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僕の春休みは、実家から送られて来た豊富なバリエーションの缶詰で始まった。日に二缶ほど開けて皿に落としていったとしても、一か月は冷蔵庫脇の箱が空になったりはしないだろう。

そんな幸福が詰まった箱を送り届けてくれた実家の人々と、緑の服来た宅急便のオジサンには大感謝である。

一人暮らしの身には、米も有り難いが、缶切り不要タイプの缶詰は、炊かなくても食べられるところに更なる魅力がある。自炊すら面倒になった僕の心理を予め読んでいたかのような配給である。

ところで、これがどういうルートで確保されたのか、僕は少し気になっている。まさか小規模なスーパーで買い占めるような非常識はしてないだろうと思うけれども、箱が送られて来て中身を確認した僕には地元にいる姉が、手当たり次第に缶詰を掴んで買物カゴに高々と積んでゆく姿が思い浮かんでしまったのである。


この想像には、幼い頃からの記憶が関係していると個人的に思う。それというのも僕は幼い頃から、姉がいろんなものを積み木のように積み上げてゆく光景を見せつけられて来たからである。姉は、何かを高く積んでバランスを保たせる事が異常に得意だった。指先が器用なのか、ただ積む事にだけ長けているのかは不明なのだが、とにかく彼女が自分の身長を超える高さまでいつの間にか積んでしまった場面に立ち会えば、誰でもその才能を認めるに違いない。


無駄かもしらない、才能の発露は、オーソドックスだが幼少期の積み木に始まった。そして僕は、この快挙の目撃者である。

姉と僕は、その日も子供部屋で仲良く遊んでいた。確か僕が、赤や黄色という色とりどりの大き目の積み木を、使い方が良く分からないまま、あーでもないこーでもないと、床に並べていた時に姉が、

「あっくん、そうじゃないよ。見ててね。」


といってそれを僕から取り上げて、彼女は積み始めたのである。その動作はまるで、赤、緑、黄色、という順序が予め定まっているかのような規則正しさで進められた。僕が目の前で起きている事態が理解できずにパチクリさせているのを余所に、あっという間に玩具箱にあった全ての木を積み終えてしまったのである。しかも、それは普通の積み方ではなく、建築物の高さが一番高くなるように置き方を工夫してあり、それでいて絶妙なバランスが取られていたのである。

当時の姉の身長が100cm未満だったにしても、その姉の頭の上に木が置いてあるという事だけで、僕の目は真ん丸くなった筈である。そして次の瞬間、姉は何の愛着も示さずその建築物にチョップを食らわせて総崩れさせ、僕に向かってこう言ったのである。

「ねっ?あっくん、簡単でしょ。こうやって遊ぶんだよ。」

僕はもちろん、次の日から姉の真似を始めたのだが、到底真似できるわけも無く、この身近な人に挫折させられながらも尊敬の念を抱き始めたのである。もちろん、

「なんで出来ないのぉ?」

という、才能に恵まれし者にお決まりの嫌味のつもりがない自然な憤りの言葉が、何度か僕の心を傷付けそうにもなったのだけれど、いい頃合で自他ともに認める不器用な母が登場して、

「あんまりそういう事言わないの。お母さんだって出来ないもの。」

とフォローし続けてくれたお陰もあって、僕は姉が凄いと感じても、段々偉いとは思わなくなったのである。


姉も、僕や母にひけらかしても無駄だと気付いたのかも知れない、比較的器用で何でも挑戦してみる父が家族で唯一の理解者になった。


姉は積める物なら一通り積んでしまったと思う。ブロックの玩具からトランプタワー、テレビで、一円玉を積み上げる挑戦を見れば彼女もチャレンジした。ただ、彼女は負けず嫌いな性格ではなく、むしろその天命に従って積んでいるようにも見えた。


挑戦はしないけれど、彼女が僕に語りかけながら何気なく身近にあるものを積み始めていたのに、いつしかその作業の為に会話が疎かになってゆく様子は見ていて面白かった。僕はその度に、

〈ああ…。この辺から難しくなるんだなぁ。〉

と「見守りモード」になるのであった。彼女の真剣なまなざしが好きだった。普通の人なら邪魔されてイライラしたり、失敗して怒りを何処かにぶつけたりがあるのだが、彼女にはそういった気配がない。きっと、失敗しようが成功しようが、余り気にしていないからなのだと思う。姉はまさに積み上げる人なのである。


これでもし、姉が建築士にでもなっていたのなら結構面白い話だろうけど、残念ながらそっちの才能の方はあんまり無かったようである。というか姉の才能は、それだけでほぼ完結しているのだろう。生かされる、生かされないに関わらず、確かに何かが出来るという「感触」のようなものが、姉にはある。きっと、それで良いのだ。


〈第一、姉さんが建築士だったら、安全性と同じくらい「高さ」を追及しそうだもんな。そんな建物に人が住めなくても、依頼が無くても、設計してプラスチックか何かのモデルを天井まで積み上げちゃうに決まってるんだ。〉


なんて妄想しながら、僕は姉が積んだかも知れない缶のから鯖を取り出して食べながら一人納得している。
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もも缶が輝いていた時代

 こんにちは。
 送られてきた缶詰からこれだけの物語が生まれるとは恐るべし(笑い
 缶詰と言えば私も散々お世話になりましたよ。中でもシャケ缶とサバ缶は最強です。今でもお世話になってますけどね。フルーツの缶詰は今でこそ安価ですが、昔は特別な時にしか食べられない贅沢品!おかげでお葬式の花輪の中の缶詰の折が輝いていました(笑い。組合の手伝いの帰りに分けてくれるんですよね。あ、その缶詰の山、お葬式のかも・・・。

Re: もも缶が輝いていた時代

コメントありがとうございます!

モモ缶は子供の頃とても好きでした。風邪ひいたときとかに食べましたよね。
お葬式のときに珍しい缶を見つけたりしたっけ…

個人的には鯖缶が好きだったりします。
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ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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