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掌のワインディングロード ⑨

「今週アオゾラがGⅠに出走しますよ!」


タラちゃんが弾んだ声で教えてくれた。それは私が応援している馬であるアオゾラが今週の日曜日のマイルチャンピョンシップというレースに出走するという情報だった。金曜日の夜で、タラちゃんがバイトに出掛ける少し前の事である。


「あ、本当だ!」


私はJRAのホームページからレースの出走馬が確認できる『出走表』というページまで辿っていった。そして1枠1番にアオゾラという名前があるのを見た。


「じゃあ今週も競馬場行く?」


私は嬉々としてタラちゃんと勇次に訊ねた。


「え…っと」


「あ、まあな…」


けれど二人の反応が芳しくない。どう言う事なのか訊ねてみると、


「マイルチャンピョンシップは京都なんですよ」


「ん?京都ってどういう事?」


タラちゃんは申し訳なさそうに言うのだが、それでもピンとこない私に勇次が、


「聡子は分ってると思ったけど、案外気付かないもんなんだな」


と前置きしてこう続けた。


「競馬って今東京競馬場と京都競馬場が開催してるだろ。先週のエリザベス女王杯は京都競馬場だったけど、今週のマイルチャンピョンシップも京都なんだ」


「え…じゃあ」


「そう。アオゾラは東京には来ないんだ」


その事実を理解して軽くショックを受けつつも、私は少し納得していた。


「そうか、だから先週も先々週も競馬場に行かなかったのね」


最後に3人で競馬場に行ったのは3週間前の天皇賞の時だった。その時も混雑で大変だったけれど、目の前で迫力のあるレースが見れて感動していた。それ以降タラちゃんの口から競馬場に行きませんかという提案がなかったし、私から言うのも何だったのでそのまま自宅でレースを観戦していたのだ。けれど府中に行くのもそこそこ大変だし、多分大きいレースの時だけにしようという暗黙の了解があったのだと今では思う。


「京都もね、出来たら行ってみたいんですが…」


残念そうなのはタラちゃんも同じだったらしい。京都なんて修学旅行以来行ってない。それに競馬場があるなんて全然意識してこなかったし、何か古都のイメージと合わないようにも感じる。


「ってか京都行くんなら普通に旅行だよな」


勇次もうんうん頷きながら言う。確かにある程度歳を重ねてゆくと一層行ってみたいと思われてくる。けれど流石に急な話だし、現実的ではない。


「じゃあ、今回はテレビで応援するしかないのね」


「馬券は買えるんですけどね。買うだけだったら中山競馬場でも良いですしね」


私としては馬券だけを買う為に出掛けるのも抵抗がある。もちろんそういう人も多いという事は知っているけれど、初心者にはハードルが高いような気がする。


「何も馬券を買う事だけが競馬じゃない。レースも面白いし、GⅠなんかは特に」


勇次も暗に今回は出掛けないという意思を見せている。そしてそれには理由があるらしい。


「来週がジャパンカップなんだよ。これは府中だし、行った方が良いと思うんだ」


「なるほどね」


ジャパンカップというレースの事はネットでも調べればすぐに出てくる。少し前何かの記事でジャパンカップが凄いレースであるという事と、そこに出走する馬も豪華だという事を読んでいた。どうせだったらそのレースを見た方が良い。けれど…


「でもやっぱり応援したいよね…」


それは我がままというか、分ってても近くでアオゾラを見たいという素直な想いだった。するとタラちゃんが、


「今の聡子さんと同じような事、俺中学校時代にありました」


と言ってこんな昔話をしてくれた。


「俺が中学生の頃なんですけど、まあ8年くらい前かな。友達の影響で競馬覚えたてで、その年ドリームインパクトが無敗で3冠を達成したんですけどその友達がドリームインパクトの大ファンで、俺も競馬知らないなりに凄いなって思ったんです。そしてその年の有馬記念の時に友達とそのお父さんと一緒に有馬記念見に行ったんですよ。当然みんなドリームインパクトが勝つと思ってたし、競馬場に来た人はドリームインパクト目当てだったんですけどその本番でとんでもないことが起ったんです」


