その料理にそれはないって組み合わせがありますが、付け合せ次第では食べられない事も無いんです」



「う~ん、良く分からない話だね」


あまり分ってくれなさそうな手応えである。だが彼女にとってこの話は本題ではないらしかった。


「ただね、私はそれが好きなのだよ」


「へ?あ、心太が好きなんですか」


「そう」


「冷蔵庫にもう2パックありますよ」


「そうか」


早川さんはそそくさとテーブルから立ち上がって移動すると冷蔵庫の中からそれを見つけ出し、意気揚々と盛り付けはじめた。


「美味しいですか?」


「うん!」


満面の笑みで満足そうに心太をちゅるちゅると啜っている早川さんを見て、<早川さんはブレないな>と思いながら何だか温かい気持ちになるのだった。
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