「ああ、有名だよな」


勇次はそれが何であるか分っているらしい。


「ドリームインパクトが負けたんです」


「そうだったんだ」


それを聞いただけでは『普通に負けることもあるだろう』という気持だった。ところが後で知ったけれど、本当にその時殆どの人が『負けるはずがない』と思っていたそうである。それも凄い話だが、タラちゃんの回想は続く。


「でも僕にとっては、『クライイングハートが勝ったレース』だったんです」


「ん?どういうこと?」


「その有馬記念でドリームインパクトを負かしたのがクライイングハートだっただけなのですが、僕はクライイングハートにその時目を奪われていました」


「つまりタラちゃんは、みんなにとっては『ドリームインパクトが負けた』という事がショックだったのだが、タラちゃんは『クライイングハートが勝った』事の方が大きかったんだ」



勇次の説明でなんとなくタラちゃんの言わんとする事が分ってきた。


「ありがとうございます勇次さん。それでその次の年、クライイングハートは外国のレースに出走する事になりました」


「え…?外国にも競馬があるの?」


基本的なところが分らなかった私。「ええ」とタラちゃんは言って続ける。


「過去のレースも含めてクライイングハートの虜になってしまった僕。しかも最初に好きになった馬なのでレースの事が気になって勉強も手に付きません。もし可能なら今の聡子さんのように応援に行きたかったんです」


「あ…」


そういうことか、と私は思った。確かに京都も遠いけれど外国なんてとてもじゃないけれど行けない。しかも中学生の頃だ。


「でもですね、時差があって深夜でしたがレースを衛星放送で見てて、必死で応援してたんですけどクライイングハートはそこで見事に勝ってくれたんです!テレビで応援しているだけなのにテンションが最高潮になってしまってその日は眠れませんでした。今でも辛い時にそのレースを見ると元気が出てくるし、何か泣けてくるんです…」


「へぇ…」


それはとても熱い想いだった。その時私はタラちゃんは純粋にクライングハートが好きなんだなと思ったし、そこまででは無いかもしれないけれど私のアオゾラを応援する気持ちもそれと同じなのかも知れないと感じられた。


「タラちゃんは今でもクライイングハートが好きなの?」


何気なく訊いた言葉だけど、タラちゃんはにっこり頷いた。


「実を言えばクライイングハートが好きだからドリームインパクトには複雑な思いを抱いてるくらいですよ」


確かにこれまでのタラちゃんの言動でなるほどなと思うところがあった。そして勇次がこんな事を言ってくれた。


「遠くで頑張っている時に、何もできないかも知れないけれど応援するっていうのはなんか良いよな」


私も素直にそう思えた。



そしてレース当日。私達はこの時ばかりは皆でアオゾラを応援しようということになった。


「前走は好走してくれましたし、今回はイケるかも知れませんよ」


レース直前のタラちゃんの一言に否が応でも期待が高まる。けれど、私はこの日初めて『競馬』というものの本質を知ったような気がする。


「あ…」


「ダメだなぁ…」


タラちゃんと勇次がため息交じりの声を出している。私はアオゾラが直線に入って手応えなく失速するのを見た。


「ああ…」



思わず漏れてしまった声。アオゾラは結局18頭中14着。それは『惨敗』というものだった。


「残念ですね…」


勝った馬の上でジョッキーが派手なガッツポーズをしているのを見る。勝者があって敗者がある。こんな当たり前の事が、何だかとても厳しい事のように思われた。


「でも次があるぞ、聡子」


そう確かにあの子には『次』がある。結果は結果として受け止めなくてはファンを名乗れないような気もする。
それに私はこの時確信した。


<私がアオゾラを好きなのは、強いからだけじゃないんだ…>


そう気付いた時、私は競馬というものの自分なりの楽しみ方を見つけたのだと思った。
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